ナント王国王妃来航国賓晩餐会(21)
21
(よくこんな手の込んだものを作ったわね。)
部屋に戻ってきたNeumanからこっそり最終的に完成した課題を見せてもらって、まず、使用人たちに感心した。
普通ならこの短い時間でこれだけの準備はできない。
「さぁ、王子まいりましょう。」
私とNeumanは王子の半歩後ろを歩く。
「どうやって回るのが最短かな?」
「王子にお任せいたします。」
Neumanが答える。
「なら上から回ろう。最終的な目的地は晩餐会の会場なんだろう。だったら、どこから回っても同じだ。それなら、マークの少ない4階から回るのがいいと思う。」
「わかりました。」
私は王子の後ろを歩きながら、背後に警戒する。
あまりこちらを意識していないが、あちらこちらのソファには晩餐会に来ているゲストたちが座っているし、一般のホールの関係者も歩いている。
(気を抜くわけにはいかないわね。)
最低限の警戒はしつつ、それでも王子に緊迫した空気が伝わらないように工夫するのが、警備レベル0,5非公式警備員の腕の見せ所だ。
「あった。」
4階に上がったエレベーターの目の前に一つ目のポイントがあった。
「なんと書いてありますか?」
王子の前には小さな白い机があって、半円状の金色のカバーが下に付いたフラスコが置かれていた。
フラスコの隣にはガラスで作られたポットがあって、水が入っている。
「この水を使ってフラスコの下の金色のドームを溶かせって。」
「溶かす。」
私は王子の言葉を繰り返す。
まあ、仕掛けを作ったのは私なのだが、それを言ってしまったら話にならない。
本当に王子が魔道適性を持っているのなら、更に細かい分析をして適性に合った魔道士としての訓練を積むべきだ。
今回の宝探しの課題は魔道適性検査のとても簡単なものになっている。
「どういたしましょう?」
Neumanが王子の隣にしゃがむ。
「溶かす。」
王子が呟く。
「溶かす。溶かす。水。」
(さすが、仕掛けに気づくのが早い。)
私は辺りを見回す。
エレベーターの前とあって、やはり人が多い。
「何をされているのですか?」
私はゆっくり後ろを振り返った。
茶色いロングドレスを着て、金色の髪をポニーテールにした女性が私たちを見ていた。
「ごきげんよう、突然お声をおかけして、驚かせてしまったかしら?」
「ごきげんよう、とんでもありません。」
私は笑顔で右手を差し出す。
「今日の晩餐会に来られたのですか?」
女性が私の右手を取ってから訪ねてきた。
「ええ、とても素晴らしい会ね。今回は家族連れもオーケーということだったから、夫と息子を連れてきましたの。」
「素敵なことね。私も今日は妹を。」
儀礼的な挨拶の裏で女性が何を考えているのかを、私はエスパー魔法で探る。
(ただ声をかけてきただけ?でも。)
「では彼がお二人の息子さん?」
「はい、5歳になってずいぶんしっかりしてきたから、マナーの教育も兼ねて。」
「教育熱心でいらっしゃるのね。」
「とんでもありません。」
私の対応を見てNeumanは自分がどう動けばいいかを判断している。
私が女性と話している間、王子の背中を隠すように立ち、王子の意識がこちらに向かぬよう話している。
「どうして4階に?」
私は話を進めるため女性に尋ねた。
「あー、パウダールームが混んでいたからこのフロアーへ。」
「そうですか。」
「そちらは?」
「私たちは少し人ごみに疲れたので休もうかと。」
「それは心配ね。大丈夫?」
「はい。」
「よかったわ。ではまたどこかで。」
「ええ、楽しんで。」
私は女性に会釈をしてから、王子の方を振り返った。
(大丈夫ですか?)
Neumanの目にそう書いてあった。
(問題ありません。)
私はエスパー魔法をNeumanに飛ばす。
「わかったよ。」
王子が私を見た。
「仕掛けがわかりましたか?では、どういたしましょう。」
「水をお湯に変えるんだ。」
王子がガラス製のフラスコにポットから水を入れる。
「この金の飾りはとても柔らかいから、きっと熱で溶けるはずだよ。」
水の入ったポットを机に置いて、王子が右手をフラスコの上に翳した。
「だから。」
王子が黙ってフラスコを見つめた。
(魔法を宣言しなくてもコントロールできるなんて。)
驚いた。
魔道士は自分が唱える魔法を一度唱えた方がその性能が上がる。
心で唱えても魔法が使えるのは、その魔法を熟知してからだ。
「できた。」
王子がしばらくフラスコの上に手を翳していると、フラスコから湯気が出てきて、金色の飾りが少しずつ溶け始めた。
「やけどをなさいませんように。」
「わかってる。」
Neumanが慌ててフラスコの近くに手を置く。
「溶けたよ。」
金色のドーム型の飾りが溶け、中心から小さなガラス飾りの破片が出てきた。
「おめでとうございます。一つ獲得ですね。」
「うん。」
王子がガラス飾りの破片を手に取った。
「なんだろう?」
「すべて揃えばきっと何なのかわかりますよ。」
私は答える。
「じゃあ、次だね。」
その後も、王子は着々とガラス飾りの破片を手に入れた。
氷の結晶の中にガラス飾りの破片があって、熱魔法で氷を溶かすミッション、攻撃魔法でガラスを割るミッション、蕾を開花させることで花の中からガラス飾りの破片を見つけるミッション、電気を流して自動開閉をする箱を開けるミッション、エスパー魔法を使って三つの箱の中からガラス飾りの破片の入った箱を見つけるミッション、たくさんのダミーが入った箱の中から、本物のガラス飾りの破片を空中に浮かせるミッション。
とても難易度の高いものばかりだが、順調に八つ目のミッションまで終わらせることができた。
残りは二つだ。
「あと二つですね。」
「うん。」
王子はエントランスの前で立ち止まった。
「次はここのはずなんだ。」
私は周りを見回す。
私にチコが手を振っているのが見えた。
(やっぱりいた。だったら。)
私は王子を見る。
王子は地図を確認していた。
(Mira。)
私はエスパー魔法でMiraを呼び、Miraがこちらを見たタイミングで右手をMiraの方へ向けた。
(この子があなたにそれをくださいって言ってきたら、快く渡してあげて。)
(わかりました。)
状況がわからなくてもとりあえず付き合ってくれることが、Miraたちのいいところだ。
誰も私に声を掛けにこない。
「次のミッションは何ですか?」
私が王子に尋ねる。
「わからない。ミッションを書いているボードがないんだ。」
「あれでは?」
Neumanが天井を見上げる。
「えっ。」
私も王子も天井を見上げて驚いた。
「あんなところに掛けても、普通は気づかないよ。」
王子がため息をついてからNeumanを見た。
「お願い抱っこして。ここからだとよく見えない。」
「畏まりました。」
王子がしばらく天井を見上げてNeumanから降りた。
「ここの警備員さんの誰かが、ガラス飾りの破片を持ってるんだって。それを探してもらってくるのがここのミッション。」
「あー。」
私はNeumanを見た。
王子が固まっていた。
「誰がガラス飾りの破片を持っているかはわかりますか?」
「探してみる。」
王子が目を閉じる。
私はNeumanにエスパー魔法を飛ばした。
(自分の力で他人に話しかけ、ガラス飾りの破片をもらうのがこの課題の本質です。手助けせずに見守ってあげてください。)
Neumanが小さく頷いた。
「いたよ。」
王子が私を見る。
「誰ですか?」
「金髪のあの人。」
正解だ。
「では、ミッション通りもらってきてください。」
「なんて話しかけたらいいかわからない。」
王子がうつむくと、Neumanがホローする。
「ご挨拶から始めればよいのではないでしょうか?」
「挨拶?」
「今でしたら、「こんばんは」か「お疲れ様です」のどちらかですね。」
私が会話を続ける。
「王子が行かなければ、ミッションをコンプリートできません。」
「うん。」
王子が少しずつ歩いていく。
「私たちはここで待っていますから。」
私が微笑むと王子がこちらを振り返って、しばらく私とNeumanを見てから小さく頷いた。
(王子も変わりたいのです。)
私がNeumanにエスパー魔法を飛ばした。
ずっと王子のことを見ている。
「こんばんは。」
王子がMiraに話しかけることができたのは1人で歩き出して10分ぐらい経ってからだった。
「こんばんは。」
(Miraうまくやってね。)
今までの私たちの様子をうかがっていたMiraはだいたいの察しがついているようで、王子のペースに合わせてくれる。
Miraはしゃがんで王子と自分の目線を合わせた。
「どうかされましたか?」
「あの。」
「はい。」
長い沈黙が続く。
今までまともに人と話したことがないのだから、無理もない。
(あきらめるかな?どうするだろう?)
Neumanが気が気でない顔をしている。
「行かせてください。」
「いいえ、もう少しだけ信じませんか?」
私は首を振った。
王子がMiraをじっと見ている。
「まだ王子は逃げていません。」
私は王子を見た。
(頑張って。)
私とNeumanはじっと王子を見つめる。
「ガラス飾りの破片を持っていませんか?」
嬉しかった。
私はもちろんNeumanの瞳がキラキラしていた。
「これのことですか?」
Miraがさっき私が投げたガラス飾りの破片をさも持っていたかのようにポケットから出す。
「うん。」
「どうぞ。」
「ありがとう。」
「いいえ。」
Miraにぺこりと一礼して、王子がこちらに駆けてくる。
とても嬉しそうな笑顔だ。
「もらえた。」
「さすがでございます。」
Neumanが王子に何度も頷く。
「あと一つですね。」
私が言うと、王子が地図を広げる。
「残すはここだけ。」
王子が最後のポイントに指を置いた。
「行きますか?」
私が尋ねる。
「ここまで頑張ったんだ。ここだって行ける。」
口ではそう言っているが、王子はなかなか歩き出そうとしなかった。
地図を見つめている。
Neumanが私を見る。
私は首を振った。
今手助けしてしまったら意味がない。
ここまでできたんだ。
きっと最後まで1人でできるはず。
(信じましょう。ここまで王子のことを信じたのですから。)
私はNeumanにエスパー魔法で話しかけた。
「王子、私たちは王子の後ろをついていくとお約束しました。約束は今も生き続けています。」
王子が小さく頷いた。
これ以上は何もいうつもりがない。
王子の心が決まれば、王子は自分から歩き出せる。
晩餐会が終わるまであと30分だ。
あまり遅くなれば、晩餐会帰りの客とブッキングしてしまうから、急がせた方がいいのだが、難しいところだ。
「行くんだ。」
王子が小さな声で呟くのが聞こえた。
何度も何度も自分に言い聞かせている。
(最初の一歩が踏み出せれば、ずいぶん違うのでしょうけど。)
王子がずっとうつむいている。
あと10分以内に王子が動き出さなければ、警備員として退場客がホールから出るまで会場に行かせることができなくなる。
王子の安全を守るなら、人ごみは避けるべきだ。
「なんで。」
「えっ。」
私とNeumanが王子の方を見た。
「なんで行けないの?」
「王子。」
Neumanが王子に話しかけようとすると、王子が地図を握りしめたまま出口に向かって一直線に走り出した。
「王子、待ってください。」
王子がかなり勢いよく走り出したので、私もNeumanもすぐに引き留めることができなかった。
(止めようか?)
グループメートの誰かの声がした。
(今王子を無理やり止めるのは。)
私はNeumanを見た。
1人で決断することに躊躇したのだ。
「王子。」
Neumanが王子の後ろをひっしに追いかけている。
(いいわ、放っておいて。)
(わかった。)
(ありがとう。)
私と王子は外に出た王子を追いかけた。




