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ナント王国王妃来航国賓晩餐会(22)

22

外は湿度が高く蒸し暑かった。

8月なのだから仕方ないが、もう少しなんとかならないものだろうか。

「王子。」

ホールの外には観賞用の庭が広がっていて、この時間は木や花壇が白いLEDや色つきの電飾でライトアップされていた。

噴水の水もさまざまな色に反射している。

ラニ王子は庭で一番大きな木の幹の下にしゃがみ込んで鼻を啜りながら泣いていた。

「もういいでしょう。」

王子のところへ近づこうとするNeumanを私は引き留めた。

「今は。」

「しかし。」

大きくなったNeumanの声を私は自分の口の前に指をやって止めた。

「声が大きいです。」

「すみません。しかし。」

「取り乱さないでください。ここからなら王子に私たちの声は聞こえません。ですが、少しでも声を大きくすれば、王子の耳に入ります。」

会場外警備員の職員たちが私たちを見ている。

私の知り合いの魔道良の職員もいる。

こんなドレスを着て何をやっているのだろうと思っているのだろう。

(お騒がせします。ほっておいてください。)

私は警備員にエスパー魔法を飛ばしてから、Neumanと王子を順番に見た。

「少しだけ、少しだけ王子を1人にしませんか?ここから見ている分にはかまいません。ですが、話しかけずにいたいのです。」

「なぜですか?なぜあなたはそんなに王子を突き放すことができるのですか?」

Neumanの声こそ落ち着いているが、感情は高ぶっている。

「王子は自分の意思を持った1人の人間です。もちろんまだ4歳ですから、未熟な面は当然あります。しかし、私は、王子は感情を吐き出して、もう一度立ち上がれると信じています。」

「信じる?」

「はい、人は信頼されればされるほど、自分に自信を持ちます。それと同時に、頑張る力を得るのです。」

Neumanが黙った。

「もう8時50分です。」

ふとNeumanが腕時計を見て私に話しかけた。

「そうですね。」

「この時間であれば、退場客が帰るまでホールに戻らない方がいいでしょう。」

「ええ、私もそう思います。この庭にはあまり人は来ないはずなので、しばらくここにいるのは問題ないかと。」

Neumanが頷いた。

「そういえば、Neumanさん。」

「はい。」

「最後のガラス飾りの破片は誰が持っているのですか?」

「私です。」

「そうですか。それから、王妃は21時に晩餐会が終われば、お部屋に戻るつもりですよね?」

「きっと。会場の片づけなどもありますし。」

「ここまで頑張ったのに、こんな形で終わりたくありませんね。」

大人の考えをすれば、21時に晩餐会が終わってしまえば、王子は晩餐会の会場に行けなかったということになる。

ホール側の都合だってあるのだから、わがままを言うことはできない。

王妃にだってこの後の予定はあるし、日々の公務で疲れているだろう。

だから今の言葉は私の個人的な願望であり、仕事とは切り離すべき考えだ。

だが、Neumanは答えてくれた。

「同感です。ここまで頑張る王子を見たのは初めてです。最後まで宝探しを続けていただきたい。王妃に王子が晩餐会の会場に入ることができたところを見せて差し上げたい。」

「そうですね。」

私は右耳に右手を当てた。

晩餐会の会場には魔道電波が流れているから、そこにアクセスすれば、会場のリアルタイムの様子がわかる。

「何をしているのですか?」

「晩餐会会場の様子を少し盗み見ていました。」

「そんなことができるのですか?」

「はい。」

私は右耳から入ってくる情報に集中した。

王妃は今、最後の挨拶の真っ最中だ。

(今王妃にエスパー魔法を飛ばすわけにはいかないわね。)

「なんとかならないものでしょうか。もし、王子が今から会場へ向かうことができたとしても、退場客とブッキングしてしまうので、動いていただくわけにもいきませんし。」

私がNeumanを見ると、Neumanが顎に手を当てて考えていた。

「もしかしたら。」

「はい。」

「使用人にガラス飾りの破片を預けて、晩餐会の会場に向かってもらえばなんとかなるかもしれません。」

「私たちが直接王妃に渡せなくても、使用人を通じて王妃にガラス飾りの欠片を渡すことができれば、王妃命令で晩餐会の会場をもう少し借りることができるのではないかと。」

「はい。」

「やってみる価値はありますね。」

私はNeumanの方へ右手を出した。

「最後のガラス飾りの破片をお持ちなのでしょう。」

「ええ。」

「私が使用人に渡しに行ってきます。王子を見守っていてあげてください。近くには警備員がいますから、少しばかり私が離れても問題ないと思います。」

Neumanがガラス飾りの最後の欠片を私の手に乗せた。

「必ず最後まで宝探しをしていただきましょう。」

私はNeumanに会釈をしてから、エントランスに向かった。

「御用でしょうか。」

入り口近くで待機していた使用人にガラス飾りの最後の欠片を渡す。

「これを晩餐会終了後の王妃にお渡しください。それから、時間の許す限り、王妃に晩餐会会場でお待ちいただきたいのです。理由はわかりますね。」

「はい、たしかに王妃にこちらをお渡しし、今の状況をお伝えいたします。」

「よろしくお願いいたします。」

「はい。」

使用人がホールの中に入るのを確認してから、私は庭に戻った。

(ちょうど21時。今から人が溢れてくるわね。王子はどうしたものかしら?)

庭に戻ると王子は全く変わらない状態で泣いていて、Neumanがじっと王子を見つめていた。

「戻りました。」

私のヒールの音に振り返ったNeumanに声をかけて、私はNeumanの隣に並んだ。

「今までにも王子があーやって泣いていたことはあるのですか?」

「いえ、今回が初めてです。」

「では、大人がかまってくれることを待っているわけではないのですね。」

「はい。」

「ということは、ひたすら何かが辛いのでしょう。大方、晩餐会の会場に行くことが辛かったか、王妃とのかかわり方がわからず、パニックになったかのどちらかかと思います。」

「同感です。」

「なら。」

私は王子を見た。

本当は1人で立ち直ってほしい。

泣きたいだけ泣けば、自然と涙は止まる。

涙が止まれば、自然とやる気が湧いてくる。

王子のように冷静で賢ければ、放っておいても普通なら、自分で立ち直るはずだ。

だが、今はそう簡単にいかないらしい。

私はNeumanを見た。

「私が行きますか。それとも、Neumanさんが行きますか。」

「えっ。」

「今回はこれ以上は、王子お1人では無理だと思います。」

「しかるべき時には、しかるべき励ましをと思われたのですね。」

「ええ、かってなことを言う私をお許しください。」

「許すも何もありませんよ。適切な判断だと思います。」

Neumanが首を振った。

「わたくしに行かせてください。」

Neumanの瞳が今日見てきた中で一番輝いていた。

強い意志を持っている。

「わかりました。お任せします。」

Neumanが私に頷いて、泣き続けている王子の元へ少しずつ近づいて行く。私はそれを後ろから見守った。

「王子。」

Neumanがしゃがみ、王子の背中にそっと手を当てる。

幸い、私は耳がいいから二人の会話はすべて聞こえた。

「今日は1日とても忙しかったですね。こんなに頑張られる王子をわたくしは初めて見ました。」

王子がゆっくり顔をあげて、Neumanを見る。

「夜からはわたくしにも話しかけてくださるようになりましたし、王子が魔道を使うところをわたくしはたくさん見ることができました。こんなに感動したのは、王子が生まれて以来です。」

「すごかった?」

「はい、王子がお1人で知らない人に話しかけた時、わたくしは涙が出そうになりました。」

Neumanが優しい声で話しかける。

「もう今日は十分頑張られました。今までのわたくしなら、今日はここまでにしようと、晩餐会の会場に行けずともかまわないと言ったことでしょう。」

Neumanが少し間を開けて話始める。

「ですが、今のわたくしは違います。王子に最後まで宝探しをしていただきたいと思っております。王子が晩餐会の会場に行き、王妃に会われたところを見たいと思っております。わたくしがこのように思えるようになったのは、王子の頑張っているお姿をまじかで見ることができたからです。王子はこれからますます立派になられていきます。それから、わたくしも王子に負けぬよう変わり続けなければなりません。この決意は、多くのことを頑張り、今もまだあきらめていない王子を見て生まれたものです。いくら時間がかかってもかまいません。王子があきらめていないのなら、わたくしたちは王子を応援いたします。王妃もきっと会場で王子を待っておいでですよ。」

王子がゆっくり呼吸を整える。

「頑張ったんだ。初めて自分が不思議な力を使えることを人に話して、初めて出会った人と話して、初めて人前で不思議な力を使って、初めての人と話して宝のピースを手に入れたんだ。もう少しだったんだ。でも、会場に行くのはやっぱり怖くて、怖くて。そうこうしたらもう晩餐会が終わっちゃったよ。」

(王子はそれで?)

少し驚いた。

まさかそこまで王子が考えているとは思わなかった。

私もNeumanもどこかのタイミングから、晩餐会中に王子が会場に行けなくてもこの際いいと思っていた。

どんなに遅れても、誰もゲストがいなくても、晩餐会の会場に王子が足を踏み入れることができれば、それでいいとかってに思っていた。

しかし、王子は晩餐会の開催中に会場へ行かないと意味がないと思っていたのだ。

「違う。それは違うよ。」

私が呟くころ、Neumanが王子に話し始めていた。

「それは違います。たしかに、晩餐会の開催中にホールに行くことはできませんでした。しかし、わたくしたちは、王子が最終的に晩餐会の会場へ行くことができれば、それでいいと思います。人には人のペースがあります。急がず、焦らず、王子のペースで前に進めばよいのです。今日は、晩餐会の開催中に会場へ行くことはできませんでした。しかし、あきらめず今日会場に足を踏み入れれば、次回はもう少し早く晩餐会の会場に入ることができるかもしれません。」

「それでもいいの?」

「もちろんです。」

Neumanが私を振り返った。

「来てください。」

口の動きでそう理解した私は、2人の方へ歩いて行った。

「王子。」

後ろから声をかけると、王子が私を振り返った。

「怒ってないの?」

「何を怒ることがあるでしょうか?何もありませんよ。」

「今からでも間に合うかな?」

「どうでしょうか?」

こればかりは本当にわからない。

「わかりませんが、それは0%無理だということではないということです。うまくいくかいかないかの2択です。あきらめてしまえば、可能性は0%に下がってしまいますが。」

「行く。」

王子がぱっと立ち上がった。

しっかり地図を握りしめている。

「行きましょう。」

「うん。」

ちょうど退場客も落ち着き始めていた。

エントランスホールに戻ると、彩都たちが仕事の真っ最中だった。

今から会場に入っていく私たちは少し目立ったが、私は背後に注意を払いながら、進み、Neumanは王子がまた緊張して動けなくならないかを気にしながら、階段を上がった。

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