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ノーエルへの訪問(3)

3

 ノーエルに空飛ぶジュータンが到着すると、住民の代表者が私たちを待っていた。

「お待ちしておりました。」

「「オスハル」さん、お世話になります。」

Miraが前に立ち一礼する。

「さっそくネオンダールの神殿へご案内させていただいてもよろしいでしょうか。」

「はい。」

私はMiraの後ろを歩きながら村の様子を見る。

ノーエルは魔道の力がなければ人が住めない地域で、この辺りを管轄する魔道良2205室から定期的に魔道士を派遣するのだ。

気候、風向き、土壌、水質、生き物、衣食住、すべてにおいて魔道がなければ成立しない。

そんな土地でも大昔からさまざまな知恵と努力を積み重ねて住み続けた民族がいる。

その民族たちの暮らしを尊重し、ゆくゆくは魔道良の支援がなくても日常生活が送れるようにするのが最終的な目標だ。

昔は自分たちだけで生計を立てていたという。

それがここ数100年の間の外界の社会情勢の変化や環境の変化、人口の急激な減少に加えて魔道適性を持った子供の激減などが重なり今のような状態になってしまったという。

「こちらになります。」

オスハルは大きな木戸の前で止まった。

ここにネオンダールの神殿がある。

ネオンダールは神話に出てくる悪魔の1人で、その力を使い自然を荒らし、人間が移住できない土地を開拓したと言われている。

ネオンダールが開拓した土地というのが、ここノーエルのようで、ネオンダールに断りなくノーエルに立ち入ればたちまちノーエルが祟られる。

だからこうしてノーエルに立ち入る前に必ずネオンダールの神殿に赴き、一応挨拶をすることが仕来りとして決まっている。

そして、ステファシーの末裔である私はネオンダールの力を抑制する力をステファシーから受け継いでいると言われていて、実際、私が神殿に入ると、神殿に充満しているネオンダールの力は弱まるのだ。

「お入りください。わたくしはここでお待ちしております。」

Miraが私を振り返る。

私は小さく息を吐いて先頭に立った。

大きい木戸の向こうには暗く蝋燭の光のみの薄明るいスペースが広がっていて、奥に小さな木のテーブルが置かれていた。

その上に黒い水が入った大きなボトルと、小さな小皿が乗っている。

(またやるのね。)

悪魔の神殿を作る場合、それは崇拝するという意味よりも悪魔の怒りを買わないようにするという意味を持つ。

この神殿もまさにネオンダールの怒りを買わないように建てられたものだ。

10人が入り、木戸が外から閉められた。

「うーん。」

チコが小さな声をあげて、その場にしゃがみこむ。

「チコ。」

慌てて彩都がチコを支えた。

「雫。」

Miraの余裕のない声を聞いて、私は速足で歩き出す。

「後ろに全員ついてきて。」

ふらつくチコを彩都が支えている。

歩きながら一瞬後ろを振り返った時、Miraや糸奈の険しい顔も見えた。

体質の問題なのだが、ここのように邪悪な魔力が多い場所に来ると魔道士が持っている魔力の体質が拒絶反応を起こして、症状が出ることがある。

チコのように身体的な症状が出たり、今は耐えているがMiraのように精神的症状が出たり、うまく魔力を使えないといった症状が出たりする。

「大丈夫。」

小さなテーブルの前に来て、私は振り返った。

「早くしてください。今日はいつもより。」

Miraが私の肩に手をかけて、背中に頭を当てる。

「スマス、Miraを支えてて。」

「わかった。」

私はボトルに入った黒い水を、小さな小皿に移す。

(早くしないと。)

私は少しの間小皿を見てから、その黒い水をぱっと飲みこんだ。

(不味いし、痛い。)

私は喉を流れていく不味すぎる水の味を意識しないようにしながら、意識を体の中に向けた。

 (よっ。)

頭の中にばさばさという羽が空気を切るような音が聞こえ始めて数秒後、若い男性の声がした。

私は目を閉じたまま、悪魔の中に意識を持って行く。

(久しぶりだなあ。どれぐらいぶりだっけ。)

(久しぶり。1か月ぶりぐらいかな。ねえ、この儀式のやり方なんとかならない。水が不味くて不味くて仕方ないのよ。こんなことしなくてもいいでしょ。)

(雫はいいけど、他のやつらは一応な。俺とここまで正確なコミュニケーションが取れるのなんて雫を含めて10人前後ぐらいなんだからさ。他のやつらは、一応俺の入室許可をもらうための儀式で済みたいなことってやらせた方がいいじゃん。)

(それについてはいいと思うけど、やり方の問題よ。あなたに立ち入り許可をもらわないといけないこの儀式自体はいいと思うの。やり方の問題なのよ。この水はどう考えても体に悪いもん。)

(そんなことないぜ。何からできてるか教えてやろうか。)

(いい、遠慮しとく。)

(そうか、取り合えず体にはいいものだ。)

(へえ。)

(それにしても驚いた。先週のやつらがまた来たと思った。)

(どういうこと。)

(何も知らねえの。)

(ええ。)

(知らねえなら、そのままでいいよ。まあせいぜい楽しんでくれよな。)

(なんのこと。)

(この辺りさ、今面白いことになってんだよ。)

(この神殿の「悪力」が強くなってるのも関係してる。)

(着眼点が相変わらず素晴らしいねえ。)

(当たりなのね。)

(さあ、どうかなあ。)

男性の笑い声が遠くへ離れていく。

(ちょっと立ち入り許可は。)

(あー、やるよ、やるやる。)

私はぱっと目を開いて、その場にしゃがみこんだ。

「雫。」

シーナが険しい顔のまま私のところに駆けて来てくれた。

「大丈夫。ちょっと待ってね。」

私は1人1人の肩に触れて唱える。

「悪から守り、聖を導きたまへ。光魔法「フローナリオスメロネーレ」。」

優しい光がグループメートたちを包んでいく。

「Mira、大丈夫。」

「はい。」

「みんなゆっくり呼吸をして。」

薄明るい室内で私は1人1人の顔色を見ていく。

「落ち着いた。」

「うん。」

「スマスは平気なのね。」

「そうだね、辛いところはないよ。」

「糸奈と彩都は。」

「大丈夫だよ。ずいぶん落ち着いてきたからさ。」

「よかったわ。」

今回一番重症だったのはどう考えてもチコだ。

私はチコのところに行って頭をなでる。

「チコ、チコ。」

「頭痛いの治ってきたよ。」

「よかった。」

チコの頭をなでながら、私は一同を見た。

「今ネオンダールの気配を感じることができたのは何人ぐらい。」

スマスとクシーが手を挙げた。

「ありがとう。」

「雫、どうして今日はここの悪力がこんなに強いのかわかるかい。」

「ごめんなさい。はっきりしたことはわからないけど、この辺りで先週何かがあったみたい。それと関係があるっぽいわ。」

「つまり何があったかを調べる必要があるんですね。」

Miraの声に落ち着きが戻ってきている。

「ええMira。」

「わかりました。魔道局で聞いてきます。他に気になったことはありますか。」

「いいえ、他には特にないわよ。」

「では出ましょうか。雫に防衛魔法を掛けてもらってもなおここにいるのは息苦しいので。」

「ええ。」

 木戸を押し開けて外に出てほっとした。

「光に照らされるってこんなに落ち着くことだったっけ。」

シーナが伸びをしながらあくびをする。

「あの神殿は雰囲気が悪すぎるんだよ。」

レークが頷く。

「お疲れ様でございました。」

オスハルがこちらに歩いてくる。

「この後ですが、もう個別行動に別れていいと思います。荷物は私と彩都で宿舎に持って行きますね。」

「ええ、お願いするわ。」

「僕もそれで問題ないと思うよ。」

こうして私たちは各自の持ち場に向かった。

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