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実家の雫(20)


  20

 さてと、寝付いたここねちゃんを起こさないように私は静かに部屋を出た。

これは確実に21時からの約束に遅刻する。

そしてその前にやることが山積みになっている。

私が廊下に出ると思った通り春宮様付きの使用人が控えていた。

ユークレース館に行く前、私に交換条件を持ちかけた使用人だ。

「雫様ご挨拶申し上げます。」

「ごきげんよう。」

「雫様、お急ぎのところ恐れ入りますが、今回のことにつきましてお話をお聞かせいただけますでしょうか。」

「はいわたくしからもお願いをしたいと思っておりました。」

私は使用人の前まで行って右手を差し出す。

女性が一礼し私の手を握った。

この案件はかなり気密性が高いから、口ではなくエスパー魔法しかも直接体のどこかにお互いが触れていないと届かないエスパー魔法で報告する。

(さて、まずは先ほどのユークレース館の件、お礼申し上げます。)

(恐れ入ります。)

(今回お越しいただいた本題はここねさんの件で間違いありませんか?)

(はい。)

(具体的には?)

この質問で使用人が何を聞かないといけなくて私のところを訪ねてきたかが分かる。

どの程度の行動が引っ掛かったのかが分かる。

ここねちゃんに宣言魔法を使わせたことなのか、裏庭に連れ出したことなのか、私がここねちゃんを叱ったことなのか。

どこのラインから先がだめだったのかがよく分かる。

(雫様がここね様を裏庭にお連れすることは、春宮様も承知されております。)

(つまりそこから先の行動についてということですね。)

(はい。)

(分かりました。どちらにせよ詳細報告に伺わなければならない状況でしたので、23時以降で春宮様と面会できる時間があれば、お願いしたいのですが。)

使用人の人の握る手に若干力が入る。

あー、たぶんこれは、「そんな遅い時間にわざわざ会わないといけないような案件をいちいち作るなよ。しかも何で春宮様じゃなくて雫の都合を言ってるんだよ。」という若干のストレスだ。

(申し訳ございません。この後23時まで予定が詰まっておりまして。)

(畏まりました。春宮様も表の席への出席やその後の打ち合わせ等がありましたので、23時以降で問題はないかと存じます。念のため再度スケジュールを確認し、連絡をいたします。)

(お手数をお掛けいたします。よろしくお願いいたします。今は簡単な概要だけお伝えしておきましょうか?)

(はい、差支えのない範囲でお聞かせいただけましたら、幸いです。)

この人はただの使用人、話せることには限界がある。

(裏庭で木漏れ日ここねさんと私の共同の宣言魔法を行使しました。理由にはティムズが関与しており、木漏れ日ここねの就寝直後霞の教会に招かれましたので、その詳細報告に伺いたく存じます。)

(畏まりました。)

私が使用人の手を離すと、彼女は一歩後ろに下がり、恭しく一礼をして離れていった。

「それでは雫様エントランスまでご案内いたします。」

別の使用人が私に声をかける。

「その前に一点お願いがありまして、お聞きいただけますか?」

「何なりと。」

「魔具「スモールドーム」を一つお譲りいただきたいのです。後程使用人からわたくしの所有している同じ魔具をお返しいたしますので、お願いします。」

「畏まりました。少々お待ちください。」

私はここねちゃんの部屋の扉の正面のソファーに座る。

後ろは大きな窓で外の景色がよく見える。

そろそろ時刻は21時過ぎ、ここから見える中庭はいつもより人が行き交っている。

ユークレース館の表の席が終わったころだろう。

「お待たせいたしました。」

スモールドームを取りに行っていた使用人が木箱を持って帰ってきた。私はそれを受け取って確認する。

「ありがとうございます。ではこのまま裏庭に行きます。」

「ご案内いたします。」

どれだけ建物の中を覚えていると言っても、別荘に住んでいない木漏れ日の人間が別荘内を歩く時は、別荘付きの使用人が最低でも一人隣をしっかりついてくる。

私はまた裏庭の入り口の前に来た。

「ここでお待ちしております。」

「はい。」

私はさっきと同じようにドアノブに取り付けられた機械にスパイラルを流し、カギを解除する。

別荘の仲はついてくる使用人だけど、裏庭は厳密に言うと別荘とは敷地が違う。

だから適用されるルールも違う。

別荘付きの使用人でも裏庭に立ち入れる使用人はごく少数だ。

私は許可をもらっているから、裏庭で自由に動くことが許されている。

時間もないし、私はさっさとさっきここねちゃんと作ったジェットコースターの場所まで進む。

一人で夜の裏庭を歩くなんて久しぶりだ。

もうだいぶん慣れてはいるんだけど、やっぱりちょっと特別な感じがする。

とても神聖な場所を自由に動き回れることにちょっと優越感を覚えている。

「良かった、あった。思った通り消滅してなかったわね。」

私は木箱を開けてスモールドームを取り出す。

魔具スモールドーム、私の両掌に収まる大きさの魔具である。

名前の通り、側面は木の板で、その板を覆うような半円状の球形をしている。

半円状の部分は透明で、仲が確認できる。

今は空っぽだ。

性能は、魔の純度100%の物をこのサイズにばっちり収めることができるというもの。

どんなに大きな物でも、魔の純度100%なら絶対に収まる。

使い道はいろいろだ。

典型的な魔法陣のテンプレートを大量に製造し、それをここに入れておけば、魔法陣の大量保管が可能になる。

魔法をこの中にとどめるのはかなり大変だけど、不可能ではない。

ただし、何の加工もされていないナチュラルスパイラルやセルフスパイラルを補完することは不可能である。

今回はスパイラルで作ったジェットコースターをこれにしまって、私の部屋で保管する。

私は空っぽのスモールドームを地面に置いて目を閉じる。

私がスモールドームに流し込むスパイラルをエネルギーにして、スモールドームが、私がスモールドームに取り込みたいと思う物を自動で取り込んでくれる仕組みだ。

ちょっとエネルギーがいるから一応宣言をしておいた方がいいかな。

「我こそは聖なる女神ステファシーの末裔にして、ロイヤルブラットが一つ木漏れ日家の眷族なり。我が求めに応じ、魔具スモールドームよ、その力を開放せよ。」

私がスモールドームに流し込むセルフスパイラルの色は白。

スモールドームのジェットコースターを向いている方がゆっくりと開き、同じ色のスパイラルが、ジェットコースターを包む。

みるみるうちにジェットコースターは小さくなり、スモールドームに取り込まれ、最後にスモールドームがぱたんと閉じて完了だ。

スモールドームの中を確認すると、しっかりジェットコースターが収まっている。

「よし、急いで帰ろう。」

元来た道を戻れば、扉の所でさっきの使用人の人が姿勢良く待ってくれている。

「お待たせいたしました。エントランスまでお願いします。」

今度こそ別荘からの帰宅である。

と言っても、この後また来るんだけど。

 「雫様お待ちください。」

中庭に立って機嫌の悪そうな顔で私を待っている森崎の顔が見えるのに、私は使用人に呼び止められた。

ここまで案内をしてくれた使用人よりも圧倒的に格が上という空気感を放つ使用人にだ。

私は焦りや苛立ちを全部隠して足を止める。

「ごきげんよう。」

「ご挨拶申し上げます、雫さま。お急ぎのところ恐れ入ります。」

「ご用件は何でしょうか?」

「雫様が今お持ちのスモールドームですが、こちらで保管させていただきたく存じます。」

理由はたぶんここでは言わないだろうなあ。

たぶんジェットコースターにここねちゃんのスパイラルが含まれているからだ。

別荘の外に持ち出して私が保管することに危機感を持っているのだろう。

下手したら壊されかねないのが怖いんだけど、今ここで交渉をしている時間はないし、春宮様に後で返してもらうとしようかな。

「畏まりました。ではこちらを。」

私は木箱を使用人に渡す。

念のため釘だけ刺しておこう。

「確かにお預かりいたしました。」

「十二分にご存じかとは存じますが、差し出口を一つ。それはとても脆い物です。決して粗雑に扱うことのないように。また、今はまだそちらの魔具をお借りしていることになっていると思いますが、すぐに私が持っている同じ物をお渡しいたします。つまり、それは私の所有物ですので、その点どうぞご留意くださいませ。」

「心得ましてございます。」

木箱を持つ使用人が確かにそう言ったことを確認し、私は別荘を出た。

 階段を数段降りて中庭に出てまず最初に私はエスパー魔法を使う。

(本当にごめんなさい。)

(行きますよ。)

(はい。)

森崎の表情は無、そして全く小言を言わない。

これはマジでピリピリしている時の森崎だ。

(あの森崎?)

(はい。)

(木雪さんと雪子さんとはどこで会うんだったかしら?私の自室だった?)

(いえ雪子様のオフィスです。)

(じゃあ車移動?)

(いえ徒歩で行っていただきます。)

(その前に自室に寄って着替えるわよね?)

(予定ではそのつもりでしたが、この時間です。オフィス棟の控室を一部屋貸し切りました。準備も整えてあります。)

(あー、ありがとう。じゃあこれから真っすぐオフィス棟ね。)

(はい。)

すごく気まずい。

仕方ないじゃんと開き直れないほどに森崎がピリピリとしている。

(じゃあ道すがらでいいから事務連絡が2点あるんだけど。)

(雫様。)

森崎のぴしゃりという声が飛んでくる。

(はい。)

(大切な質問をわざとなさらないのですか?)

(えっ!)

(雪子様と木雪様が既に待ち合わせ場所に着いていないのか、気にならないのですか?)

(あー、それはーそのー、うん、そうだね、そうあるべきですよね。ごめんなさい。)

(相手への配慮に欠けています。約束の時間を優にオーバーしておきながらあまりに軽率です。)

(今後十分に慎みます。)

かなり速足で歩いたからもう春宮邸本邸に着いた。

森崎が扉を開け私が先を行く。

あー久しぶりに本気で叱られた。

何歳になってもこれはへこむ。

まあ私が悪いんだけどね。

でも私にだって事情があったし、遅れたくてわざと遅く別荘を出てきたわけじゃないのに。

けど森崎だってたぶん分かっている。

だからこれでもそれなりに気を使ってくれている叱り方だ。

へこんだ頭で考えれば分かる。

八つ当たりしないように気を付けないと。

ポーカーフェース、ポーカーフェース。

(それでは事務連絡をお聞かせください。)

まだ機嫌が完全に直ったわけではないが、森崎はさっきまでより少し落ち着いている。

(じゃあ二つ。まず23時に雪子さんたちとの話が終わったら、そのまま春宮様に会いに行くわ。向こうの使用人から正式な連絡があるはずよ。準備をしておいて。)

(畏まりました。)

(次、私の所有しているスモールドームを別荘に一つ譲って。急ぎの用があって向こうの持ち物を使ったの。)

(分かりました。こちらの方がお急ぎですね?)

(ええお願い。)

(1点質問をさせていただいても?)

(構わないわ、何?)

(春宮様との面会は、本来予定しておりませんでした。それだけ急ぎの要件ができたということですか?)

(ええ、ここねちゃんのことで少しね。)

(畏まりました。)

この辺りで深い詮索をしてこないのが本当に森崎のいいところだ。

「雫様ご挨拶申し上げます。」

「ごきげんよう。」

春宮本邸を出てメイン4邸の入り口を四つ角にした広場を抜ける。

そこから真っすぐ進む。

かなり華やかな格好だけど、この時間ならみんな対して気にしない。

それでも私を知っている人たちが私を二度見している。

普段私がこういうことが苦手なことを知っている森崎が、それでも車移動をしなかったのは、時短のためだろう。

来るまで移動するとなると、乗って・走って・車を停めてという時間がかかる。

それに、21時は表の席の解散時刻が被り、道が少なからず混んでしまう。

こういう理由から徒歩移動は非常に効率的な手段なんだけど。

(森崎。)

(文句は受け付けません。)

ばれている。

何も言い返さない私に森崎が言葉を重ねる。

(雫様が予定通りに動いてくだされば、車移動でも間に合ったと思いますよ。)

(はい。)

このことに関して私は何も言えない。

(それより雫様、雪子様と木雪様とのお話合いの準備は当然お済ですよね?)

(え?準備って言うほどの準備はないでしょう。スパイ関連の資料は向こうが持ってるし、世折さんに関することは資料にできないし。)

(失礼いたしました。わたくしが言葉足らずでした。心の準備という意味です。)

あそういう意味か。

(大丈夫、着替えれば気も引き締まるわ。)

(そのお言葉信じておりますよ。)

 木雪さんと雪子さん、この二人は生みの親が同じ年子の姉妹だ。

もちろん、私の生みの親とは違う。

木漏れ日木雪さんは、木漏れ日家内で「木漏れ日関係スパイ総務室」に所属していて、私が魔道良や関係先で見かけたスパイに関連する情報を定期的に伝えている相手だ。

そして、私がなぜ担当ではないのにそんなことをしているかというと、雪子さんが私の育ての親である緋偉螺疑世折の近況をこっそり教えてくれているから。

雪子さんは、「ロイヤルブラット交流室」の職員で、緋偉螺疑家の情報にも近いところにいる。

いろいろあって私たち三人の間で利害が一致した三角関係ができているのだ。

メイン4邸からほど近い高層ビル、使うのは木漏れ日の人と雇われの職員だけで、ここに外部の人を入れることはほとんどないというのにこの豪華さである。

木漏れ日本邸ビジネス棟「BofKⅠ」、地下3階地上10階建て、地下駐車場完備の木漏れ日本邸でも特に重要な業務部署が集中している建物である。

午前中に私が会議をしていたあの建物より年季があって、この高さの建物なのに驚くほど品がある。

木漏れ日の空気の濃い場所だ。

木漏れ日本邸でメイン4邸が「住」の最高峰であるとするならば、ここ木漏れ日本邸ビジネス棟BofKⅠは職場の最高峰である。

木漏れ日本邸において、木漏れ日の中で仕事をする人たちが、憧れる職場らしい。

扉は自動ドアを3枚潜り、最後に手動ドア、24時間警備員が常駐しているのは当たり前。

この3枚の自動ドアを潜る間にいろいろな検査がされている。

私と森崎に気づいた警備員が手動ドアを開ける。

「ご挨拶申し上げます。」

「ごきげんよう。」

私はこの建物内の部署に所属する職員ではない外部の人間だ。

どんなに急いでいても受付に顔を出さないといけない。

エントランス部分は2階まで吹き抜けの高い天井に豪華なシャンデリアが取り付けられ、大理石の輝く床には豪華なソファーセットが等間隔に置かれている。

観葉植物も貴重なものばかり。

誰をターゲットにしてここまでの豪華さにしているのかが全く分からない。

何度も言うが、ここに木漏れ日外部の人間が来ることなんてめったにないのだ。

「雫様ご挨拶申し上げます。」

「ごきげんよう。21時から木雪さんと雪子さんとお約束をしています。」

「はい確認しました。雫様は23時半までw701室をご予約いただいておりますので、ご自由にお使いください。どうぞお進みください。」

私と森崎はエレベーターホールに向かう。

(エスカレーターの方が早いかしら?)

(この時間ですし、大丈夫だと思いますよ。今日日曜日ですし。)

(なるほど。魔道良は曜日関係なくエレベーターが混んでるから。)

(存じております。ここのエレベーターも平日のお昼時は混みますよ。)

(そう言えば、、木漏れ日専用エレベーターって廃止されたんだっけ?)

(はい今年度の4月から。)

(当然と言えば当然だけど遅かったわね。私が中学生くらいのころからずっと言われてたじゃない。)

(変革には長い時間がかかるものですよ。)

(そうだけど。)

(それにこういった類のことにはタイミングも重要なんですよ。ここ数年で仕事量が増え、このビルに勤務する人の数も増えましたから、エレベーターの稼働率を向上させる必要性が客観的に出てきていました。これまでのような目に見えない主観的価値観の問題ではなくなっていたのですよ。)

到着したエレベーターに乗って森崎が7階のボタンを押す。

(まあね。)

(まあ、雫様が将来ここに勤務することはないでしょうから大丈夫です。)

(そうね、ここにはね。)

苦笑いを浮かべるしかない。

「7階です。」

エレベーターが到着し、私たちはまず控室に行く。

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