ナント王国王妃と雫(13)
13
(さて。)
会は順調に進んでいるように思えた。ゲストたちと王族たちの挨拶は滞りなく
進んでいる。アルバートが疲れたオーラを隠し切れなくなったこと以外はそんなに
問題はない。
(外見的な問題はなさそうに見えるけど。)
雫が会場の奥に立っている小さな子供をじっと見ていた。
「どうかされましたか。」
アルバートが雫に声をかけた。
「疲れてきましたか。」
「あっ、いえ。大丈夫ですよ。」
(確証になるまでは伝えられない。間違った情報で会場を混乱させるなんて魔道士として
あるまじきこと。)
雫はアルバートから子供に視線を戻した。
(今日は家族連れOKの会だから、子供がいるのは当たり前。あの子以外にも子供は
いっぱいいるし、あの子だって時折ほかの子供たちと遊んでいる。でも、何かが違う。
私が違和感を感じているということは。)
会が始まって1時間半が経った。会場内はホールの端で談笑する人たちや、ホールの
中央で仲睦まじくダンスを踊る人が見受けられた。
「アルバートも踊っていらっしゃいよ。」
王族の誰かがホールの壁寄りに立っていた雫たちに声をかけてきた。アルバートが雫を
見る。雫はその視線に気づいてアルバートを見た。
(だめね、恋人役に集中できてない。)
雫の本質は魔道士だ。魔道士として気になっていることに執着したくなる。
(これを後回しにしてもいいの。1時間半経っても誰も動かないということは一般
警備員たちが何も気づいていないというふうにしか考えられない。)
雫は王子を見た。
「踊りましょう。」
ホールの中が騒がしくなった。普段恋人なんて連れてこないアルバート王子が初めて
連れてきた恋人と踊るというのだから、当然と言えば当然だ。二人がホールの真ん中に
行き、踊り始める。
「お上手です。」
「昼間あれだけ練習したのですから、できないほうが恥ずかしい。」
「うふふ。」
雫がアルバートを見る。
(あの子は。)
踊る合間、雫が一瞬王子から視線をそらし例の子供を見た。
「さっきから何を気にしているのですか。」
「いえ。」
「何かあるのでしょう。」
「あるにはありますが、今はまだお伝えできません。」
「私に協力できることはありませんか。」
「お気遣い感謝いたします。しかし、王子を巻き込むわけにはいきません。」
拍手に包まれながら、二人はホールの端へ向かった。
「美しかったわ。やはりあなたはアルバートにふさわしい恋人ね。」
「恐れ入ります。」
アルバートに親しい王族の一人が雫たちを褒めた。
会が始まって2時間。舞踏会が終わるまであと2時間になった。
(人の流れがずいぶん落ち着いてきたわね。今なら行けるかもしれない。)
雫がアルバートを見上げた。
「王子。」
「はい。」
「少し席を外してもよろしいですか。」
「それはかまいませんが、どうされました。」
「少し気になることがありまして。」
「では私も共にまいりましょう。なぜかはわかりませんが、あなたが無茶をしそうな
気がしているのです。」
雫はアルバートを見つめた。
「巻き込むわけには。」
「巻き込まれたときは自己責任です。その時の責任はすべて私が背負いましょう。」
雫がしばらく考えていた。
「行くなら早く行った方がいいのでしょう。」
「ええ。」
「ならば。」
アルバートが歩き出した。
「王子。」
雫が慌ててアルバートの後ろに続く。
「待ってください。どちらに。」
「宮子さんの気になっているものはわかっています。」
「えっ。」
アルバートが立ち止まったのは、さっきから雫が見ていた子供の前だった。
「これでいいのでしょう。宮子さんは私の傍を離れることの危険性と、この子供を放っておくことの危険性を天秤にかけ悩んでいたはずです。」
「まあ。」
「私はここにいますから、この子の相手を。」
ほかの人間は誰も王子たちに注目していない。
「ありがとうございます。」
雫はぐるっと会場を見回してから、子供の前に進んだ。
(近づいてみてよくわかった。この子には悪が入ってる。どうしてこんなところに。)
雫が子供の前に立つ。
「こんばんは。」
子供は返事をしない。ただずっとつぶやいていた。
「王妃様、王妃様。」
(ドール、いや違うと思うけど。)
雫が子供の肩に手を置く。
「どうしたの?今日は誰と来たの?」
子供は全く応えない。
「王妃様、王妃様。」
雫が子供の瞳をじっと見る。
(身形は舞踏会に来た女の子とほぼ同じだけど、中から感じる魔力に悪が含まれてる。
それに、感情表現や意思疎通が図れない。明らかに怪しい。)
雫はアルバートのほうを見た。
「近くにいる魔道良の警備員のところまで一緒に来ていただいてもいいですか。」
「わかりました。」
アルバートの後ろについていくという形で、雫は魔道良の一般警備員のところに行った。
「どうされましたか。」
雫の立場を理解している魔道良の警備員は雫に敬語で接する。
「あそこに一人で立っている子供がいるでしょう。彼女を保護してあげてください。」
雫がエスパー魔法を飛ばした。
(悪が混じっています。)
警備員の目つきが変わった。
「かしこまりました。すぐに対応いたします。」
警備員が雫とアルバートに一礼して歩き出した。
「これで大丈夫でしょう。私たちは戻りましょうか。」
雫がアルバートを見上げた。
「王子。」
雫が王子の瞳を見つめた。
「王子。」
返事がない。
(嘘でしょ。)
雫がぱっと目を見開いて、警備員の歩いて行った方向を見た。あの子供がいない。
(子供がいないのに、さっきの方向に歩いて行ってる。あっ、あの子供は。)
雫が慌てて会場を見回した。
「あっ。」
舞踏会では王妃にゲストからの花束を渡す時間になっていた。雫が目をつけていた子供は
その列に並び、次に王妃に花束を渡そうとしていた。
「王妃。」
雫が右手を挙げて、手の甲を二回転させ、その先を王妃に向けた。警備員たちが一斉に
王妃のもとへ走り出す。
「間に合って。」
雫はアルバートを見た。直立不動で立っていて、焦点が定まっていない。次にさっき雫が
声をかけた警備員を見る。壁の前に立ち尽くしている。
(やられた。呪い魔か。)
雫はアルバートを連れていく。
「こっちへ。」
雫が無理やり手を引けば、アルバートはついてくるらしい。
「ここにかけてください。」
雫が会場の壁に取り付けられたソファーにアルバートを座らせる。
「こっちを見て。」
雫がアルバートの顎に手を当てて、雫の顔を見させる。
「目を見て。」
雫が定まらないアルバートの視線に自分の目を合わせる。
「我こそは聖なる女神ステファシーのまつえとしてロイヤルブラットが一つ木漏れ日家の
件俗なり。私の前に座る王子に聖なる癒しと導きを。フィーリング魔法ライトネス。」
雫の瞳の周りをうっすらと白い光が囲み、その光がアルバートの瞳の周りにも映る。
「大丈夫です。あなたは必ず私が守ります。だから、呪いにとらわれないで。」
アルバートがゆっくり目を閉じて、ソファーに倒れこんだ。
(よし。)
雫が立ち上がって、王妃のほうを見た。
「騒ぎになってしまったか。」
雫が小さく舌打ちをして、アルバートを振り返る。
「決壊魔法を貼っていれば、少し離れてもいいかしら。」
雫がソファーの四つ角に順番に触れた。
「決壊魔法プリズン。」
アルバートの眠るソファーが薄青い光に包まれる。
「少しだけ、少しだけ離れますよ。」
雫は決壊越しに王子に報告して走り出した。
会場内はこの一瞬でパニックの渦に巻き込まれ始めていた。王妃に向かって警備員たちが
一斉に走って行ったことで会場内は何事かと騒がしくなる。王妃自身もなぜこう
なったのかの理解はできなかった。雫がさっき右手首を時計回りに2回回したのは
緊急事態を伝える合図で、その手首の先が向けた方向へ警備員たちは一斉に向かうことに
なっている。それを受けた警備員たちは反射的に王妃のもとへ走ったが、雫が何を
危険視したのかは理解しきれていなかった。
「その子供は呪い魔です。王級関係者は会場にいるゲストの皆様を安全な場所へ避難
させてください。魔道良所属の警備員たちは呪い魔の駆除にあたってください。」
今回会場全体に呪い魔の危険を知らせたのは雫だ。危険因子を見つけたものが指揮を
執るのが魔道良のお決まりで、こうなれば、雫が指揮を執るしかない。
「呪い魔の子供は誰だ?」
「ピンクのドレスを着た金髪の彼女。」
雫が王妃たちのほうへ駆けながら叫ぶ。
「王妃はこちらに。」
あたりが緊迫する。当の呪い魔は相も変わらずつぶやくだけだった。
「王妃様、王妃様。」
呪い魔の前に数十人の魔道良所属警備員がいる。
「アルバート王子のいるソファーに決壊を張ってあります。念のためそこに何人か
行ってもらえますか。」
「王子の警備はおまえの仕事だろ。」
「私も呪い魔の駆除に参加したいのです。」
「呪い魔の駆除ぐらい俺たちだけでやれる。」
雫が魔道良の警備員たちを睨んだ。
「本当ですか。ここにいる魔道士の中でこの呪い魔を倒せる人がほかにいますか。
さっき、この呪い魔の対処を命じた警備員は逆に呪われあのざまですよ。」
警備員たちが黙る。
「私より年上でキャリアも長い先輩方がこのホール内外にはたくさんいます。しかし、
みなさんは公式警備に当たっていながら、呪い魔に私より先に気づいて対処を
しなかった。はっきり申し上げて、みなさんがこのレベルなら、私のほうが上ですよ。」
警備員たちは何も言えない。
「わかったら、私の指示に従ってください。」
数人の警備員たちが即座に王子のもとへ駆けた。
「木漏れ日。」
雫の隣に来たのは、雫がお城に来たとき同じテーブルで雑談をしていた数人だ。
「みなさんは。」
「何したらいいのかな。」
雫が一瞬黙る。
「私たちの中であんたが一番強いんでしょ。まあわかってたけどね。今回私たちが
ミスしたことは認めざるを得ない事実だわ。だったら、ちゃんと支持しなさい。
指揮官としての任務を全うなさい。」
「はい。」
雫が呪い魔を見た。
「あれはドールではありません。」
「悪魔の類か。」
「ええ。」
「なら、浄化するしかないでしょう。」
「ただ。」
雫が呪い魔の中心を指さした。
「ドールではないけれど、悪魔の中でも低俗の呪いまで、こいつを倒してもおおもとにたどり着けません。」
「今はそんなことどうでもいいわ。孫の呪い魔を倒すことのほうが賢明じゃない。今
私たちがやらないといけないことは犯人探しじゃない。この呪い魔を倒して一般人の
安全を確保すること。」
雫の隣に立つ金髪の女性が雫の背中に手を当てた。
「違う。」
(たしかに優先順位で考えるなら、正しいわ。)
「いえ、そのとおりです。」
雫が頷いて、一同が呪い魔を見た。
雫を含め15人の魔道士が呪い魔の前に立った。
「なあ指揮。」
「はい。」
雫が応える。お互いの名前がわからない時は指揮官を務める雫が指揮官や四指揮と
呼ばれるのはどの魔道良でも同じらしい。
「相手は子供の身形だが、化けてると思うか。」
「いえ、本当に子供だと思います。」
「ならよう、なんで子供の呪い魔のくせにこんなに強い殺気を帯びてるんだ。」
「わかりません。悪魔の中でも低俗の悪魔である呪いまで、しかも子供の彼女が
どうしてここまで強いのかまでは私にもわかりません。」
そのときだった。呪い魔の子供が雫のほうへ歩いてきた。
「王妃様。」
「今あいつなんて言った?」
「王妃様って言ったわよ。」
魔道士同士が会話をする。雫がずっと呪い魔を見ていた。
「指揮、どうするんだ。」
「迎え撃ちます。」
「ですよね。」
15人が身構える。
「王妃様。」
(何を言ってるの。)
雫が一歩踏み込んだ。
「王妃様。」
呪い魔が雫にどんどん近づいてくる。
「指揮官、気を付けてください。あいつは。」
呪い魔が雫の胸に手を当てた。雫は微動だにしない。
「大丈夫よ。」
雫が呪い魔の頭に手を当てる。
「大丈夫、何も怖くない。そのまま眠ってしまいなさい。」
「王妃様。」
雫がゆっくり呪い魔を抱きしめて抱っこする。
「どういうこと。」
雫がそのままゆっくり警備員たちを振り返った。
「今です。」
雫が口パクで警備員たちに言う。はっとした警備員たちが一斉に浄化魔法を呪い魔に
当てた。
「やったか。」
大きな光に視界を包まれて、数秒間誰も何も見えなかった。




