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レークと雫の三者面談(10)

          10

 「さて。」

レークを見送り腕時計を見る。

「あらら、これは遅刻ね。」

もう9時50分だ。

どんなに急いでも10時までに会議室には到着できない。

「しかたないわね。」

私は開いている窓を見つけ空に舞い上がった。

本来であればありえないことだが、今日はもうこうしないと間に合いそうにない。

(雅君にお礼をしないとね。何がいいかしら。というより私はまた雅君に会えるのかなあ。)

 結局雅君に会えたのは8月27日土曜日のお昼だった。

私が土日に集中講義で授業を教えに学園に来ていた時、お昼ご飯を食べようと廊下に出た時だった。

「あら。」

誰もいない廊下で私と雅君は対面した。

「こんにちは。」

「こんにちは。」

私の挨拶に私以上に丁寧に返してくれる雅君につい頬が緩んだ。

「今日は学校に?土曜日でしょ。」

「少し授業だけでは分かりにくいところがありましたので、図書室で参考文献などを読みながら自習しようと思いました。」

「優秀ですね。」

「木漏れ日さんはどうして学園に?」

「私は土日に集中講義を持っているの。魔道と地理の関係学よ。」

「面白そうですね。とても興味がわきます。」

「雅君の学力だったら十分受講可能でしょう。たぶん、来年も私が教えるから受けにいらっしゃい。」

「はい。」

軽く挨拶的な短文を交わした後私は本題に入った。

「今少しお時間いいかしら?」

「はい。」

「この前の件、心よりお礼申し上げます。あの時雅君が予知してくれていたから、私は適切な対応をすることができたわ。」

「いえ、僕はレークに学園から出て行ってほしくなかっただけです。それに、舞薔薇先生の教室運営には少し不満がありました。舞薔薇先生は悪い先生ではありませんが、客観的かつ多彩な視点で物事を見ることができない先生でした。」

「なるほど。」

私はあることに感心していた。

(前回も思ったけど、けっして視線をそらさない。それに、できるかぎり感情の起伏が自分に起きないように心がけている。)

私は少し微笑んでから雅君を見た。

「魔道良にはねいろいろな交渉戦術があるの。それを一つ教えてあげる。」

雅君が相槌を打たずに話を聞く。

「それはgive and takeよ。言葉の意味は分かるわね?」

「はい。」

「今回の件で例えるなら、私は雅君からあの一件が起きることを事前に教えてもらった。これは雅君が私に情報を与えた。つまり、雅君が私に情報をgiveしたということになるわ。」

「ええ。」

「魔道良の人間は一方的なことを嫌うの。与え続けることも与えられ続けることも。長く続けば相手に不信感を持つきっかけとなってしまう。だから、私は雅君に一つお返しをしないといけないわ。私にも雅君に一つgiveさせて。何か望むものはある。」

「いえ、僕がおこなったことはあくまで自分がやりたいと思ってやったことにすぎません。自分の医師でやったことが結果的に高い評価を得たとしても、それはなんの実力でもありませんし感謝されるようなことでもありません。」

「なるほど。なら私がかってに一つあげるわね。」

雅君が黙って私を見つめた。

私は一息ついて口調を変える。

「雅君の苗字は西道路で合ってる?」

「はい。」

「良かった。西道路と言う苗字の日とを私は一人知っているのだけれど、雅君のご親戚の人の中に魔道良に勤務している人はいる?」

「はい。」

「やはりそう。私の上司に西道路という人がいるの。雅君ぐらいの若い息子さんがいるそうで、お会いするとよく息子さんについてお話を伺うの。」

雅君が黙ったまま私を見る。

それこそ一方的でずるいかもしれないが、私は雅君の後ろにある過去を知っているし現状もなんとなく知っている。

だからあまり具体的な言い方はしたくない。

「あなたにとって有益な情報になりそうであれば、私の上司が息子さんのことをどんなふうに評価しているかお話しするわよ。」

「ずいぶんお気遣いいただいたようで申し訳ありません。木漏れ日さんの上司と言うのは僕の父のことですね。」

「ええ。」

「僕のことをご存じだったのですか?」

「ええもちろん知っていたわ。いつも雅は雅はって口にするのよ。」

「せっかくですが、父の僕に対する評価は聞かずとも察しがつきます。きっと僕のことを低く評価していたのでしょう。勉強もできないし、魔道もろくに使えない。習わせた芸事はことごとく人並みで父親の期待に応えられないだめな息子だと。」

私は雅君をじっと見つめる。

雅君も私から目をそらさない。

でも、目の下が少し赤くなっている。

「自分で自分が辛くなってしまうようなことを言ってはいけません。」

(しかたないなあ。)

「高校生の男子にこんなことをするのはいささかモラルに反しているけれど、ちゃんと私の話を聞いてほしいからこのまま話すわね。」

私は雅君の頬に当てた手のひらからリラックス魔法を少し雅君に掛けた。

「雅君のお父様はいつも雅君のことを褒めてる。ビジネス的なたてまえではなく心の底からね。雅君と一緒に住んでいた時初めての子供に接し方が分からず、今までの自分の育ちもあって厳しく接してしまっていたとよく後悔されているわ。風の便りで届くあなたの評価や成績に関するお話を聞くことが一番の楽しみなんですって。」

私は話す側だから、そんなに居心地悪くないが、雅君からしてみればどんな反応をしたらいいか分からないだろう。

きっとこうやって人から褒められることに、お父様から褒められているという事実を聞くことに慣れていない。

私はゆっくり右手を下した。

雅君の瞳に涙がたまっている。

「雅君はお父様から認められているわ。さっき雅君が言ったようなマイナスな言葉は一度も聞いたことがありません。」

私は雅君にハンカチを握らせた。

「今はあまり話したくないでしょう。少し心の力を抜いてから自習を続けてね。」

私は軽く雅君に会釈をしてから雅君に背を向けて歩き出した。

(私が雅君にできる最大のgiveはこれよ。)

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