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ナント王国王妃と雫(20)

20

「眠い。」

私がゆっくり目を開けるとそこに雫の姿はもうなかった。

「やっぱり帰っちゃったか。」

私はふらふらと体を起こす。

「昨日は楽しかったなあ。また会いたいな。」

私が左を見ると、雫の枕に何か書いてあった。

「これって。」

私は魔道石を手に取って雫の枕に書かれた文字を読む。

「そっか、雫も楽しかったんだ。それならよかった。」

私は魔道石を見つめる。私は魔道適性がないから、これを持っていたって使うことは

できないが、雫がくれた思い出の品として持っていることはできる。

(さっきの思い出懐かしかったなあ。何年前のことになるんだろう。あの後アメリが

すぐに死んじゃって、雫が私を訪ねて来てくれたから、私の名前を尋ねてくれたから、

今みたいな関係性になれたのよね。)

私はその時のことを思い出す。

結局アメリは魔道良が逮捕できるところまで容体が良くならないまま、半年間城の中で

治療を受け続けなくなった。時々目を覚ますアメリはとても寂しそうな表情で私を見た。

「ごめんなさい、お姉さま。とても迷惑をかけてしまっているでしょう。」

とてもアメリのことを怒っていた。でも、弱っていくアメリに対して直接叱ることは

できなかった。

「いいの、たった1人の妹の起こした不祥事だもの。責めていないわ。」

アメリの手を取って優しく話しかけていれば、アメリは10分ぐらいでまた眠ってしまう。

これを数日に1回ぐらいのペースで続けていた。

「アルバートに会いたくない。」

時々私がアメリにこう尋ねると、アメリは首を横に振った。

「私にはもうアルバートに会う資格はないでしょ。こんなことをした私がアルバートと

会って、アルバートに悪い噂が付いたら困るわ。」

「そう。」

私はアメリの最後を看取ることができなかった。その日、私はちょうど海外への公務に

出ていて、なくなったアメリの遺体の前に行けたのはアメリがなくなった翌日に

なってからだった。それでもほとんどの海外公務を切り上げて、全力で戻ってこの

時間だった。

「アメリ。」

使用人に聞けば、アメリは1人の時になくなったという。アメリと最後に交わした会話は

今でも鮮明に思い出せる。

「ねえお姉さま。」

「なあに。」

「私ってなんで生まれてきたんだろう。」

「どういうこと。」

アメリの右手を優しく握りながら、私は聞き返した。

「生まれた時から体が弱くて、ずっと治療ばかり。外でまともに遊べたことなんて

ないし、叶えたいと思った恋すら叶えられないまま、人ならざる道を歩んでしまった。

こんな私に生まれてきた意味なんてあったのかな。」

「あったに決まってるでしょう。アメリがいてくれたから、私はここまで来れたの。

今となっては私の名前を知っているのはアメリだけなんだから。」

アメリと話しながら、涙がこみあげてきて、握ったアメリの手に何滴か涙が落ちていく。

「泣かないでお姉さま。今お姉さまの名前を知っているのは私だけだけど、必ず

お姉さまの名前を憶えてくれる人が現れるわ。お姉さまが自分の名前を伝えてもいいと

思える人が現れるから。」

アメリはそう言ってすうっと眠ってしまった。そんなわけがない。。王族の本名と

いうのは本当に大切なものだ。間違ったところに洩れれば、それだけで大問題になる。

だから、自分の本名を知っているのは自分の良心や実の兄弟だけなのだが、両親はすでに

なくなり、アメリまで死んでしまったら、私の名前を知っている人間はこの世から

いなくなる。そう思っていた。

しかし、アメリの予言は的中した。アメリの埋葬が一通り落ち着き、私は休息を

もらって、森の中を歩いていた。さすがに疲れていた。けして許されない大罪を犯して

いるから、王族として盛大な埋葬をすることはできない。しかし、王族であることに

代わりはないため、一定の儀式は行わなければならない。このバランスが難しかった。

それをなんとか終わらせてもらえた休息だ。なんの生命力もないままふらふらと森の中を

歩いていた。

「王妃。」

ふっと聞こえた声に振り返ると、そこに雫がいた。

「あなたたしか。」

「木漏れ日雫です。」

「そう木漏れ日さん、どうしてここに。」

「近くで仕事をしていたのですが、アメリ王女がなくなったことを聞き、近くまで来て

いたのです。そこでたまたまクーネルさんに会い、王妃がお辛いだろうから、近くにいて

あげてほしいと。」

「そう。」

それ以上何も言葉が出てこなかった。雫は一度しか会ったことのない女性だ。本来なら、

親戚のほうが肩の力を抜いて話せるはずなのに、私は雫の顔を見た時のほうがふっと心の

力が抜けた。

「王妃。」

「なあに。」

私と雫の周りを霧が囲んでいく。

「もしかして、泣けていないのではないですか。」

「えっ。」

驚いた。たしかにアメリがなくなってから一度も泣けていなかった。アメリの遺体を見た

時も、埋葬の時も一度だって泣けていなかった。鋭く指摘されて、私はおもわず下を

向いてしまった。

「辛い時は泣かないといけません。」

「えっ。」

雫が少しずつこちらに近づきながら話し続ける。

「本当に辛い時は泣かないといけないんです。きちんと泣いて、思いを消化しないと

先には進めません。」

雫の言葉には何か魔法でもかかっているのだろうか。一つ一つの言葉の響きに、声色に

心がどんどんほぐされていく。ずっとこらえていたものが流れていく。

「お辛かったのですね。また1人で抱え込んで、だめですよ。ちゃんと誰かと共有

しないと。」

雫が優しい声で私に話しかけ続けてくれる。私は思わず雫に抱き着いた。誰かの腕の中で

泣きたかった。

「よく我慢しましたね。たくさんの葛藤があったでしょう。」

雫がいてくれたおかげで、私は思う存分泣くことができた。その間、雫はずっと私を

抱きしめて頭や背中をなでながら、話し続けてくれた。一通り泣き終えて私が顔を

あげる。優しい眼差しで私を見てくれていた雫と目が合った。その時ふっとアメリの

言葉が思い出された。

「お姉さまが自分の名前を伝えてもいいと思える人に必ず出会えます。」

この人だと思った。まだ2回しか会っていないけれど、この人になら伝えてもいいと

思った。世界でたった1人私の名前を知っている人。

「ねえ。」

「はい。」

「王族の名前ってどれだけ大切か知ってる。」

「はい、その方のご両親や実の兄弟しか知ることができないと聞いたことがあります。」

「そうよ、だからアメリが死んでしまって私の名前を知る人はもうこの世にはいなく

なってしまったの。」

私は雫の瞳をまっすぐ見た。けしてぶれない。ずっと私を見てくれている瞳。

「だから、私の名前を知っている世界でただ1人の人になって。」

「わたくしでいいのですか。」

「あなたがいいの。」

「わかりました。」

雫が辺りをぐるっと見回した。

「この山はね、霧の山って言われてるの。」

「霧の山。」

「山が隠すべきだと思ったことがあれば、深い霧でそれを隠してしまうんですって。」

「ちょうどよかったですね。」

雫が私に微笑みかける。

「教えてください。王妃の名前を。」

「スピカ、スピカナントールネオン。」

「わかりました。絶対に忘れません。王妃の名前を知っている人間は世界に私だけです。

だから、私の前ではお願いですから、何も我慢しないでくださいね。王妃はとても

我慢強い方だから、見ていて心配になるんです。だから、せめて私の前だけは。」

涙腺が緩んでいるときはだめだと思う。こんな時にこんなことを言われたら、もう

泣くしかない。結局それから10分ぐらい私と雫はおしゃべりしていた。

「その顔で公務には戻れないでしょう。」

「ええ。」

思い出していたら、懐かしくて作業をする手が止まっていた。

「さあ、また忙しい毎日の始まりね。」

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