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実家の雫(14)


  14

 今私は車の中で森崎の作ったおにぎりを食べている。

「森崎、間に合いそう。」

「はい間に合うには間に合うと思いますよ。」

「せっかく早く終わったのに結局こんな時間になっちゃってごめんね。」

「いいですよ、むしろこの時間までに切り上げていただけて助かりました。以前なら急な来客が三人も来れば優に40分は超えていましたよ。」

「あっ、褒めてくれてる?ありがとう。」

「ひとまずそういうことにしておきましょう。」

今私が向かっているのは来賓邸、14時からお話しをする子月ちゃんと15時からお話をする夢君が一時的に暮らしている場所だ。

本来来賓邸は、木漏れ日本邸を訪ねてきた来賓客が使用することを目的に建てられた超高級ホテル顔負けの設備を取りそろえる宿泊施設だが、別の使い方としてこうやって何かしらやらかした人を一時的に保護するという名目で住まわせることもよくある。

来賓邸の周りには、デザイン上違和感のないように作られた柵や魔法の決壊が張られていて、あそこから無断で抜け出すことはできない。

そういう意味でも来賓邸は重宝している。

表向きにはホテルであり、裏向きには脱出不可能な宿泊施設である。

「子月様と夢様に関する資料を横に置いてありますから、目を通してください。」

「その前にさっき渡したあれどうした?」

「防音の真空管に入れてわたくしが預かっております。」

「ありがとう、後で返しに行かないとね。貝さんの使用人に問い合わせて、この後貝さんの空いている時間を聞いておいてもらえる。予定が合いそうなら、私が直接返しに行くわ。」

「畏まりました。」

来賓邸は、木漏れ日本邸の中央エリアから少し離れたところにある。

車を飛ばしても若干時間がかかる。

「そういえばいつあれを見つけたのですか?」

「四永君を送る時よ。全然気づいてなくて、うっかり四永君との話は盗み聞かれちゃったわ。全く怖いったらないわね。」

「華原秩序会会員との話は聞かれなくて良かったですね。」

「結果的には、聞かれても問題ないような話だったけどね。」

私は隣の席に置かれたパソコンを開いて情報を頭に入れていく。

「貝様にご自分でお返しに行って釘を刺すおつもりですか?」

「釘をさすなんて大それたことはできないから、優しい顔で睨んでくるわ。」

「なるほど。」

実は森崎が貝さんのことをどう思っているのか、私はよく分かっていない。

華原秩序会会員のように貝さんに警戒をしている人もいれば、貝さんの人当たりの良さに完全に騙されている人もいる。

私だって場面ごとに態度を変えてどうにかお付き合いしているわけだし。

 車が駐車場に停まった。

「着きましたよ。」

「はーい。」

車に乗る前にスーツから着替えた私は、今淡いピンク色のワンピースを着ている。

袖の長さは7分丈。

さすがにスーツで乗り込んだら二人とも委縮してしまう。

とはいえ、1日に何回着替えればいいのか。

「さてと。」

来賓邸は5階建ての比較的装飾の多い建物だ。茶色の壁のあちこちに大きな窓が取り付けられている。

最もこの窓は屋外は見えても室内は見えない作りになっている。

ちなみに最上階にあるのはたった1室。

下のフロアーなら多いところで15室は作られているのに5階にはたった1室しかない。

この豪華絢爛さは春宮邸を少しグレードダウンした程度である。

「雫様お待たせいたしました。」

車の片づけを終えた森崎が私の横に来る。

「じゃあ行きましょうか。」

「はい。」

来賓邸は毎日絶対誰かが利用している。

入り口に控える使用人に挨拶をして建物の中に入れば、品よく佇むスタッフ全員に声をそろえて挨拶をされる。

「雫様ご挨拶申し上げます。」

「ごきげんよう。」

春宮邸でもここまでではない。

やはりここ独特の空気がある。

(雫様、子月様のお部屋の場所と暗証番号は把握済みです。エレベーターホールに参りましょう。)

(わかったわ。)

エレベーターに乗り込んで森崎が4階を押す。

(夢君の部屋は?)

(3階です。)

つまり、子月ちゃんより夢君の方が精神的に安定しているということだ。

来賓邸に何らかの理由で保護された人は、精神的に不安定な人ほど上のフロアーに入ってもらう決まりがある。

(雫様こちらです。)

森崎が立ち止まったのは、4008室の前、使用人は控えていなかった。

(いつでも構いませんよ。)

(うん。)

さて、今までとはまた少し違う経路の仕事の時間だ。

さっきまでの会議と違ってこれから私がやらないといけないのは、子月ちゃん一人をしっかりと見つめて対話をすること。

何があっても決して取り乱さず、子月ちゃんの高ぶった勘当したいという感情を一時的にクールダウンさせることが最終目的。

木漏れ日子月ちゃんは、今社会人3年目の24歳で、当主候補比率保持者世代内ランキング女性10位につける重要人物だ。

魔道適性があり、今は大手民間企業の施設警備課で魔道士として勤務しているらしい。

昔から、私の世代代表の仕事に関心があって、よく話を聞いたり、相談したりしていた。

最後に私的な場で話したのは、もう2年くらい前になると思う。

毎年世代内の上位メンバーで顔をそろえているから、その都度挨拶程度の話はするけれど、それ以上は話していない。

子月ちゃんは、明るい性格で情緒も豊か、どんな人にも分け隔てなく明るく笑いかけられる比較的木漏れ日の悪影響を受けていない子だと思っていたけれど、どうして勘当なんて考えたんだろう。

お兄様のくれた情報だと、勘当願を自室に残して逃亡し、連絡を受けたお兄様がそれを受理せずに捜索隊を編成して子月ちゃんを見つけ、ここに匿ったという。

お兄様も含めていろいろな人が子月ちゃんの逃亡の理由を探ったけれど、何も分かっていない。

このまま別邸に帰すと別邸の当主が子月ちゃんに何をするか分からないし、子月ちゃんがまた逃げ出すかもしれないから、原因が分かるまではここにいてもらうしかない。

木漏れ日の家に残ってもらうことはどうしようもない決定事項だ。

それを了承してもらったうえで、子月ちゃんが勘当したいと思った理由を、勘当してまで叶えたいと願った願い事を叶えられるように折り合いを付けながら対話をするのが私たちの仕事だ。

こうなる前に自分から言ってくれる人はほとんどいない。

こんなになる前に言ってくれれば、すごく楽なのに。

(じゃあ始めるわね。)

(はい。)

そうこう愚痴っていても仕方がない。

大きな扉を前に私はスリーノックをする。

「子月さん、雫です。今いいですか?」

「誰とも会いたくない。」

すかさず返ってきたのは、大きすぎるほど大きな声の返事。

声が尖っている。

攻撃するトーンである一方で相手に怯えているトーンでもある。

これは思ったより重症かもしれない。

「会いたくないのね。けど、少しお話しない?このままじゃなかなか外にも出られないし、子月さんの抱えてる苦しみも解消されないままよ。」

「あんたに話したって何も変わんないもん。」

子月ちゃんにあんたなんて言われたの初めてだ。

私に対する心情の変化か、他人に操作された私のイメージが定着しているのか、そもそも私と他の人の区別なんてどうでもいい状態なのか。

「話してくれれば何か力になれることが見つかるかもしれないわ。勘当願を出したくらい強い医師があったんでしょう。それならその気持ちを汲み取らせてほしいの。」

「綺麗ごとばっかり言わないで。」

「綺麗ごとじゃないわ。私は本気よ。これまでだってそうやってきたもの。子月さんは知ってるでしょう?」

反応がない。

何か伝わったところがあるのだろうか。

かちゃりという音がして室内からカギが開けられた。

「入っていいってこと?」

「雫さんだけ?」

「そうすることもできるし、私の執事も入れはするけど。」

「雫さんだけがいい。」

やけに穏やかな声だ。

さっきまでのヒートアップした声はどこに行ったのだろう。

ともかく、これならいけるかもしれない。

「なら失礼します。」

私はゆっくり扉を開ける。

(森崎はここで待っててね。)

(畏まりました。)

部屋の中に視線を向けると室内はとても暗く、何となく灯っている光を頼りに辺りを見ると、いろいろな物が散乱しているようだ。

来賓邸の客室が、こんなに散乱しているのはなかなか見ない。

ここまで追い詰められているのか。

「子月さん。」

半分扉を閉めながら子月ちゃんの方を向いた時だった。

お腹のあたりが突然濡れて、ころころという音がした。

これは、あれだ。

皮膚が痛くならないことや周りが発火しないこと、おかしな光が広がらないことを考えると、この手の攻撃で最も安全な類のやつだ。

私は決して子月ちゃんを威嚇しないように優しく問いかける。

「子月さん電気つけていい?」

私の反応に部屋の奥の方で光る子月ちゃんの目が大きくなる。

たぶん驚いている。

「いい?」

私ができる限り穏やかな声と表情で首をかしげる。

「なんで逃げないの?」

「逃げるほど危ないことされてると思ってないからね。それより電気つけてもいい?」

「うん。」

呆気にとられているところを勢いで了承させて、すぐ近くにあった部屋の明かりの電源を入れると、案の定目の前に紙コップが転がっていて床にも大量の水が広がっていた。

もちろんその水は私の服にもばっちりと大量についている。

「あらあらずいぶん自分好みにカスタマイズしたものね。ここまでするの大変だったでしょう。」

「喧嘩売ってるの?」

「いやいや喧嘩は全く売ってないし。子月さんがしたくてこうなったんじゃないのなら、一緒に片付けるから。」

子月ちゃんが鋭い目でこちらを睨んでいる。

「今から1時間は全部子月ちゃんと過ごすための時間だから、手伝うわよ。」

さっきから子月ちゃんが、なかなかアンビバレントなことをしている。

攻撃してきたと思えば、その一方で私を恐れている態度を示す。

かなり情緒不安定なのだ。

私は視線を感じてふっと振り返る。

閉め切らずに放置しているドアの向こうから、森崎がこちらを見ている。

あれはかなり心配している顔だ。

森崎がぴくりとしてこちらに駆けてこないのは、本当に助かる。

今ここで突然森崎が入ってきたら、子月ちゃんは怯えてしまう。

これが晩餐会や他の人と対峙している場面なら、森崎は真っ先に駆けてくるだろう。

ただ、さすがにそろそろ着替えたい。

「森崎。」

「はい。」

「何でもいいから着替えを持ってきてくれる?」

「畏まりました。」

さっきから部屋の奥のソファーに丸まって毛布にくるまってこちらをじーっと睨んでいる子月ちゃんを横目に私は室内に入っていく。

床に転がっている紙コップはこれが一つではないし、ガラスの破片やプラスチック片も散らかっているし、綿やティッシュも散乱している。

こんなになるまでスタッフが放っておくはずがない。

私は慌ててプレートを探す。

「あった。」

引き出しの上に置かれたプレートの蓋を開けるとほとんど水分の抜けた食事が残っていた。

全く手が付けられていない。

この感じだと、建設的な話し合いまで今日は行きそうにない。

「子月さん、森崎もいないし子月ちゃんって呼んでもいい?」

子月ちゃんの目の色が変わる。

「覚えてるの?」

「覚えてるよ。子月ちゃんって呼ぶ約束、ちゃんと覚えてるよ。会うの久しぶりだったし、森崎もいたから一応公的な場かなと思って子月さんって呼んでたけど、子月ちゃんって呼んでいいなら呼ぶよ。」

子月ちゃんの目にみるみる涙が溜まっていく。

もしかして子月さんって呼ばれたことが気になったのだろうか。

もしそうなら、こんなに小さいことでこんなになるまで悲しませたのだとしたら、すぐに気づけなかったことを申し訳なく思う。

まだ確証はないけれど。

子月ちゃんの様子を見ていると、さっきより穏やかに見える。

まずは食事や睡眠といった最低限の生活を整えないと。

それからじゃないと話はできない。

「子月ちゃん、食事摂ってる?」

「いらない。何もいらない。」

「せめてお水は飲んでる?」

「いらない、私にはそんなのいらない。」

「夜もゆっくり眠れてないの?」

「放っておいて。」

さっきまでの攻撃的な言い方ではない。

今は必死に泣きながら弱弱しく返事をしてくる。

「でも温かい飲み物飲まない?この部屋とっても寒いもの。」

部屋の片づけはまだ後だ。

先にやらないといけないことがある。

私は半分子月ちゃんを言いくるめて微笑む。

「私も飲みたいし、一緒に作るね。」

この廊下を真っすぐ行けば子月ちゃんのいる広い部屋で、手前を右に曲がると簡易のキッチンがある。

ここのポットと引き出しに入っていた茶葉を使って二人分の紅茶を作ることにした。

「あれ、カップがない。もしかして。」

私はキッチンから首を出してリビングの床を見る。

もしかしてここに散らかっている陶器の破片は全部この部屋の食器やカップだろうか。

あまりにたくさん割るから、紙コップが置かれていたのかもしれない。

となれば、かなりの問題児だ。

「紙コップもらうよ。」

リビングの机の上にいくつか縦に積まれている紙コップから二つ取ってキッチンに持っていく。

「手伝うことある?」

「うーん、お構いなく危ないからそのソファーの上から動かないで。」

ポットと紙コップを二つお盆に置いて、リビングに戻ったら、もう仕方がないからフェザードを広げてソファーのところまで飛んで行った。

ひとまず話そう、ほっとしてもらおう。

「はいどうぞ。」

ソファーの横のテーブルにプレートを置いてポットから紙コップに紅茶を注ぐ。

「飲める?」

子月ちゃんが微妙な顔をする。

「なら私が先に飲もうかなあ。」

これまでに飲み物に何か混ぜられた経験でもあるのだろうか。

「うん、美味しい。」

カップの中の半分ほど飲んで私はテーブルに戻す。

「毛布1枚で足りる?」

「うん。」

「ここ数日このソファーの上から動いた?」

「うーん、たぶん動いてない。」

右から子月ちゃんの顔を覗き込む。

目の下にはクマがひどいし、瞼も腫れている。

体が全体的に強張っているし、おそらくゆっくり休める時間がずっと取れていないのだろう。

「分かった。子月ちゃん、ひとまずこの紅茶は飲めそう?私は飲んでも何ともなかったんだけど。」

「あっ、うん。」

子月ちゃんが震える手を私の方へ伸ばす。

「コップ持てる?」

伸ばしかけた手を子月ちゃんがぱっと引っ込める。

何かがおかしい、違和感を感じる。

ただ怯えているだけなら、いま身体的に出ているこれらの症状が、ここまでひどくならないような気がする。

「私が持ってるから、子月ちゃんはコップに口付けてくれればいいよ。」

私は新しい紙コップに紅茶を淹れて、ゆっくり子月ちゃんの口元に持っていく。

「はい。」

子月ちゃんがゆっくりほんの数滴口に含んだところでコップから口を話した。

タイミングがずれたせいで紅茶がソファーに零れる。

「ごめんなさい。」

「私の方こそごめんね。ストロー使えばよかったね。火傷してない?」

「うん。」

「良かったあ。」

さてどうしたものか。

「子月ちゃん。」

「何?」

何とか返事をしてくれるようにはなっている。

「この後どうしよっか。ひとまず子月ちゃんにはほっこりしてほしいんだけど。」

「ほっこり?」

「そう、あったかいお風呂に入るでもいいし、美味しいご飯をお腹いっぱい食べるでもいいし、ぬくぬくのベッドでゆっくり眠るでもいいし、話したいことがあるなら気が済むまで聞くでもいいしね。何かしたいことはある?」

子月ちゃんが俯く。

「私にはどれもいらないよ。」

「どうして?」

子月ちゃんはそれ以上話さなかった。

こういう時は無理やり話させてはいけない。

もしかしたら勘当しようと思った理由と何か関係があるかもしれない。

「ならひとまずお風呂用意しようかな。子月ちゃんが入ってる間に部屋は片付けておくわね。」

「でも。」

「その冷え切って力を抜くことのできない体を、まずは解してらっしゃいよ。準備してあげるから。どうしても嫌ならいいけど。」

子月ちゃんは首を横には振らなかった。

「じゃあ少し待っててね。」

時計に目をやれば、まだ7分くらいしか経っていない。

いろいろなことが立て続けに起きると時間の経過を遅く感じる。

 浴室は幸いひどく散らかっていなかった。

10分ほどで浴室いっぱいのお湯を沸かして、私は子月ちゃんを半強制的にお風呂に入れた。

「子月ちゃんの私物は触らないからね。足元に散らかったガラスの破片とか綿とかを片付けるだけだから。あと、少ししたら様子見に来るからね。」

「分かった。」

洗面台の扉を閉めて私は玄関の扉を開ける。

思った通り、目の前に森崎が控えていた。

「お着替えお持ちいたしました。」

「待ってくれてたんでしょう。ありがとう。入って。」

「よろしいのですか?」

「たぶん。」

リビングに来た森崎が目を点にする。

「私は奥で着替えてくるから、足元に散乱したもろもろを片付けてくれる?」

「畏まりました。」

「本当にこれはいらないなって判断のつく物だけでいいから。」

「はい。」

森崎に任せれば大抵の物は片付けてくれるだろう。

私は、お風呂が沸くまでの間当たり障りのないことをのんびり話しながら、子月ちゃんをひたすら観察していた。

どうして勘当願を出したのかも、どうしてこんなに苦しそうにしているのかも、少し違和感のある体の症状も原因はまだ何一つ分かっていない。

森崎が持ってきてくれた新しい服は、今着ているピンクのワンピースの色違いだ。

「雫様少しよろしいですか?」

「何。」

着替えを終えてリビングに戻ると既に粗方片付いていた。

「早いわねえ。助かるわ。」

「それはいいのですが、そんなことより気になることがあります。」

「何?」

森崎が立っているのはさっきまで子月ちゃんが座っていたソファーの前だった。

「おかしくありませんか。あれだけ子月様は取り乱しておられたのに、ほとんどスパイラルが霧散していません。」

「あー。」

森崎が言いたいのは、魔道士なら多少感情が高ぶれば、セルフスパイラルが無意識にエントランスから漏れ出るものなのに、魔道適性があるはずの子月ちゃんはそうなっていないということだと思う。

セルフスパイラルの保有量には個人差があるから、そもそも保有できるセルフスパイラル量が少なければ、エントランスから体外に放出できるセルフスパイラルも少ないのだが、子月ちゃんはそのレベルの魔道士ではない。

この部屋は換気もしていないからスパイラルが空気に乗って流れていくことも考えにくい。

「そうね、おかしいわね。年齢とかその日の体調とか精神状態に左右されることはあるけど、それにしてもここまでスパイラルが出てないっていうのはおかしいわね。」

これも後で聞けたら、何か分かるかもしれない。

「助かったわ。じゃあもうしばらく外で待ってて。」

「畏まりました。」

森崎を玄関まで送って、そのまま洗面所の扉をノックする。

「子月ちゃん。」

「はい。」

洗面所から出てきた子月ちゃんの顔色はさっきより良くなっていた。

「いい顔色になったね。」

「ありがとう。」

「うーん、食事は摂れそう?あったかいスープとかおにぎりとか。」

「お米よりパンが食べたい。サンドイッチ。」

「分かった。冷蔵庫にあったと思うからちょっと待っててね。そうだ、リビング片付けてもらったよ。それなりに綺麗になってると思うから、好きなところにいてね。」

「うん。」

お風呂の力恐るべしだ。

無理にでも入れて良かった。

「お待たせ。」

私がサンドイッチとお水を二人分持っていくと、子月ちゃんはテーブルセットの椅子に座って待っていた。

「はい、どうぞ。お代わりがほしかったら後でルームサービスを使ってね。」

「うーん。」

子月ちゃんが苦々しい笑みを浮かべる。

「どうしたの?」

「ここのスタッフさんに私ひどいことしちゃったから頼めないや。」

「ひどいことって?」

「このお部屋の食器とかインテリアとかいっぱい壊しちゃったし、優しくしてくれたのに全然言うこと聞かないで。」

「あーやっぱりあれ壊したの子月ちゃんだったかあ。仕方ないわ。子月ちゃんに食器割りたくなるくらいのことがあったってことでしょ?」

子月ちゃんがまた俯く。

「雫ちゃんにもひどいことしちゃった。」

「何のこと?」

「えっ、さっきお水かけたこと。だから着替えたんでしょ。」

「まあそれはそうなんだけど、別に謝らなくていいよ。水かけるなんて可愛い方だし。」

「可愛い?」

私は一度頷いてサンドイッチを一口口に運ぶ。

卵とハムのサンドイッチだ。

「どういうこと?」

「一口食べたら答えてあげる。」

「うん。」

子月ちゃんが私の食べたものと同じ味を口に運ぶ。

「私たちがもっと思春期だった時のこと覚えてる?」

「うん。」

「子月ちゃん、私の補佐で世代内のお仕事手伝ってくれてたから覚えてると思うけど、私たちの世代は、あの時期に勘当願の提出が続出したじゃない。それ以外にもいろんなトラブルを起こす人たちが多くって、私はあっちこっちに走り回らされてたわけだけど、そういう時にやっぱりさいろんな世代内の人にあれやこれやされるわけ。水よりもっと危ないもの投げられたこともあるし、もっと用意周到に私を攻撃した人だっていた。だから、子月ちゃんに水をかけられるくらい、私全然気にしないの。それにそういう気持ちの吐き出し方だってしたくなる時があるわ。誰にだってね。」

「それでもごめん。傷つけようとしたことに変わりはないから。」

昔からちっとも変わらない。

子月ちゃんは、優しい心を持ち続けてくれている。

「分かった。その謝罪は受け入れるわ。これからはそんなに苦しくなる前に私を訪ねてね。どんなに忙しく立って子月ちゃんに呼ばれれば私は絶対に時間を作るわ。それで力になる。今まで私が他の人たちにしてきたみたいにね。」

子月ちゃんがカップに入った水を一気に飲んで長く息を吐く。

「話すよ、私が勘当しようと思った理由。」

良かった、心の扉を開けられたようだ。

 子月ちゃんの話をまとめるとこうだ。

そもそもの始まりは、だいたい1か月くらい前。

勤務先で軽度のスパイラル欠乏を起こした子月ちゃんは自分の体の異変に気づいた。

外界にあるナチュラルスパイラルを体内に取り込んでセルフスパイラルを貯蔵できなくなっていた。

セルフスパイラルが無くなれば魔道士は魔法が使えなくなる。

それに心身に来る影響も大きい。

しかも子月ちゃんの職場は魔道士でないと勤務できないし、木漏れ日の家の中でもどうしても魔道士の方が優遇される。

職場も木漏れ日の中の地位も一緒に失いかねないと恐れた子月ちゃんは勘当しようとしたらしい。

「なるほど。」

「どうしよう。」

森崎の着眼点は相変わらず大正解だったということだ。

「話してくれてありがとうね。」

「うーん、お風呂入ったらなんかほっとしてさ。よくよく考えたらかなりわけ分かんないことしてたんだなあって。」

「誰だって不安になったら、よく分かんないことしちゃう時くらいあるわ。」

「雫ちゃんにもある?」

「あるよー。最近だと、提出する書類の締め切り10日勘違いしてて、大慌てで作らないといけなくなったのに、何を思ったか違う資料を大慌てで作っちゃったりね。」

子月ちゃんがくすくす笑う。

「雫ちゃんは器用な方じゃないもんね。」

「そうそう、ところで子月ちゃん、魔道専門外来にはもう行った?」

「うーん、行ったのばれるの嫌だったから。」

「そっか、よければ少し見てもいい?」

「うん。」

正面に座る子月ちゃんの全体を私は瞳のエントランスを開いて凝視する。

魔道士のエントランスとは、魔道士の体内と外界とでスパイラルのやり取りをするまさにスパイラルの出入り口のことなので、瞳のエントランスを開ければ周りのスパイラルの流れやどこにスパイラルが集まっているかが分かるようになる。

普段は実際の風景とスパイラルが重なって情報量が多すぎるから閉じているが、こういう時に意識的に開けることはできる。

さて、確かに子月ちゃんの体内にあるスパイラルがとても少ない。

そもそも全身のエントランスが閉じられている。

「子月ちゃん今エントランス閉じてる?」

「うん、開けてたら全部流れ出ちゃうから。」

「じゃあもう1か月くらいエントランス閉じたままなの?」

「うん。」

「無茶よ、しんどかったんじゃない?」

「うん。」

魔道士の体の中にあるセルフスパイラルが必ずしもその魔道士にとって無害ということはない。

実際の体の中にも無害な成分や有害な成分があるように、また無害な成分が有害な成分に変化することがあるように、魔道士のセルフスパイラルにもさまざまある。

だから、魔道士はどこかのエントランスを開けておいて、無意識のうちに有害なセルフスパイラルを放出し、その分の補填をナチュラルスパイラルを取り込むことで行っている。

それを無理やり抑えて1か月も過ごしていたのだ。

体も不調を訴えるし、心だって安定しないはずだ。

「子月ちゃん、セルフスパイラルがすべて無くなったら、魔道が使えなくなるのが怖いのはよく分かるわ。けど今みたいにずっとエントランスを閉じ続けるのは、体にも心にも良くないって分かるでしょう。1か月も体に閉じ込め続けているセルフスパイラルは、残念だけどその鮮度も落ちてるだろうし。私が見る限りやっぱりきらめきが薄いわ。これなら放出してもいいと思う。むしろ放出した方がいいと思う。」

子月ちゃんがまた俯く。

分かっている、あまりに直接的に子月ちゃんが気にしていることを言っているという自覚はある。

けど事は急を要すると思っているから、こう言うしかなかった。

「嫌だよね、こんなふうに言われたら。ごめん。」

子月ちゃんは黙ったままだ。

きっと今考えているのだろう。

「聞いてもいい?」

「何。」

「今私の中のスパイラルを全部出したら、私はスパイラル欠乏で倒れるんじゃないの?」

「あり得ないわけじゃないけど、ここ1か月そのスパイラルの量で何とか生存できてるから、ほとんどスパイラルがない状態にも体は慣れてきてると思う。多少体調を崩すことにはなると思うけど、急激に体調が悪くなることは考えにくいわ。それにこれをするってことは、治療をすることもセットだからね。というか、絶対病院には行ってもらいたいんだけど。」

子月ちゃんが力なく笑う。

「やっぱり隠し通せることじゃないんだ。」

「隠し通せることじゃないね。どちらかと言うと、隠し通さないで治療を受けてみる方が、今後の子月ちゃんにはいいって感じかなあ。」

「治らないかもしれないけど?」

「今のままでも治らないよ。」

「何だと思う?」

「分からない。エントランスが機能してないのか、セルフスパイラルを蓄える機能に何かしら起きてるのか。」

「そっか。」

子月ちゃんがサンドイッチの最後の一口を食べ終えた。

「ごちそうさまでした。」

「うん、私も美味しかった。」

子月ちゃんが両手を膝の上に置く。

「分かった。病院行くよ。」

「うん、治療方針とかこれからの生活とか心配事はたくさんあると思うから、近くで支えるね。」

「うん、ありがとう。」

子月ちゃんが立ち上がる。

「どうしたの?」

「ベットの上でするよ。」

「分かった。」

二人で子月ちゃんの横になるベットを綺麗にして、私は隣に椅子を持ってくる。

「私は隣にいるから、スパイラル全部出したらそのまま眠ってもいいよ。私はもうしばらくここにいるから。」

「うん、ありがとう。」

子月ちゃんが目を閉じてエントランスを開ける。

子月ちゃんの周りに僅かに輝くスパイラルが溢れてくる。

今きっと子月ちゃんは、これが自分が使う最後の魔法になるかもしれないと怯えているはずだ。

「いいよ、そのまま楽にしててね。」

私は子月ちゃんの左手を握って、子月ちゃんの体の中のセルフスパイラルを感じ取る。

順調に体外に放出できている。

 3分後、子月ちゃんは久しぶりと言う感じに眠った。

「森崎。」

私が小声で名前を呼ぶと、森崎が室内に入ってきた。

(大丈夫ですか?)

(うん、大丈夫。ひとまず魔道士専門のドクターを呼んで。)

(畏まりました。)

(それからの支持は廊下で話すわ。)

(畏まりました。)

ひとまず無事に子月ちゃんの件は進展させられそうだ。

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