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ナント王国王妃と雫(14)

14

「あっ。」

さっきまで雫に抱かれていた呪い魔が跡形もなく消えている。

「やったか。」

「おそらく。」

雫がふっと肩の力を抜いた。

「あなたは大丈夫。あれだけの大きなエネルギーを受けて平気。」

「はい、浄化魔法には体制があるので、大丈夫です。それより早く避難された人たちのところへ向かってください。私は王子のところへ。」

ここにいる魔道士の6割程度が一般人や王族の避難した中庭に向かう。

「王子。」

ソファーに駆け寄りプリズンを解いて雫が王子の肩に触れた。

「王子、王子。」

雫が何度か呼びかけて、ようやくアルバート王子の瞼が開く。

「王子、私がわかりますか。」

瞳に少しずつ生命力が戻ってきて、アルバート王子が雫をしっかり見た。

「宮子さん。」

「はい宮子です。ご無事でよかった。」

アルバート王子がゆっくり体を起こして、ホールを見回す。

「何があったのですか。」

「後でご説明いたします。今は安全な場所へわたくしとともにまいりましょう。」

離れて見ていた魔道士たちもアルバート王子の無事に安どしていた。

「わかりました。」

アルバート王子を支えながら、ソファーから立たせ、雫が動こうとしたとき、ぱっと左の窓に雫が目をやった。

(なに。)

雫が窓の向こうに目を凝らす。

(嫌な視線まとわりつくような視線。)

「どうしましたか。」

「いえ、行きましょう。」

王級には、こういう非常事態に備えて大勢の人間が避難できる拓けた土地がある。

今回も王妃をはじめ王族や来賓客たちはそこに集められていた。

「みなさん、大丈夫です。この中庭の周りは大勢の一般兵と魔道良の警備隊のみなさんによって守られています。どんな脅威も襲るるにたりません。私たちはここで事態の収拾を待ちましょう。」

王妃が集められた来賓客たちに声をかけて回っている。

(ここで私がきちんと対応しないと。不安を感じさせてはいけないわ。)

王妃がふっと夜空を見上げた。

(そういえば、アルバートは大丈夫かしら。彼女がいるから心配はしていないけど。)

雫がアルバート王子を見た。

「中庭に行きます。」

「わかりました。」

雫がアルバート王子に右手を差し出した。

「非常事態です。王子さえお嫌でなければ、私に手を引かせてください。」

アルバート王子がぱっと雫の手を取った。

「嫌などではありません。お任せしますよ。」

「ありがとうございます。」

ホールから中庭までの距離は走って15分ほどかかる。それも雫の全力疾走で15分だから、アルバート王子を連れてとなるともう少し時間がかかるだろう。

雫がアルバート王子の速度に合わせながら、小さい林を走り抜けて行く。

「みな無事なのですか。」

「わかりません。ただ、早い段階で避難していただきました。」

二人の視界に中庭が入ってきた。

大勢の人たちが不安な表情で話している。

そこに王妃の姿もあり、使用人たちを指揮していた。

「ご無事そうでよかった。」

「急ぎましょう。」

雫が少し肩の力を抜いて、アルバート王子の手を引く。

ここまでくればとりあえず安全だ。

二人で動いているときに襲われるとさすがにてんぱるが、これだけ人が多ければ安心だと思っていた。

(あっ。)

雫がぱっと立ち止まり、アルバート王子をとっさに抱きしめて空へと舞い上がる。

「宮子さん。」

「目を閉じて。何も見ないで。」

雫がどんどん高くへ舞い上がる。

空には薄い雲がちらちらと浮かんでいるだけで、星や

月を遮るものはほとんどなかった。

雫が舞い上がった数秒後、中庭の近くの宮廷の建物が爆発し、辺りが大きな音と爆炎に

包まれた。

(危なかった。今感じた膨大な魔力反応は本物だったんだ。それにこの魔力感じた

覚えがあるわ。)

アルバート王子が今の音で目を開けた。

「これは。」

「爆発が起きたんです。なんの建物が爆発したのかわかりますか。」

「あれは使用人たちが寝泊まりをする建物です。もしかしたら、警備が甘くなって

いたのかもしれません。」

アルバート王子が呆然と地上を見つめていた。そしてはっとして雫を見上げた。

「王妃様たちは。」

雫が地上を見下ろす。

(距離的には何も問題ないと思うけど。)

雫が爆炎の間に目を凝らす。

「あー、よかった。大丈夫ですよ。バリア魔法が貼られています。」

煙の隙間から薄紫のドームを確認し、雫がアルバート王子に伝える。

「よかった。」

「私たちは安全な場所に早く行きましょう。どこか思いつくところはありますか。」

「さっき宮子さんと話した池の近くはどうですか。崖の上ではなく、泉の畔に。」

「はい。」

「ここから東の方向に飛んでください。」

「わかりました。」

雫が肌寒い風の中を飛んでいく。

「大丈夫ですか。」

雫が空を飛びながらアルバート王子の顔を見る。

「はい。」

「空気中は気温が下がりますし酸素も薄くなります。それ用の魔法をかけて対策はして

いますが、十分とは言い切れません。体調が悪くなっていませんか。」

「問題ありません。」

「よかったです。」

雫が微笑む。

「僕は今空を飛んでいるのですか。」

「はい。」

「魔道士と言うのはすごいですね。」

「飛べない魔道士もいますし、空を飛ぶ能力には個人差もあります。」

「宮子さんの背中から生えている羽のようなものはなんですか。」

「フェザードです。その名の通り空を駆けるための翼ですよ。」

雫がアルバート王子の呼吸に耳を澄ませる。

「かなり動揺されていますか。」

「ええ、せっかく頑張って人前に出てきたというのに、結局命を狙われて。」

「王子を狙っての犯行かはまだわかりません。」

「そうでしょうか。」

王子が雫と目を合わせようとしない。

「人の命を狙うことはどの世界に行っても容認されないでしょう。」

「理想に死か聞こえませんね。私の立場を狙ってこれだけ多くの事件が起き、

現にたくさんの人が不安な時を過ごしている。」

「王子がすべての責任を取る必要はありません。王子がそれに心を痛めておいでなら、

その国民のために自分ができることをお考え下さい。」

アルバートが雫を見る。雫は辺りを見ながら、少しずつ着陸の体制に入っていた。

「見えてきましたよ。さっきの池の畔です。」

5.6分ほど空を飛び、雫が草地に足をつけた。

(まただ。)

雫が鋭い眼光で辺りを見回す。

(空を飛んでいるときは感じなかったのに。)

「お疲れさまでした。」

雫がアルバート王子を降ろした時、アルバート王子が軽くふらついた。

「大丈夫ですか。」

とっさに雫がアルバート王子の身体を支える。

「すみません。ふらっとして。」

「重力が変わりますからね。空を飛んだ経験のない方だとみんなそうなります。」

雫が辺りをきょろきょろする。

「あそこにかけてください。」

雫がアルバート王子の身体を支えながら、木の丸太のほうへ向かう。

「ごつごつしていて座りにくいかもしれませんが、いったん足の筋肉を緩めないと。」

アルバート王子はなんの抵抗もなく、丸太に腰を降ろした。

「ごつごつしていて辛くないですか。」

「慣れませんが、この感覚は嫌いではありませんよ。」

「よかったです。」

雫が時計を見る。

(21時。)

雫が右耳に右手を当てて、辺りの魔道電波を取ろうとするが、今回のパニックで

まともな電波がない。

(困ったな。とりあえず避難してきたのはいいけど、周りと連絡が取れない。発信魔法を

出してここまで来てもらうしかないか。それに、私が一回アルバート王子から

離れたほうが敵が尻尾を出すかもしれないし。)

雫がアルバートを見る。丸太に腰をかけ、少し背中を丸めて目を閉じている。

「船酔いのような感じがしますか。」

「ええ少し。」

「飛行機に乗って酔ったのと同じです。少し待っていてください。」

雫が自分の服を触ってため息をつく。

「すみません。あいにく持ち合わせがなくて。」

「そうですね。ドレスですからね。」

雫がうつむく。

「よく似合いますね。」

「えっ。」

「外でそのドレスをまとい、月と星に照らされるあなたは美しい。」

「ありがとうございます。そんなお世辞を言えているのなら、重症では

なさそうですね。」

雫が少し笑顔になって、アルバート王子の額に手を当てた。

「ヒーリング魔法、フェル。」

雫がアルバート王子の額に当てた指先から柔らかく白い光がアルバート王子に

流れていく。

「ずいぶんらくになりました。」

「よかったです。私は少しこの場を離れます。ほかの魔道士に連絡を取るために発信

魔法を使うのですが、大きな魔道力を生み出すため、王子が近くにいるとその影響を

受けてしまうかもしれません。王子が見えるところで私も作業をするので、少し待って

いていただけませんか?」

「わかりました。」

「ありがとうございます。」

雫がアルバート王子の右手の親指に小さな魔法のリングをはめた。

「何かあれば、この子が私に王子の危険を伝えてくれます。」

雫が会釈をして速足でその場を離れる。アルバート王子は目を閉じて身体を休めていた。

(さあ、尻尾を出して。)

実際に発信魔法を出すためにアルバート王子から距離を取ったのは事実だ。しかしそれ

以外に雫には気づいていることがあった。さっきからまとわりつくような視線を感じる。

空を飛んでいた時は感じなかったのに。ホールにいた時から感じていた視線は、泉の

近くに降りてからどんどん近づいてきている。もうアルバート王子とその視線との間には

10mぐらいしかないだろう。雫はその視線の主が王子に接近し、なんらかのアクションを

起こすのではないかと期待している。

「アルバート王子。」

(かかった。)

雫が木の陰から完全気配抹消魔法を自分にかけて様子をうかがっていた。

「「アメリ」。」

「王子このような場所でどうなさったのですか。」

アメリと名乗った女性がアルバート王子に近づいて行く。

(アメリ。王族の一人でアルバートの従妹。さっきの晩餐会にもいたわよね。)

アメリがアルバート王子の前に行く。

「ここは危険ですわ。さっきから嫌な気配を感じます。私とともにまいりましょう。」

「アメリ、あなたはなぜここにいるのですか。さっきの騒ぎであなたも中庭に

行ったのではないのですか。」

「王子がいつまでたっても中庭にいらっしゃらないので、心配になって1人で探して

いましたの。さあ早く。」

アメリがアルバートの右手を取った。その時だ。

「あっ。」

アルバートの右手の親指につけていたリングが反応しアメリを弾き飛ばした。

「なに。」

アメリが慌てて身体を起こし、アルバート王子の右手を見る。

「これは。」

親指につけていたリングが赤い光を放っていた。

「そういうことですよ。」

アメリとアルバートが木の陰を見る。雫が出てきて、指を一度鳴らすと、アルバート

王子の親指に付けられていたリングが消えた。

「宮子さん。」

「王子おけがは。」

「いえありません。」

「なあに、私はただアルバート王子を安全な場所にお連れしようと思っただけよ。

あなたみたいな魔道士が事を荒立てて、王子をこんな危ないところまで連れて

きたんでしょう。」

「中庭はあの爆発で安全とは言えません。となれば、中庭から遠く、あまり

ひとめたのない場所に行った方が安全ではありませんか。それに。」

雫が右手に魔法の剣を作った。

「なんのおつもり。」

アメリが高い声で首をかしげる。

「こういうことがしやすいではないですか。今回騒動のすべての主犯はあなたですね。

アメリ王女。」

「はあ。」

アメリが表情一つ崩さず雫を見返す。アルバート王子が混乱していた。

「一連の騒動とはなんのこと。」

「アメリ王女はさきほどおっしゃいました。私が騒動を起こしたと。その騒動とは

どういったものですか。」

「ホールでの一件とさきほどの爆発ですわ。」

「ホールで何が起きたのかアメリ王女はご存じなのですか。」

「呪い魔が王妃に近づいたのでしょう。」

「なぜ呪い魔のことをご存じなのですか。」

「中庭で警備に当たっている魔道士の方から聞きました。」

「なるほど。」

雫が一度口を閉じる。アメリが余裕たっぷりな顔で微笑む。

「もう一つお聞きしてもよろしいですか。」

「何ですか。」

「さきほどの爆発の時、アメリ王女はどこにおられたのですか。」

「中庭にいましたわ。」

「そうですか。では後程中庭を警備していた魔道士たちに確認してみます。」

「ぜひそうしてください。」

「アメリ王女はさきほどの爆発をどのように考察されていますか。」

「何かしらの爆発が起きたのでしょう。場所は使用人たちからの

寮からのようでしたが。」

「わかりました。」

(意外と嘘の準備もできているじゃない。しかたないなあ。次の手に出るか。)

「これで私が主犯などではないとわかりましたか。」

「いえまだですよ。」

「なんですか。いい加減鬱陶しいのですが。」

「さきほどからまとわりつくような視線を感じています。それも、肉眼の視線ではなく、

魔道を使った視線です。アメリ王女ご存じですか。こういった何かを監視する種類の

魔法は監視魔法の一種なのですが、監視魔法は逆追跡ができるのですよ。」

雫がアルバート王子に近づいてコンタクトを取る。

(肩に触れてもいいですか。)

頭に響いた声に驚きながら、アルバートが応える。

(ええ。)

雫がそっとアルバート王子の肩に触れた。

「あー。」

アメリが大きなうめき声を上げて、その場にしゃがみ込む。アメリ王女の胸が異様な光に

包まれている。

「なんなの。」

「言ったではありませんか。監視魔法は逆探ができると。今私はアメリ王女が王子に

かけた監視魔法に触れているのです。」

雫が右手でアルバート王子の肩に触れ、左手でアルバート王子の肩からアメリ王女の

方向へすうっとなでるような動作をすると、紫の糸状の者が現れた。アルバート王子の

肩から、アメリ王女のところまで伸びている。

「これを今私が握っているのです。もっと強くすることもできますが。」

雫が右手に掴んでいる紫の糸を強く握りしめた。

「やめて。」

雫がふっと右手を離す。アメリ王女が浅い息を繰り返して雫を睨む。

「王族への侮辱よ。王妃様がいくらあなたを気に行っているからと言ってもただでは

済まないわよ。」

「ただでは済まないようなことをしているのはアメリ王女のほうですよ。」

「だからなんのこと。」

「これでアメリ王女が魔力を使えることは証明されましたね。そして、アメリ王女が

魔力を使えるということでいろいろなことにつじつまが合うのです。まず、さっき

ホールに現れた呪い魔と、アメリ王女の魔道結晶が同質のものです。」

「おかしな話をする人ねえ。そんなのわかるわけがないじゃない。」

「わかるんですよ。魔道士として長く魔道と付き合っていれば、魔道に使われた魔力と

魔道を使った人間の持つ魔力がわかるようになるのです。私だけではありません。

あの場にいた魔道士たちに後程聞いてみましょう。」

「宮子さん、待ってください。なぜアメリが魔道を使えるのですか。アメリには魔道

体質なんてないはずです。」

「そうですわ。わたくしは魔道なんて使えません。」

アルバート王子のホローにアメリが乗っかる。

「体質的にはそうでしょう。ですが、人間はいくつかの方法でむりやり魔力を手に

入れることができます。たとえば、悪魔と契約をするとか。」

「あっ。」

アメリのフォーカーフェイスが一瞬狂った。

「当たりですか。まあ、呪い魔を召喚する時点で悪魔との契約以外には考えられません。

だいかはなんでしたか。王女の寿命を半分ほど悪魔に売ったのですか。それとも、アメリ

王女の大切な記憶を売りましたか。なんにせよ、悪魔との魔道契約は世界魔道有効法の

違反に当たります。この場で現行犯逮捕をし、魔道良でゆっくりとお話を

うかがいましょう。」

「そんなわけがないじゃない。悪魔との契約、寿命を半分悪魔に売る。なんのことか

わかりませんわ。」

「ではなぜ私とアルバート王子のいる場所がわかったのですか。」

「それは。」

「監視魔法を使って私たちをずっと見ていたからですよね。式にアルバート王子が

出席するとわかった時からずっとアルバート王子のことを見ていて、私が隣にいることが

わかった。」

アメリ王女の呼吸がどんどん早くなっていく。

「王子の恋人、私の大好きなアルバートに恋人がいる。ありえないし、許さない、

なんのために悪魔と契約まで交わして寿命を半分売ってまでして魔力を手に入れたと

思っているの。」

「悪魔と契約を交わせば、魅惑の魔法どころか、禁書に書かれた恋愛の魔法にまで手が

出せるようになるからでしょう。アルバート王子のこころを射止めたいがゆえに、悪魔と

契約を交わし、大切な寿命の半分まで売って。」

「うるさい、うるさい、うるさい。」

アメリの瞳の色が濃い紫に変わり、アメリの後ろから大きな紫の蛇が現れた。

「王子。」

雫がアルバート王子の前に立った。

「宮子さん。」

「そこにいてください。必ずお守りいたします。」

雫がアルバート王子の左腕を後ろ手で掴んでアメリと距離を取る。数歩下がったところで

雫がアルバート王子の腕をそっと離した。

「私のアルバートなの。」

アメリが叫びながら、右手を大きく振り上げ、紫の蛇が雫のほうへ向かってくる。大きく

口を開け、鋭い牙を持った蛇だ。

「悪魔との契約で手に入れる魔力は、寿命の半分を悪魔に売ることで得られるもの。

これだけ聞けば、それだけで十分契約は成立しているように聞こえます。ですが、

これには続きがあることをご存じですか。」

雫が右手だけで蛇の攻撃を捌きながら、蛇の心臓を右手で掴んだ。蛇は暴れるが

動けない。

「悪魔から得た魔力は、人間ではコントロールが十分にできないということですよ。」

雫が右手をぱっと話して、魔法を唱える。

「あっく。」

右手から勢いよく魔道の気が出て、蛇を後ろに投げ飛ばす。

「私は完璧よ。悪魔から譲ってもらった魔力だってこの通り使いこなしているじゃない。

褒められたわよ。私は筋がいいってね。」

アメリが次々とさまざまな生き物を魔道で作り雫に向ける。

「あと5分、これを続けて見なさい。あなたの意識は完全に消滅してあなたの肉体の

支配権はあなたに魔力を売った悪魔に変わる。そうなれば、その悪魔は人間界で

好き勝手あなたの身体を使って生きていくのよ。悪魔はねえ、こうやってあなたのような

人間に魔力を売って、その代わりにその人間から寿命を半分もらうことで契約を

成立したと思わせて安心させるの。でも実際は、悪魔が乗り移れる身体をあなたが

捧げているのと同じなのよ。」

雫が右手ですべての魔獣を倒し、掌を上にして、アメリのほうへ向ける。

「魔力を使うのをやめなさい。これ以上続ければ、完全に身体を乗っ取られるわよ。」

「うるさーい。」

アメリが両手を大きく広げた時だ。アメリが自分の後ろに作った大きな魔獣がアメリを

覆った。

「アメリ。」

アルバート王子が叫ぶ。

(ばか。)

雫が右手の掌の上に光のリングを作っていく。リングはみるみる大きくなって、

時計回りにぐるぐる回り始めた。

「ループエンドレス。」

雫が右手をくっと傾けてからフリスビーを投げるようにアメリに向けた。リングは

アメリを覆った魔獣ごと捉えて、ぐるぐると回り続けている。

「宮子さん。」

心配そうに雫を見るアルバート王子を雫が振り返る。

「制御魔法の一種です。あの中にいる魔獣はこちらに何もしてきませんし、体内に

取り込んだアメリ王女にも何もできないはずです。」

「アメリは無事なのですか。」

「はい、まだ生命力を感じます。ご無事かと。」

「あの魔獣の中から、アメリを助けていただけませんか。」

雫がアルバート王子を見る。

「それは。」

空から聞こえてきたプロペラの音で雫とアルバート王子が空を見上げて、話が遮られた。

「あれは。」

プロペラ機から数名の魔道士が降りてくる。

「無事か。」

「はい。」

雫が魔道士たちの胸元を見る。

(今日のために集められた警備レベル1公式警備員たち。)

「何があった。」

畔に降りるや否や、魔道士たちが辺りを見回して愕然としている。

「今回の呪い魔や爆発の主犯者はアメリ王女です。王女が悪魔と契約を交わし秘密裏に

魔力を得ていました。そして、悪魔に身体ごと乗っ取られそうになったところで

エンドレスリングを使用した次第です」

「アルバート王子はご無事ですか。」

「はい、宮子さんが守ってくれましたから。それより、アメリを助けてください。」

魔道士たちの顔が険しくなる。

「なぜですか。なぜ何も言ってくださらないのですか。」

「王子。」

雫が優しい声でアルバート王子に話しかける。

「宮子さん、アメリを。」

「無理です。」

雫ではなく、警備レベル1の魔道士が口を開いた。

「残念ですが、アメリ王女をお救いすることはできません。」

「ただの魔獣の体内に取り入れられた人間を救い出すことは可能です。ですがあれは。」

魔道士たちが繋いでしていた解説が止まり、雫が会話を続ける。

「あの魔獣は悪魔の成り代わりです。」

「どういうことですか。」

「あの魔獣はアメリ王女が契約した悪魔です。」

「ですがアメリはあの魔獣を自分の手で生み出していました。」

「いいえ、あの魔獣が現れたのはアメリ王女が自分の医師で生み出したものでは

ありません。」

「あれが悪魔。」

「はい、姿を変え人間が恐れるようにしていますが、本当はとても小さな女性のような

姿の悪魔です。」

「アメリはこのままどうなるのですか。」

「あの悪魔の体内で、悪魔の栄養源にされ、このまま姿を消すでしょう。」

「どうしても無理なのですか。」

アルバート王子のこんな真っすぐで必死な目を雫は初めて見た。雫がほかの魔道士を見る。全員暗い顔をしている。

「なぜそこまでアメリ王女にこだわられるのですか。」

雫が静かな目でアルバート王子を見た。

「アメリは王妃にとって大切な人なのです。」

「王子のために多くの人を気づ付けることをいとわなかった人ですよ。さきほど王子は

この事実に心を痛めていたではないですか。」

けして責めるわけではない。穏やかな声でアルバート王子に雫が尋ねる。

「アメリがしたことは許されるものではありません。それはけして変わることのない

事実です。ですが、アメリが王妃にとって大切な存在であることも変わらない事実です。

アメリには罪をきちんと償ったあと、王妃のもとへ戻ってきてほしいのです。」

「国民が許すかわかりません。場合によっては王族としての身分を

剥奪されるかもしれません。それでも助けたいですか。」

「はい。」

雫がアルバート王子と魔獣と魔道士を順番に見て目を閉じた。

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