表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/173

実家の雫(19)


  19

 あげはの待っていた窓のスペースから廊下に出たところに森崎が控えていてくれた。

(お帰りになりますか?)

(ええ、用事は済んだから。)

ユークレース館を出て別荘に向かって裏道を歩いて行く。

1時間おきに移動しているけど、その度に外がどんどん暗くなっていて、この時間になると空は夜空に様変わりする。

(あげは様とのお話はいかがでしたか?)

(うん?珍しいわね、森崎が気にするなんて。)

私の後ろをついてくる森崎から感じるのは不安なオーラ。

(何か思うところでもあるの?)

しばらく沈黙が続いた。

森崎にしては珍しく歯切れが悪い。

(わたくしは正直、水竜あげはさんが雫様を深く傷つけないかと心配しておりました。あのお話の仕方では、まるで春宮様が雫様をあげはさんとの交換条件の道具として利用したように聞こえ兼ねません。雫様は木漏れ日の道具ではないのです。それにあの方はどこか掴み切れないところがあります。雫様に異様に親しげですが、控えた物言いをされません。)

(森崎が個人の他社に対する評価をそこまではっきり言うなんて珍しいわね。あげはのことがそんなに気がかり?)

(はい。)

さっき電話をした時は、ここまで嫌悪感を示さなかったのに。

むしろ、私が古い付き合いのある人とまだ交流を続けていることに少し喜んでいるように思っていたんだけど、違うのだろうか。

まあ余計な心配はかけたくない。

森崎が見ているのは、言うなれば「一人っ子あげはモード」の時のあげはだ。

余計な誤解を森崎がし続ける必要はない。

(森崎、森崎が思っているほどあげはは悪い人じゃないわ。さっきも決壊魔法を張り終わった後私に謝ってくれたし。私が「木漏れ日雫」として実家でいろんな顔を使い分けるように、あげはにもいろんな顔があってね、あげはが水竜家が本竜の一人っ子として振舞う時、たまたま私を傷つけてしまいがちなだけ。あげはだって私を傷つけ兼ねないってことは分かってるし、あげははかなりの常識人よ。頭だってすごくいい。ただ、いろんな仮面を器用に使い分けられないのは誰だって同じだし、森崎があげはに持ったような感覚をあげはは木漏れ日の人たちに定着させたいから、あげはのやってることはきちんと効果をなしてるのよ。私は森崎にあげはをそんな風に評価されたままにしたくないからこうやって伝えただけ。)

(おっしゃっていることはよく分かります。それでも雫様が傷つくかもしれないと分かっていながら、何もできないというのは歯がゆいものなのですよ。)

まだパーティーは中盤だから、この道を歩く人はほとんどいない。

私の少し後ろを歩いてくる森崎と私の足音がこつこつと鳴っている。

(みんな本音と建前の仮面を上手に使い分けて生きてるわ。私とかあげはは、その枚数と求められる完成度の高さが他の人より高いだけ。森崎にだってあるでしょう。)

(はい。)

(あげははとってもいい子よ。私が素で話せる大切な人だから、森崎も優しい目で見てあげてね。)

(畏まりました。)

今の声は素直に私の言うことを理解してくれた時の声だ。

(さあ急ぎましょ。早く行かないとここねちゃんに怒られるわ。)

 今日別荘に来るのは2回目だ。

お兄様はあれからゆっくり休めているだろうか。

(じゃあ森崎また待っててね。)

(畏まりました。)

私は入り口の前の使用人に会釈をする。

「ここねさんにお会いしたく伺いました。20時からお約束をしております。」

「ご案内いたします。」

私は使用人の後ろをついて行く。

お兄様のところを訪ねた時より仲は暗く静まり返っている。

ここねちゃんは元気にしているだろうか。

いや、どちらかと言うとお転婆をしすぎて怒られていなければいいと思う。

「こちらで少々お待ちください。」

ここねちゃんの自室は別荘3階の一番右の角にある。

扉の前にはソファーがあって私はそこに座って待っている。

「雫来たの!」

室内から聞こえてきたのは明るく弾んだ元気な声。

かなり分厚い扉を超えてここまで届いているのだから、よほど大声で話しているのだろう。

真奈氏に扉が派手に開けられここねちゃんが駆けてきた。

「雫遅い。」

「ごきげんようここねさん。」

「何よその話し方、ここね嫌い。」

「それでもこれがこのお家のルールだから仕方ないわ。ごきげんようここねさん。」

ここねちゃんは今6歳か7歳くらいの小さな女の子で、ここ木漏れ日本邸春宮邸別荘から一度だって外に出たことがない。

ぎりぎり許されるのは中庭くらいだと思う。

こんなにルールの厳格な屋敷にずっといるのに、ここねちゃんがここまで木漏れ日の家のルールに従わないのは、きっと実際に実践する機会がほとんどないからだと思う。

だからこうして事あるごとに実践の機会を作っているのだが、なかなか身に着くまでには時間がかかる。

「早く遊びに行くわよ。」

ここねちゃんが私の右手を引いて部屋に入ろうとする。

「ちょっと待って。」

私はここねちゃんの手を引きなおしてしゃがむ。

「ここねちゃん、挨拶ってとっても大切なことよ。」

「いいじゃないそんなのしなくて。早く遊びに行くわよ。」

「だめ、きちんと挨拶してくれないと一緒に遊べないわ。」

「何でよ。」

私はできるだけ優しい声で話すんだけど、ここねちゃんはどんどんいらいらし始めている。

「雫はここねと遊ぶの。」

ここねちゃんが私の手を振り払って両手を上から下に大きく上下させる。

するとあっと言う間にここねちゃんの周りに炎の円を作る。

これはいけないやつだ。

「キャンセル。」

私は立ち上がって右手の人差し指を一瞬ここねちゃんに向けて水のスパイラルの象徴印を描く。

あっと言う間にここねちゃんを包んだ炎は消えた。

ここねちゃんが全力で私を睨んでくる。

こんな時でも使用人さんたちは誰も表情を表に出さない。

「何でよ!」

「ここねちゃん、私の話を聞いてくれる?」

「何でここねの言うこと聞いてくれないのよ。」

「ここねちゃんが大切なことを守ってくれないからよ。」

「何よ。」

「挨拶、ちゃんとしてほしかったわ。挨拶はね、相手に「仲良くしましょう」っていう気持ちを伝えるためのものなの。だから、私はここねちゃんに挨拶をして仲良くしましょうって伝えたわ。けど、ここねちゃんは挨拶をしてくれないじゃない。ここねちゃんは私と仲良くしたくないの?」

「挨拶なんてしなくても分かるもん。」

「みんながみんなそうじゃないし、いつだってそうとは限らないわ。」

ここねちゃんと話していると、こういう風に今まで当たり前と思っていたことを考え直すことになる。

なぜ挨拶をしないといけないのか、なぜ規則正しい生活を送らないといけないのか、なぜテーブルマナーや日々の所作を覚えなければならないのか・・・。

毎回毎回難題である。

それに何度となく答えながらここねちゃんに理解してもらえるように努力して、私自身も一緒に答えを探すのである。

今ここねちゃんは叫ばずに黙っている。

一生懸命に考えている顔だ。

「悪かったわよ。」

「なーにが?」

「挨拶しなかったこと。」

ここねちゃんが俯いてぶつぶつ喋る。

「挨拶してくれるの?仲良しの印。」

「ごきげんよう雫。」

「はいごきげんようここねさん。とっても素敵な挨拶をありがとう。すごーく嬉しいわ。」

ここねちゃんが元気になって走っていこうとする。

今は「さん」を付けられなかったことは咎めずにおこう。

また似たようなことがあった時に言えばいい。

それに今は、それよりも優先すべきことがある。

「早く遊びに行くわよ。」

「待った。」

「もう何よ。」

私はもう一度ここねちゃんを呼び止める。

これだけは絶対に言っておかないといけない。

「魔法をうっかり間違えて使っちゃったことをみんなに謝らないとだめなんじゃない?危うく家事になりかけたんだよ。」

「ここねを怒らせた雫が悪いじゃない。」

「ここねちゃんは怒ったら家を家事にしてもいいの?」

「それは。」

ここねちゃんがまた考えている。

ここねちゃんは自覚なく、意識せず魔法を使ってしまうことがよくある。

とくに感情が高ぶると、自分の意志なんて関係なしに魔法を発動してしまう。

魔道士としての高い才能を持っているということなのだが、それと同時に意識的に自分で魔法をコントロールできるようにならないと大惨事を招く危険性があるということでもあるのだ。

だから、無意識で魔法を使ってしまったことは危ない、危険だと理解して、それを回避するために魔法をコントロールしようという意識が芽生えてくれないと困るのだ。

「ごめんなさい。」

「はいいいよ、私もここねちゃんの話しっかり聞けなくてごめんね。」

今日は2回連続で叱ってしまったから、ここねちゃんはさすがにしゅんとしている。

「ここねちゃん、きちんと分かってくれればそれでいいのよ。お部屋に行きましょう。」

「うん。」

ここねちゃんがとぼとぼと歩いて行く。

ここまでへこませてしまうと私だって胸が痛むが、仕方がない。

私はここねちゃんとできる限り対等でいたいのだ。

 部屋に入ったここねちゃんはまだしゅんとしていた。

普段ほとんどの大人が叱らないから、叱られ慣れしていないのだ。

「ここねちゃん。」

私は、部屋に入って奥のソファーに駆けていき、熊野ぬいぐるみを抱えて縮こまるここねちゃんの前に座る。

「さっき私が話したこと分かってくれたんでしょう?」

「うん。」

「ならもういいのよ。もう叱ってないわ。せっかくここねちゃんと遊ぼうと思って来たのに、今日は遊んでくれないのかしら。」

ここねちゃんが返事をしない。

私は部屋の中をぐるーっと見回す。

ここねちゃんが1日のほとんどの時間を過ごすこの部屋は、角部屋だけあって他の部屋よりずっと大きい。

お兄様の執務室よりも大きい。

ベットから勉強机、本棚におもちゃ箱、食事をする用のテーブルセットとクローゼット。

料理も運ばれてくるし、身の回りのことはすべて使用人がしてくれる。

生きていくうえで物理的には何の不自由もないのだが、精神的には発達が促しにくい環境なのだ。

「あっ。」

部屋を見回していた私は、たぶんここねちゃんが今日私と遊ぶために用意してくれていたであろう物を見つけた。

「もう晩御飯は食べたでしょ。後は寝るだけだったの?」

「うん。」

「お風呂は?」

「ご飯の前に入った。」

「じゃあ今日は外には行けそうにないわね。」

ここねちゃんの目つきが変わる。

これは外に行きたい顔だ。

「外行きたい。」

「えっ、お風呂入ったんでしょう?」

「関係ないもん。ここね雫と魔法の練習したい。」

驚いた、てっきりそこにあるボードゲームで遊ぶのかと思ったら外に行きたいらしい。

「今日は外出ていいの?」

「だめだって。昨日も出られなかった。」

「週末だからいろんな人が行き交うものね。」

「つまんないの。」

ここねちゃんが窓の方へ駆けて行って窓をばんばん叩く。

さっき散々へこませてしまったし、春宮様から許可ももらっているし、連れ出してもいいのだが。

「今日は裏庭でもいいの?」

ここねちゃんの目がきらきらと輝く。

「いいの?」

「ええいいわよ。」

「行こう。」

ここねちゃんが私の手を引いて部屋を駆けだす。

「ここね様どちらへ。」

入り口の近くに控えていた使用人がここねちゃんと私を呼び止める。

「外に行ってくるわー。」

「しかし。」

「私が責任を取ります。」

階段をここねちゃんと一緒に駆け下りながら私はそれだけ伝えた。

「ここねちゃん、裏庭だからあんまり大きな魔法は使えないからね。」

「分かってるわ。」

別荘の入り口は、中庭に面したメインのところと、残りの3面に簡易の扉があり、裏庭に続く扉は別荘の中庭と真反対の辺に付いている。

入り口の周りに使用人や警備員はおらず、扉のドアノブのところに小さな機械が取り付けられているだけだ。

「早く、早く。」

「はいはい。」

私はドアノブに手をかけて、小さな機械の側面に指を当てスパイラルを流し込む。

「スパイラルを承認しました。開閉します。」

ドアのカギがかちゃりと開く音がして私はノブを捻った。

 「どうぞ。」

「わーい。」

ここねちゃんが嬉しそうに駆けていく。

「あんまり奥の方まで行っちゃだめよー。」

「はーい。」

ここねちゃんが嬉しそうに走りながら裏庭の奥の方へと駆けていく。

木漏れ日本邸、春宮邸別荘裏庭、木漏れ日の人間と使用人合わせて数十人と言うごく限られた人間しか立ち入ることのできない木漏れ日本邸の最終秘密基地である。

貴重な魔具や機密事項をまとめた書庫、春宮様のプライベートな離れ、神殿などなどがある。

私がこの裏庭の出入りを許されている理由はいろいろあるが、その中の一つがここねちゃんの自由な時間の確保のためである。

ここねちゃんはいろいろと訳あってほとんどの人の前に姿を見せてはいけない。

かなり妥協して許されて、ほとんど人が通らない時間に限って中庭への出入りが許されているのだ。

それでも、今日のような週末は中庭の人の出入りは増えるし、外部からの客人も全く通らないわけではない。

だから実質ここねちゃんは、ここ2日は確実に自室に籠らされていたことになる。

ここねちゃんには訳あって、ここねちゃん専属の使用人が付けられていない。

専属の使用人、私にとっての森崎のような存在だ。

だから親代わりになるような安定した大人はおらず、家庭教師や使用人が日替わりでここねちゃんを見ていた。

「雫早く。」

「ここねちゃん、その辺りでストップ。」

「何で?」

「あんまり遠くまで行ったら帰れなくなるわよ。」

「探検みたいで楽しいじゃない。」

「探検は確かに楽しいけど、あんまり遠くまで行くと迷いの魔法に掛かって戻ってこれなくなるわよ。それは困るでしょ?」

「そうなの?」

「そうなの。」

ここねちゃんが慌てて駆け戻ってきて、そのまま私の体にしがみつく。

「分かった?」

「うん。」

「じゃあ手を繋いで行きましょうね。」

「はーい。」

さっきまで少ししょんぼりしていたここねちゃんだけど、裏庭に出てきてからすっかり元気になっている。

やっぱりずっと部屋に引き籠る生活はだめなんだと再認識させられた。

「どこ行くの?」

「そうねえ、書庫の裏のスペースでのんびりしましょうか?」

「うん。」

別荘から直線に歩いて建物四つ分、四つ目の建物が書庫でその裏側から五つ目の建物までの間に少し広めの草地が広がっている。

綺麗に手入れのされた芝生の上で私とここねちゃんはひとまず腰を落ち着けた。

私はがっつりとしたドレスだし、ここねちゃんもフリルいっぱいのワンピースを着ているから、傍から見ればかなり違和感のある光景だ。

この辺りには目立った街頭はなく、月や星座がよく見える。

けど真っ暗というわけではない。

なぜなら、裏庭に張り巡らされた巨大な魔具のいたるところが輝いていて、この辺りもこの辺りを取り囲む木の枝が少しずつ光っているからだ。

巨大な木の幹が裏庭の中央に聳え、そこから延びる太くて長い枝が幹を中心にして裏庭一帯に広がっている。

その枝が少しずつ普通の木や建物と融合し、枝に生える葉や木の実がすべてきらきらと輝いている。

この裏庭にある魔具で最も大きなこの巨大な木の形の魔具がきらきらと輝いて、該当なんて必要ないほどに辺りは明るい。

煌々と輝く木の幹はここからは見えないけどそれでも枝の明るさだけで十分だった。

「雫ドレスなのに座っていいの?」

「別にいいわよ。多少汚れても魔法でどうとでもできるし、ここねちゃんが座るなら私も座るわ。」

「じゃあここねは寝るー。」

そう言ってここねちゃんが芝生に仰向けになったら、私も同じように横になる。

「お揃いだあ。」

「お揃いね。」

「ベットに横になるよりずっと気持ちいいわ。でもやっぱりお日様の出てる時間に来たい。」

「そうね、今はまだ暑いから真昼間にここで日光浴は危ないけど、もう少し涼しくなったらそれでもいいわね。」

ここねちゃんが目を閉じて伸び伸びとしている。

ここはナチュラルスパイラルが上質で濃いから、こうしているだけでずっと気持ちがいい。

もしかしてこのまま眠ってくれたりしないだろうか。

「さあ魔法見て見て。」

そう思ったすぐ後、ここねちゃんがぴょんと起き上がって手を大きく広げた。

「このままごろごろしてたって楽しいのに。」

「だめよ、雫に魔法見てもらうの。」

「はいはい。」

さすがにそこまで都合よくすべては進まないようだ。

「それで今日は何の魔法を見せてくれるの?」

私はゆっくり立ち上がってドレスの形を少し直す。

「見てて。」

ここねちゃんが両腕をめいいっぱい横に伸ばして目を閉じる。

たちまちここねちゃんの体の縁が白い光に包まれる。

体内のセルフスパイラルを体のあちこちにあるエントランスから全部放出しようとしているのだろう。

私が瞳のエントランスを閉じているのにこれだけはっきり白い光が見えるということはかなりの量だ。

魔が実に干渉するくらいのスパイラルがここねちゃんの体の中で動いているということなのだから。

ここねちゃんが両手を挙げて頭の上で掌を合わせる。

「我こそは時を司るティムズの器にして、ロイヤルブラットが一つ木漏れ日家の眷族、木漏れ日ここね。きらめき輝く白き光で世界の断りに干渉せよ。」

「ストップ!」

私は慌ててここねちゃんの魔法宣言を遮った。

ここねちゃんの体から白い光が弾けて、ここねちゃんがよろけて数歩後ずさる。

「何するのよ!」

魔法宣言を途中で無理やりやめさせると、体内で準備していた魔法に使うセルフスパイラルが想定外の方向へ弾けて魔道士にダメージが及ぶ。

ここねちゃんが起こるのは当然なのだが。

「ごめんね。その宣言の肩書、誰から聞いたの?」

私はできるだけ焦った感情を堪えて優しく問いかける。

ここねちゃんが首をかしげる。

「誰って?」

「誰かが教えてくれたんでしょ?その魔法宣言。」

「誰?」

ここねちゃんが目をぱちぱちさせている。

これはもしかして本当に誰からも聞いていないなんて可能性が。

「何でその言葉知ってたの?」

私は質問を変える。

「夢でね、誰かが言ってたの。かっこよかったから覚えちゃった。」

「そうなの。」

となるとやっぱりここねちゃんにこの魔法宣言を吹き込んだのはあれだ。

まったく、吹き込むだけ吹き込んだのなら、最後まで説明をしておいてくれないと困る。

大方、私たちが、ここねちゃんにあれにとって都合のいいような魔法技術をいつまでたっても教えないから、しびれを切らしてあれが自ら動いてここねちゃんに吹き込んだのだろう。

その後のことは全部こちらに丸投げときた。

だが、今これだけのホローアップができる大人はうちにはほとんどいない。

ましてや、ここねちゃんにつきっきりで当てが得るような人材はいない。

だから私が毎月必ずここねちゃんに会っているというのに、こんな中途半端なことをされると下手したら気づききれない。

ただ今日のこれは明らかにあれの計画通りなんだろうな。

さてさてどこまで説明しようかな。

「ここねちゃん急に魔法を止めてごめんね。驚いたよね。」

「そうよ、せっかく見てほしかったのに。」

「ごめんね。見てあげるのは全然見てあげるんだけど、その前に聞いてほしいすごーく大切なお話があるの。」

ここねちゃんが私を睨んでいる。

まあそりゃそうだよね。

今日はずっと私の話を聞いてもらってばっかりだ。

「あのね、ここねちゃんが夢の中で聞いた魔法宣言の言葉は、魔道士の魔法の効果をとっても強くするの。自分が力を借りることのできる神様にお願いすることもできるし、自分がこれから何の魔法を使うのかをはっきりさせることもできる。」

「それにかっこいい。」

かっこいいか。

私も魔法宣言が許されたばかりのころは、ヒーローが使う決め技みたいで浮かれていたような気がする。

「そうね、確かにかっこいいわね。そしてだからこそ使い方を間違えたらたくさんの人を傷つけてしまうの。」

「魔法の力が強くなりすぎるから?」

「そう。」

「さっきの時みたいに?」

「あれ以上かもね。」

ここねちゃんがまたしゅんとする。

叱られてというよりはやりたいことが思うようにできなくて落ち込んでいるような気がする。

ここねちゃんが長い溜息をついて丸まってしまった。

私はここねちゃんの隣に座り直す。

「いいわよ、どうせ私がやろうとすることは全部だめなんでしょ。」

もう怒る気力もないらしい。

諦めている。

「一生だめとは言ってないのよ。今はまだ早いってだけで。」

「じゃあいつになったら使っていいの?」

「それなりに魔法が使えるようになったらね。」

「じゃあいつになったら私は魔法をちゃんと勉強できるの?」

「それは。」

ここねちゃんにいつになったらきちんと魔法を勉強させるか、それは木漏れ日内で意見の割れているところで、未だに結論が出ていない。

いや、ここねちゃんが生まれてからもう6年くらいは議論をしているのに、全く結論が出ない。

「それはもう少し先の話になるわね。」

「それじゃあいつまでたっても今と変わらないじゃない。」

とうとうここねちゃんが鳴き声を上げて泣き出してしまった。

今私はここねちゃんを抱きしめてはいけない気がする。

彼女は今それを求めていないような気がするから。

それに私が今すぐどうこうできることではない。

今何かすぐにやれることは。

「あっ。」

ここねちゃんの周りに光の玉がたくさん集まってきている。

ここねちゃんの感情が高ぶっていつもよりエントランスからセルフスパイラルが出ていることと、ここねちゃんの涙にたくさんのスパイラルが含まれていることで、ナチュラルスパイラルがここねちゃんに反応し集まってきているのだ。

これならやれるかもしれない。

本来なら秩序会やら諸々経由して許可をもらわないといけないところだけど、今日は大目に見てもらおう。

どちらにせよここであれの思惑に嵌っておかないと、もっと強硬手段に出兼ねない。

よし、どうせやるなら徹底的にやろう。

すべての責任は春宮様の一存で私が取るのだから。

「ここねちゃん。」

私はここねちゃんの前にしゃがむ。

ここねちゃんは顔を上げない。

「約束守るわ。私と一緒に魔法使ってみない?」

これまでここねちゃんは魔法宣言をして魔法を発動したことがたぶんない。

もし私と今日会うまでにこっそりやっていたとしても、物的・人的被害が報告されていないことを考えるとこれが初めての魔法宣言を返した大規模な魔法になることは確実だろう。

なら初めての大規模な魔法は優秀な魔道士が手引きをしないといけない。

魔道に関連する技術の習得には、理論や客観的知識から得られることも効果があるが、それよりも感覚として体験したこと、刷り込まれたことの方が圧倒的に有効的だ。

だからこそ、美しく洗練された上質な最上級の魔法を初めてにしないとここねちゃんの才能がくすみ兼ねない。

たぶんあれはそこまで考えて、私がここねちゃんに会うタイミングでこんなことをしてきたんだと思う。

「魔法。」

どんなに泣いていてもそういう言葉は絶対に聞き逃さないのがここねちゃんだ。

「うん、魔法。魔法宣言を使ってここねちゃんが一人で魔法を使うのは、やっぱり危ないと思うの。でも、私と一緒ならどう?最初はみんなこうやって先輩魔道士と一緒にやっていくものよ。せっかくここには魔法の材料スパイラルもたーっくさんあることだし、ここねちゃんと私ならとっても素敵な魔法が使えると思うのよねえ。どう?」

「でもだめなんでしょ。」

とは言っているけれど、少しずつ泣き止んできている。

もう一押しかな。

「だから一緒に、ね?」

「一緒ならいいってこと?」

「うん。」

「怒られないの?」

「だーいじょうぶ、私と一緒なら怒られない。でもこれからきちんとお勉強が終わるまで、一人で魔法宣言を使った魔法を使わないって約束できるかなあ?」

ここねちゃんの目がきらきら輝き始めた。

まあ、この約束を必ず守ってくれる保証はどこにもないんだけど、交換条件としてはたぶんとんとんのはずだ。

「うん、分かった。ここね約束守るわ。」

「オッケー、じゃあ準備しないとね。早く立って。」

私はここねちゃんに手を貸してぴょんとここねちゃんが立ち上がる。

「どんな魔法を使うの?」

「そうねえ。」

考えるふりをしているけれど、もう何の魔法を使うかは決めている。

この類の初めてでよく使いがちで、安全性も保障できる子供魔道士の定番魔法がある。

「スパイラルボールのジェットコースターを作ろうか?」

「スパイラルボール?」

「あっ知らない?」

「うん。」

「スパイラルボールっていうのはこういうやつのこと。」

私はすぐ目の前を漂っていた光る球を手に取ってここねちゃんに見せる。

「光ってるの?」

「そう、スパイラルがたくさん集まって目のエントランスを開いていなくても見えるくらい強くなってるの。だから実際に握ってもいいけど、ちょっと工夫した方がいいでしょうね。」

「こんなの簡単に掴めるじゃない。」

ここねちゃんが造作のない動きでスパイラルボールを握る。

するとすぐにスパイラルボールが弾けて消えた。

「嘘!」

「実際の力が強すぎたのね。」

「どうすればいいの?」

ここねちゃんがもう少し魔道の知識を持っていて、もう少し年齢が高ければ、自分で考えるように促していたけど、今日は素直に教えた方がいいだろう。

「掌にスパイラルで作った手袋を嵌めるのよ。」

私はここねちゃんの目の前でやってみせる。

掌に自分のセルフスパイラルを纏わせる。

「分かる?」

「それで握れるようになるの?」

「ええ。」

ここねちゃんが首をかしげている。

「だまされたと思ってやってみて。やり方が分からないわけじゃないでしょう?」

「まあ。」

ここねちゃんが私の見様見真似で掌にスパイラルを纏わせる。

初めてとは思えないほど出来がいい。

「これでいいの?」

「やってみてみ。」

ここねちゃんが恐る恐るスパイラルボールに手を伸ばす。

「掴めた!」

ここねちゃんから喜びの声が溢れる。

今度はきちんと掌で握れている。

「それを転がすジェットコースターをこれから作るのよ。スパイラルボールを集めてきてもらうのは線路を作ってからね。」

「えっ?」

今完全に忘れていたのだろう。

「ジェットコースターをスパイラルボールが転がっていくのよ。」

「そっか。」

ここねちゃんがスパイラルボールから手を放す。

「どうやって作るの?」

「それを今から説明するからこっちに戻ってきてくれる?」

ここねちゃんが走って私の前まで来る。

「じゃあ説明するわよ。」

今からやろうとしていることは、魔法陣を描くプロセスの初歩的なものだ。

私は右手に魔法陣を描くときに使うセルフスパイラルで作った鉛筆もどきを持つ。

「これで描きたい絵を描くのよ。」

私はここねちゃんに鉛筆もどきを持たせて、ここねちゃんの手に自分の手を被せる。

セルフスパイラルで作った鉛筆もどきは、セルフスパイラルの主が持っていないと消滅してしまう。

「たとえばね。」

ここねちゃんが興味津々に握りしめている鉛筆もどきを空中で一回転させると、そこに鉛筆もどきと同じスパイラルの光が残る。

こういうところが鉛筆と同じなのだ。

「すごい!」

ここねちゃんが早く自分の思うように鉛筆もどきを動かしたそうにしている。

「まだ説明は終わってないんだけど。」

ここねちゃんがぴたっと動くのをやめる。

「いい線路にするってことはこれ一つじゃ線路にならないでしょう。だからこの丸を囲むようにもう一つ丸を描くの。」

私はここねちゃんの手をもって今描いた丸の周りにもう一回り大きい丸を描く。

「これでいいの?」

「ええ、せっかくだしもう一回スパイラルボール持ってきてくれる?」

「うん。」

ここねちゃんが少し離れたところを漂っていた水色のスパイラルボールを持ってきてくれた。

「ありがとう、じゃあこの丸の中に置いて。」

「うん。」

ここねちゃんが丸と丸の間にできた空間にスパイラルボールを置く。

「オッケー。」

私はスパイラルボールの嵌った丸にスパイラルを流し込む。

「すごい!」

丸が水色に輝いてその中に嵌っているスパイラルボールが丸の中をぐるぐると回り始めた。

「これがジェットコースターの一番小さいパターンね。分かった?」

「分かったわ。私大きなの作る。」

ここねちゃんが駆けて行こうとするのを私は慌てて引き留める。

「ストップ、ジェットコースター全部じゃなくてジェットコースターのパーツをここねちゃんにお願いしたいのよ。」

「パーツ?」

「そういろんな面白い形のパーツを作ってほしいの。それを全部繋げて一つにするのは後で一緒にやるから。」

「分かったわ。」

深いところまで突っ込まないのは、早く自分もやってみたいからだろう。

ここねちゃんは私に何も聞かないで自分の右手にセルフスパイラルで作った鉛筆もどきを作る。

何も教えていないのにどうして作れるのかびっくりである。

「ここねちゃん使い方分かるの?」

「さっき一緒にやったじゃない。」

ここねちゃんがさらさらといろいろな形を描いていく。

「それはここねちゃんの体の中にあるスパイラルで作ってるから、あんまり使いすぎるとすごく疲れるのよ。気を付けてね。」

「分かってるわ。」

ここねちゃんがくるくると回りながら軽やかにステップを踏んでいる。

ダンスをするような軽い足取りで草地をぴょんぴょん跳ねながら、手ではしっかりと鉛筆もどきを握りしめ四角やハート、星に三角などなどを描き続けている。

これなら私がパーツを書き足す必要はなさそうだ。

そういえば何時だろう?

籠カバンに入れていた時計を見るとまだ20時20分だった。

もう少し自由にしていて大丈夫そうだ。

それにこんなにいろんなパーツを描かれたら、最後に一つにまとめる時の構造を正確に頭でイメージするのが難しそうで、わくわくしてきた。

自分で1から100まですべての魔法陣を作るのとはまた違って、誰かの作ったものを集めて一つの形を作るってやっぱり楽しい。

 「雫。」

「何?

少し考え事をしている間に、ここねちゃんはパーツを30個ほど描き上げてくれていた。

「どう?」

自信満々な表情と声が微笑ましい。

「うんいいと思う。じゃあ一つにまとめよっか。」

「うん。」

「こっちに来て。」

ここねちゃんが駆け足で私の前まで来る。

さあこれが私の本領発揮だ。

「じゃあ私に背中を向けて立っててね。」

「分かったわ。」

私はここねちゃんの後ろに立って、ここねちゃんの右手を握る。

ここねちゃんの体に力が入っているのが伝わってくる。

これから何をするのか分からなくてわくわくしているのだろう。

「今わくわくしてる?」

「うん。」

「オッケー、私の握ってる右手を絶対に離しちゃだめよ。分かった?」

「うん。」

「よし。」

私は目を閉じてここねちゃんのエントランスをノックする。

ノーエルでMiraたちとエントランスを繋いだ時のようなブレスリンクを使わなくてもここねちゃんと私ならエントランスを繋ぐことができると思う。

ここねちゃんは初めてだろうから変な感じがすると思うけど。

「何これ?なんか流れ込んでくるみたいな。」

「びっくりするよね。でも大丈夫。誰かと一緒に魔法を使うってこういう感じなの。今一緒にやってるのは私よ。それでも怖い?」

ここねちゃんが恐る恐ると言う風に首を横に振る。

「大丈夫。嫌になったらすぐに言ってね。目を閉じて体のスパイラルの流れに集中して。そうしたら、私のスパイラルの流れを見つけられると思うから、そこに自分の流れを合流させるようなイメージで。」

ここねちゃんがいろいろやっているのが伝わってくる。

初めての時はみんなこんな感じだ。

「落ち着いて、大丈夫だから。ちょっとずつでいいの。」

この角度からじゃ見えないけど、ここねちゃんがたぶん眉間に皺を寄せている。

「雫の言ってること分かりそうで分かんない。」

「じゃあ私の「川」にここねちゃんの川を合流させて。」

まだエントランスやどうこうって言うのはここねちゃんには難しいからこの言い方でいいだろう。

「あっ。」

感覚の鋭いここねちゃんはこの一言で大体を掴んだ。

「これ?」

「うん、よくできたね。」

私とここねちゃんがお互いのエントランスを通じてそれぞれのいろいろなものを共有している。

これでやっと準備が整った。

「じゃあ魔法使うよ。」

「うん。」

「あなたはだあれ?」

ここねちゃんがしばらく考えてはっと息を呑む。

「我こそは時を司るティムズの器にして、ロイヤルブラットが一つ木漏れ日家の眷族木漏れ日ここね。」

ここねちゃんの体の中でティムズの力を借り受けて急激に強くなったスパイラルが生まれる。

それがエントランスを通って私の体に入ってくる。

これでいい。

思った通りに進んでいる。

「我こそは聖なる女神ステファシーの末裔にして、ロイヤルブラットが一つ木漏れ日家の眷族木漏れ日雫。」

「これが雫の。」

ここねちゃんの体の中に私のスパイラルが少し流れているのだろう。

大量に入って行かないようにとどめてはいるんだけど、僅かに溢れてしまうのは仕方ない。

「そうこれが私のスパイラル。続けるわよ。しっかり見て、感じてね。」

私は左手でここねちゃんの左手を掴んで正面を指差させる。

すると、そこにあるたくさんのパーツが輝きを帯び始める。

「我らの求めに応じ今一つに。スパイラルアートフィギア。さあここねちゃんも。」

「スパイラルアートフィギア。」

ここねちゃんの左手から強い光を帯びた光線が放たれ30個のパーツをすべて包み込んだ。

「これ何?」

「私が頭の中で考えてるジェットコースターのデザインよ。ここねちゃんが作ってくれたパーツをベースにこれだけのパーツを一つの大きなジェットコースターにするために考えてたイメージを魔法で実際に実現させるの。

私が頭の中で描いていた図面がここねちゃんにも届いたらしい。

「分かった?」

「すごい、雫すごい!」

「さあ最後よ。」

私はここねちゃんの右手をここねちゃんの耳の辺りまで持ち上げてそこからさっと振り下ろした。

「はいできた。」

ここねちゃんが固まっている。

言葉を失ってジェットコースターに見入っているのが伝わってくる。

「どう初めての大きな魔法は?」

「すごい、すごいわ雫。今まで私が使ってた魔法なんかよりずっとすごくて、強くて、優しくて、あったかい。魔法ってこんなにあったかいものなのね。」

「そうよ力任せの魔法もいいけどたまにはこういうあったかい魔法もいいでしょう?」

「うん。」

「じゃあ私のスパイラルの川をここねちゃんの川から離すね。」

「うん。」

「この時も相手のことを考えてゆっくりね。」

私は少しずつここねちゃんとの間のエントランスを閉じた。

「痛かった?」

「うーん全然。」

「そう良かった。よしじゃあスパイラルボール取ってきてもらっていいかしら?」

「えっ。」

ここねちゃんが私を振り返って首をかしげる。

まったく私の話はどのくらいしか聞いてもらえていないのだろうか。

「このジェットコースターの上でスパイラルボールを走らせるんじゃなかったの?」

「あー。」

ここねちゃんが思い出したように何度も頷く。

「じゃあ取ってきてくださーい。」

「分かったわ。」

「まずは五つね。」

「そんなのすぐよ。」

ここねちゃんが近くを漂うスパイラルボールに手を伸ばし始めた。

さて、即席で作ったジェットコースターの出来はどんなもんだろうか。

ジェットコースターというだけあってかなり横に長く背も高い。

私から見て右側がジェットコースターのスタート地点でそこから斜め上に急斜の激しい坂を上り切ったらそこから一気に下る下り坂があって、そこからまた上昇と下降を繰り返しながらここねちゃんが作ったいろいろな形のエリアを遠心力を使って回っていく。

地点によっては分かれ道になっていて、それぞれにここねちゃんの作ったパーツがありどこに行くかは運次第という作りの部分もある。

私とここねちゃんの合作だ。

一筆書きみたいなことをしたけれど、かなりの出来である。

「雫集めてきたわよ。」

ここねちゃんが駆け戻ってきた。

「何でそんな遠くまで行ってたの。この辺りにもたくさんあるじゃない。」

「なんかすぐに割れちゃうのよ。」

「それはここねちゃんの手袋のスパイラルがスパイラルボールより強すぎるからでしょうね。」

「うん?」

「たとえばよ、濃い赤の絵の具に薄い赤の絵の具を落としたらどうなると思う?」

ここねちゃんが首をかしげる。

私は左手の上に赤色に発光するスパイラルを溜めて、右手に左手よりも薄く輝くスパイラルを出した。

「これでどう?」

「あっ、濃い赤になるわ。」

「そうね。」

私は右手のスパイラルを左手に乗せると薄い赤色のスパイラルが濃い赤色のスパイラルに統合された。

「さっきからここねちゃんがスパイラルボールを掴むのに苦労してるのはこれとおんなじことだと思うんだけど。」

ここねちゃんが自分の手を見下ろす。

「あれ、さっき持って来たって言ってなかった?」

「消えてるわ。」

ここねちゃんが難しそうに眉間に皺を寄せる。

「掌に付けてる手袋の厚さを変えるようなものかしらねえ。やってみて。」

ここねちゃんが目を閉じる。

「うんばっちりね。それで掴んでごらん。」

ここねちゃんが近くを漂っていた緑のスパイラルボールを手に取る。

「掴めたわ!」

「うん、じゃあその調子で五つ集めてきて。」

最初にスパイラルボールを掴んだ時と今ではここねちゃんの使っているスパイラルの強さが大きく異なっているのだけれど、本人がそれに気づいていなかったらしい。

「取ってきたわー。」

ここねちゃんが両手にスパイラルボールを抱えて駆け戻ってきた。

「はいありがとう。じゃあスタート地点にセットしてくださーい。」

「はーい。」

ここねちゃんがスパイラルボールをセットする。

「じゃあ試運転ね。このジェットコースターにスパイラルを入れるわよ。」

私はここねちゃんにお手本を見せる。

ジェットコースター全体にスパイラルを流し入れると、中のスパイラルボールも活性化してジェットコースターの線路に乗って動き始めた。

「すごーい。」

ボールがころころと転がっていく。

今は勢いよく坂を上っている途中なんだけど。

「あっ。」

ここねちゃんがぱっと指差す。

もう少しで一つ目のてっぺんというところでスパイラルボールが落ちて弾けたのだ。

「何でよ!」

「あそこがほつれてたのね。」

私はスパイラルボールが落ちたところに触れて鉛筆もどきで補強する。

「何してるの?」

「線路が切れてるところがあるからそこを直したの。こういうところがあるからスパイラルボールが落ちたのよ。」

「なるほどー。」

「さあもう一回スタート地点から転がすわよ。ボール持ってきてね。」

「はーい。」

これを何度も繰り返して初めて滞りのないジェットコースターができるのだ。

ノーエルで魔法陣を描いた時もいきなり浄化魔法を流すのではなく、その前にこうやってプレテストをしている。

 これを何回も繰り返して10分くらい、20時半になるころにようやく大方の修正ができた。

「でーきたー。」

ここねちゃんがうーんと伸びをする。

最初の5回目までこそ文句を言いながら私に付き合うようにしていたここねちゃん。

スパイラルボールが落ちて弾ける度にここねちゃんは毎回毎回五つずつスパイラルボールを取ってきて文句を言っていたのだ。

ただこの修正の楽しさに嵌ってしまうとそんな文句はあっという間に無くなる。

私も最初のころは何回も手直しをしながら時間をかけて作っていくこの作業がじみで退屈だったけど、その本質に気づいてからはあっという間に苦ではなくなった。

「こんな感じかな。じゃあスパイラルボール持ってきて。」

「もう持ってきてるわ。」

ここねちゃんが私に差し出す。

「仕事が早いじゃない。」

私が二つ受け取ってここねちゃんが三つ持っている。

毎回スパイラルボールを持ってくること自体にも魔法の練習の意味があることになんて気づいてないんだろうなあ。

「じゃあセットしてくださーい。」

「はーい。」

ここねちゃんがわくわくしているのがその表情から伝わってくる。

何回も手直しをしてようやくできた最終完成形のジェットコースターを動かすのだ。

私だって楽しみだ。

「ねえ私が動かしたい。」

「えっ、うーん。」

ちょっと微妙だ。

「間違ってこのジェットコースターよりも強いスパイラルを当てたら、このジェットコースター壊れるけどそれでもやる?」

「えっ。」

ここねちゃんが慌てて首を横に振る。

「じゃあ私がやるわね。そのうちここねちゃん一人でも動かせるようになるから。」

私は右手を少し前に出してジェットコースターにスパイラルを流し込む。

「動いた、動いてるわ雫。」

「まずはこの坂登り切れるかなあ?」

五つのスパイラルボールが順番に急な坂を上っていく。

「よし。」

一つ目の山の頂点からころころと転がり落ちていく。

「次はここの回転エリアよ。」

このぐるぐる巻きの渦は、ここねちゃんが何回か失敗しながら苦労して作ったパーツだ。

縦にすれば滝壺のような使い方ができるし、横向きにすれば開店するジェットコースターのような形にできる。

「やったあ!」

ここもクリアだ。

「さあちゃんと分岐点で分れてくれるかなあ?」

ここねちゃんも両手を握りしめている。

ここの分岐点の修正が一番大変だったのだ。

全く分かれなかったり、線路のところから飛び出したりと想定外のエラーがたくさん起きた。

さあ今回はうまくいくはずだ。

全く分かれないまま五つのスパイラルボールが三又のところで二つ、一つ、二つにうまく分かれた。

「やったあ。」

ここねちゃんが大喜びで跳ねている。

「ね雫ちゃんとみてた?!」

「見てるよー。ほらほらそれぞれ違うところを転がってく。」

それぞれのエリアを通過したスパイラルボールがまた一つの線路に落ち着いて進んでいく。

「すごい、本当にちゃんと進んでる。ここねたちが手直しした分だけうまく転がってくのね。」

ジェットコースターの最後まで行ったところでスパイラルボールがゆっくりと止まった。

「すごーい。」

ここねちゃんが今日一番の大歓声を上げる。

「よくできました。やったね。」

「もっとたくさんのスパイラルボールを転がしたいわ。」

「いいわよ、持ってらっしゃい。」

あっ、これは時間になるまで私がセルフスパイラルを削ってジェットコースターを動かし続けないといけないやつだ。

 20時50分、1回目の成功からもう15回はジェットコースターを動かしていると思う。

ここねちゃんは飽きることなくいろいろなスパイラルボールを転がしたり、追加のパーツを作ってくっつけたりしている。

少し手直しの方法を学んだだけでこまごまとしたところは自分で鉛筆もどきを使って作り変えられるようになった。

ここねちゃんは本当に持ち前のセンスというか素質が高い。

だからこそ魔法技術を教えることが危ぶまれもするのだが。

「雫もう一回。」

ここねちゃんが私の体を揺さぶる。

「そうしてあげたいのは山々だけど、お部屋に帰らないといけない時間ねえ。」

「ええ。」

「来月また遊びに来るわ。その時にもう一回作りましょう。」

「それまでこれどうするの?」

鋭い質問である。

「このままここに置いておくことはできないし、かと言ってブロックや積み木みたいに違うところにしまっておくこともできないから、一回消すことになるわね。」

「嫌よそんなの!」

そうなるよね。

「雫の部屋に置いておいてよ。」

うーん、私の自室にこれを置いておくことはできない。

部屋の幅がたぶん足りない。

「これは大きすぎて私の部屋には入らないわ。」

「ならここねの部屋に置いておく。私の部屋って雫の部屋より広いんでしょ。」

ここねちゃんの部屋なんて論外だ。

ただでさえ、ここねちゃんが宣言魔法を使ったなんて知れたら大問題になるのに。

「それはだめかなあ。みんな驚くし。あっ、驚く?あー!」

思い出した。

こういう時にぴったりな魔具がある。

そして森崎なら持っているはずだ。

「ここねちゃん、大丈夫。私の部屋に置いておけるわ。」

「本当?」

「うん、本当。今度会う時に持っていくわね。」

「約束よ。早く来てね。」

「分かった。来月の同じ日にまた来るわ。」

私はここねちゃんの手を引いて別荘に戻る。

ここねちゃんはジェットコースターが見えなくなるぎりぎりまで何度も後ろを振り返っていた。

 ここねちゃんの部屋に入り私はしゃがむ。

「今日は楽しかった?」

「うん。」

「良かった。私との約束ちゃんと守ってね。そうしたらまた遊びに来た時にも今日みたいにジェットコースター作れるわ。」

「本当?」

「うん、本当。」

ここねちゃんが満足そうに頷いて大きなあくびをする。

普段ではあり得ないほどにスパイラルを消費しているだろうから早く眠った方がいい。

「お休みここねちゃん。」

ここねちゃんがはっとする。

「雫いてくれるよね。ここねが寝るまで。」

「えっ。」

「いてくれるでしょ?」

慌ててここねちゃんが私の右手を強く握る。

この後約束もあるし、その前にあのジェットコースターを片付けないといけないし、時間なんてないのだけど、こんな顔で見られたら断れるわけがない。

断れる大人がいるならぜひとも会ってみたい。

「分かったわ。寝付くまで傍にいてあげるから早くベットに行きましょう。」

ここねちゃんに布団をかけて、部屋の明かりを暗くして、私はここねちゃんの枕元の椅子に座った。

ここねちゃんは嬉しそうに私を見上げている。

「目を開けてる子は眠れませんよー。」

今はすごく急いでいるけれど、そんな人が隣にいては寝れない。

私はできる限りゆっくりとした口調で話しかける。

「嬉しいの。その椅子に誰かが座ってここねが寝るまで傍にいてくれるの。」

「そう、今日はたくさん初めてのことをしたから、疲れてると思うわ。ゆっくり休むのよ。」

「うん。」

「また来月には必ず来るから一緒に遊んでね。」

「もちろん。」

私はここねちゃんの肩にそっと手を伸ばしてゆっくりとしたペースで優しく叩く。

子供を寝かし付けることなんてほとんどないけど、誰かを寝かし付けるというシチュエーションには驚くほど恵まれる私は、多少ぎこちないだろうけどここねちゃんを寝かし付けられる。

大人に毎晩寝かし付けてもらえないここねちゃんを見ているとやはり胸が締め付けられる。

せめてこういう時くらい、私が傍にいる時くらいは誰かに見守られながら眠りに落ちる安心感を感じてほしい。

「お休みここねちゃん。ここねちゃんの夢の仲がここねちゃんにとっての幸せで満たされますように。」


一瞬の瞬きの間だった。

視界が青白い世界に変わっていた。

濃い青白い霧の中に私がいる。

そっと自分に触れてみる。

視覚的には自分の上半身に右手が当たっているが、その肌感覚はない。

私にとってこれは初めてのことではないからそこまで焦ってはいないが、唯一不快なことは、ここから私が自力で抜け出すことが限りなくできないということ。

複数の条件を満たさないと出られない。

それもかなり面倒な条件。

きっと今、私の肉体は椅子の上で転寝をしているような格好になっているはずだ。

さて、私はここでも実家の雫としての仕事をしないといけないようだ。

「よくぞ我の求めに応じてくれたな。そなたならば我の言葉無き意志に気づき、我の望む道に下の器を導くと信じておった。」

前から聞こえてくる声の持ち主は、ここねちゃんに魔法宣言を吹き込んだあれだ。

濃い霧に阻まれる視界の中であれのうっすらとした影だけが見える。

今以上私に近づくつもりはないらしい。

「やはりステファシーに縁の深い者は我への敬意や信仰心を忘れないものだな。そなたの眷族にもよくよく言って聞かせよ。」

さて、まさか今すぐ呼ばれるとは思っていなかったから、実際に会ったら何を言うかまだ考えていなかった。

やはりこちらの事情はほとんど把握しているようだ。

「わたくしは女神ステファシーへの信仰心など持ち合わせておりません。ゆえにわたくしはあなた様への信仰心も持ち合わせておりません。わたくしが大切としていることはただ一つ。あなた様の器、木漏れ日ここねの身体及び精神の健やかなる成長です。あなた様が、わたくしの眷族が器に対して行うことに対し、異を唱え、不快感を感じておられることは、十二分に承知しております。ですが、すべての人間があなた様をはじめとした遥か果ての方々を信じ、敬意を払い、そのすべてに従うとはゆめゆめお考えではないとわたくしは願っておりますが。」

「我に物おじせずに発言するとは、変わらんな。まったく嘆かわしいことだ。そなたらの言う遥か果ての世界の者たちがいるからこそ、そなたらの世界の均衡が保たれ、平和が続き、強大な力を持つ魔道士が生まれ、世界は回っているというのに、我々を己自らでもって体感できなければ信じられないとは。人間はなんと傲慢で哀れで愚かで未熟な生き物なのか。ましてやそなたらは、我らが選び崇高な地位を与えた高貴な血族であるぞ。その選ばれた血を引く者たちが、なぜに我ら遥か果ての世界の者たちに身も心も魂すら捧げず、我らに心酔することがないのか。」

あれ、時を司るティムズは機械的にたんたんと述べていく。

その中世的で無機質な声こそがティムズの特徴だ。

「肯定いたします。我々選ばれた血を引く者は、その事実でもって遥か果ての世界に住まうあなた方を感じているはずだとおっしゃることには、当然どおりが通っております。ですが、わたくしの血族全体の中でわたくしやここね、他の微々たる者以外は、それぞれに遥か果ての世界の方々との繋がりを感じてはおりません。どれだけ尊く確かで絶対たる力を持った方々の支配下にあろうとも、それを実感できない大多数が、わたくしの血族では大きな派閥を持つのです。」

「それを諫め我々に尽くすこともまたそなたら選ばれ死血の者たちの努め。我々について世界に普及し、我々への揺らぎ無き信頼の心を選ばれざる血筋の者に広めることこそがそなたらの天命。ひいてはそなたや器のように我々と個別の繋がりを持つ者の責務であろう。」

つまり、この遥か果ての世界に住まう人たちによって選ばれたロイヤルブラットは、この遥か果ての世界に住まう存在に対する絶対的な心酔を世界に普及させるための者たちであり、ロイヤルブラットの中でも個別に遥か果ての世界の者たちと個別の繋がりを持つ者、たとえば私やここねちゃんは、ロイヤルブラット内でその考え方を根強いものにすることが責務であると言っているのだ。

心の中で長い溜息をつく。

それができるならとっくにそうしているのだから。

話が逸れている。

「ご挨拶はこのくらいにしておきましょう。時を司る者ティムズよ、あなた様がわたくしをここ、遥か果ての世界とわたくしの世界の間たる霞の教会に招いた理由は、あなた様の声無き意志に気づき器にそのきっかけを与えたことへの感謝のみではないはずです。」

「良かろう今回そなたをここへ招いた要件を伝える。」

秒針の音が聞こえてくる。

遥か果ての世界の存在は、それぞれが象徴とする音を持っている。

時を司る者ティムズの象徴の音は時計の針が秒針を刻む音。

この象徴の音と共に伝えられる内容こそが、遥か果ての世界の存在から私たちへの意志というか命令というか要請というか・・・そんな感じのこと。

「器に我が憑依できるだけの魔道の術を付けさせよ。さもなくば、我の力によって下の器を強制的に昭掌握する。これが指し示す意味は分かるな。これはそなたにとって本意ではないはずだ。これは警告である。そなたの賢明な判断を期待する。」

「あなた様の意志が長き年月を超えてもまだなお、わたくしたち人間に多大な影響を与える理由、選ばれ死血の血族が遥か果ての世界に住まう方々の意に、客観的事実において背くことが許されないという掟、それらをすべて踏まえたうえで、なおもまだそのようにおっしゃいますか?それはすなわち、一人の人間の自由な選択の妨害でしかないというのに。」

「器は一人の人間である。その一生は非常に短く、並みの人間の力は知れている。我の器に選ばれた光栄な人間は、我のためにすべてを捧げることを光栄に思うべきである。そこにおいて個人の意思など比較するに足りぬ。」

ここで無理やり霞の教会から追い出されたらそれこそおしまいだ。

あまりに命令が漠然とし過ぎてこちらの手の打ちようが無くなる。

「わたくしの一存であなた様に対し合意も拒否もすることはできません。それはすなわち、我ら選ばれ死血の血族木漏れ日の意志となるからです。」

「逃げるのか?我の命から。そちらに我への忠義がないのであれば、今すぐにでも器の自我を喪失させ、我の力によって我の乗り移るための器にのみ仕上げられる。」

脅している。

そしてそれはティムズが実際にできることだ。

はったりなどではない。

けど、ここで私が動揺したら事態はもっと悪化する。

一番最近行われたここねちゃんへの教育方針検討会議で、春宮様はこう言った、「ここねにティムズについて教えること、ここねが自力でティムズの求めに応じ器を受け渡すことができるようにすること、それに繋がるような魔道を指導することを当面禁じます。」と。

なら私はそれに従った交渉をこれとしないといけない。

このどうしようもないほどに自己の考えを曲げることのない頑固者とだ。

「恐れながら申し上げます。我らが血の血族の当主はそれを望んでおりません。」

「我の命に歯向かうのか?」

「いえ今はまだご命令をお聞きしたまで、正規の方法に乗っ取り受け答えたわけではございません。あくまで霞の教会においてわたくしがたまたま聞き及んだだけのこと。あなた様が真の意味で我らの血の一族にご命令をなさるのであれば、どうぞ我が当主をこの場にお招きくださいませ。わたくしから申し上げられることは以上です。」

私は両掌を自分の正面で大きく叩いた。


 自分の鼓動がとても速いのが分かる。

無理やり教会から逃れてきたのだから当然だ。

体力もスパイラルも精神力もひどく消耗している。

霞の教会からこちらの世界に私の意志で戻ってくるための条件、いろいろな組み合わせがあるのだが、今回私が整えた条件は三つ、「霞の教会内で遥か果ての世界の存在と接触すること」、「遥か果ての世界の存在からの命令を聞くこと」、「それに対し当主の名前を出して拒むこと」。

以上の三つである。

春宮様の方針には従っているんだけど、遥か果ての世界の者に対し春宮様の名前を使った時は、真っ先に本人に報告することが決まっている。

今夜はまだまだ眠れそうにない。

けど目の前のここねちゃんがすやすやと眠っているからまあいいか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ