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チコのプロ意識(4)

4

 ガーノーさんと一緒に会場に戻ると、緑様が食事中なのに席を立ってこっちに駆けてきた。

「チコどこに行っていたの?」

いつもの感情が高ぶっているときの目だ。

私にこれを向けられると少し怖くなる。

「緑王女席へお戻りください。」

ガーノーさんが声をかける。

「チコ。」

けれど緑様は全く気付かない。

「王女。」

ガーノーさんの呼びかけにようやく気付いた緑様がガーノーさんを睨む。

朝お兄様を睨んだときと違って感情が高ぶっている。

「ガーノーどの。」

「今は公務中ではありませんか。チコリータどのが一時的に傍を離れても問題のないよう、別の護衛役を緑様には付けておりました。」

「だから問題はないと。チコが勝手にいなくなることが、私との約束を破ったことが問題なのです。」

「だとしてもそこまで声を荒げられる必要はございますまい。周りをご覧になりなさい。」

ガーノーさんは絶対に怒らないけど、それでも少し緊張感のある声に私の背筋が伸びる。

確かに緑様の声を聞き他の人たちはみんなこっちを見ている。

「緑王女少しお部屋で休みましょう。」

後ろから歩み寄ってきた緑様のお世話係の人に緑様は頷いて会場を出ていく。

「チコリータどのもご一緒に。」

「はい。」

ガーノーさんに言われて私たちは緑様の後ろに続いた。

たくさんの人の視線がこちらに注がれている。

その中に雫に少し似た顔の人がいて、耳に貝の形でオレンジ色のイヤリングを付けた人がいた。

 昼食会の会場から少し離れたお部屋を控室にして緑様と私とガーノーさんが中に入る。

私とガーノーさんが同じソファーに座って、緑様はテーブルを挟んだ正面のソファーに座る。

「少しは落ち着かれましたかな。」

緑様がガーノーさんをまだ睨んでいる。

「普段公務に支障をきたすことのない緑王女が彼女のこととなるとそこまで感情を高ぶらせ、公務に差しさわりが出る。よほどチコリータどのが大切なのですね。」

「ずいぶん嫌味な言い方ですね。そうですよ、とっても大切ですよ。チコは私の友人だもの。ガーノーどのあなたが悪いんです。私は昨日も今日もずっと我慢していましたのに、ガーノーどのが勝手にチコを連れて行ったりするから、私の気分はこんなにも悪いのです。チコだって分るでしょう。」

私はここでなんと答えるべきだろう。

それは分かってるつもりだ。

「はい緑様に断りなく近くを離れ申し訳ありませんでした。お約束を破ってしまいました。」

「ほらそうでしょう。私たちの間の約束にガーノーどのが口を挟む方が悪いのです。」

「なぜチコリータどのが約束を破ったことではなく、約束を破らせたわたくしを咎めるのですか?」

「えっ、それはきっとチコはあなたからの命令に逆らえなかったはずだから。」

「やはりあなたは間違っておられますよ、緑王女。そこまで分かっておられてなぜにそこまで怒りを露わにされるのですか。今のチコリータどのはあなたの友人である前にあなたの護衛役です。彼女はそれを十分に理解し、弁えて行動していましたよ。ですから私からの命令にも従われた。ですが緑王女、あなたにはそれが足りなかったのではありませんか。ここ2日間だけでも、思い当たる節はいくらでもあるでしょう。」

たぶんガーノーさんが言いたいのは、緑王女は私を護衛役ではなく友人として見ていなかったかということのはず。

「別に私がチコとどう関わろうとあなたには関係のない話です。」

緑様はまだ怒鳴っている。

「もちろんですとも。プライベートでご友人同士が会われる際の過ごし方に関して、わたくしは何も申しません。ただ今は公務の真っ最中であり、あなたは王女、チコリータどのは護衛役という一介の職員です。お2人が仲の良いことは周りの周知の事実ですが、度が過ぎるとあらぬ噂が立やもしれません。そして今お2人の間でお互いに寄せる感情や思い入れが釣り合っておりませんね。そうなると、チコリータどのが緑王女をお守りできなくなりかねません。」

ガーノーさんと雫はどこか似ていると思う。

理路整然と正論を叩きつけながら、表情は穏やかに相手を叱る。

雫はもっと感情を込めて怒る時もあるけれど、こうやって怒る時はよっぽどの時だ。

でも緑様は全く引かない。

「結局何をおっしゃりたいのですか?」

「お2人はしばらく距離を取られた方がいいでしょうな。最低でもチコリータどのにはしばらくの間緑王女の護衛役を離れていただきたい。」

「えっ。」

思わず声が漏れてしまった私と隣で絶句している緑様は、2人ともガーノーさんから思いがけないことを聞いた。

「それはわたくしが決めることです。チコをわたくしの護衛役にするか否かはわたくしが決めることです。」

「いいえ、護衛役の最終決定権は現在わたくしにございます。」

緑様がガーノーさんを鋭く睨む。

「そうですか。」

「緑王女。」

私は咄嗟に王女を呼んだ。

このままだと緑様が手段を選ばないような気がした。

私はゆっくり首を振る。

「いけません。」

緑様が私の顔をじーっと見て長く息を吐く。

「ごめんなさい。」

緑様がガーノーさんの方を見た。

「大変失礼いたしました。王族でありながらその品位に反する暴言をガーノー°のに浴びせたことお詫び申し上げます。ガーノー°のが護衛役最高責任者として私の第1護衛役からチコを解任するとお決めになったのであれば、それに対し今ここで異を唱えることはわたくしにはできません。」

「落ち着いていただき安心いたしました。」

ガーノーさんが私を見る。

「チコチコリータどの急で申し訳ありませんが、この後に控えている公務における護衛役は別の者に担当させます。チコリータどのには当年の間緑王女の護衛役からは離れていただきます。また他の王族方の護衛役もお願いはいたしません。よろしいですかな。」

雫ならどう考えるだろう。

どうやってこのピンチを切り抜けるんだろう。

そもそも雫ならこんなことになっていないのかもしれない。

でも雫はきっと諦めるなって言ってくれるはず。

そう信じたい。

私はまだ諦めたくない。

その時その場に相応しい立ち居振る舞いをしてきたけれど、今それを続けたら。

「僭越ながら。」

ガーノーさんが私を見ている。

私は立ち上がってガーノーさんの前に立った。

「私はまだ緑王女の護衛役をやめたくはありません。確かにガーノーさんのおっしゃる通り私も緑王女もまだまだ未熟で、護衛役と護衛対象として危険かもしれない。でも、まだ可能性を捨てたくありません。今日のことを忠告として受け止めて次回以降に繋げたい。これから私も王女も変わっていきます、変えていきます。だからお願いします。もう少しだけ猶予をください。変わる時間をください。お願いします。」

「チコ。」

後ろで緑様が呟く声を聞きながら私は深く深く頭を下げた。

ガーノーさんは今どんな顔をしているんだろう。

今。

「チコリータどの。」

「はい。」

私はぱっと頭を上げる。

目の前のガーノーさんの顔が思っていたより優しくて私はほっとする。

「これで最後ですよ。」

「ありがとうございます。分かりました。」

私はもう一度頭を下げる。

「緑王女、今回はチコリータどのの決意を汲み取って忠告にいたします。」

さっきまでの私への声と違って緑様にはやっぱりガーノーさんは厳しい。

「本日の護衛には戻っていただきませんがよろしいですね。」

「はい。」

緑王女の声も冷たい。

「そしてこれからしばらくの間、チコリータどのには緑王女の護衛をお休みいただくということにして、お2人が護衛役と護衛対象に戻っても差し支えないとわたくしが判断したのち、チコリータどのに業務に復帰していただくということで構いませんね。」

「分かりました。」

なんだろう、丸く収まったはずなのに空気が重い。

「チコリータどの。」

「はい。」

ガーノーさんがもう一度私を見る。

「頑張ってくださいね。」

「はい。」

どういう意味だろうと考えている間にガーノーさんは部屋を出て行った。

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