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実家の雫(21)


  21

 控室に入った5分後雫が出てきた。

フォーマルなドレスからカジュアルなワンピースに着替えている。

辻と会うために着た白、昼間に着ていたピンクやオレンジのワンピースの色違いの紫だ。

(あー、あと1回は絶対に着替えないといけないし。もう何回着替えたかなんていちいち思い出せないわ。)

森崎が雫の前を歩き案内する。

(雫様、お約束の時間から25分遅れております。お二人に会ったらまず一番に誠心誠意をもって謝罪してくださいね。)

(はい。そうだ、今日は一緒に入らないわよね?)

(そのつもりですがご一緒した方がいいですか?)

(うーん、それでいいわ。よろしくね。)

(畏まりました。)

扉の前で森崎が脇に逸れる。

扉の近くの壁に嵌め込まれたプレートには、「ロイヤルブラット交流室副室長室」と書かれている。

(さっ、入ってまず一番に謝らないと。)

雫は扉をスリーノックする。

「どうぞ。」

「開いてるわよー。」

雫はドアノブを下げて奥に引く。

ガタンという音がした。

(あっ、逆かあ。)

今度は手前に引く。

扉はきちんと開いた。

雫の後ろで森崎が露骨に溜息をついている。

「失礼いたします。」

「引き戸だねえ、25分遅刻した雫ちゃん。」

「わざとかしら?私たちを和ませて25分の遅刻をちゃらにしようとしてるの?」

「まさか、滅相もございません。」

雫はすぐに答えて首を横に振る。

扉の向こうには暖色系のライトに照らされた室内が広がっている。

部屋の奥に大きな窓があり、今はカーテンが閉められていた。

その手前には大きな仕事机があり、使用頻度の高い文房具の他に雪子の好きな季節の花の花瓶、仕事用のパソコンが置かれている。

更にその手前に今雪子と木雪が座っているソファーセットがある。

「あらそうなんだ。ざーんねん。」

4人掛けのソファーセットに木雪と雪子は隣り合って座っている。

ソファーの間のテーブルには既に飲み物の入ったカップが二つと空のカップが一つある。

木雪の前に置かれているのがコーヒーで、雪子の前に置かれているのが紅茶だ。

「もしそうなら笑って許してあげるつもりだったのに。私たちはねえ、たとえ25分遅刻していたとしても、月に一度くらいしか帰ってこれない多忙な雫ちゃんのことを考えれば仕方のないことだと思っているのよ。」

「そう、たとえ25分という時間が私たちにとっては価値のあるものであってもね。ほら忙しさの濃さによって時間の使い方って変わってくるじゃない?」

(あー、これは嫌味ね。私が25分遅刻したことを怒ってる。)

二人の会話を聞きながら雫が室内に入り扉を閉める。

「あら、森崎は一緒じゃなくていいんだ。何で25分遅刻したのか森崎が説明するかと思ってたんだけど。」

「そうね、森崎が説明した方が信憑性が増すわよ。」

「森崎には別命を与えておりますので。」

雫が数歩ソファーセットに近づいて姿勢を正す。

「この度は貴重なお時間を作っていただきながら、お約束の時間に間に合わず、誠に申し訳ございませんでした。すべてはわたくしのスケジュール管理能力の無さに原因があると考えております。今後このようなことのないよう十分気を付けて参ります。今回のお詫びといたしましてわたくしにできることがありましたら、何なりとおっしゃってください。」

雫がしなやかに丁寧に一礼した。

それを見ていた木雪と雪子が口に手を当てて笑い出す。

「雫ちゃん。」

「そんなこと軽々しく言っちゃいけないのよ。私たちがこれに乗じて無茶振りしたらどうするの?」

雫がゆっくり頭を上げる。

「わたくしは、わたくしにできることならばと申しました。わたくしにできないと判断した際には謹んでお断りしていましたよ。」

「なるほど。最初から予防線は張ってたわけか。」

「やっぱり雫ちゃんはこういったことに向いてるわ。ぜひとも専門職に就いてほしいものね。何ならうちの部署に採用しようかしら。ロイヤルブラットの方々はとにかく言葉遊びが好きだから、雫ちゃんみたいな人材がとっても向いているの。採用と同時に一定の役職もあげるわよ。1年目から高額なお給料を期待してもらって構わないのだけれど、どうかしら?」

雪子が麗しく微笑む。

「それは私も一緒だ。スパイへの接近や駆け引きにはそれなりの言葉遊びの技術が必要になるし、一定以上の戦闘技術も必要になる。この点において雫ちゃんはとてつもなくうちの部署に向いている。もちろん採用1年目から一定の役職は約束するし、雫ちゃん専属の部下も3人付けよう。これくらいは当然だな。あと雫ちゃんが望む条件は要相談だ。」

木雪が自信たっぷりに頷いた。

(あーまたおんなじ下りが始まった。もう遅刻のこと怒ってないって認識でいいのかなあ?)

「せっかくのお誘い大変光栄なことですが、わたくしには魔道良担当の仕事がありますし、魔道良の社員でもありますので、これ以上は時間の割り振りができません。申し訳ありません。」

雫の返事に二人ももう慣れているというように苦笑する。

「真面目ねえ。」

「本当に真面目だこと。」

雫がもう一度一礼してソファーに腰掛ける。

木雪の正面だ。

「雫ちゃん、隣に荷物を置いてくれて構わない。貴重品だろ?」

「ありがとうございます。」

「申し訳ないけれど、飲み物セルフでお願いね。そこの引き出しの上のペット何でも持ってきていいわよ。」

「はい、それではお言葉に甘えさせていただきます。」

(座る前に言ってくれたらいいのに。)

雫は一度隣のソファーに置いたカバンを持って、肩に掛けながら引き出しに向かって歩いて行く。

(えーっと。)

雫がそっと瞳のエントランスを開く。

ここに並ぶのはすべて未開封のペットボトル。

ただし、魔法で生成した毒はペットボトルを開けなくても飲み物に混ぜられる。

(10本中安全なのはたった1本か。今回も試されてるな。)

雫は右から3番目のミルクティーを手に取った。

「それではこちらを。」

雫の振り返りざま、とてつもなく鋭利な銀色の何かが雫の心臓目掛けて飛んできていた。

雫は何食わぬ顔でそれを空中で止めてそのまま浮遊させる。

「いただきますね。好きなメーカーがあって嬉しいです。」

雫は銀色の何かを同じ場所に浮かせたままソファーに座り直す。

「いただきます。」

ペットを開けコップに3分の1ほど淹れる。

「さすが雪子の秘書さんだ。」

「あら私が選んだっていう可能性はないの?木雪。」

「ない。雪子がそんな雑務をするとは思えない。」

「まあ、木雪ったら。」

雫が心の中で長くて深い溜息をつく。

(あれただの銀の槍じゃないよね。先に毒が塗ってる。さすがに当たってもちょっと体の感覚が無くなる程度だとは思うけど、抜き打ちの試験でここまでやるとは。あー、もういいかなあ?)

雫がずっと浮かせっぱなしにしている銀色の鋭利な槍をゴミ箱まで浮かせたまま移動させ、魔法を解いた。

かたんという音を立ててゴミ箱に入る。

「さて、そろそろご説明をいただけますか?わたくしのせいではありますがあまり時間もないことですし、ご挨拶はほどほどに。」

「おやおやそうだね。」

「雫ちゃんの言う通りね。まずは合格よ。おめでとう。」

「相変わらずのいい目と腕だ。これなら今月も雫ちゃんに任せられそうだ。」

「木雪が助かるなら私は喜んで協力するわ。引き続き来月も緋偉螺疑世折についての調査を継続するわね。」

「よろしくお願いいたします。」

今の一連の行いは、すべて木雪と雪子による雫への抜き打ち試験であった。

具体的には、木雪が雫に依頼している「たまたま見かけたスパイの情報を木雪に伝える」というボランティアが、本当に雫に勤まるかの確認のための抜き打ちテストである。

とは言っても、毎回雫はこの二人と会う度に、手を変え品を変えのいろいろなバリエーションでテストをされているから、テストをされることは分かり切っていて、どのタイミングでどんな方法で行われるかが抜き打ちなのだ。

そして今回も無事に合格した。

「貴重品管理、毒の入っていない飲料水の選択、飛んできた銀の槍の回避どれも素晴らしかった。いつ会っても腕が鈍っていないことには本当に関心させられる。」

「しかも、これを精神力をかなり使い切っている今日のこの時間にやって問題ないのだから、本当に優秀だわ。」

「ありがとうございます。」

雫が紅茶を少し飲んで答える。

「それで、今日はどうして25分も遅刻したの?」

一気に室内の空気が緩んだ。

(雪子さんも木雪さんもここねちゃんのことは知っている。話しても問題ないね。)

「ここに来る前ここねさんのところに行っていたのですが、なかなか帰してもらえず。あんまり可愛く頼まれるものですから、少し甘やかしてしまいました。」

「なるほど。」

「あの子を可愛いと思えるところはなかなかねえ。」

「ここねちゃんに文句は言えないか。」

「ええ、逆切れされて私たちが怪我しちゃうわよ。雫ちゃん、ちょっと揶揄ったけど、私たちこの後はなんにも予定がなくてね、全然怒ってないから気にしないで。」

「まあさっき言ってた何でもやります発言に便乗して今月もよろしく頼むよ。利害の一致における三角関係は成立しているが、それに追加でお願いするさ。」

(あーそもそも怒ってなんてなかったんだ。良かった、良かった。)

「つまり通常以上の成果を期待すると?」

「やれるなら、かな。」

雫が目を閉じる。

「たまたま見かけたらという段階で、そもそも運なんですけどね。私も進んでスパイ探しをするのは無理ですから、もし見かけたらいつもより1文でも多い報告をするとお約束します。」

木雪がにやっと笑う。

「1文か、文章の数で攻めてくるとは思わなかった。いいよ、分かった。それで行こう。」

「はい。」

「さあ、資料はこっちで用意したから今月見つけてくれたやつらについて詳細な報告をお願いするよ。」

「分かりました。」

 雫は木雪の作った資料の流れに沿って報告を行った。

雫が8月中に見つけたスパイの数は7人、どれも木雪たちが把握できていなかったものだった。

この間、雪子も熱心に話を聞いていた。

ロイヤルブラット同士における交流にもスパイは大きく影響してくる。

誰に雇われたのか、何が目的だったのか、ひょっとしなくてもそれは雪子の仕事に関係してくる。

「なるほど、了解した。」

木雪が自分のタブレットをしまう。

「それにしても雫ちゃんは本当に引きが強いな。本気になったらいったい何人見つけられるんだか。」

「スパイを副業や本業にする人間が世界的に増えているのは由々しき事態だし、うちはそのターゲットとして狙いやすいから困った者ね。」

「それだけロイヤルブラット木漏れ日が、世界中から関心を集めているというのは嬉しいことではあるのですけれどね。」

雫がカップにペットに残っていたミルクティーを全部淹れながら答える。

「こんなことしなくたっていくらでも働けるだろうにな。」

「世界経済のお金の流れがどこに向かっているか、それを垣間見るピースですね。」

3人が溜息をつく。

「さあ、話題を変えましょう。雫ちゃんは仕事をきちんとやってくれたのだから、私がお返しをしないといけないわね。」

雪子が徐に封筒を取り出し、雫に渡す。

「ありがとうございます。」

雫が中の書類をすべて取り出す。

「まずは一読してくれる?」

「はい、少々お待ちください。」

雫の読み進める書類に書かれているのは、雫の育ての親緋偉螺疑世折に関する情報だ。

読み進める雫の顔はひたすらに無表情。

木雪と雪子にその感情を悟らせないポーカーフェースだ。

「お待たせいたしました。」

雫は、両面印刷写真、表付き20枚の資料を5分で読み終えた。

「速いなあ。」

「仕事の早い子は大好きよ。それにしても何というか、毎月毎月よく頑張って読むわよね。普通なら思い出したくないと思うけど?」

雪子が興味本位で尋ねる。

「最初にお約束する時、ご説明をした通りです。母が緋偉螺疑世折に魅了されてやまない以上、いつ行動を起こすか分かりません。そうなった時、最善の方法を取るためにも緋偉螺疑世折に関しては詳細に把握しておく必要がありますので。」

雫も慣れたものでさらさらと答える。

「お母さんのためか?」

「はい。」

「でもこのこと水香さんは知らないんでしょう?」

「もちろんです。」

「雫ちゃんが把握していることに価値があるということか?」

「はい。」

木雪と雪子が目を合わせる。

(何だろう?いつもと雰囲気が少し違う。資料の内容は毎月のものと遜色なかった。特別大きな変化もなかった。それなのに何で。)

雫が違和感の正体を推測している間に木雪が口を開いた。

「まあ私たちとしては雫ちゃんに働いてもらっているから別に何かを言う筋合いはないんだけど。」

「「いつも少し可哀そうに思うわ。」

(あーそういうことか。すごーく遠回しに手を引いた方がいいって言ってくれてるんだ。私にはまだ話せないけど二人が知っている近い将来、私が傷つくような何かが起こるんだ。今までだって事あるごとにこう言ってくれている。)

雫が目を伏せる。

「ロイヤルブラット同士のお付き合いの中では極々一般的なことかと思いますが。」

「何て言うのかしらね、理由とか方法とか成り行きがこう寂しいのよ。」

雪子が右頬に手を当てて首をかしげる。

「やっぱりもう家族は失いたくないのかしら?そして失うことが怖いから先に進めないのかしら?」

(わざと自分のことを嫌いにさせるような発言は、自分との交流を絶たせたいという意図の裏返し。)

雫が書類をテーブルに置いて立ち上がる。

「少しいけずが過ぎますよ、雪子さん。書類に記載のあることですべてでしたら、わたくしはこれで失礼いたします。緋偉螺疑世折が今彼なりに幸せな環境で生きているということが分かるだけでわたくしには十分ですので。彼と母を比較し、母が苦しんでいることをすべて彼のせいにはいたしませんよ。たとえそれが真実だとしても。来月もよろしくお願いいたします。」

雫が最後に優しい笑顔で微笑み部屋を出て行った。

 「少しやり過ぎたんじゃないか?」

「いいのよ、あれくらいしないと気付かない雫ちゃんが悪いの。鈍いったらないわ。」

「それでも雪子を嫌う素振りは絶対に見せないな、雫ちゃん。最初からばれてるんじゃないか?」

「そうでしょうね。」

「えっ、そうなのか?」

雪子が溜息を一つつく。

「私としては気づいてないふりをしてるし雫ちゃんもわざわざ言語化する気はないようだけど、お互いにお互いで察してると思うわよ。そうじゃなかったら、毎月毎月話がこんなにスムーズに進むわけないじゃない。私と雫ちゃんって案外相性がいいのかも。木雪なんかよりずうっと。」

「おい。」

木雪が立ち上がる。

「開始が遅れたのに思ったより早く終わった。」

「あら、自分のオフィスに帰って残業でもするの?」

木雪が鼻で笑う。

「まさか、さっさと帰ってかなり遅い夕食だ。残りの3連休を満喫するためにも仕事なんてしないさ。」

「私たち4連休の折り返しだものね。最も雫ちゃんに休みなんてないんでしょうけど。」

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