ナント王国王妃と雫(12)
12
舞踏会が始まる前、王族とそのパートナーたちが先に会場へ入るのがナント王国王室の
しきたりになっている。
「あらアルバート、とってもよく似合うわね。」
雫がアルバートの半歩後ろを歩いて王妃の前に行く。
「ありがとうございます。」
ふてくされたようなアルバートの返事に王妃がため息をついたあと、雫を見た。
「あなたもとてもよく似合っているわ。」
「恐れ入ります。王妃。」
「雫ちゃんはマナーも態度も成っているのに。」
王妃がアルバートを見た。
「私に同じものを求めないでください。」
「まったくー。」
王妃が雫を見た。
「今日一日この子のことをよろしくね。」
「はい、誠心誠意努力いたします。」
ここにはほかの王族もいる。すでに雫の非公式警備任務は始まっている。
「あらアルバート彼女はだあれ?」
さっそくアルバートの叔母が話しかけてきた。
(うまくやってくださいね。)
雫がエスパー魔法をアルバートに飛ばす。アルバートが叔母のほうを見て微笑む。
「ご無沙汰しております、叔母上。彼女は愛香宮子と言います。このように堂々と言うこともお恥ずかしいのですが、私の恋人です。」
「あらあらまあまあ。」
叔母が大きい声を上げたので、ほかの王族たちも遠巻きに雫たちを見た。
「みなさんお聞きになった。アルバートが、アルバートが恋人を作って、しかも彼女を連れてきたんですって。」
会場がざわざわし始める。王族たちが口々に話しているのもあるし、使用人たちも陰で
こっそり話していた。
「アルバートすごいなあ。」
「あなたに恋人ができるなんて。」
「信じられないわ。」
「それに、とても素敵なレディーじゃない。」
こういう話に興味のある王族たちが次々にアルバートのところへ集まり、小さな輪が
できた。
(今ですよ。)
雫がエスパー魔法を飛ばした。
「さあ、皆様にご挨拶して。」
「はい、王子。」
雫が一歩前に出て、まず深く一礼した。
「お初にお目にかかります。愛香宮子と申します。現在、王子とお付き合いさせて
いただいております。」
王妃が遠巻きに見ていた。
(あの微笑み、声色、言葉遣い、立ち姿、そして全身から醸し出す華やかでそれでいて
飾りすぎず邑楽かなオーラ。お芝居だけでできるものではないわね。やっぱり生まれが
良かったのでしょう。ドレスやアクセサリーに着られ、飾られることもない。しっかり
自分を主張しつつも出すぎないように華やかさを調整している。天才ね。)
「まあまあとても礼儀正しくて丁寧なレディーですこと。もっとゆっくりあなたとお話
したいわ。アルバートが初めて作った恋人なんですもの。」
叔母が雫の手を取った。
「叔母上せっかくですが、もうすぐゲストの皆様がお見えになります。」
「あらそうね。ではまた後で。」
雫たちを取り巻いていた王族たちが少しずつ散っていく。
「大丈夫ですか。」
アルバートが雫を見る。
「ええ平気ですよ。王子は?」
「大丈夫です。」
「普段はあまりこういった会に出席されないとお聞きしました。」
「当然でしょう。」
アルバートの後ろを雫がついていく。
「どちらに?」
「ゲストのもてなしは私の仕事ではありませんから。」
「ですが。」
雫が立ち止まって王妃のほうを見た。
王妃が雫を手招きしている。
「たぶん呼ばれていますよ。」
「はっ。」
アルバートが王妃を見る。
「残ってゲストに挨拶しなさいですって。」
「口の動きから。」
「はい、めんどうくさい。」
「これも仕事です。」
雫が微笑んで王妃のほうを向く。
「王子先をお進みください。」
「宮子さんが先を行ってもいいのですよ。」
「いいえ、王子の半歩後ろをついてこそのわたくしですから。」
確実にアルバートと雫に視線が集まっている。離れてからも王族たちは雫とアルバートを
ちらちら見ていた。
「アルバート、宮子さん、ここに並んで。」
「はい。」
王妃の手招きを受けて、雫とアルバートが並ぶ。ゲストが入ってくる扉の両サイドに
王族たちが立って、ゲストを出迎えるのがナント王国王室の伝統だ。
「せっかくアルバートが舞踏会に来たのだもの。今日私の横に立つのはアルバートと
宮子さんよ。みんなそれで構わないわね。」
誰も何も言わなかった。
「ならどうぞよろしく。」
「はい。」
さっきから雫ばかりが返事をしている。
「アルバート顔が怖いわ。」
王妃がアルバートを見た。
「なぜですか。」
「何が。」
「私はゲストを出迎えする担当ではないはずです。」
「せっかくよいいじゃない。」
「そのとおりだ。」
声のしたほうを雫が向くと、アルバートたちの斜め前に男性が立っていた。
(茶色い髪、ナント王国国民によくある茶色い髪。服装からして王族ね。
あの顔はたしか。)
雫が頭の中で記憶を辿っている間にアルバートが口を開いた。
「なぜここにいらっしゃるのですか。」
「君の恋人とやらをぜひとも見たくてね。」
(私。)
雫が我に返って男性を見た。
(思い出したわ。アルバートの父親、「レギンス」。)
さっきアルバートが言っていたアルバートの父親だ。王妃とも犬猿の仲でアルバートに
対しても厳しく当たってきたという。
「普段あなたがこんなところに来ることはないでしょう。」
アルバートの瞳が冷たい。横からアルバートを見ていた雫はそう感じた。
「王妃の許可は得ている。私が表に出ることはない。どうぞ二人で素晴らしいひと時を
過ごしたまへ。」
アルバートが眉間に皺を寄せたまま黙っていた。
「ほら。」
王妃が手を叩いた。
「もうすぐゲストがいらっしゃるわ。おもてなしのお顔をなさい。」
王族たちの空気がふっと緩んだ。しかし、アルバートだけは表情をさっきから変えようとしない。
「王子。」
(これはこうしないとまずいかな。)
雫は王子の額に手を当てた。王族たちが二人を見ている。
(見られてるのはわかってるけど、今のままだとよろしくないわ。)
雫がゆっくりアルバートの額を左から右になぞる。
「どうぞナント王国王室第16王子にふさわしい立ち居振る舞いを願います。」
王族たちが凍り付いた。王子に対してたかが恋人がこんな口の利き方をするなんて
ありえないのだろう。
「あなたアルバートになんてことを。」
王子の同い年ぐらいの女性が雫を睨んだ。雫は睨み返さないが、女性を見返した。王妃が
ため息をついて口を開く。
「ストップ。宮子さんの発言は的を得ていますよ。何を咎めることがあるでしょう。」
「しかし。」
王妃が女性に首を振った。
「こうでも言わないとアルバートはずっとふてくされていました。」
女性が黙った。
「宮子さん、ありがとう。」
「いえ、出すぎた真似をご容赦ください。」
こうしてゲストたちを招き、舞踏会が始まった。
「アルバート王子、ご挨拶申し上げます。」
貴族や王族関係者たちが王族に挨拶をして回る際に、必ずアルバートのところにも
やってくる。さっきまでのふてくされた表情をなんとか隠してアルバートが挨拶をし、
それに合わせて雫が自己紹介をするというのを20回ぐらい繰り返した。
「いつまでこれは続くんだ。」
貴族の一人がアルバートから離れた時、アルバートがつぶやいた。
「まだ会が始まって10分も経っていませんよ。もう少しご辛抱ください。」
「本当に宮子さんは慣れていますね。」
「わたくしの話を少しするのなら、わたくしのところにもこういった会の時はたくさん
親戚が声をかけにきました。舞踏会なのに、踊るどころではなくて。」
「あなたに顔を売ることに何かメリットがあったのですか。」
「詳しく話すと長くなりますので、少し掻い摘んでお話するのなら、私は一族の中でも
秀でて優秀と言われていました。私が将来一族の中で、中心的な役回りをする人間に
なると誰もが思っていました。多くの親戚たちが、そんな私に幼少期から恩を売って
おくことが賢明だと判断したのでしょう。」
雫を見るアルバートの瞳が少し揺れていた。
(宮子さんにもいろいろな苦労があるんだな。)
「さあ次の方が来られていますよ。」
雫が微笑みを作って正面を向く。




