ナント王国王妃と雫(7)
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「よくお似合いですよ。」
鏡の前に立つ自分を見て驚いた。
ここ数年、しっかりドレスを着て、髪を整えて、メークをプロにやってもらい、香水をつけることなんてなかった。
毎日の仕事では、こんな服は着ない。
昔はよく着た装いだったのにと思いながら、私は使用人のみなさんを見た。
「おかしくないでしょうか?」
「大変よくお似合いです。」
「ありがとうございます。」
「王妃様のところへ戻りましょう。今後の指示をされたいそうです。」
「わかりました。」
部屋を出た後、たくさんの魔道士とすれ違った。
私を知っている魔道士が、私を二度見する。
「失礼いたします。木漏れ日様の準備が整いました。」
「どうぞ。」
部屋に入ると、王妃と数名の使用人しかいなかった。
「すごいわね。様になってる。」
「恐れ入ります。」
「こちらにいらっしゃい。少しあなたとお話したいわ。」
「はい」
私は王妃の前に置かれたソファーに腰掛けた。
「どうぞ。」
「いただきます。」
カップに入った紅茶を口に含む。
「お名前はたしか木漏れ日雫?」
「はい。」
「あなたのご実家は裕福なお家なのかしら?」
「木漏れ日家はロイヤル部ラットの一つなので、金銭面や、安全保障の観点で、多少の優遇を国から受けています。」
「ロイヤルブラット?」
「はい。」
「ロイヤルブラットは、魔道にばかり力を入れているイメージだったけれど、こんなふうにドレスを着ったり、ホールでダンスを踊ったりする機会があったのね。」
「はい、木漏れ日家は少しオーバーに言うのなら、貴族のようなものでしたから。」
「なるほど。英才教育がとても厳しかったということね。」
「はい。」
「大変だったでしょう。」
「その時は辛いと思ったこともありましたが、今となっては、数々の芸事を英才教育の中で受けていたおかげで、できることもありますから、両親に感謝しています。」
「それって、今日みたいなこと?」
「はい。」
「やっぱり、あなたのこと好きだわ。信頼させてもらうわね。」
「えっ。」
話の流れについていけなかった。
「嘘をついているそぶりがないところが好きなの。」
王妃が右手を挙げて、後ろに控えている女性を呼ぶ。
「お呼びでしょうか?」
「アルバートをここへ連れてきて。」
「かしこまりました。」
(誰だろう?どこかでその名前を見た気がする。)
私が頭の中で思い出そうとしていると、王妃が壁に掛けられた写真を指差した。
「アルバートは彼。私の弟よ。」
「王子でしたか。」
「そう、堅物な男でね、ガールフレンドを全然作らないの。いい機会よ。あなたがアルバートのガールフレンド役として、舞踏会に出席しなさい。私の警備よりも、アルバートの警備を優先してかまわないから。」
言っている意味がつかみきれない。
「もう少し詳しくお聞かせいただけませんか?」
「もちろん。」
王妃がカップをおいて、ショートケーキにフォークを刺した。
「あなたはナント王国の社会情勢についてあまり詳しくないかもしれないけど、今アルバートはいろいろな派閥から命を狙われているわ。」
「存じ上げています。」
「どうして?」
「任務に就く前に、舞踏会に出席される王族の皆様の現在の状況は、魔道良で公開されている範囲内で把握するように心がけています。」
「なら話は早いわ。そういうわけで、今のアルバートは人を信じることができないの。今回の舞踏会も、出席したがらないアルバートを何とか説得したのよ。無理やり出させることにしたから、アルバートの機嫌はすごく悪いわ。」
「なぜそうまでして、舞踏会に王子を出席させたいのですか?」
王妃がショートケーキを口に運ぶ。
「気晴らしよ。アルバートって、毎日暗い部屋に籠って本を読んでるの。健康に良くないでしょ。」
「命を狙われている王子が安全のために部屋に籠ることは、けっして悪いことではないと思いますが。」
「物には限度があるでしょ。それに、早く結婚させないと。」
王妃の言葉がそこで止まった。
「王妃?」
「今のは忘れて。」
「かしこまりました。」
きっと何かあるのだろう。
私は頷いてカップを置いた。
「わたくしは王子の恋人役を演じればよいのですね?」
「そうよ。二人で仲睦まじいカップルを演じて頂戴。」
アルバート王子が部屋に入ってきたのは、使用人の女性がアルバートを探しに行ってから、15分後のことだった。
その間私と王妃はいろいろなことを話した。
私のことを王妃に話し、王妃も、自分のことを私に話す。
すでに王妃の座について13年が経つ王妃には、たくさんの子供がいて、王妃と母親の料率をしていること。
今でも自分の義理の兄弟の数人と仲良くできないということなどを聞いた。
「失礼いたします。アルバート王子が到着されました。」
「通して。」
王妃が微笑みを浮かべて立ち上がり、私も扉のほうを向いて席を立った。
「失礼いたします。」
部屋に入ってきた長身の男性がアルバート王子だ。
任務に来る前に見た王子の顔写真と一致している。
背が高く、美しい容姿をしていて、ナント王国王族特有の茶色い髪のけが目を引いた。
「お呼びでしょうか?今取り込んでいるのですが。」
アルバート王子が私のことなど見ずに、王妃の前に行く。
「あなたの取り込んでいるは、読書が忙しいという意味でしょ。そんなことより大切なことがあるの。」
アルバート王子がため息をついて私を見る。
「この女との見合いですか?」
口ぶりからして、今までに何回かこういったことがあったのだろう。
「だとしたら?」
王妃が感情を表に出さないように微笑みを浮かべながら、アルバート王子を見る。
(質が悪いなあ。)
「私は今すぐ吉備津を返して、この部屋から出て行きます。そして、約束を破ったのは王妃ですから、今日の舞踏会にも出席しません。」
王妃がため息をついた。
「違うわよ。彼女はあなたを警備してくれる魔道士。」
「はっ。」
アルバート王子が、私と王妃を順番に見て首を振った。
「なんの御冗談ですか?こんな服を着た女が魔道士で、しかも私の警備係?ふざけないでください。私に警備は必要ないと何度言えばわかるのですか。それに、こんな女を私の横に置いていては恋人と勘違いされます。」
「それでいいのよ。」
「はっ。」
「彼女は魔道士であることを公表せず、警備任務に当たる非公式警備員よ。だから、魔道士であることがばれないこの服装でいることに意味があるし、あなたの恋人役を頼んだの。今からあなたたち二人でA4用紙5枚分のなれそめ話と、20問程度のアンケート項目をうめなさい。うめ終わったら、それを私のところにもってきてね。」
アルバートの顔にどんどん怒りの色がにじんでいく。
「つくづく呆れますね。何を言っているのですか?」
「これは王妃命令よ。忠実にしたがいなさい。」
「お断りします。」
「なら、例の本は貸せないわ。」
「王妃。」
アルバート王子が叫んだ。
私には状況の6割程度しかわからない。
「失礼する。」
「本はいいの?」
「本を読めないことよりも、恋人役を演じなければならないほうが屈辱ですので。」
王子がばたんと扉を閉めた。
部屋にしんとした空気が流れる。
使用人たちの顔が強張っていた。
「ごめんなさいね。」
「こうなることを想定されていましたか?」
私の頭をよぎった一つの仮説を口にした。
「どうしてそう思うの?」
「王妃はこうすることで、アルバート王子と私が関係を深める機会になるとお考えになったのではありませんか?」
王妃がくすくす笑った。
「せいかーい。」
私がため息をついて王妃を見た。
「雨降って地固まるっていう言葉もあるでしょ。」
「ありますが。」
「後はよろしくね。」
あまりに無茶な話の流れと提案で、私はため息をつきながら時計を見た。
「王子がどこにいらっしゃるのかがわかるのなら、動きましょう。」
「弓道場よ。アルバートはストレスがたまると部屋を出て、弓道場に行くの。」
「承知しました。」
私は立ち上がった。
「なんとかできそう?」
「いえ、やれるだけやってみるだけです。」
「期待しているわね。」
私は数名の使用人を連れて部屋を出ようとした。
「一つ教えてあげる。」
私は王妃を振り返る。
「弓道はお得意?」
「えっ。」




