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ナント王国王妃来航国賓晩餐会(11)

11

幸詩さんの後ろをついていき、私は大きな扉の前で止まった。

幸詩さんがスリーノックをして声をかける。

「失礼いたします。木漏れ日さんを連れてきました。」

「入って。」

幸詩さんが扉を開けて、私を先に部屋の中へ入れる。

「失礼いたします。」

私が部屋の中に入ると、奥の黄色いソファーに座ってこちらを見る見慣れた顔があった。

「はーい雫、お久しぶり。元気そうでなによりよ。」

「ごきげんよう王妃、ご無沙汰しております。」

「硬いわねぇ。」

「仕事中ですから。」

「そう。」

王妃が立ち上がって、私の前に颯爽とやってくる。

これから始まる晩餐会のために美しく着飾っていた。

「仕事で私の護衛をすることがあったら、必ず私に報告しなさいってあれだけ言ったでしょう。」

王妃が私の両頬を掴む。

「申し訳ありません。多忙業務に追われ、忘れておりました。」

「許さないわ。」

王妃が私の手を取って、さっき自分が座っていたソファーに座らせ、私の隣に座る。

「それで、今日の仕事内容は?」

「警備レベル4の公式警備員です。」

「嘘?」

「本当です。」

「警備レベル4ってことはホールにいないの?」

「はい。」

「だめ、絶対に許さない。すぐに勤務内容を変更ね。」

「しかし、本日はグループで任務に当たることになっておりますので。」

「関係ないわ。なんなら、そのグループの皆さん事内容を変えてあげましょうか?」

言い出したら聞かない人だ。

私が折れた方が早い気がする。

「畏まりました。王妃が私の上官の許可をもぎ取れるのであれば、私の勤務内容を変更していただいてかまいません。」

「そうこなくちゃね。」

王妃がソファーの後ろに立つ使用人に声をかけた。

「この子の上官に王妃命令として、木漏れ日雫の勤務内容を警備レベル0.5の非公式警備員に変更すると伝えなさい。」

「畏まりました。」

使用人の女性が内線の電話を持って部屋の過度に行く。

「グループメートのみなさんは心配ないわよ。あなたが統括するグループのメンバーなんでしょ。自分たちの力で何でもするでしょう。」

「まあ。」

「でしょ。」

王妃が空いていたカップに紅茶を注ぐ。

「あなたが来ると聞いてから、準備していたの。18時まであと25分あるから、その間に簡単な勤務内容の説明をして、あなたの準備をしましょうね。」

「はい。」

私は腕時計を見た。

(もうすぐ入場開始時間ね。このことをグループメートに伝えておきたいわね。)

私は王妃の顔を見た。

「王妃。」

「なに?」

「このことを無線でグループメートたちに報告させていただけませんか。せめてそれぐらいは。」

「いいわよ。」

「ありがとうございます。」

私が席を立とうとすると、王妃が私の腕を引っ張った。

「私の隣にいなさい。あなたはもう警備レベル0.5の警備員なんだから。」

「はい。」

私は右耳に右手を当てた。

(聞こえる?)

(はい。)

グループメートの声がした。

(急な変更で申し訳ないんだけれど、私の勤務内容が変わったわ。王妃命令だから私にはどうしようもないの。)

(どうなったの?)

彩都の声がした。

(警備レベル0.5の非公式警備員ですか?)

Miraの声がした。

(Mira正解。)

(やはりそうですか。幸詩さんが雫を連れて行った段階で察しはついていました。むしろ今回のプランが立ってから今までに決まらなかったことが不思議なぐらいです。自分の役目をしっかり果たしてきてください。)

(ありがとう。)

私は右手を降ろした。

「終わった?」

「はい。」

「優秀な部下をお持ちね。」

「盗み聞きしないでください。」

「聞こえていないわよ。勘よ勘。」

「はー。」

私は王妃の横でどうどうとため息をつく。

「やっといつもの調子が戻ってきたわね。」

「ありがとうございます。」

「嬉しそうじゃないあたりがたまらないわ。」

「質が悪いですよ。」

「それはいつものことでしょう。」

ナント王国第108代王妃。

現在36歳で王妃になって20年が経つ大ベテラン。

外交が非常にうまく、その社交的かつ快活な雰囲気で多くの国との友好関係を気づき、その一方で、その洗練された知力と機転の利いた判断能力を駆使し、貿易や国内産業の発展にも寄与した。

ナント王国をここ20年で急速に成長させた逸材だ。

王妃と私は7年ぐらい前から面識がある。

「今回の勤務内容だけど。」

「はい。」

私は我に返った。

「どうかした?」

「急に話始めたので。」

「心の準備はいい?」

「はい。」

私は軽く息をはく。

「私の警備を頼みたいわけではないの。」

「では誰の警備を。今回は王妃のみの来航と伺っておりましたが。」

「それがね、違うのよ。」

王妃が座っていたソファーの後ろを覗き込んだ。

「えっ。」

「ほら雫も。」

王妃に背中を掴まれて私もソファーの後ろを覗き込んだ。

「嘘でしょ。」

私はソファーの後ろを見て驚き、慌てて後ろに回り込んだ。

「これはどういうことですか?」

「人見知りが激しくてね。」

「あー。」

私はゆっくりしゃがみ込む。

私の目の前には小さな男の子がいて、私をじっと見つめている。

「ラニ王子ですか?」

私は王妃を見る。

「そうよ、よく知ってたわね。」

「よく王妃からお話を伺っておりましたので。」

驚いた。

まさかラニ王子が王妃と一緒に来ているとは思わなかった。

「ラニ王子はお忍びですか?」

「そう。」

やはりそうか。

ラニ王子の生まれたことはニュースになったが、公式の王室の情報誌にもラニ王子のことはほとんど掲載されたことがない。

写真はおろか、王妃名物の子供たちの成長日記もラニ王子の分はなかなか掲載されないのだ。

「今回の勤務内容はわかった?」

王妃がソファーの後ろを覗き込みながら、私を見る。

「ラニ王子の警備レベル0,5非公式警備員ですか。」

「そう。」

「このお部屋の中でですか?」

「いいえ、晩餐会会場よ。」

「ラニ王子は出席されるのですか?」

「もちろん、王子としてではなく、一ゲストとして。」

私は王妃から王子へ視線を移した。

こちらをじっと見ているが、さっきから一言も話さない。

「今回はどういったストーリー設定でしょうか。」

「この子の母親になりなさい。」

「よろしいのですか。」

「ええ、それぐらいの口裏合わせならこの子でもできるわ。」

「父親役は?」

「彼。」

王妃がぱっと指さした。

「よろしくねNeuman。」

「畏まりました。」

王妃に声をかけられてきびきびと歩いてくるのは30代前半ぐらいの金髪の男性だ。

美しい容姿と鍛えられた体格がなんの仕事をしているのかを物語っている。

「ラニ王子の第1執事でおいでですか?」

「はい。」

「一発で見抜くなんて本当にすごいわね。」

「恐れ入ります。」

私は立ち上がってNeumanに右手を差し出した。

「魔道良2205室第37グループグループリーダーの木漏れ日雫と申します。本日王妃命令によりラニ王子の警備レベル0,5非公式警備に当たります。よろしくお願いいたします。」

「ラニ王子の第1執事のNeumanと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。」

Neumanと握手をしてまず思ったことは彼の手が冷たいということだった。

「さあ、今度はあなたの番よ。」

王妃がソファーを覗き込んで王子に声をかけた。

「ちゃんとご挨拶なさい。」

王妃が優しい声でラニ王子に声をかける。

だが、ラニ王子はぴくりとして動かない。

「ラニ。」

王妃が困ったように私を見る。

「どうしよう。」

「お母様でいらっしゃるのでしょう。」

「そうだけど。」

私はソファーの後ろに歩いていき王子を見た。

私の方を見てくれてはいるが、決して口を開かないし、さっきから微動だに動かない。

「王子。」

私は一歩近づいてゆっくりしゃがんだ。

「こんばんは。王子にご挨拶申し上げます。わたくし、本日王子のお傍で王子の安全を守ります。木漏れ日雫と申します。」

私はラニ王子に右手を差し出した。

「王子。」

Neumanさんが王子の後ろに行って、王子の右手をそっと掴む。

「握手しましょう。」

その時王子がぱっとNeumanから離れてドアのところまで走って行った。

部屋にいる警備員や使用人たちもさすがに困った顔をする。

私とNeumanは立ち上がって王妃を見る。

「本当にラニ王子を晩餐会に出席させるおつもりですか?」

「ええ、私の言葉に嘘はないわ。」

「現実的ビジョンが見えておいでですか?」

「鋭い質問ね。残念だけど鮮明なビジョンは見えていないわ。」

「やはりそうですか。」

私は王妃の前に立った。

「あの状態の王子を無理に人ごみの中に連れていくことは、人見知り克服の効果的な方法とは思えません。これだけ多くのお子様を育ててこられた王妃ですから、悩んで出された結論であることはお察しいたしますが、わたくしは決して勧めません。」

王妃の使用人たちが私を見た。

王妃に盾突くやつなどいないのだろう。

「肯定するわ。」

「でしたら。」

「でも、ラニ王子を晩餐会に出席させます。」

「心意をお聞かせ願います。」

王妃がまっすぐ私を見る。

だが、私も引き下がるつもりはない。

「この子はいずれ晩餐会や社交界、舞踏会に出席しなければならなくなる。今はまだ小さいし、他の子供たちに世間の注目が集まっているから、この子が表向きにあまり情報を公開しなくても世間は何も言わないわ。でもこの現状に甘え続けるわけには行きません。」

私は王妃をじっと見つめる。

王妃も私をじっと見つめる。

決してぶれない瞳、決して私から視線を逸らさない王妃の態度に私の心が折れた。

「畏まりました。王妃のあまり見えていないビジョンを信じましょう。」

「よろしくお願いいたします。」

今日王妃に会ってから、一番真面目な声で王妃に頼まれた。

本当は冷静で賢い人なのだ。

明るく話しているから忘れそうになるが、私にラニ王子を頼むことの裏には私に対する謎の期待が含まれている。

私ならラニ王子の人見知りをなんとかできるのではないかという期待だ。

「最大限努力いたします。できる限り王妃のご期待にお答えできるよう尽力いたします。ですが、あまりあてにしないでくださいね。」

「わかってるわ。この世に100%はないの。いかに100%に近づけるかが大切なのよ。」

王妃が雫に頷いた。

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