ナント王国王妃来航国賓晩餐会(6)
6
車内でのけいび方法のうち、今回雫たちが行うのは乗客の観察と分析だ。アナウンスでも
流れていた通り、この時間は駅や車内に持ち込んではいけないものが増える。花星線の
終着駅の一つであるMYHALL前駅のすぐそばにMYHALLはあり、そこに王妃がいるからだ。
会場の近郊を走るこの路線は、万が一王妃の命を狙う犯罪者がいたとき、使用される
可能性が高くなる。刃物系、薬剤系はもちろん電子機器類の中にも今回の持ち込み
禁止物に含まれるものがある。こういったものを持ったまま犯罪者がMYHALLまで
行くかもしれないし、MYHALL周辺で事件を起こし、その被害がホールにも出るかも
しれない。
「まもなく5番線に電車がまいります。黄色い点字ブロックの後ろへお下がり
ください。」
アナウンスとともに人がいっぱい乗った電車がホームに入ってきた。
(一定量の距離を取って乗りましょう。スマスと彩都が左側の扉、私糸奈が右側の
扉寄りに乗車して、万が一矯正下車をさせないといけないような乗客が現れた時は、
どちらかが必ず確保する。)
(了解。)
雫がスマスたちにエスパー魔法で言葉を飛ばした。
(よろしくね。)
雫が3人を振り返ったタイミングで電車の扉が開いた。雫と糸奈が先に乗って、右側の
扉のところまで人をかき分けて入っていく。
(ほかのグループメートもちゃんと乗ったわね。)
雫が左右を確認する。雫たちが乗車したのは3枚扉の中央だ。
「扉が閉まります。閉まる扉にご注意ください。」
車掌さんのアナウンスの後扉が閉まり、電車がゆっくり走り出す。
(さて。)
雫が糸奈を見る。糸奈は既に乗客の調査と分析を始めていた。
(私も始めよおっと。)
雫はスマホを左手に持って、右手でキーボードを打つ操作をする。
(観察魔法及びエスパー魔法。)
雫がスマホのスクリーンの上で、右手の中指を2回時計回りに回した。空中でやっても
問題ないが、今空中でこんな動きをしたら不審者以外の何でもない。
(まずは不振薬剤の調査ね。エスパー魔法メディカルシート。)
雫はスマホに乗せていた中指を一瞬上げた。この魔法は普通の人には見えない魔法の円が
広がり、人のカバンに入っている薬剤に反応するというものだ。魔道をかけた雫の脳に
乗客が持っている薬剤の反応が伝わっていく。
(まあ、みんな持ってるよね。これだけアナウンスをして、掲示物を貼っていても
持ってるか。持ち込み禁止物多いわね。マーキングで済まなさそうなのは?)
車内で持ち込み禁止物を持ち込んでいる乗客を雫たちが見つけた場合、雫たちには五つの
選択肢がある。一つ目は無視すること。二つ目はマーキング。三つめはコンタクト。
四つ目は矯正下車。五つ目は持ち込み禁止物の没収だ。雫たちには持ち込み禁止物を
車内に持ち込んだ乗客を見つけた場合、これらのアクションを起こす権利が与えられて
いる。マーキングは、持ち込み禁止物を車内に持ち込んでいる乗客に断りなく魔道で
作った粘着質のある透明なマークを付けるというもので、これがGPSの役割を果たす。
無自覚で持ち込み禁止物を車内に持ち込んでいたり、MYHALLに行くつもりはなく、自宅に
帰る途中という乗客はこれでよい。
マーキングをするとそのポイントが任務司令部のモニターで把握できるように
なっている。マーキングをしておいて、もしその人間が犯罪行為をすれば、マーキングを
されてから犯罪を犯すまでの犯罪者の詳細な足取りもわかるし、マーキングされた人物が
会場に近づけば、予め警戒することができる。マーキングで使用する魔道のマークの
効果を23時までに設定しておけば、かってに消滅する。ほとんどの場合、マーキングを
された人たちは、自分たちがマーキングをされたことなど知らずにその時間を過ごして
いる。
(異常薬剤に関してはなさそうね。マーキング件数は55件か。)
雫が左手に持ったスマホの上で、右手の手の甲を上に向けてパーの形を作る。指先を
左に向け力を入れる。
(ポインター魔法、マーキング。)
雫が掌を反して、何回か右手を振った。
(虫を掃うようなイメージで。)
雫がイメージを膨らませながら手を動かす。この時、普通の人には見えていないが、
マーキングで使われる外見的には透明で粘着質のあるマーキングのための魔道の結晶が
飛んでいく。これをマーキングをしたい乗客に正確に飛ばすのも一種の技術だ。
(できた。やっぱり定期的にやらないと心もとないわね。)
雫が糸奈を見る。さっきからちらちら目が合うのだ。
「どうしたの?」
雫が呟くと糸奈が雫を見た。
「Rの15L。」
「ちょっと待ってね。」
雫が糸奈の言ったとおりに顔を向ける。今のはこの人が気になるという伝言だ。
(さっき薬剤を調べた時には問題なかったわよね。糸奈は何が気になったの。エスパー
魔法クリティカル。)
雫が右手の人差し指をスマホのモニターに当てて、右にさっとスイングした。Rの15は
雫から見て右に15番目の人の意味。Lは女性という意味だ。エスパー魔法で女性の
カバンの中が雫の脳に映し出される。
(あー、ナイフ機器ね。ハサミではないし、カッターナイフでもない。
フルーツナイフか。確かに気になるわ。)
雫が腕時計を見る。
(次の駅まで2分半。矯正下車っていう感じでもないけれど。)
雫がもう一度糸奈を見る。すでに別の調査を始めている。
(私に任せるのね。)
雫は一度頷いて糸奈に言った。
「糸奈動くわね。」
「わかった。」
糸奈の小さな呟き声を聞いて、雫は人ごみの中を動いた。向こうからスマスたちが雫を
見ている。
雫はすうっと人の中をかき分けて、さっき目を付けた女性の横に行った。スマホを
仕切りに触っていて、イヤホンを付けている。
「すみません。」
雫が一度声をかけたが、女性は雫のほうを見向きもしない。
「すみません、よろしいですか。」
雫が女性の肩を軽く叩いた。
「なんですか?」
雫を見上げた女性の顔は疲労一色だった。そして、怪訝そうに見える。
「わたくし魔道良2205室第37グループグループリーダーの木漏れ日と申します。」
雫がスマホのロック画面を見せる。画面には魔道良の特別紋章が映っている。
「魔道良?」
ちょっと驚いた顔の女性にかまわず、雫は話す。
「はい。失礼ですが、フルーツナイフをお持ちですね。」
「はい。」
「本日花星線では警戒イエローカードの設定がされていることをご存じでしょうか?」
「いいえ。」
「そうでしたか。申し訳ありませんが、フルーツナイフは本日車内への持ち込み禁止物に
指定されています。」
「えっ。」
雫は話しながら女性の表情と感情を人間的な勘と魔道を使って見ていた。
(本当にわかってなかったんだ。嘘をついている反応はないし、何より疲れてる。
これからどうこうというわけではなさそうね。コンタクトだけでいいか。)
雫は話を続けた。女性の顔には困惑の色がはっきりと浮かんでいる。
「持ち込み禁止物の持ち込みはMYの国民協力条例に違反します。」
「えっと、どうしたらいいですか?」
(混乱してるにしてはしっかりしてる。話が早そうでよかった。)
雫は話を続けた。
「今回は警備イエローカードの設定がされていたことをご存じなかったようなので、
選択肢は三つです。一つ目は次の駅で矯正下車をしていただき、別の交通機関を利用して
目的地に向かっていただく方法。二つ目は今私がここでフルーツナイフを没収するという
方法。最後はこちらがあなたの素姓などを把握できるよう何点か個人情報を記載して
いただくという方法です。お好きなものを選択していただけます。」
(だいたいこう言えば、コンタクトを選ぶよね。)
コンタクトは、自分の素姓が分かる最低限の個人情報を魔道良に登録することで、今回は
矯正下車と持ち込み禁止物の没収を免れるという方法だ。
「わかりました。バスで帰るので次の駅で降ります。」
「念のため申し上げておきますが、ほかの電車にも魔道良の職員は乗車しています。別の
電車に乗ってもきっとお声をおかけすることになると思いますので、お気を付け
ください。」
「はい。」
「それでは失礼いたします。」
雫は女性に深く一礼して元の場所に戻った。
(よかったの?)
糸奈がエスパー魔法で聞いてきた。雫がエスパー魔法で答える。
(ええ、矯正下車を選ぶとは思わなかったけれど、まあいいんじゃない。)




