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ナント王国王妃来航国賓晩餐会(3)

          3

 (まずは上手にスーツタイプの警備服の確認をさせないと。)

10時40分に会議が終わり、雫はスマホを手に取った。

「木漏れ日少しいいか?」

「今ですか?」

「あー、北棟の48階まで付き合え。」

「分かりました。1分待ってください。」

「分かった。」

雫の後ろに今花が立っていた。

「後ろに立たれると少し。」

「気になるならさっさと終わらせろ。」

雫はため息をついてから、ぱーっとスマホを操作した。

「1分経ったぞ。」

「終わりました。」

雫は席を立ってカバンを肩に掛けた。

「北棟の48階までですね。」

「そうだ。」

会議室の中ではまだ何人かの職員が輪になって話し合っていたり、ホストに質問に行く職員がいたりした。

「いつも思いますが、鏡さんはすぐに帰るんですね。」

「私に好き好んで声をかけにくるのは木漏れ日ぐらいだからな。」

「意外です。」

「こんな性格のやつに声をかける魔道師職員なんてめったにいない。」

「こんなにお世話になっているのに。」

雫が階段のところで足を止めた。

「どうした?」

「20階まで階段で上がって渡り廊下に出ませんか?」

「あー。」

今花が雫の後ろに続く。

「もしかして、普段エレベーターしか使っていなかったりしますか?」

「そうだな。」

「たまには運動しましょう。」

「私の仕事は木漏れ日と違ってデスクワークだけなんだ。体力は求められていない。」

「適度な運動をしないとエコノミー症候群になりますよ。ただでさえ、魔道任務任命部のみなさんは仕事量が多いのですから。」

「そういう風に評価していたのか?」

「はい、私たちが現場でばたばたと働く裏側には、私たちと同じあるいは私たち以上にお仕事をしている人たちがいます。これは私のイメージですが、魔道任務任命部のみなさんは気苦労が絶えないと思います。」

「興味深い。もう少し聞かせてくれるか?」

「えっ?」

「木漏れ日が優しいのだろうが、それでも自分たちのことをこう評価してくれる魔道師はそう多くいない。」

「いくらでもお話しますよ。」

「あー、時間はあるんだ。ゆっくり話を聞かせてほしい。」

20階まで階段で上がり、広い渡り廊下を歩きながら雫は話した。

「私たちは最悪与えられた仕事をミスなく、不手際なくこなしていれば良いのです。もちろん、それでは機械的で打算的な任務になってしまうのでうちのグループではそうならないように趣向をこらしていますよ。」

「それはよく知っている。」

「それと比較したら、魔道任務任命部の皆さんは私たち現場で働く魔道師と任務を繋いでくださる中心点なのです。皆さんがいてくれなければ、私たち魔道師はしっかり仕事をこなすことができません。」

「まあな。」

「グループの雰囲気や得意不得意、スケジュールに仕事の詰まり具合まで総合的に考慮しながらも、次から次へと止めどなく上がってくる任務を適切なグループに振り分ける。しかもグループからの依頼には最大限応じようとしていただけるあたりなんて本当にすごいと思います。」

北棟に入り雫がエレベーターホールで止まった。

「きっと木漏れ日のグループがマネージメント契約をしているからそう思うのだろう。木漏れ日のグループは珍しい。」

「マネージメント契約の数はまだ伸び悩んでいますか?」

「あー。」

「もったいないですね。」

マネージメント契約とは、雫たちが所属するような魔道師のグループが魔道任務任命部と情報交換を積極的に行う契約のことだ。

この契約を結ぶことで、魔道師たちは自分たちが得意とする任務や興味のある新しい任務の種類に挑戦することができ、魔道任務任命部ではグループメイトのスケジュールや得意不得意を把握しやすくなることで任務の依頼をスムーズにすることができる。

数年前に始まった制度なのだが、魔道師のグループからしてみれば自分たちの情報が筒抜けになることで任務の依頼が来た際に断る理由がなくなるというデメリットがあり、それが理由で現在もなかなかマネージメント契約の数が増えないのだ。

義務化しても良いのだが何せ魔道グループの数も多い。

この制度を施行するだけでも一苦労だったうちの魔道良では義務化なんてもってのほかだった。

雫たちのグループは制度が施行されてすぐにマネージメント契約を行った。

その時から雫のグループを担当しているのが鏡今花なのだ。

鏡のほうが雫よりも年上だしキャリアも長い。

「私としては助かっているのですよ。まだまだこれから伸びる魔道師が多いので、あの子たちの新しい才能を見つけるためにもいろいろなタイプの任務を依頼していただけることは助かるんです。すべてが経験ですから。」

「そういう考え方を持ったグループがもっと増えれば、こちらとしてもこんなに木漏れ日のグループにあれこれ押し付けずに済むのだが。まだ難しいのが現状だ。」

到着したエレベーターはすでに人がいっぱいで、雫たちは次を待つことになった。

「本当にもどかしいですね。フェザードで舞い上がれば一瞬なのに。」

「木漏れ日にしてみればそうだろうな。」

「効率が悪いと思います。いつもこうやって待っているんですか?」

「あー、エレベーターは15台もあるんだ。ほら来たぞ。」

今花が雫の前を歩いて到着したエレベーターの前に立った。

「次は乗れるでしょうか?」

「乗れるかどうかじゃない。」

「えっ?」

「乗るんだよ。」

到着したエレベーターにも人が結構乗っていた。

しかし今花は形振り構わず乗り込んで行く。

「失礼します。」

今花が雫の腕を掴んで乗り込んだ。

(人口密度高い!)

48階に行くまでにたくさんの人が乗り降りするのをなんとか交わして、二人は48階に着いた。

「お疲れ様。」

フロアーに降りて、雫はまず深呼吸をした。

「すごいですね。」

「あれでも女性専用エレベーターだったから、まだましだったんだぞ。」

「そうですか。」

「さぁ、あまり時間は取らせたくない。早く行こう。」

「こういうことには今花さんの方が慣れてますね。」

「毎日やっていることだからな。」

「そうですね。」

北棟の40階から50階までは魔道任務任命部のフロアーになっている。

今花の所属するオフィスは48階にあって、4865室に今花のデスクがある。

「入ってくれ。中のソファーで話をする。」

「はい。」

4865と書かれた金色のプレートが掛かる部屋に今花の後ろに続いて雫が入る。

「失礼いたします。」

 雫が扉を閉めると、今花が辺りを見回して3列ほど奥にあるソファーとテーブルのセットを手で示した。

「あそこで待っていてくれ。今タブレットと紅茶を持って来る。」

「お気遣いなく。」

今花に会釈をしてから雫は後ろを見た。

(入室履歴残さないといけないよね。)

壁に付けられた機械に社員証をスキャンさせてから、雫はさっき今花が案内してくれた席に向かった。

雫が座った席の周りにも同じつくりのようなソファーとテーブルのセットが20個前後置かれていて、そこに2人か多ければ4人の社員が集まって小さなミーティングをしていたり引継ぎをしていたりする。

扉から入って手前がこういったソファースペースで、奥がこのオフィスに勤務する社員のデスクになっている。

扉に近いところに3.4人が座って話せるスペースがあって、そこから壁に近づくほど二人掛けのソファーが増えていく。

雫は席に着いてからスマホを見た。

(さすが早いわね。)

すでにさっき送ったスーツタイプの警備服に関する上手からの返事がきていた。

(社内のロッカーにスーツタイプの警備服を置いていたグループメイトは0か。まあ仕方ないわね。それで、全員と連絡は取れたんだ。みんな会議や授業があるのによくこの短時間で連絡が取れたわね。)

私は一度頷いてから文章を読み進めた。

(寮通勤の子たちは17時までにスーツタイプの警備服を家に取りに帰ると。それで、スマスは一度帰宅する。チコは稲穂さんに頼めたのね。だったら、問題ないわ。)

連絡を見終えたところで今花が戻ってきた。

「何かあったか?」

「スーツタイプの警備服の確保の確認をしていました。」

「あー、連絡が遅くなり申し訳なかった。急に王妃が言い出して聞かなかったんだ。」

「相変わらずですね。」

「王妃と面識があるのか?」

「はい。」

「なぜ?」

「6年以上前だと思いますが王妃の非公開護衛を一度務めたことがあります。」

「なるほど。」

「その時王妃から高く評価いただいて、それ以来王妃に関係する任務の時はよく王妃周辺の非公開護衛任務に就くことになりました。ですから、今回は驚きましたよ。」

「もしかしたら、木漏れ日が今回の護衛任務に関わっていることを知らされていないのかもしれないな。」

「あー。」

雫が険しい顔になった。

「急な変更がなければいいのですが。」

「まあ基本的にはないだろう。」

 今花がカップの紅茶を啜ってからタブレットを見せた。

「本題に入ろうか。」

「はい。」

「今回わざわざ来てもらったのは、10月の任務任命に関する中間報告をするためだ。」

「はい。」

「現段階で頼みたい任務は数で言えば25件、分野ごとに分けると10タイプある。」

「25件を10タイプということは一つのタイプの任務を二つか三つ程度こなしていくということになりますね。10月は31日あるので万が一スケジュールがすべてシングルワークになっていても確実に6日は休みがありますね。これはグループ任務ですよね。個人の単独任務はどのようになっていますか?」

「それはこっちだ。」

今花がタブレットのスクリーンを変えた。

「相変わらず、木漏れ日のグループは個人でも引っ張りだこだ。名指しの任務依頼が多くてな。学生たちも10月は大きなテストもないから少し詰めさせてもらっている。この時期に体調を崩しやすいのはチコと彩都だな?」

「はい、そうです。」

「彩都は少し加減できるが、チコはどうしてもこの時期は忙しくなる。」

「そうですね。本人の体のことを考えると少し仕事量を減らしてあげたい季節ですが、どうしても立て込みますよね。」

「ハーベスト債もあるし、彼女のセカンドフェースでもある王族の直属護衛がどうしても増えてくる。グループワークに参加することも困難な場合が出てくるだろう。」

雫はぱーっとモニターを見ていく。

「あくまで中間報告だ。いつも通り2週間前には正式なスケジュールとして改めてメールで送る。」

「お願いします。」

雫がモニターを一通り見てから紅茶のカップに手を伸ばした。

(覚えたかな。)

雫は一度覚えようと思って見たものは忘れない。

「少し余談なのですが、よろしいですか?」

「なんだ。」

「9月はポリス月間ですが、いつものように少し魔道任務任命部から依頼が入っていたと思います。」

「あー、グループには頼んでいないが、個人の者が少し入っていたか。」

今花が別のモニターを出す。

そこには、9月のカレンダーと10人分の魔道任務任命部が扱う予定が入っていた。

「いつ見ても綺麗ですねぇ。」

「そんなことはどうでもいい。何か不備があれば教えてくれ。」

「9月8日月曜日の9時から1時まで3人が抜けることになっていますね。」

「やはりそこが気になるか。」

「はい。」

「分かる。だがどう組み替えようとしてもこうなるんだ。」

「7人の時にSOSが出されて出動要請が出たらきついですよ。」

「その主張は的を得ていて痛いほど分かるが。」

「そちらもそちらでいっぱいですか。」

「申し訳ない。」

「分かりました。」

雫は頷いて時計を見る。

(11時20分。)

「こちらからは以上だが何か他にあるか?」

「いえ特にありません。また何かあればご連絡させていただきます。」

「分かった。知っての通り、私が担当しているグループは木漏れ日のところだけだ。何かあったらいつでも対応するから声を掛けてくれ。」

「お気遣いありがとうございます。」

雫は席を立って、今花に一礼した。

「気をつけてな。」

「はい、失礼いたします。」

雫は元来た道を戻りグループルームに向かった。

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