ナント王国王妃来航国賓晩餐会(4)
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16時を回ったあたりから、グループルームの中の空気が少しづつ締まり始めてきた。
意識的に引き締めようとしているのではない。一人一人が任務に向けて集中力を高め、
気持ちを任務に向けようとすることで空気が締まってくるのだ。締まってくると
いうよりは空気の密度が高くなると言ったほうが正しいかもしれない。
雫が時計を見て席を立った。
「上手。」
「はい。」
「クリーニングは終わってる?」
「はい、すぐにご用意できます。」
「いただくわ。」
「かしこまりました。」
上手からクリーニングの済んだスーツタイプの警備服を預かり、雫が仮眠室に向かう。
「少し着替えるわね。」
「はーい。」
部屋でおのおの仕事をしているほかのグループメートが返事をする。
部屋に入り、カーテンを閉めて、雫が手早く着替えていく。
(電車の乗客チェック、そのあとホールに着いたら入場客のチェックと会場内の不審物の
確認、入場時間が終わったら定位置について会場内一般警備を続けて、退場の時にまた
退場客のチェックと不審物チェック。一通り終わったら、会場内の総合警備に当たって
解散ね。あー、報告書は明日の午前中までに仕上げてもらうことにしようかな。)
スーツタイプの警備服は、外見はスーツそのもののデザインになっている。
ズボンタイプのスーツとほぼ同じデザインで、3cmのヒールに黒いパンツタイプの
ボトムス、白いブラウスを着て上から黒いジャケットを羽織る。ジャケットのボタンを
閉めたら、最後にブラウスの下に外からは見えないようにネックレスを付ける。
いろんな色の小さな宝石がびっしりと繋げられたネックレスだ。このネックレスが雫が
攻撃を受けた時に、少しバリアの役割を果たしてくれたり、雫が魔法を使う時の
エネルギーになってくれたりする。一つ一つの宝石が違う役割を持っていて、使った
分だけ宝石は小さくなる。雫の場合は、防衛面の宝石よりも魔道を使う時に雫に
エネルギーをくれる宝石のほうが小さくなっていた。
「防衛ネックレスもそろそろ買い替える時期かもね。かれこれ2年ぐらいこれを使ってる
気がする。」
雫は姿鏡で自分の服装を確認してから、仮眠室を出た。
「次の人どおぞ。」
「はい。」
Miraが席を立って、雫とすれ違う。
「スーツタイプの警備服、準備してくれてありがとう。」
「いいえ、気にしないでください。寮に取りに帰ればよかっただけなので。」
Miraが仮眠室に入った後、雫が洗面台に向かった。長い黒髪を一つにまとめ、メークを
直して、鏡に自分の指を近づけながら、爪のチェックをした。
「意外に爪って魔道の結晶が付いてたりするのよね。」
雫が見ているのは爪の先にたまりがちな魔道の結晶だ。指先から魔道を出すことの多い
雫の場合、爪の先に魔道の結晶が残っていることが多い。任務の時、これが自分が
魔道士であることを敵に気づかせてしまったり、この魔道の結晶が邪魔になって
トラブルが起こったりしてしまう。だから、任務の前は入念にチェックをし、魔道良を
出れば、自分が魔道士であることを気づかせないぐらいに魔道士であることを
消さなければならない。
「雫、そろそろ洗面台開けて。」
「はーい。」
メーラが後ろから雫に声をかけ、雫がくるっと振り返った。
「メーラおかえり。」
「ただいま。」
「16時からの授業まだ終わってないでしょう。さぼったわね。」
「失礼ねぇ。先生に頼んで早退させてもらったの。17時にここ出発するのに、16字
50分まで授業受けてたら時間に間に合わないでしょ。」
「なるほど。」
雫は部屋に戻って黒い皮のカバンに荷物をまとめる。
「上手。」
「はい。」
「救急箱持ってきて。」
「はい。」
「「R203」か?」
糸奈がカバンに荷物をまとめながら、雫を見た。
「そう切れてね。」
「それなら救急箱にはまだないよ。さっきもらってきたところでここにあるんだ。」
「少し分けて。」
「あー。」
糸奈がR203と書かれた小さなボトルを雫に投げた。
「割れ物なんだから投げないの。」
「取れるだろ。」
「まあね。」
R203は魔道の攻撃を受けた時に傷の治癒を早める魔道薬剤だ。
「たしかそれって、1週間前にも魔道薬剤部に在庫をもらいに行かなかったっけ?」
「すぐ切れるんだよ。」
クシーに糸奈が答える。
「R203の大瓶がほしいわよね。」
シーナが会話に入る。
「魔道薬剤部としてはAからJまでの魔道薬剤で済ませてほしいらしいよ。R203をこんなに
しょっちゅう頼むのはうちぐらいらしい。」
「これだけ実を張った任務をするグループもいないでしょうしねぇ。」
雫がカバンのボタンを閉める。
16字55分、時計のアラームが鳴った。任務出発5分前の合図だ。
「さて、全員揃ってる?」
雫が机のところから部屋をぐるっと見回した。
「もうすぐレークが更衣を済ませて出てくるよ。」
クシーが答える。
「ちゃっかり授業を最後まで受けてきたから、本来は褒められるはずだけど、今日は
10分しか時間がなくて焦ってたわよ。」
シーナがにこにこしながら、雫に話す。
「真面目なのか、ふざけてるのかわかりにくいわよね。」
窓から西日が部屋の中へ入ってきていた。
「待たせた。」
仮眠室から出てきたレークを見て、全員が大爆笑した。
「なんだよ。」
レークが反応すると、スマスがレークの前に行ってネクタイの下のブラウスを指さした。
「ボタン全部掛け違えてるよ。」
「あっ。」
レークがくるっと後ろを向いてすばやく直していく。
「ほんとおっちょこちょいなんだから。」
メーラが大爆笑すると、ボタンを留め終えたレークがメーラを睨む。
「うるさい。」
「怖い、怖い。」
「2人とも言い合いをしている場合ではありませんよ。」
Miraが2人を止めたところで雫が右手を挙げた。
「準備はいいわね?」
「はい。」
「今から向かうのはMYHall、ナント王国王妃来航を記念した国賓晩餐会の会場よ。
豪華絢爛な晩餐会が滞りなく終わるよう、王妃並びに晩餐会のすべてのゲストの方の
安全を守のが今回の任務。21時に晩餐会が終わって一通りのことが終わるのが
23時ぐらいかな。眠い人もいるでしょうけど、最後まで気を抜かずに頑張りましょう。」
「はい。」
グループメートの元気な返事を聞いてから、雫が右耳を塞ぐように右手を当てる。
(本部の魔道電波は。)
この姿勢で意識を耳に向けると、魔道電波を見つけることができる。魔道電波には
さまざまな種類があって、今雫が探しているのは今回の任務の本部の魔道電波だ。
(あった。)
雫が頭に当たっている右手の人差し指を2回頭にとんとんと当てた。
(こちら魔道良2205室第37グループグループリーダー木漏れ日、応答願う。)
(こちらナント王国王妃来航国賓晩餐会任務司令部。)
(魔道良2205室第37グループ原告より任務への出動が可能である。)
しばらくの沈黙の後、本部から返事が聞こえてきた。
(了解した。それでは4分40秒早いが出発してくれ。駅に徒歩で向かい、こちらが指定
する電車の車両に乗ってくれ。電車に乗車後は近辺の乗客を解析し、異状があるものを
発見した場合は規定に乗っ取り対処を行うよう。)
(了解。)
雫は右手を降ろした。
「さあ、行きましょう。目的地は花星線琥珀駅。徒歩で10分ぐらいよ。ちょうど
ビジネスマンや学生の帰宅ラッシュの始まりみたいな時間だから、人ごみになってるわ。
その人ごみの中で迷子にならないようにね。」
「はい。」
10人がカバンを持ってグループルームの扉に向かう。すでに扉の前に上手がいて、
タイミングを見計らって扉を開けた。
「行ってらっしゃいませ。本日もお気を付けて。」
「行ってきまーす。」
1人ずつ上手に挨拶をして出て行く。
「エレベーターで下りる?」
シーナが雫を見た。
「どっちでもいいけど、そのほうが早いわね。」
「ねぇ。」
「なに。」
次にメーラが雫に声をかけた。
「今日のフロントとバックって誰なの?」
「まだ決めてなかったわね。どうしようか。」
エレベーターホールで下矢印のスイッチを押して、10人が顔を見合わせた。
「最初はグー、じゃんけん。」
雫が急に言い出して右手を前に出すと、つられて全員がじゃんけんをした。
「はい、メーラの1人負け。」
「嘘でしょ。」
「フロントは私がやるから、バックをお願いね。」
「嫌よ。」
メーラが雫を睨む。
「負けたのはメーラじゃない。」
「あー。」
メーラが足をばたばたさせる。




