ナント王国王妃来航国賓晩餐会(7)
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それからも雫たちは調査を続ける。電車に乗っている時間はあと4分ぐらいになった。
この間に雫はマーキング対応を60件以上こなし、ほかにもコンタクトを3件、矯正下車を
フルーツナイフを持っていた女性の1件、対応した。
(そろそろ終ね。)
電車の中は冷房が全開で回っているが、人口密度が高くてあまり涼しくない。外から
西日が差していて、高層ビルが時々日陰を作っていた。
(雫。)
調査任務をたんたんとしていた雫の頭に糸奈の声がした。
(R12M。)
(えっ、そっちは何もないはず。)
雫はゆっくり顔を向けてはっとした。
(さっき乗ってきたんだよ。)
(そう。次がMYHALL前よね?)
(うん。)
(最後のお仕事といきましょうか。まさかこんなところにこんなものを持った人が
いるなんて思わなかったわ。)
雫が目を閉じてグループメートの位置を確認して、さっと左手を左耳の横に持って行って
すぐに降ろした。今の出9人に雫のエスパー魔法が届きやすくなった。左手で電波を
飛ばす位置に目星をつけたのだ。
(この車両の真ん中の扉で私がいる右扉の近くにスーツ姿で、黒い眼鏡をかけてて、首に
ネックレスをかけている男性がいるの。あと少し太ってるわ。この男性を次の駅で矯正
下車させます。持ち込み禁止物である魔道拳銃の所持よ。)
(魔道良の職員であるという可能性は?)
クシーの声が雫の頭に響いた。
(ないわ。魔道良の所属印がからだのどこにもみられない。)
魔道良の職員が屋外で任務を行う時は、魔道良の人間にしかわからない特別なマークを
体のどこかにつけている。雫はスーツの胸の部分に付けている。この男性にはそれが
見受けられないのだ。
(魔道拳銃所持は危険物取扱禁止法にも引っかかる。次の駅で確実に下車させます。)
(了解。)
(車両の両サイドの扉にはこういった人はいない?)
(はい。)
(なら、少しずつでいいからこっちに向かって歩いてきて。最も避けなければならない
ことは彼に逃げられることよ。万が一彼が逃げ出した時に必ずどこかで
取り押さえられるようにね。)
(了解。)
雫が奥の扉からこちらを見ているスマスと彩都を見る。
(万が一彼が逃げ出した時、彼が飛んでいくのは2人の方向よ。気を引き締めて。)
(了解。)
スマスと彩都が頷いたのを見て、雫がスマホを右耳に当てた。
(こちら魔道良2205室第37グループグループリーダー木漏れ日、応答願う。)
(こちらナント王国王妃来航国賓晩餐会任務司令部。)
(まもなくMYHALL前駅に到着する。4両目中央扉の前に魔道警察及び一般警察を待機
させ、こちらが矯正下車させる男を禁止物取り扱い禁止法及び国民協力条例違反の疑いで
現行犯逮捕してほしい。犯人は現在魔道拳銃を隠し持っている。)
(了解、魔道拳銃所持に寄る危険物取扱禁止法及び国民協力条例違反の現行犯で逮捕
できるようスタンバイしておく。)
雫がスマホを降ろして男を見た。
(表情はフォーカーフェースで隠している。でも、瞳動向は定まっていない。自分が
いけないものを持っているということはわかっているのか。一つ前の駅で乗ってきたのも
私たちにできるだけ見つからないためと考えられる。実際私は気づかなかった。糸奈に
感謝状をあげないとね。あと駅に着くまで2分半。こういう時、相手が動揺して車内で
魔道拳銃を発砲してはいけないし、できるだけぎりぎりまで声はかけず、直前で声をかけ
連行するのがベスト。でも。)
雫が周りを見た。
(これだけの人ごみの中でスムーズに連行できるわけがない。ハードルが高いわ。)
雫が腕時計と男を交互に見る。
(さっき乗ってきたってことは私が魔道良の職員だとは知らない。なら。)
雫が糸奈を見た。
(お芝居をして。)
(何になればいいの?)
(体調を崩した若い男性。派手に呻いていいわよ。到着1分前になったらね。)
(了解。)
糸奈とのこのエスパー魔法を返した対話をほかのグループメートは聞いている。
(呻いてどうしたらいいの?)
(呻いてくれれば、私が駆け寄って次の駅で降りることを勧める。そうしたら、周りの
乗客たちは自然とここに通路を作るわ。そこに今こっちに向かってきてくれてるみんなが
男を囲んで、ドアが開くと同時に男を強制的に電車から降ろすという算段よ。糸奈に私が
意識を向けることで、自ずとほかの人も糸奈に意識を向けるから、あの男は自分には害が
及ばないと判断する。そこを叩くわ。糸奈できるわね?)
(もちろん。)
雫が時計を見る。
(みんなもわかった。)
(あー。)
(よろしくね。)
雫が辺りをぐるっと見回してから、腕時計を見る。
(10,9,8,7,6,5,4,3,2?,1,0。)
時間になり、糸奈が大きな声をあげて地面に蹲った。
「あー。」
辺りが一気に騒然とし、糸奈に視線が集まる。
(上手。)
雫はスマホを降ろして目の前で蹲る糸奈に駆け寄る。
ここでほかの乗客が雫より先に糸奈に声を掛けたら元も子もない。
「大丈夫ですか?どうしましたか。」
雫が少しオーバーな声をあげることで更に人の視線を集める。
(男は。)
雫が周りを見るふりをして男を見る。こちらを見てぽかんとしていた。だが、その目は
ばたばたとしていない。
(この光景にパニックになって逃げだすことはなさそうね。)
雫は糸奈の背中に触れた。
「どうしましたか。私の声は聞こえますか?」
「頭が、頭が。」
「頭が痛いんですか?」
雫は糸奈の付けている腕時計を見る。
(あと40秒。)
雫が立ち上がった。
「次の駅で降りましょう。」
「痛い、痛い。」
(あと30秒、いける。)
雫が糸奈に肩を貸す。
「しっかりしてください。駅で降りたらすぐに病院へ。」
雫が乗客を見る。
「恐れ入ります。道を開けてください。」
緊急事態を察したほかの乗客が少しずつ後ろに下がって道を作っていく。この車両にいる
乗客たちはこの異常事態に気づき始めていた。
(男が後ろに下がった時に見失わないようにね。)
(ええ、既に彼のすぐ後ろにいます。)
(俺たちで後ろと左右を挟んでる。)
(ありがとう。)
ここまでは計画通りに進んでいる。あとは扉が開くと同時に男を強制的に車両から
降ろせばいいのだ。しかし、やはり想定外のハプニングが起きた。電車がホームに入ると
ほかの乗客がざわざわし始めた。
「あれ何?」
「やだ、警察?」
雫がぱっとホームに視線をやる。確かに警察官がこちらを向いて待機していた。
(しまった。これはまずいわ。男は。)
雫が男に視線をやる。ホームの光景を凝視していた。雫は魔道でおとこの脈拍数が
上がっているのを感じた。
(パニックになるわ。抑えて。)
「はい。」
男は後ろから聞こえてきたMiraの声に体を震わせて、慌てて動こうとした。
「逃がしちゃダメ。」
雫が叫ぶ。男が動いた時には遅かった。
Miraたちがとっさに取り押さえ、開いた扉から抵抗する男を降ろした。
「放せ、放せ。」
周りが騒然とする。スマホを取り出してこの光景を撮ろうとしている人もいる。
(警察官を見て冷静さを亡くしたのね。確かにスタンバイさせろとは言ったけれど。)
雫は男が降りるのを見届けて、糸奈に視線を移した。
「糸奈、大丈夫よ。」
雫は立ち上がって、糸奈に手を差し伸べた。
「降りましょう。」
「あー。」
糸奈が雫の手を取って、2人はグループメートたちの中で一番最後に電車を降りた。
乗客たちはこの状況に自分たちがどう動いたらいいかを判断しかねている。
雫は警察官の前に行った。数名の警察官が男を取り押さえている。
「失礼ですが、身分確認をさせてください。」
警察官が雫に声をかける。雫はスマホに映された特別印を見せながら話す。
「魔道良2205室第37グループグループリーダー木漏れ日雫と申します。彼のカバンを
確認してください。魔道拳銃を所持しています。」
「わかりました。」
警察官たちが男のカバンを開けて、魔道拳銃を取り出した。周りの乗客も警察官も
ざわざわしている。
「危険物取扱禁止法の現行犯で逮捕する。」
警察官が犯罪者の対応をしているのを確認して、グループメートがゆっくり呼吸を
整えた。どれだけ冷静であるように見せていても、これだけ緊迫した状況に対応すれば、
心拍数も上がるし興奮だってする。
(これで終わり。)
雫が警察官を見た。
「申し訳ありませんが、この後別の公務がありますので、私たちはこれで失礼させて
いただきます。」
「お疲れさまでした。ご協力感謝いたします。」
雫が後ろを振り返った。社内の人たちが雫たちを見ている。
「お騒がせいたしました。」
雫が乗客に向かって一礼すると、グループメートたちも一礼した。
「さあ、行きましょう。」
「はい。」
雫たちの服や髪は一切乱れていない。雫たちの後ろ姿は美しかった。




