ナント王国王妃と雫(1)
1
王族専用車両の後部席に王妃と雫が隣り合って座っていた。
「ホテルまではあと10分ぐらいよ。」
「ホテルに着いた後は、いくらでもお相手しますから、この10分間は仕事に集中させていただけませんか?」
「仕方ないわねぇ。」
「ありがとうございます。」
雫はスマホを取り出し、今日の報告書の概要を書き、メールで任務完了報告を指令室に送り、明日の予定を確認する。
(明日からノーエルに泊まりで行くのよね。お泊りセットの予備は持ってきていたはずだけど。それから。)
雫が、グループめーとのデスクワーク官僚票を見る。
(今日の分は全員終わってるわね。チコ頑張ったじゃない。私も一様終わってるわね。本当は、今から魔道良に帰って、締め切りが明日以降のデスクワークを徹夜でやるつもりだったけど、これじゃあ上手に少し頼まないといけないかも。)
雫の険しい横顔を王妃が黙ってみていた。
「難しい顔ね。」
「もう少しで終わりますから、あと少し黙っててくださいね。」
「はーい。」
王妃はペットカップに置かれた水を飲む。
(久しぶりに会えたのに、ずっとスマホとにらめっこ。)
王妃がむくれていると、雫がスマホをカバンにしまって、王妃のほほに触れた。
「せっかくの美しいお顔が台無しですよ。笑ってください。」
「笑うのは人前だけで十分。」
「私も一様人ですが。」
「そういう意味じゃない。」
「わかってますよ。」
「もう。」
ホテルの地下駐車場に王妃たちを乗せた王族占領者量が留まる。
雫たちは今日一泊する部屋のあるフロアーにエレベーターで上がった。。
「よくマスコミが追いかけてこないわね。ほかの国なら、駐車場からエレベーターまでカメラがびっしりよ。」
「NYが国賓対応に慣れているからかもしれませんね。」
「なるほど。」
「はい。」
エレベーターを降り、雫と数名の使用人を連れて、王妃が部屋に向かう。
「こちらのお部屋をご用意いたしました。」
ホテルスタッフに微笑んでから、王妃は部屋の中に入った。
「雫、ついていらっしゃい。」
「はーい。」
「雫って、こういう部屋に来ても全く動じないわよね。どうして?」
「木漏れ日の本亭はここと同じぐらい広いですし、豪華絢爛なので。」
「なるほど。いつも思うけど、木漏れ日本亭って本当に大きいのね。」
「大きいですよ。その分住んでいる家族も多いです。」
「大家族なの?」
「いえ、能力上位者が集まるんです。」
「えっ、どういう仕組み?」
「以前お話ししましたよ。」
「忘れたからもう1度聞かせて。」
「わかりました。でも、その前にお風呂に入ってきてください。お疲れでしょう。」
「だったら、雫が先に入ってきなさいよ。」
「いえ、私はあとで。」
「そう。」
奥の部屋で、王妃と雫が二人きりで向かい合い話している。
「なら先に入らせてもらうわね。」
「どうぞ。」
「もしおなかがすいてたら、冷蔵庫のもの好きに食べていいわよ。」
「そうですか。では、遠慮なく。」
「それは先に食べるんだ。」
「すみませんが、かなり空腹で。実をいうと、空腹のときにお風呂に入ると気分が悪くなるんです。」
「そういうこと。それなら、ちゃんと食事をとりなさい。今オーダーするから。」
「それは王妃の入浴が住んでから出いいですよ。」
「いいわよ別に。好きに食べてなさい。」
「ありがとうございます。」
王妃が入浴している間、雫はゆっくりスープを飲みながら、スマホで仕事をかたずけていた。
(やっとゆっくり食事がとれる。)
今日15時におやつを食べてから、何も食べられずにいた。普通の警備任務なら、途中で10分ぐらい休憩があって、簡単な軽食を食べることもできるが、王子につきっきりで休憩どころではなかった。
王妃がお風呂を出て、次に雫が入浴を済ませて出てくると、時刻はすでに23時半になっていた。
「私が用意した部屋ぎ、よく似合ってるわ。」
「ありがとうございます。」
「それにしても、時間がたつのって早いわねぇ。」
「普通に流れていると思いますよ。会場を出て、車で移動して、荷物を置いて、お風呂に順番に入ればこれぐらいの時間になるでしょう。」
「そう?」
「はい。」
「何か飲む?」
「それでは、冷蔵庫の中のものを適当に。」
「お酒は飲めないんだっけ?」
「はい。」
「明日があるから?」
「体質です。」
「へぇ。」
「前もお話ししましたよ。」
「それさっきも言われたわねぇ。私って忘れっぽいのかしら?」
「お忙しいから、頭に残らないのだと思います。」
王妃が冷蔵庫に飲み物を鳥に行って、雫がグラスを用意する。
「軽食はそれでいい?」
「はい。」
「じゃあ、いただきましょうか。」
部屋の中は落ち着いているし、余計な音は一切ない。響くのは、雫と王妃が食事をする音だけだ。
「使用人の皆さんは、部屋に入れなくてよかったのですか?」
「ええ、、いいわ。ここには昨日から止まっているから、部屋の作りは分かっているし、明日の打ち合わせはここに来る前に済ませてあるわ。」
「善かったです。」
「そっちの引継ぎは終わっているの?」
「はい、あとは明日の朝魔道良に行って、グループメートたちがちゃんと今日の報告書を書いていることを確認できれば、私がそれに自分の報告書を付け足すだけです。」
「忙しいのねぇ。」
「慣れましたよ。」
(王妃も少しやつれたなぁ。)
1年に1回ぐらいのペースで雫と王妃はあっている。王妃の少しの変化でも雫は感じることができた。
「私の顔に何かついてる?」
「いいえ、少しお窶れになったなと。」
「年齢でしょう。」
「いいえ、年齢ではないと思います。その顔色はストレスが溜まっている証拠でしょう。」
「さすがね。」
「大体の大人は、ストレスで胃や肌をやられます。
「そうね。」
「しっかり眠っていますか?」
「まあ、薬を使えば。」
「自発的な睡眠は?」
「むりよ。ネタって1時間で起きちゃうわ。」
「望ましくないですね。」
「そういう雫はどうなの?あなたの場合は寝れないというより、仕事を理由に眠ってない気がするけど。」
「当たりですよ。毎日徹夜しないと仕事なんて終わりません。」
「体が壊れるわよ。」
「人のこと言えないでしょう。」
「まあ。」
二人でため息をつく。
「もう少しお互い、ゆっくりできないものかしら。」
「ゆっくりしたいですねぇ。」
「私って、雫が初めて私に合った時より、忙しくなっているように見える?」
「はい、見えますよ。」
「あらら、私から見た雫も忙しくなってるように見えるわよ。」
「そうですか?」
「7年前はこんなにバタバタしてなかったわね。」
「私は7年前、ひたすら生きるか死ぬかの瀬戸際で戦っていましたよ。今は死ぬ確率は下がりましたが、一般的なOLの皆さんに近いことと、魔道師としての仕事の掛け持ちが大変です。」
「2足の草鞋?」
「15足ぐらいかと。」
「すごいわねぇ。」
「王妃もそんなところではないですか?」
「どうしてそう思うの?」
「母親としての顔、妻としての顔、娘としての顔、貴族に対する王妃の顔、使用人に対する王妃の顔、国民に対する王妃の顔、外交儀礼的な王妃の顔、こんな風に数えていたら15個の顔なんてあっという間に出てきますよ。それに、もっとあるでしょう。」
王妃がくすくす笑って、フォークを置いた。
「雫と話しているのが、1番気楽でいいわ。1年に1度しか会えないのが残念。」
「私は1年に1度会えているだけ、マシと思っていますよ。お互いもっと忙しければ、何年も会えないでしょうから。」
「確かに。」
雫がグラスに飲み物を追加する。
「王妃、入れましょうか?」
「お願い。」
「同じものでいいですか?」
「ええ。」
「わかりました。」
会話が弾んでいると、部屋の時計の金がなった。
「12時ですね。」
「まだ寝ないでしょ。」
「私は寝たいのですが。」
「ダメ。」
「わかってます。でもまあせめて、3時か4時には寝ましょうね。今日だって、朝からscheduleがびっしりだったと王子が教えてくれましたよ。」
「ええ、忙しかったわ。今日も8時にはここを出ないといけないの。」
「だったら絶対に3時か4時には寝ましょうね。」
「えぇ、朝まで話したいのに。」
「もう少ししたら、別途でもお話を伺いますから。」
「やったぁ。途中で寝ないでよ。」
「努力します。」
王妃が来ていた普段着のポケットから、1枚の写真を出して雫に渡した。
「これ見て。」
「櫃令します。」
写真にはラニ王子を膝に乗せた王妃が映っていた。
「ラニ王子がおいくつの時のお写真ですか?」
「4歳の誕生日。」
「かわいらしいですね。」
「そう。」
「皇子の話ですか?」
「ピンポーン。今日の報告をしてくれる?」
「わかりました。」
(本題と雑談に脈絡がないなぁ。)
雫は、れざーとの一つであるロイヤルチーズケーキをフォークで切りながら、話し始めた。
「報告といっても、今日の宝探しの内容はあとで王子から直接聞かれるのでしょう?なら、あまりネタバレはしないほうがいいですね?」
「ええ。」
「であれば、私に王妃が聞きたいのは、王子の変化に関する報告と私のそれに対する考察、今後の王子の成長に関するアドバイスといったところでしょうか。」
「ええ。」
「わかりました。」
雫は一口ケーキをほおばってから、フォークをお皿に置いた。
「まず、ラニ王子は魔道適性をお持ちです。」
「本当なの?」
「はい、本人やNeumanさんに聞けば分かりますし、ナント王国に帰った後、すぐに魔道適性検査を行ってください。4歳であれだけの魔道を使いこなすことができる魔道適性の持ち主はそういません。魔道に携わるものとしては、今すぐにでも魔道師専門学校に入学させて魔道の知識と実践を積ませたいと思うものです。」
「木漏れ日家の中にもしあの子が生まれたとしたら、、あの子はどういう風に評価される?」
雫がしばらく目を閉じて、ゆっくりと目を開けた。
「魔道第2別邸か第3別邸に住み、その家の上位夫婦に育てられる成績かと。」
「雫は本亭の最高位夫婦に育てられたのよね。それを思えば大したことないように思えるけど。」
「いえ、100近くある木漏れ日家の魔道別邸の中で、第2別邸あるいは、第3別邸に住めるのですよ。すごいことです。」
「そういう風に考えれば、すごいことね。」
「話がそれましたね。王子は魔道の存在をご存じありませんでした。ですから、変な力を自分は持っていると思われ、それを隠すためにほとんどの人と口を利かなかったのです。」
「ナント王国には魔道適性を持った国民は、海外からの移住者や留学生を除いていないに等しいわ。王族にも今まで魔道適性を持った人間はいなかった。ラニが一人目よ。どうしてこんなことが起きたのかしら?」
「今の王の祖先をたどられたことはありますか?」
「いいえ、雫はいつも祖先や眷族といった概念を大切にするけれど、この質問もそれと関係があるの?」
「はい、あります。今の王の血筋や祖先に魔道適性にかかわりのある人物がいれば、遺伝子的に王子が魔道適性を受け継いでいても、おかしくはありません。」
「そう。」
王妃が少しうつむいた。
「今の王はナント王国ご出身の方ではありませんでしたね。」
「ええ、隣の国の貴族の一人よ。前にも話したでしょう。」
「はい、覚えていましたよ。確認の意味を込めて尋ねました。」
「ナント王国出身者でないということからも、確率はさらに上がると?」
「はい。」
王妃がため息をついてテーブルに突っ伏した。
「食器があるのですから、気を付けてください。せっかくお風呂に入ったのに、髪の毛が汚れてしまいますよ。」
雫が席を立って、王妃の後ろに回り、長い髪の毛を後ろに流す。
「だって、王族の中に魔道適性を持った王子が誕生したなんて口外してみなさい。」
「前例がないからこそ生まれる非難の声や、葛藤があると?」
「ええ。」
雫はそのまま王妃の肩に手を置いた。
「今あの子に魔道適性があることを知っているのは、Neumanと雫だけよね?」
「はい。」
「でもそれは、今日の晩さん会に来ていたラニが王子だと誰も築いていないことが大前提ね。」
「はい。」
「あー。」
王妃がテーブルに突っ伏したまま、頭をこすりつける。
「何が想定される?」
「私に聞かずとも、お分かりなのではないですか?」
「自分の口から言いたくないの。私の代わりに行って。」
雫が1度深呼吸をしてから、話し始めた。
「まず、ナント王国国民の中で、魔道師がどういったイメージを持たれているのかが、王子の成長において大きなカギの一つです。国民の中に、魔道師にタイするプラスのイメージが根強ければ、王子が成長する中で国民の目を気にする必要はありません。逆に、魔道師に対するマイナスなイメージが根強ければ、王子がナント王国王室で成長することにはいくつも困難があるでしょう。なぜなら、ナント王国王室は、国民との距離が近く、国民との接点も多いからです。次に想定されることは、ご兄弟間でのパワーバランスの変化です。ご長男であるシルート王子はすでに成人されていますし、ご兄弟の多くが1度は魔道師について見聞きしたり、実際に合ったりしているでしょう。はっきり申し上げて、魔道師は一般の人間と比べて、圧倒的な力の差をもって強いといえます。ゆくゆく、ナント王国の次代の王をご兄弟の中から決めるとき、しきたりになっている王の決め方が議論を呼ぶでしょう。ナント王国では、長男や長女が王位を継承するのではなく、その時の王妃がなくなった段階で最も優れた兄弟を王位につかせます。魔道適性を持ったラニ王子が、魔道適性を持たないほかのご兄弟たちに比べて、すぐれた人物になられることは言うまでもない事実です。魔道を使えることでできることは山とあります。魔道師だからできる様々なことを、審査基準に含めるか含めないかという議論がされた際、ナント王国王室が出した結論は、王室が魔道師をどのように考えているかという一つの指針になりかねません。対応を誤れば、国民の中から批判をするものが出てくるでしょう。それに比例して、ご兄弟、あるいはご親戚の中で、ラニ王子をよく思わない人間が出てくることは想定しなければなりません。最悪の場合。」
「やめて。」
雫が王妃の肩においていた手をそっと話して、自分の席に戻った。
「出過ぎた真似をご容赦ください。」
「いいえ、攻めている訳ではないの。的を得ている。雫の言っていることは的を得ているわ。
「先は長いですね。」
「ええ。」
「ですが、私は、この状況を王子にはまだ伝えてはいけないと思います。王子は普通の子供たちよりも確実に賢い方です。魔道のことを世間に口外してはいけないと自分で気づき、黙り続けた方ですよ。」
「自分の存在が様々なトラブルの引き金になるなんて知ったら、」
「そういうことです。」
「雫の知り合いに、こんな感じの知り合いはいない?」
「いますよ。」
「いるの?」
「はい、私のグループメートの中にいます。」
「まだその時ではない?」
「会う時ではないという意味ですよね?はい、まだ少し早いです。本人の気持ちの整理もまだできていませんから。」
「そう。」
王妃がグラスではなく、ティーカップを手に取った。
「中身入ってませんよ。」
「あら。」
「もう。」
雫がポットから紅茶を注ぐ。
「これからどうするべきだと思う?」
「私に聞かれましても。」
「雫のことよ。最低でも、一つや二つぐらいは何か案を持っているはず。」
「あてにしないでくださいね。」
「国に変えれば、もっといろいろな野心や知恵を持った貴族や親戚たちと話し合わないといけなくなるわ。その前に、率直で純粋な雫の意見を聞いておきたいの。」
「私の意見を申し上げるなら。」
雫がケーキを食べ終え、お皿を奥にやり、フルーツムースのお皿を手前に置いた。
「皇子の意思を最大限に尊重します。王子が魔道の道を究めたいというのなら、それにふさわしい学びを与え、魔道よりも実学や一般教養を学びたいというのなら、それを優先します。大切なことは、王子の意思を尊重することではないでしょうか。」
「なるほど。」
「うちのグループメートのことを少し説明すると、魔道師としての資質から命を狙われ、生きていくために魔道の道を究めた者がおります。家族と過ごすこともままならず、家庭のぬくもりをほとんど知らないまま育ちました。」
「それに比べれば、実の家族と過ごすことのできているラニは幸せだと。」
「はい。」
時計の針が12時40分を刺そうとしていた。出された料理を一通り食べ終え、ホテルのスタッフに下げさせる。
「さぁ、この話はそろそろ終わりにしてもよろしいですか?」
「ええ、ありがとう。ずいぶん気が楽になったわ。」
「テーブルも空いたことですし、紅茶をお供に何かしましょうか。」
「何でもあると思うわよ。あそこのかごの中を見てみて。昨日のぞいたら、カードゲームやボードゲームが入っていたわ。」
「楽しそうですね。ぜひやりましょう。」
「ええ。」
「何がいいですか?」
「頭を使いたくないの。適量に刺激があって、それでいて無心になれるもの。」
「なら、神経衰弱でどうでしょうか。毎回の高齢ですし。」
「賛成。」
「では、準備を。」
1年に1度程度、王妃と雫が顔を合わせれば、神経衰弱をするのは毎回の恒例だ。
二人とも賢くて頭が切れる。
そんな二人は、ぼーっとしながら非生産的な話をすることなど耐えられない。
適度に頭を使いながら、雑談をしているほうが心地がいいのだ。
「何か欠けますか?」
「いいえ、かけ事をしたら、いつもの癖で頭がそちらにしか向かなくなるわ。」
「癖ですか?」
「ええ。」
「外交の場でよくするということですか?」
「ノーコメント。」
「Yesって言っているのと同じですよ。」
「聞こえなーい。」
「はいはい。」
テーブルに3セットのトランプをランダムに並べた。
「大きいテーブルでよかったですね。」
「ええ、トランプを3セット広げられる広いテーブルってなかなかないのよね。」
「始めましょう。」
二人が対面して、1枚のコインを雫が投げる。
「すべてをこのコインに。」
天井に当たったコインがくるくると回転しながら、雫の手の甲に落ちた。。
「表。」
「裏。」
雫がコインに視線を落とす。
表です。王妃からどうぞ。」
「はーい。」
二人が淡々とカードをめくりあっていく。
「ねぇ。」
「なんですか?」
「あの話ししてよ。」
「どの話ですか?」
「あなたの血筋の物語。」
「去年も話しましたよ何なら、毎年話していますよ。いい加減覚えてください。」
「だって、あれ菊の楽しいんだもん。」
「どこがですか?」
「組織が。仕組みとかなかなかよね。」
「私にとっては楽しい話ではないですし、私が話してばかりで、王妃は聞くだけですから、私より神経衰弱に有利になりますよね?アンフェアです。」
「ただでさえ、雫は神経衰弱強いくせに。判でよ、判で。」
「わかりました。」
「やったぁ。」
「その代わり、質問してください。そのほうが話しやすいので。」
「はーい。」
王妃がそろえたトランプを自分のケースにしまいながら、雫を見る。
「じゃぁまずは、雫の魔法宣言の身分証明文言を聞かせてよ。」
くすくす笑いながら、王妃が雫を見る。
「からかっているでしょう。」
「だって、何回聞いても面白いんだもん。」
「面白がるようなものではないのですよ。あれでもれっきとした身分証明の文言なんですから。人より少し長くて、カタカナが多いだけです。」
「ねぇ聞かせてよ。」
(話聞いてないな。あるいは言いたくないってわかってて行ってるな。)
「わかりました。」
雫がトランプを2枚めくって、自分のケースに入れる。
「吾は聖なる女神ステファシーの松江にして、ロイヤルブラットが一つ木漏れ日家の眷族なり。」
「やっぱり面白いわ。」
「ですから。」
「わかってる。色々聞きたいけど、まずはやっぱりステファシーの説明かな。」
「お気に入りですよね?」
「ええ、あなたにステファシーの話を聞いてから、なんとなくね。」
「聖なる女神ステファシーは、自然光と慈悲を象徴する女神です。自然光の定義の中には、日航のような絶対的強い光、月光のような優しく穏やかな光、朝露といった小さな光も含みます。慈悲は、人間が持つ藍屋やさしさです。これらを象徴する聖なる女神ステファシーは、はるかかなたの王昔、絶望に苦しむ人たちに自費で恵みと安らぎを与え、生きとし生けるものすべてに自然光の効能を与えたそうです。」
「何度聞いても圧巻の説明ね。ステファシー協っていうものもあるのよね?」
「はい、比較的大きな宗教ですよ。」
雫は、ステファシー協信徒なの?」
「いえ、私は無宗教です。ステファシーの松江であることもたまたまですし。」
「雫がステファシーの松江なら、木漏れ日家の皆さんは、全員ステファシーの松江なのではないの?」
「いいえ、違います。生命にはどんなものにも守護者がいます。目には見えませんし、自分のすぐそばにいるとも限りませんが、必ず一つはあるのです。それが私はステファシーだったというだけですよ。」
「なら、守護者=松江なの?」
「難しいところですね。そもそも守護者は、その命が生まれてすぐに占い師によって調べます。その時に、その命が持ち合わせていた力の量によって、守護者なのか松江なのかが分かります。私の場合は、生まれてすぐに占い師に見せたところ、自然光と慈悲の魔力が非常に高く、ステファシーが守護者以上に私と関係が深いということが分かりました。そうなれば、考えられるのは松江です。神は転生しませんから。」
「なるほど。私たちにも守護者はいるのね。」
「はい、以前もお話したと思いますが、興味があれば、ぜひ水晶を使える占い師のところに顔を出してみてください。」
「ほかにはどんな神がいるの?」
「例えば、水晶を世界に広めた神「オバーユ」は印象的ですね。」
「そういう学問ってあるの?」
「はい、ありますよ。いろいろな細かい分野に分かれていて、総称するときは「神学」といいます。」
「面白い。」
王妃が3連続でペアを作った。
「ロイヤルブラットについて教えて。」
「はい。ロイヤルブラットは、神谷天使が認めた偉大な行いをした一族のことを言います。偉大な行いをした人間が出た後、ロイヤルブラットに認められれば、他の一族に比べて秀でた魔力を手に入れることができます。ここ「スクアネア」では、ロイヤルブラットは国家重要人物に指定され、一定の安全と財力が保証されています。そのお返しに私たちは何かあれば、真っ先に現場に駆け付け、命を懸けて事態の収拾にあたり、市民の安全を守るのです。」
「雫は以前木漏れ日家はその役目を果たし切れていないといっていたわ。あれは少し変わった?」
「いえ。残念ですが、まったくと言っていいほどの硬直状態です。」
「何を改善すればいいと思っているの?」
「自分たちがロイヤルブラットの一族であることに胡坐をかかぬよう、ロイヤルブラットに対する定期審査が必要かと。」
「それを提案するところがないわけか。」
「はい。」
「ロイヤルブラットは、神や天使が認めるものだから。亅
「ええ、人間がロイヤルブラットの有無について、述べることなどできません。」
「でも、消滅だってするのでしょう。」
「はい、その一族から英雄が現れた後、あまりに長い間何もなければ、自然とロイヤルブラットとしての権限は消滅します。」
「そもそも自分たちがロイヤルブラットの一族であるってどうやってわかるの?」
「こうすれば。」
雫が1度トランプを置いた。
右腕の肘の裏を外に向け、左の人差し指に魔道で火の玉を作る。
それを何の躊躇もなく右肘の裏に充てた。
「ちょっと何してるの?」
「ほら。」
雫が右ひじの裏を王妃に見せた。
「これは?」
「ロイヤルブラットの紋印です。ロイヤルブラットの人間は全員ここに紋印を持っていて、魔道的な傷をつければ、それに反応して現れるようになっているんです。ここだけは、魔道的な傷を受けてもいたくないんですよ。」
「いつ見てもすごいわ。」
「ついでに言うと、この傷には円がいくつありますか?
「えっと、11戸。」
「正解です。円の数が多ければ多いほど、ロイヤルブラットとしての地位が高いということになります。」
「自分たちがロイヤルブラットの一族であるかどうかはこの国で生きていくうえではどうしようもない重要事項なのね。」
「はい。」
「だから、木漏れ日家は子孫繁栄のために一族の人数を増やした。そして、異常ともいえる英才教育のシステムを整えた。」
「はい。」
「印象的な話だったから、覚えているわ。」
「なら、お話しする必要はありませんね。」
雫が肘の裏の地を簡単にふき取って、袖を戻した。
「聞く。」
「もの好きですねぇ。」
「知ってるでしょ。」
「まぁ。」
「聞かせて頂戴。」
(こういう時の王妃の顔はなかなかよね。いい人にも、心の中のどこかに闇と好奇心はあるか。)
雫はトランプをめくってから王妃に聞いた。
「王妃。」
「何・?」
「終わりましたよ。」
「何が?」
「神経衰弱です。」
「あー。」
「私の勝ちですね。」
雫が小さなケースにしまっていたトランプを取り出す。
「また負けた。よし、もう1回。」
「はい。」
2回目の神経衰弱を始めてから、雫が話し始めた。
「木漏れ日家では、先ほど王妃がおっしゃったように子孫繁栄と、その子孫が偉大な功績を残せるように、英才教育を徹底しております。生まれた子供の能力によって、育つ屋敷や育てる夫婦を決めるのです。自分の実の両親によって育てられ、同じ屋敷の屋根の下で過ごすことができる木漏れ日家の子供がいるのなら、それはとてつもない幸せです。」
「確か本邸と別邸があって、屋敷ごとに夫婦が九つのランクに分かれていたわよね?」
「はい、第1本邸が最も優れた木漏れ日家の人間が住む屋敷です。」
「雫はそこに住んでいたのよね?」
「一葉。」
「ふーん。」
「話を戻しますよ。」
「はーい。」
雫がトランプをそろえた。
「木漏れ日家では屋敷の数字が大きくなるにつれて、木漏れ日家の中での評価が下がっていきます。ある意味上下関係があるのです。しきたりも多く、特に子供の教育に関するしきたりは1国の王室を上回ります。生まれたその日に魔道適性の検査をし、魔道適性がなければ、一般別邸といわれる魔道適性を持たない子供たちを育てる別邸に移されます。その後、一般別邸では子供が6歳になるまで、全員に同じ教育を受けさせます。6歳からは毎年、木漏れ日家内で実施される学力テストの成績、取得している資格や生活態度、学校内での通知表の成績などを総合的に判断し、住む屋敷が決められます。職業選択の自由は一様ありますが、ほとんどの人間が魔道関係の組織の一般職員として雇われています。」
「魔道適性を持った子供が生まれれば?」
「出産後すぐに魔道適性の検査を行い、魔道適性があると判断された子供は、魔道適性の詳しい種類や威力に応じて魔道別邸の中でその子供の住む場所を決めます。その後は、10歳まで魔道と一般教養の英才教育を受け、10歳以降は一般別邸の子供たちと同じように木漏れ日家内で実施される学力及び魔道テストの成績と取得している資格、生活態度、学校での通知表の成績などを総合的に判断し、住む屋敷が決まります。ちなみに、第1本邸には魔道適性を持った子供も持たない子供もいますよ。優秀であれば、住むことが許されるのです。」
「産みの両親と育ての両親が違うって当たり前なのね?」
「ほとんどの場合がそうです。その夫婦が住む屋敷や夫婦が属するランクに完全に合致する子供が生まれることはほとんどありません。」
「夫婦にも上下関係があるなんて。」
「外から見れば、少し異常かもしれませんね。結婚したのち、夫婦の魔道適性や教育水準、結婚する以前の家柄に応じて住む屋敷が決まります。そして、その屋敷の中で九つのランクの中から、適正と思われるランクに設定され、そこに来る子供たちを育てます。」
「ランク。」
「はい。一人例を挙げてみましょうか。例えば、第45魔道別邸中の上木漏れ日汽水、長月夫婦の間に生まれた子供が優秀で、第11魔道別邸上のげ木漏れ日樹、アルク夫婦に10歳まで育てられました。その後、少しおふざけの杉田子供は、15歳までを第13魔道別邸中の上木漏れ日郁子、勉に育てられました。こんな風に続きます。」
「すごいわね。」
「そうですね。慣れてしまっている自分を怖いと感じます。」
「そんな風に、子供が固定された親を持たないことは愛情を覚えることに障壁を与えるのではないの?」
「そうですね。精神的に何かを欠落してしまった子供は多くいます。ですが、能力的には非常に優れた大人に育つのです。魔道が他人より優れている。ある研究分野で高い功績を上げた、企業の重役になった、名門大学に入学した、芸能界で食べていける有名人になった。見栄の出来栄えさえよければ、あとはどうでもいいというのが、木漏れ日家に長く漂う空気です。」
「それで親はいいの?せっかく自分たちが産んだ子供なのに、自分たちの手で育てられなくて。」
「最初からそうなると分かっていて生んでいますよ。どうしてもそれが受け入れられない夫婦は木漏れ日家のまったく違う屋敷に住まわされたり、破門されたりします。」
「それでも、木漏れ日家の人口が減らない理由は、木漏れ日家に残った夫婦が子供をたくさん産むからなのね。」
「はい、産んだ子供の数が多ければ、多いほど、木漏れ日家内での地位も上がりますから。」
「妊娠しながら、自分たちとは血のつながりのない子供を育てるのね。」
「はい、それもかなり厳しい立ち居振る舞いで。」
「いつも思うけど、それでよく、雫のような優しい人間が育ったわね。雫は何も欠落していないでしょ。」
雫がそろえたトランプをケースに入れて、王妃を見た。
「私にはないものだらけですよ。愛も知りませんし、家族も知りません。」
「なら、どうしていつもあんなにやさしい笑顔を作れるの?」
「魔道良に長く所属する中で、必死になってつかんだ演技力です。」
「演技ねぇ。」
「はい。」
「雫の幼少期のお話って聞けないの?」
「楽しいものではありませんし、それはまたの機会に。」
「そう。」
王妃がトランプを2枚度叔父にめくる。
「話してくれてありがとう。」
「満足しましたか?」
「ええ、楽しかった。」
「何も楽しい話はしていないのに。」
それからトランプ、宇野、てぇすなどを遊びつくした。
「アー、雫とゲームをすると、本当に楽しいわ。」
「善かったです。」
雫のスマホが鳴った。
「何?」
「3時です。」
「アラーム?」
「はい、そろそろ別途へ。」
「えー。」
「ベットの中でゆっくりお話聞きますから。」
「ムーン。」
「歯を磨いてきてください。」
「いいわよ、あと3時間もしたら起きるんだし。」
「ダメです。ちゃんと公衆衛生は保たないと。」
「めんどくさい。」
「王妃が歯を磨いている間に、準備しますから。」
「いつもの?」
「はい。」
「やったぁ。」
王妃がくるくる回りながら、洗面台に向かう。
(さて。)
雫が席を立って心室に行き、部屋の間取りを把握する。
(ここにライトがあって、窓は左側。今が3時過ぎで、きっと4時を回らないと王妃は寝てくれないから。)
王妃が寝室に入ると、雫が別途に腰かけて、王妃を手招きした。
「王妃。」
「はーい、いつもうれしいわ。」
「今日ぐらいお薬を使わずに寝ましょうね。」
王妃が別途に横になり、雫が王妃の布団をかけなおす。
「雫も早く。」
「もう少し待ってくださいね。」
雫が王妃に背中を向けて座り、左手の上で、右手の人差し指を動かす。
「早く。」
「もう少しですよ。」
雫が右手を止めた。
(できた。)
「はい。」
雫が180度回転して、王妃の枕の横に左手を置く。
「ヒーリング魔法、トリルツール。」
別途に置いた左手から、光と霧が舞い上がり部屋を包んでいく。
「いい匂い。」
「まだですよ。」
雫が左手を別途から上げて、手のひらを天井に向ける。
やわらかいパステルカラーの光の決勝が、キラキラと部屋中に広がっていった。
「きれい。」
「最後わ。」
雫が少し左手を上げてから、スーッと下げると、音の球が部屋中に散っていき、ものに軽く当たるだけで、音の球がはじけ温かい和音を奏で始めた。
「きれい。」
「いかがですか?王妃がお休みになられるまでこの子たちは消えません。あまり時間はありませんが、お楽しみください。」
雫がほほ笑みかけると、王妃がうなずいて、雫の腕を引っ張った。
「早く。」
「はいはい。」
雫が別途に入って、右側に眠る王妃を見る。
「どんな王よりも、雫が私の心をつかむのよ。」
「光栄です。」
「これも恒例行事になったわね。雫が隣にいるときが、1番寝つきがいいの。」
「王妃にそこまで言っていただけるとは。王ですら、王妃とこうして同じ別途で眠ることがままならないほどに、王妃はお忙しいのでは?」
「ええ、忙しいわ。」
「私が隣で眠ってもよろしいのですか?」
「もちろんよ。それに、だれも怒らないわよ。起こる人がいたら、私がお説教してあげる。」
雫が首を振って、王妃の頭に手を当てた。
「よろしいですか?」
「もちろん。」
「櫃令いたします。」
雫が王妃の頭に当てた左手から、ゆっくり魔道をかける。
「リラックス効果がある魔道です。」「これ輪?」
「気持ちいいわ。」
「とても体に力が入っていますね。こんなに気を張っていたら、体のあちこちに不調をきたします。やはり、専属の魔道ドクターを王室に一人ぐらい雇うべきですよ。」
「雫が来てくれるの?」
「それは無理ですね。」
「弾むわよ。」
「いいえ、王室のような堅苦しい場所は、あまり得意ではありませんから。」
「あんなになじむのに。」
「いえいえ。」
雫が王妃の頭に置いていた手を、ゆっくりおろして方に持っていく。
「そういえば、アルバート王子はお元気ですか?」
「ええ元気よ、元気。都子さんに会いたがっているわ。一途にずーっとね。」
「まだですか?もうあれから7年ぐらいたちますよ。」
雫が王妃の方に充てた手を首筋に持っていく。
「いい加減会いに行ってあげれば?」
「いえ、お仕事でもない限り、うかがうつもりはありません。」
「かわいそうなアルバート。」
「私はきちんと申し出をお断りしましたよ。」
「そうだけど。」
「懐かしいですね。」
「雫にとっては懐かしい思い出?」
「はい。」
「それ以上は何もないの?」
「ええ。」
「そっか、ならアルバートは早く未練を断ち切らないといけないのね。」
「毎年そう言っているのに。」
「彼が少しかわいそうで。」
王妃の瞼が少しずつ下がってきている。
雫は首筋に充てていた手を額に当てる。
「眠いですか?」
「年を取ったわねぇ。」
「お疲れなのですよ。ちゃんと休養を定期的に取っていれば、すぐに以前の状態に戻ります。」
「4時までは起きていたかったのになぁ。」
「少しでも長くお休みになってください。ただでさえお疲れなのに、私と過ごすためにこんなに長い時間を割いていただいたのです。」
「私が雫と一緒にいたくて作った時間よ。もっと雫と一緒にいたい。」
(うとうとし始めると、急にかわいくなるよねぇ。)
雫は王妃の額に当てた手を頭に持って行って、しばらく頭を撫でた。
「ねぇ。」
「なんですか?」
「褒めて。」
「私は王妃より年下ですよ。褒めるだなんて恐れ多い。」
王妃が首を振る。
「褒めて。」
雫がため息をついて、王妃を見つめた。
「えらいですね。毎日お仕事を頑張って、お母さんも頑張って、国民の幸せのために尽くしている王妃の姿は美しいですよ。」
王妃がうれしそうに微笑んで、自分の右手を雫のほほに充てる。
「名前で呼んで。」
「王妃。」
少しためらう雫に王妃が首を振る。
「いいから。」
(もう。)
雫が王妃を抱きしめて、背中をとんとんしながらささやいた。
「スピカおやすみなさい。私の大切な、大切な人。」
王妃が雫を抱きしめ返す。
「雫。」
「はぁい。」
「私が起きたら、もう雫はいない?」
「そうですねぇ。私が部屋を出ていくことに築かないぐらい深い眠りにいざないましょう。」
「いや。」
「ちゃんと寝ないと倒れますよ。」
「でも。」
「大丈夫です。いつものように、ちゃんと私は余韻を残して消えますから。」
「本当?」
「はい。だからもうお休みなさい。」
「雫と少ししか一緒にいられなかった。」
「ええ、今夜はあまり長く一緒にいられませんでしたから、一つ素敵な思い出を夢に投影しましょうか。それを見ていれば、私が王妃から離れて行ってもつらくないでしょう。」
「夢?」
王妃の声がどんどん小さくなっていく。
「ええ、思い出の夢です。初めて私がスピカに合った時の思い出を。」
(寝たかな?)
王妃が雫に掛ける体重が重くなった。
雫は王妃をゆっくり枕に戻して、左手を話した。
部屋の中を今もきれいな光と優しい音が満たしている。




