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魔導石収集(0.5)

          0.5

 雫様の指示通り面談場所に松原先生を送った後、俺はグループルームに戻ることにした。

部屋に帰って雫様が出席する10時からの会議の資料をまとめておいた方がいい。

あのペースで面談が進めば間違いなく会議に遅れてしまう。

そんな時に、雫様をいちいちグループルームまで戻らせたくなかった。

(今日の会議は今夜の任務の確認だから特別重要なデータはないな。)

頭の中でカバンに詰める荷物を確認しながら、俺はカードキーの機械に社員証を翳した。

「ただいま戻りました。」

俺が部屋の奥に入ると、チコさんが布団のスペースですやすや眠っていた。

「お疲れ様です。」

俺はチコさんを見てから奥に進んだ。

「今回はこのカバンでいいだろう。」

取りあえず雫様が机の横に掛けている布製のトートバックを手に取り、俺は雫様が使いそうな道具をまとめた。

「これでいいだろう。」

トートバックの中身を確認してから、俺はもう一度東棟のロビーに向かった。

時刻は9時50分、もう少ししたら雫様が速足でロビーに来るはずだ。

(GPSで雫様の位置を確認しておこう。)

スマホで雫様の位置を確認すると、案の定雫様がこちらに向かって歩いてきていた。

 ロビーの裏口の前で待っていると、雫様が速足でロビーに入ってきた。

「雫様。」

雫様に荷物を渡し、雫様が見えなくなるまで見送った後俺はグループルームに戻った。

(これで雫様がグループルームに戻ってくるのは、打ち合わせが終わった後だ。それまでの時間に雫様に届いているメールの内容を確認して優先順位を付ける。あとはなんだ。グループメイトの皆さんのデスクワークの進捗度を確認するのと、雫様宛のメールのお返事も書いた方がいいな。)

俺の立場は日や場所によって変わるが、デスクワークに関しては雫様のホローとグループメイトの皆さんのホローの両方をする。

グループワークの具体的な中身としては、ほかの部所から依頼の来ている書類を書いたり、ハンコを押したり、報告書を書いたり、会計表をつけたりといったことがほとんどだ。

たまにイレギュラーな書類があるが、どれも期限までにちゃんとしたフォーマットで書いていれば文句は言われない。

デスクワークの管理はグループによってまちまちで、中には個人個人に任せきりでなかなか締め切りまでに書類を出さないグループもあるらしいがうちは違う。

「いい、やらないといけない仕事は期限までにきっちりこなさないとだめよ。小さな律儀と真面目さの積み上げが大きな信頼を作る一番の近道なんだから。」

という雫様の考えもあってうちのグループではデスクワークの管理が徹底されている。

一人ひとりにデスクワークの仕事内容を機嫌ごとに分けてまとめた表が配られていて、グループメイト一人ひとりが自分の仕事内容を確認できるようになっている。

そして、10人分の表がすべて集まったものを俺と雫様は見ることができ、皆さんの進捗状況を見ながら適宜ホローをすることになっている。

なかなかデスクワークが捗らないグループメイトには予め締め切りを少し早めることで、締め切りをオーバーしても大ごとにはならないように対処をし、提出したプリントに不備が多いグループメイトにはミスの数に応じてペナルティが与えられる制度を作って対処をする。

大切なことは、いかに正確で相手に失礼のない書類をグループメイトが自分の力で作れるかということだ。

「ただいま戻りました。」

俺が部屋に戻るとまだチコさんがすやすや眠っていた。

俺はキッチンで水をコップに入れてそれを片手にデスクへ向かう。

「そういえばチコさんのデスクワークが捗っていなかったような気がする。」

俺はパソコンを立ち上げてチコさんのデスクワーク表を見る。

「やっぱりだ。」

今日が締め切りの書類があと3件も残っている。

「ちょっと待て、今日が締め切りの書類がまだ終わっていないのも問題だが今秋締め切りの会計表が付いていない。締め切り明日だぞ!」

俺はぱっと席を立ってチコさんを見た。

すやすや眠るチコさんを起こすのは少し気の毒な気がするが今日終わらせないとまずい。

「仕方ないよな。」

俺は机の間をすり抜けてチコさんの頭元にしゃがんだ。

「チコさん、起きてください。チコさん。」

何度か声をかけて、ようやくチコさんが薄く目を開けた。

「上手さん、どうしたの?」

「起きていただけませんか?」

「どうして?」

「少し私と一緒にデスクワークを終わらせましょう。」

「やだ。」

「それでは締め切りをオーバーしてしまいますよ。」

「今は眠いの。」

チコさんが俺の反対方向を向いてまた寝ようとしている。

こうなったらアプローチの仕方を変える方がいい。

俺は一度立ち上がってチコさんの席を見た。

机は片付いているから片付けようと言って起こすことはできない。

「チコさんの机は綺麗ですね。」

俺はチコさんに話しかけてから、自分の席に戻ってチコさんのまだ終わっていない会計表を見た。

今週終わらせてもらわないといけないのは「一般消耗品会計表」だ。

10人それぞれが付けている会計表を一度一つにまとめて第37グループのグループ会計表にした後、データの整理と実際の金額と合っているかの確認を済ませて一般消耗品会計課にメールで送る。

「レシートのデータが何も書かれてないな。」

もし、通販や魔道良の専門ページから買い物をすればその履歴や金額は自動的に会計表に入力される。

だが、データ化できない買い物方法もたくさんあるしそういったものはレシートの内容を記入しないといけないのだ。

「チコさん、まさか1か月間ずっとほったらかしにされていたのですか?」

「聞こえなーい。」

チコさんがぶるぶると頭を振る。

「この会計表は明日が締め切りです。こんなにできていないのなら今からやらないと終わりませんよ。私も一緒にやりますからさくさくと終わらせてしまいましょう。」

「嫌だ。」

「レシートはどこにありますか?」

「えっ。」

チコさんがこちらを向いてくれた。

やはりやらせるより俺がやるのを見せた方が早いかもしれない。

「レシートです。どこにありますか?」

「引き出しの中だよ。」

「一番上の段ですか?」

「うーん、一番下。」

「開けてもいいですか?」

「だめ!」

「でしたら開けてください。」

「もう。」

チコさんが起き上がって自分のデスクのところに来る。

「はい、そのまま座りましょう。」

俺はチコさんの手を取ってぱっと席に座らせた。

「上手さんひどい!」

「せっかくデスクまで来てくださったのです。ついでと思ってください。」

「やだやだ。」

「一緒にやればあっという間ですから。」

俺はチコさんが開けてくれた引き出しを見る。

「これすべてレシートですか?」

「うん。」

「8月分の?」

「うん。」

「レシートを会計表ごとに分けていますか?」

「うーん。」

俺は頭を抱えた。

魔道師のグループでリーダー以外の皆さんには1か月でだいたい4種類の会計表をつけてもらう。

「魔道長期物品会計表」、「魔道消耗品会計表」、「一般長期物品会計表」、「一般消耗品会計表」だ。

オンラインショッピングなどのインターネット上で購入できる商品は、商品を買うとその履歴や金額がその人の会計表に転送されるのだが、こういうことに対応していないお店で商品を買ったときは、そのレシートの代金や履歴を会計表に入力しなければならない。

「それぞれの会計表ごとにレシートを分けておいてくれていれば、早いのに。」

「ごめんなさーい。」

俺が溜息をつくもチコさんがにこにこ笑いながら丸椅子でくるくる回る。

「取りあえず、このレシートをすべてスキャナーに掛けましょう。その後、まずは一般消耗品会計表の内容を整理して提出しましょう。今日はここまででいいですから。」

「スキャナー使うの?」

「はい。」

「やる!」

チコさんがレシートの山が入った引き出しを取り外して抱っこしたまま、部屋の入って左側の壁の方へ進んだ。

「これ使うの好き。」

「でしたら、レシートが手元に来るたびにやっておいてくださいね。」

チコさんは聞く耳を持たずスキャナーの電源を入れる。

スキャナーは、レシートを機械のテーブルのような台に乗せるとカメラで内容をデータ化し、表示、その人の会計表への入力、会計表に入力する内容と、会計表入力対象外の内容に分けてくれる機械だ。

「社員証を翳してください。」

機械のアナウンスに沿ってチコさんが社員証をガラス製のモニターに翳す。

「社員証を確認しました。実行する捜査を選んでください。」

チコさんが俺を振り返った。

「どれだっけ?」

「会計表入力ですよ。」

「はーい。」

チコさんがスクリーンに映し出された選択肢から会計表入力を選ぶ。

「会計表の種類を選んでください。」

「どれ?」

「上の列に書かれた4種類の中の一般消耗品会計表です。」

「はーい。」

会計表は、チコさんが毎月提出しないといけない4種類以外にもたくさんある。

たとえば、グループとしての薬や物品の購入会計表や光熱費の会計表などだ。

だいたい俺か雫様が付けている。

「レシートの書いてある面を上にしてテーブルに置いてください。」

「はーい。」

チコさんがにこにこしながらレシートをスキャナーに翳していく。

「データを読み込みました。会計表のデータに転送します。」

チコさんは、このアナウンスが終わるたびに次から次へと引き出しに入った山積みのレシートを翳していく。

本人の顔はいきいきしているが、俺は一つ気になることが出てきた。

「チコさん?」

「なに?」

「どこでこんなにレシートがたまるような買い物をしたのですか?」

「ショッピングモールだよ。」

「ピギのことですか?」

「うん。」

ピギは魔道良のすぐ近くにあるショッピングモールで、寮生活をしている学生や職員にとって弁のいい施設になっている。

「ということは、会計表に載らないような買い物のレシートも紛れているかもしれませんね。」

「あー。」

 チコさんのレシートのスキャンがすべて終わったのは11時前だった。

かれこれチコさんの作業を手伝い始めて1時間ぐらい経っている。

「終わったー。」

「お疲れさまでした。次からはこんなにレシートがたまらないように気を付けてくださいね。」

「はーい。」

チコさんが頷いて取り外した引き出しを抱っこした。

「じゃあ、おやすみなさい。」

「違いますよ。スキャナーから転送された会計表の情報を整理しないといけません。」

「後でいいよ。」

「いいえ、今のうちにやってしまいましょう。」

「ええ。」

チコさんが自分のデスクに戻ったタイミングで、俺はさっきのようにチコさんを席に座らせた。

「疲れたよー。チコスキャナー頑張ったよ。」

「会計表を仕上げることができたら褒めてあげます。」

「上手さんのいじわる。」

「私にとやかく言われたくなかったら自分でこつこつやっておいてください。」

俺はチコさんのパソコンのマウスを操作してチコさんのデスクワークの表を開いた。

明日が締め切りになっている「一般消耗品会計表」のファイルを開く。

「見てください。内容は大方これで合っていますか?」

「うん。」

「では、それぞれの商品の購入の理由のところをすべて埋めてください。」

「これ全部?!」

「はい。」

「こんなにいっぱいやだ。」

「貯めこんだのはチコさんです。」

「うーん。」

会計表には買った商品の購入の理由や仕様の目的を書き込むスペースがある。

そこに1文でもいいから購入の理由を記入しないと実費払いになってしまう。

逆に、会計表に記入できるものは理由を1文でも書けば魔道良がそれを買ってくれるのだ。

職員やグループが先払いをしていた場合は次の月の給付金にそのお金が含まれている。

もらえるお金は最大限もらっておいた方がいいという雫様の考えのもと、うちのグループではできる限り会計表に記入できるよう努力するのだ。

「しっかり書いてくださいね。もし記入欄に空白があれば、すぐに見つけられますから。」

「はーい。」

チコさんがぶつぶつ言いながらキーボードを打ち始めるのを確認してから、俺は自分の席に行った。

「みんな帰って来ないね。」

会計表の記入をしながらチコさんが呟いた。

「そうですね。」

「みんな忙しそうだよね。」

「チコさんもお忙しいでしょう。」

「うーん、チコは忙しくないよ。」

「今会計表の記入に追われているではないですか。」

「これは忙しい仕事じゃないもん。」

「列記としたお仕事ですから貯めこまないでください。」

「こんなのやだよー。みんなでお出かけしたい。」

チコさんが伸びをしながら回る椅子でぐるぐる回り始めた。

「お出かけですか?」

「うん、魔道石買いに行くの。」

「えっ!」

俺がチコさんの方を向くと、チコさんがぱっと席を立った。

「そう、魔道石買いに行くの!雫魔道石買いに行こうって約束したよ。いつ連れて行ってくれるのかなあ。」

「雫様が戻ってきたら確認しますので、どうぞ会計表への記入をつづけてください。」

「はーい。」

チコさんが、席に座って椅子でぐるっと回ってからパソコンへの記入を続けた。

雫様は本当に魔道石の購入に連れて行くなんて言ったのだろうか?

これからしばらくは、ゆっくり買い物もできないほどに忙しいはずだ。

 「ただいま。」

雫様がグループルームに戻ってきた。

俺は席を立って雫様の方へ行く。

「おかえりなさいませ。」

「ええ。」

雫様は自分の席に向かう。

「雫、雫。」

チコさんが雫様の方を見て席を立った。

「どうしたの?チコ。」

「魔道石買いに行くよね?」

「えっ。」

雫様が足を止めてチコさんの方を見る。

「前約束したよ。魔道石買いに行くって。」

「あー。」

雫様がぱっとこちらを見る。

エスパー魔法で声をこちらに飛ばされていなくても雫様の言いたいことは分かった。

(忘れてた。)

頭の中で雫様の声がする。

(どうしよう?!)

自分で考えてくださいという意味を込めて俺は目をそらした。

「雫忘れて他の?」

「もちろん覚えてた、覚えてた。」

「良かった、いつ行くの?」

雫様が頑張って落ち着いているときの声を出そうとしている。

「いつ行こうかな。」

雫様が苦笑いをしながら席に着く。

「しばらく忙しいものね。」

「早く行かないとリーフダイヤが無くなっちゃうよ。もうご飯粒みたいに小さくなってるんだから。」

「そうねえ、たしか2か月ぐらい前に約束したもんね。」

「うん。」

雫様がスマホでschedule帳を開いて睨んでいる。

「8月31日は空いてるわよね?」

「うん。」

「ならそこにしましょう。」

俺は雫様の耳元で話した。

「よろしいのですか?次の日からポリス月間が始まりますよ。」

「仕方ないわ。約束していたのに守れずにいたのは私だから。」

雫様がチコさんを見る。

「やった!」

チコさんが席を立ってくるくると雫様の机の周りを走っている。

「みんなも誘おうよ。」

「いいわねぇ。」

雫様がスマホを見る。

「8月31日は、お仕事用に教えてもらっているschedule帳には誰も予定を書き込んでいないわね。グループのみんなも誘ってみましょうか?」

「うん。」

「そうだ、時期的に鉱山に直接取りに行ってもいいわね。」

「アルミラさんのいるところ?」

「ええ、そこならステファシーの許可も取れて、いろんなレベルや種類の魔道石を自分の肌で感じることができるわ。1年に1回ぐらいは行かないとね。」

「やったぁ!」

「だからねチコ、お出かけがちゃんとできるように今やりかけてるお仕事を終わらせてよ。」

「はあい。」

さっきまでの駄々をこねたチコさんがどこかに行きしゃきっと仕事を始めた。

さっきまでの俺の苦労は何だったのだろう。

(上手。)

(はい。)

(そういうことだから、8月31日の全員の予定が本当に空いていたら10人でアルミラのところまで行ってくるわね。)

(ご一緒した方がよろしいですか?)

(いいえ、日帰りであそこに行こうと思ったら珍獣に乗らないといけないわ。魔道適性のない上手には負担の大きいことだし、9月からのポリス月間にむけてしっかり休んでほしいからこの日はお休みして。)

(畏まりました。アルミラさんへの連絡はいかがいたしますか?)

(私が直接連絡するわ。1週間ぐらいしか時間もないし急なお願いになってしまったから、私が直接連絡をした方がいいでしょう。)

(畏まりました。)

(アルミラのところに行くのも久しぶりね。楽しみだわ。)

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