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チコのプロ意識(3)

3

 緑が一人になった部屋で長い溜息をついてソファーに深く腰掛ける。

「あまり長居はできないのよね。この後もめんどくさい。」

緑が自分の考えの中に入っていく。

(チコはどんどん大人になっていくなあ。昔は私と同じように家柄の籠に捕らわれて窮屈そうにしていたのに、いつの間にかすっかり籠から飛び出したように生き生きとするようになって。表情にバリエーションが増えたもの。それに、すっかり大人になって、私だけ置いて行かれたみたい。最近は、仕事中にチコの感情の起伏をあまり感じない。チコはきちんと本音と建て前を使い分けるようになってきているのね。護衛役として腕を上げているということなのに、私はそれがあまり嬉しくない。チコが大人になるのは素敵なことなのに、私はそれをとても寂しく思ってしまう。チコはすっかり遠くの人。チコにとって私はただの護衛対象と認識されるようになっている。私が海外を飛び回る頻度が増えたせいでプライベートで一緒に過ごす時間も減って、昔のようにゆっくり話したくても時間がない。仕事上で会えてもそれはお仕事であって二人ともゆっくりはできない。今朝頑張って朝食に誘ったのに、邪魔が入るし。)

「昔みたいにチコと気兼ねなく話したいだけなのに。」

(今日は感情がぐるぐるしてる。チコを朝食に誘いに行ったときだって、あんなに取り乱すつもりじゃなかったのに。しかもチコリータどのに会うなんてついてないわ。)

「緑さま、お時間です。」

「分かったわ、少し待っててね。」

「はい。」

緑が目を開けて立ち上がる。

「もう少し頑張らないと。」

 緑が部屋から出てくるとチコがにっこり微笑んだ。

「会場へご案内いたします。」

「よろしくね。」

チコの後ろに続いて緑が歩き出す。

(そういえば、チコは枕投げをしたって言ってたわね。チコは今度しようって誘ってくれたけど、私はもうそんなことができる歳じゃないわよね。きっと魔道良で得るたくさんの経験が、私はしたことのない経験がチコを育てているのね。羨ましいと言ったら怒られるのかしら。)

「緑様?」

「なに?」

「どうかなさいましたか?」

「いいえ、少し考え事をしていただけよ。」

チコが緑を振り返って少し首をかしげてから歩き出す。

「そういえばチコ、さっき式の最中に笑いかけたでしょう。何を考えていたの?」

「えっ!」

「ばれてるわよ。」

「内緒です。」

「どうして。」

チコが立ち止まった。

「会場に着いてしまったので。今日のすべてが終わってからお伝えしますね。」

「約束よ。」

「はい。」

緑が深く深呼吸をする。

「緑様。」

チコが緑の両手を自分の両手で包んで持ち上げた。

「見ています、近くで見ております。どうぞご自由になさってください。何かあればわたくしがお守りいたしますから。」

「ええ、よろしくね。」

緑の表情は、さっきのように怯えていなかった。

 昼食会は王族や来賓客が席について食事をしながら談笑を楽しむ。

チコは緑の使用人ではないので緑の身の回りのケアをするのではなく、一定離れたところから緑と緑の周辺を見ている。

(問題なさそうだね。良かった。)

チコがふっと一人の男性に視線を留める。

トニーだ。

トニーは今席に座って食事をしている。

しばらくトニーを見た後チコが緑に視線を戻した。

(緑様とゆっくりお話ししたいなあ。最近忙しすぎて全然話せてない。それに今日は何だかぎこちなくて。もう少し、もう少しでいいから緑様と距離を縮めたい。)

「チコリータどの。」

そう呼ばれて振り返ると、フェルートが近くに控えていた。

「ガーノーさん、どうなさいましたか?」

「今少しよろしいですかな。」

フェルートが優しい笑みを浮かべてチコに尋ねる。

「申し訳ありません。只今緑王女の護衛に当たっておりまして。」

(こんなこと、ガーノーさん言わなくても分かってるはずなのに。)

「はい、それは理解しております。そのうえでお誘いをしております。この会場には他にも護衛役の職員が大勢常駐しておりますから、チコリータどのが抜けられても問題はありません。」

チコがフェルートの顔を見て緑に視線を移す。

(やっぱり断らずに出て行ったら気にするよね。約束破ることになっちゃうし。)

「ガーノーさん、申し訳ありません。やはり緑王女に断りなく、この会場を離れることは致しかねます。近くでお守りするとお約束しておりますので。」

チコが頭を下げるとフェルートが困ったように首を振った。

「そうですか、困りましたな。では。」

フェルートが軽く右手を上げると少し後ろに立っていた男性がフェルートの隣に歩き出てきた。

(この人誰だろう。)

「この者を緑王女の護衛役といたしましょう。チコリータどのにも引けを取らない護衛能力の持ち主です。これで業務には差し障りありますまい。」

できるだけ微笑むようにしていたチコの顔が曇った。

「どうしても今二人でここを出なければならないのですね。」

「はい。」

「分かりました。」

(ガーノーさんは私の上官に当たるし、この護衛任務の責任者。逆らうことはできないな。)

チコは最後の最後まで緑を気にしながら会場を離れた。

 フェルートがチコを連れてきたのは近くにある庭園の一角で人はほとんどいなかった。

午後の日差しが照り付ける庭園で、二人は少し大きな木の木陰に入っていた。

「ガーノーさんどういったお話でしょう。はっきり申し上げますが、できるだけ早く緑王女のところへ戻りたいのです。」

「心得ておりますとも。本来であれば今日の任務がすべて終わるまで控えるべきだったことも分かっております。それでも、どうしてもお伝えしたかったのです。残りの任務に支障をきたさないために。」

(何だろう。)

「お聞かせください。」

「それでは僭越ながら。」

フェルートの顔つきが変わった。

「チコチコリータどの、今のままでは緑王女をあなたは守り切れない。」

「えっ。」

チコが口をぽかんと開けた。

「緑王女とチコリータどのの間には今お互いに対する不信感が募っています。自覚がおありでしょう。本来護衛役と護衛対象との間に、極端なまでの信頼関係は必要ありません。むしろあってはならないのです。もしくは普段から一緒にいる時間が長く、お互いに揺らぐことのない信頼関係が形成されていればそれはそれで問題はないと考えます。そう考えたとき、今のチコリータどのと緑王女のご関係はいかがでしょうか。護衛の先輩として申し上げますと。」

フェルートが首を横に振った。

「今のお二人はあまりに中途半端だ。そろそろ身を固められた方がいいころ合いかもしれませんよ。」

チコはただ黙ってフェルートの話を聞いていた。

「気分を害されましたか。」

「いえ、的確なご助言をありがとうございます。おっしゃる通りと存じます。」

口ではそう言っていても、チコの心の中はもやもやでいっぱいだ。

「では戻りましょうか。今後も一層励まれなさい。」

「はい。」

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