実家の雫(11)
11
9時2分前、エレベーターが15階に止まった。
「本日のお部屋は1506室です。」
「はーい。」
木漏れ日本邸では比較的現代建築風に建てられたこの20階建ての建物は、木漏れ日関係の仕事をする時に職員や木漏れ日の方が使う建物の一つ。
つまり、木漏れ日家のもろもろを業務的に行う時に使う場所だ。
だから雫様もスーツで来るし、この建物の仲は木漏れ日の風習や空気感が薄い。
「森崎。」
「はい。」
「よろしくね。」
「畏まりました。」
雫様の前に出て私は扉をノックする。
「当主候補比率保持者トータルランキング第8位魔道良担当木漏れ日雫様をお連れしました。」
中から扉が開けられ、私は扉の前から数歩ずれる。
「おはようございます、雫様。お入りください。」
室内には職員が25名、木漏れ日の方が11名既に来ていた。
雫様は職員に案内されて一番前の席に向かう。
椅子に座る前に雫様が一同を見ると、全員が起立した。
私は雫様が背中を向ける壁の端に立って控える。
「皆さんおはようございます。」
「おはようございます。」
全員が返す。
「欠席の方がいますね?」
「はい。」
「報告を。」
「「野々」が体調不良で欠席をしております。野々の分の報告は引き継いでおります。」
「分かりました。報告ありがとうございます、「貝」さん。」
「はい。」
「それでは2029年8月の木漏れ日家魔道良関係者会議を始めます。」
全員が着席する。
木漏れ日家魔道良関係者会議は、月に一度最近は第4日曜日が慣例となっている。
木漏れ日家と魔道良や関連組織との関係を検討・報告・調整・統括するために、各部署の責任者が一堂に返し、議題について議論を行う。
木漏れ日家と魔道良に関係する一切の事柄の最高決定の場だ。
そして雫様はこの会議の最高責任者である。
木漏れ日家では当主候補比率保持者トータルランキングの上位者には何らかの木漏れ日家の役割を与える。
雫様は第8位と上位ランクにおり、魔道良全般を担当する「魔道良担当」という役職を得ている。
そしてそれぞれの役職には複数人の補佐がいて、魔道良担当の第1補佐はさっき雫様に報告をしていた木漏れ日貝様。
雫様の前の魔道良担当の前任者である。
「森崎パソコンを。」
「はい。」
しまった、うっかりしていた。
雫様の机にパソコンを置くと既に起動していたファイルが開く。
他の職員や木漏れ日の方もほとんどがデータで今日の書類を持参している。
「それでは早速議論を始めましょう。まずは各部署の報告からお願いします。」
「はい。」
すぐに手を挙げたのは「実冬」様。
実冬様は、当主候補比率保持者トータルランキング第203位、「魔道士専門学校担当」だ。
年齢は24歳で魔道第2別邸に住んでいる。
魔道士専門学校は、指定区域管轄魔道良と同じ敷地に設置される学校で、雫様のグループでは魔道士専門学校201校に現在レークさん、シーナさん、メーラさんが在学している。
ちなみに、指定区域管轄魔道良とは、一定の区域内にある複数の魔道良を束ねる魔道良である。
「お願いします。」
実冬様が立ち上がる。
「報告いたします。まず、前回の会議から本日までに魔道士専門学校への転向、転入を行った者が118名、入学あるいは退学を申請した者が150名おります。また、魔道良への就職内定者が新たに11名確定いたしましたので、ご報告いたします。重ねて、教員や関係職員として専門学校への就職が決まった者が5名、休職あるいは退職を決めた者が10名おります。専門学校別、就職の決まった魔道良別の詳細なデータ及び、各個人のデータに関しましては資料をご参照ください。次に魔道士専門学校での様子について報告いたします。ほとんどの魔道士専門学校が、8月は第2クールの中間月で、それぞれに学業やクラブ活動に取り組んでおります。他の学校の長期休暇の時期とも重なるため、学校の垣根を超えた交流会や全国規模の公式大会も開かれました。最後に今月学業もしくはクラブ活動や個人活動の場において、表彰、入賞、優勝等一定の成績を収めた魔道士専門学校の幼児・児童・生徒・学生・教職員についてまとめた資料を添えておりますので、ご参照ください。9月はそれぞれの学生や教職員にとって大切な時期です。わたくしといたしましても木漏れ日のバックアップシステムを活用し支援していきたく存じます。わたくしからの報告は以上です。」
実冬様が着席する。
情報がすべてまとめられた聞き心地のいい報告だった。
実冬様が魔道士専門学校担当になってから、まだ6回目の会議で、かなり緊張しているが、逆にその緊張感が場の空気を引き締めている。
「実冬さんありがとうございました。私のグループメートも今月はいろいろと忙しくしていましたね。もちろん私も授業を行っていますから、昨日も生徒に会いましたし。来月は実冬さんのおっしゃったとおりテスト月刊ですから、なかなか気が抜けないでしょうね。」
「はい。」
実冬様が少し表情を緩める。
数秒の沈黙の後雫様が口を開いた。
「皆さんから質問や補足はありますでしょうか。」
誰も手を挙げない。
雫様が一度頷いて実冬様の発表の最後の締めにかかる。
「では最後に私から。昼食後に皆で議論すべき議題はありますか。」
実冬様の顔が引き締まる。
「はいよろしくお願いいたします。」
「分かりました。では次の報告をお願いします。」
「はい。」
次に立ち上がったのは「一十」様。
一十様は当主候補比率保持者トータルランキング第237位で魔道良研究所担当だ。
年齢は42歳で実冬様と同じ魔道第2別邸に住んでいる。
魔道良研究所は魔道士専門学校と同じように指定区域管轄区の魔道良と同じ敷地にある組織で、雫様のグループでは魔道良研究所第201ラボにチコさんや糸奈さんが所属している。
「お願いします。」
一十様が立ち上がる。
「報告いたします。まず魔道良研究所に前回の会議から本日までの間に入社した者はおりません。また休職・退職した者もおりません。後は、今月の各個人の研究報告をまとめておりますので、ご参照ください。以上です。」
一十様が着席する。
とてもたんたんとした毎月聞く同じセリフだ。
雫様が一十様を見て頷く。
「ありがとうございました。事前にいただいている資料のことも含めて質問はありますか。」
誰も手を挙げない。
「それでは最後に一十さん、昼食後の会議で話し合うべき議題はありますか。」
「ありますが、この後別務がありますので補佐に任せます。」
雫様が一度頷いた。
「分かりました。それでは次の報告を。」
一十様は雫様があまり好きではないようで、それは雫様も含めてこの部屋にいる全員が周知の事実だ。
だから雫様にはぶっきらぼうに接し、雫様はわざとそれに構わずに話を進める。
昼食後の会議に一十様が出席しないのも雫様への反抗のようなものだ。
「それではわたくしから。」
最後に手を挙げたのは貝様だ。
「お願いします。」
貝様が立ち上がる。
「それではご報告いたします。まず前回の会議から本日までに入社した者が53名、休職・退職した者が30名おります。ポリス業務に当たった職員とノーマル業務に当たった職員の詳細は資料をご覧ください。」
貝様がさらさらと解説していく。
本来なら雫様が解説をするべきところだが、雫様の普段の生活を考えれば、貝様が魔道良担当と同等の業務を請け負わざるを得なくなるのは容易に想像がつく。
雫様もそれを気にしているが、貝様ががんとして雫様にこの報告をやらせない。
今回は特に。
「以上になります。」
「ありがとうございました。皆さんから何か質問や補足があれば。」
「よろしいですか。」
「はいどうぞ、一十さん。」
一十様が手を挙げるなんて珍しい。
普段最低限のやり取りしか雫様としない一十様がわざわざ手を挙げたのだ。
「この資料や貝さんの発表に対してというわけではないのですが、この場で聞くに値すると判断いたしますので、雫さんに質問します。」
室内の空気が一気に凍り付く。
雫様は全く表情を変えずに応じた。
「質問をお受けいたします。何でしょうか。」
「なぜ魔道良担当が行うことが慣例とされている会議最初の報告を補佐である貝さんに任せておいでなのですか。なぜ雫さん自らなさらないのか。」
一十様が声を張り上げて尋ねた。
「一十さん、そのことについては再三議論を重ねてきたではありませんか。雫さんには世代代表としての役目もありますし、本邸の外で魔道良の職員として勤務もされています。ですから、多忙な業務の中で魔道良担当の経験のある貝さんが補佐として雫さんを支えるという結論に至ったではありませんか。それを。」
「実冬さん。」
雫様がそっと右手を挙げた。
実冬さんがぱっと口に手を当てる。
「一十さんは私に質問しています。ならば、私が答えることが道理でしょう。」
「申し訳ありません。」
「いいえお気になさらずに。」
雫様が一十様を真っすぐに見る。
今雫様は実冬様を叱りたかったわけではない。
早めに自分が口を開いた方が場の収集に良いと判断されたのだ。
「一十さん、ご質問にお答えいたします。私が第1補佐である貝さんに報告を任せているのは、私よりも適任だと判断しているからです。」
「職務怠慢ではありませんか。自分は不慣れだからなどと言い訳ができないほどに雫さんはその立場に立って長い。」
「そうですね。私も不慣れだからとか時間がないからとか言うつもりはありませんよ。そういったことを差し引いてもなお、貝さんに任せることが相応しいと思っています。私にはこの会議の議長としての立ち回りもありますし。」
「それはこれまでの魔道良担当も同じです。貝さんはされていたではありませんか。」
今日はやけに一十様が雫様にくらいついてくる。
雫様がここまでずっとポーカーフェースを保てていることが奇跡だ。
「分かりました。」
雫様が立ち上がる。
部屋にいる全員の視線が一気に雫様に向かう。
「森崎。」
「はい。」
「次の報告の資料をスクリーンに表示して。」
「畏まりました。」
なるほど、口でだめならパフォーマンスで物を言わせるということか。
こういう選択から雫様が軽く怒っていることが伝わってくる。
「一十さんのご指摘の通り、本来なら私が最初の報告をするべきです。ですが、次に控える案件の方が今回は質量が大きかったのです。ですから、そちらを私が担当し、最初の報告を貝さんにお任せしました。予定では、昼食後に報告することになっておりましたが、せっかくですから一十さんにも聞いていただきましょうか。」
雫様がスライドを操作するパソコンの前に立つ。
「一十さんがいらっしゃることですし、魔道良研究所関連の議題がいいですか。」
「昼食後の会議内容は昼食後でいいでしょう。今の私の質問とは関係がない。」
「ありますよ。わたくしは答えました。こちらの発表を私が担当するために貝さんに最初の発表をお願いしたと。ですが、口だけだと指摘されればそこまでですからね。今ここで証明しようかと。」
「結構だ。」
一十さんが勢いよく立ち上がって部屋の出口へ向かう。
「どちらへ?」
貝様が一十様に尋ねる。
「気分が優れないので失礼する。」
「まだ会議は終わっていませんよ。」
「知らん。」
大きく扉を開けて一十様が出て行ってしまった。
「「八住」、一十さんの様子を見に行ってください。この会議の内容を追って報告します。」
「畏まりました。」
職員の八住に声をかけたのは「四永」様。
魔道良研究所担当の第1補佐で、まだ13歳だが他の大人に見劣りしないほどに仕事ができる。
「魔道良研究所担当が大変失礼いたしました。ここからは第1補佐としてわたくしが魔道良研究所担当の業務を引き継ぎます。」
「よろしくお願いします。」
雫様がスクリーンの電源を切って席に戻る。
「では続けます。貝さんからの発表に対して質問のある方はいますか。」
誰も手を挙げなかった。
「分かりました。それではここからそれぞれが持ち寄った議題について議論を始めましょう。」
ここまでがこの会議の第1幕である。
各部署が一方的にそれぞれの概要について報告する。
そしてここからがこの会議のメインであり一番時間をかけるところである。
「まずは実冬さんからお聞きしましょうか。」
これから始めるのは、秩序会が関与しない程度の対人トラブルやその他の問題に対する解決策の検討。
「はい、それでは失礼いたします。まず先週の火曜日に魔道士専門学校51校で発生した対人トラブルについて皆様のご意見を伺いたく存じます。」
今日も長くなりそうだ。




