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チコのプロ意識(2)

2

 チコがズボンタイプの黒いスーツに袖を通して、髪の毛をポニーテールにまとめて、淡くメイクを整える。

「チコ様、最後に持ち物を確認しますよ。」

「はーい。」

「連絡用の端末は?」

「持ってます。」

チコがポケットからぱっと取り出す。

「本日の予定をまとめたメモは?」

「ここにあります。」

チコが反対のポケットから取り出す。

「その他必要になる諸道具は?」

「抜かりなく整ってます。」

稲穂が一度頷く。

「それでは本日も頑張ってください。最後にわたくしから一点ご留意いただきたいことを。」

「なに?」

稲穂がチコの前で膝立ちになった。

稲穂がチコと視線を合わせるにはこうするのが手っ取り早い。

「本日もトニー様が式にいらっしゃいます。最近トニー様と喧嘩続きでお互いきまずいとは思いますが、どうぞその場に適した振る舞いを。」

チコが一瞬顔を歪めてすぐに首を振る。

表情がさっきまでのしゃっきりした明るいものに戻る。

「ありがとう稲穂。約束ね。」

チコが差し出した小指に稲穂が指を絡めて頷く。

「はい、お約束ですよ。」

指を放して稲穂が扉の方を見る。

「それでは参りましょうか。」

「はい。」

 末夏会、夏の終わりを喜び、秋の訪れを祝し、平和と安泰を願う王室行事の一つである。

8月の第4土日に開かれるのが慣例で、王族のほとんどが出席する。

だから緑も戻ってきた。

緑は第13王女で王位継承権は42位だが、幼いころから勉学に長けていた点と、コミュニケーション能力の高さ、異文化理解の知見の深さが評価され、18歳の4月から王族外交官として働くようになった。

緑とチコの付き合いは非常に長く、緑が9歳の時に7歳のチコが緑の専属護衛役として配属されてからかれこれ10年以上になる。

ただ緑が外交官として働き始めたのちは、チコには魔道良の仕事もあるため、チコが緑の護衛をするのは、メリー総合国内に緑がいる間のみとなった。

「おはようございます。」

ミーティングルームにチコが入ると既にたくさんの大人が難しい顔で席についていた。

その中にトニーもいる。

「遅かったな。早く座りなさい。」

「これでも集合時刻10分前ですが。」

二人の間の空気がぴりつく。

チコはまだ入り口のところから動いてすらいない。

「まあまあトニーさん、いくら兄とは言えチコさんももう20歳を過ぎた立派な大人なのですから。」

席に座る初老の男性が二人を順番に見て微笑む。

「チコさんも早くお掛けなさい。早速最終確認に入りましょう。」

トニーはそこでしぶしぶと言う風に黙り、チコは男性に一礼して空いている席に座った。

「それでは始めましょう。まずは本日の護衛の指揮を担当いたします。「フェルートガーノー」です。どうぞよろしくお願いします。本日は午前中の式、午後の食事会、夜の小グループでの会食会の3部構成です。皆様それぞれに担当されている方の護衛をよろしくお願いします。それぞれのご担当の方のスケジュールは各自ご確認いただけていますね。」

一同が頷く。

もちろんチコも。

「結構です。それではあと1日抜かりなくよろしくお願いいたします。」

一同が立ち上がり一礼した。

これでミーティングは解散だ。

「チコ。」

チコが部屋を出ていこうとすると、トニーがチコを呼び止めた。

「何でしょう。」

チコが感情を殺してトニーを見る。

「くれぐれも緑王女に失礼のないようにな。」

「はいお兄様。」

チコが一礼して部屋を出ていく。

「トニーどの。」

チコに不満そうな顔をしていたトニーにフェルートが声をかけた。

「以前お二人をお見かけした時よりも不仲になっておられるようですが、何かありましたか?昨日もこのような調子だったと思いますが。」

「いえ何かあったというわけではございません。反抗期なのでしょう。最近何を考えているのか分かりません。」

「一度ゆっくりお話しになられた方がいいと思いますが。」

「お気遣い恐れ入ります。」

今度はトニーが感情を殺してフェルートに答える。

「ご家庭内の問題です。わたくしもこれ以上は申し上げません。ですが、お仕事に支障を出さないためにもご兄弟仲は良い方がいい。」

「はい。」

フェルートがトニーに一礼して部屋を出た。

(そんなこと言われなくても分かっている。)

トニーが右手を握りしめた。

 8時半、王城の緑の部屋の前にチコがいた。

(何でいちいちお兄様にあんなこと言われないといけないの。そんなこと言われなくても分かってるし。)

「お待たせ。」

部屋を出てきた緑はさっきまでのカジュアルなドレスから、色は同じままもっとフォーマルなものに着替えている。

(だめ、お兄様のことを考えるのはいったんやめよう。)

チコが明るく微笑んだ。

「似合ってる?」

「はい、大変よくお似合いです。」

「ありがとう。」

チコが緑の少し前を歩き会場まで案内する。

二人の間に会話はない。

緑はチコではなく他の親戚に挨拶をされ、それに会釈で答えながら歩いていく。

いつもの光景だ。

「ここから先はお一人で行ってらっしゃいませ。」

この角を曲がればたくさんのマスメディアや来賓客がいる末夏会の会場だ。

チコが緑を振り返った。

「チコ。」

緑がチコの右手を両手で握る。

「見ててね。」

「はい、遠くからずっと見守っております。安心して行ってらっしゃいませ。」

緑の震える手がすっとチコの手から離れる。

「ありがとう。」

チコがにっこり微笑む顔を見て緑が歩いて行った。

チコは緑が角を曲がりきるまで後姿を見送って、自分の定位置に向かう。

(良かった、今日も駄々をこねずに行ってくれた。)

緑は確かに勉強はできるし、一通りのマナーは付いているし、コミュニケーション能力もあるから他人との隔たりを作ることもほとんどない。

ただ、こういった王室の行事に出席することだけは極端なストレスになるようで、少し前まではどうしても式に出たくないと言って駄々をこね、出席できないこともあった。

(手が震えてたな。大丈夫かなあ。)

チコは会場の緑が直接見える位置に向かう。

末夏会の会場は洋間で、正面に向かって王族関係者が座り、それを取り囲むように来賓客やマスメディアが控えている。

つまりチコは会場の正面の壁に張り付いていることになる。

見た目としては何ともだが、このような行事の時はオッケーだ。

(今日もたくさんの人がいるから、気を抜かないようにしないと。)

チコが部屋を見まわしていると、チコに気づいた緑が微笑みかけた。

チコが小さく頷いて応じる。

(式が始まるまであと15分。)

今回の式で行われるのは、女王の挨拶と、毎年行われている一連の儀式と王室からの諸連絡。

今日は2日目だから、昨日よりは短く済むが、それでも3時間くらいはかかる。

チコはこの間立ちっぱなしで緑と緑の周囲に気を配らなければならない。

(今日緑様が席から移動するのは、儀式のときに3回、あとはずっと席に座ってるはず。)

 末夏会が始まった。

厳かな空気の中粛々と式が進んでいく。

チコはずっと緑を見ていた。

(あっ、あくびがまんしてる。暇なんだ。)

(あっ、足組みたいの我慢してる。疲れてきてるなあ。)

(あっ、手が震えてるの隠してる。大丈夫かなあ。)

ずーっと緑を見てきたため、チコはだいたいの緑の感情が分かる。

(そうだよね、退屈だよね、緑様。あっ、一句読めた。)

無表情をキープしていたチコがふっと頬を緩めると、それに気づいた緑がチコを見て数回瞬きをした。

 式が終わったらすぐに緑は違うところに移動して、来賓客に挨拶をして回らなければならない。

その時チコは緑の少し後ろに立って緑の護衛をする。

「ようこそお越しくださいました。」

緑が丁寧に対応しているのをチコがじーっと見ている。

(イライラしてる?飽きてきてる?疲れてる?)

緑の言葉の端々や態度の隅々まで観察していると見えてくる緑の感情をチコが辿りながら、緑について行く。

「緑王女、次はどなたのところへ行かれますか?」

緑がふっとチコを振り返った。

(あれ、目が。)

緑の目が潤んでいる。

「緑王女。」

緑がはっとして首を振る。

「何でもないわ。次はあの人。黒いスーツに金色の髪の男性のところ。」

「畏まりました。」

緑が再び歩き始め、チコは後ろについて行った。

 午後の食事会の前、20分ほど緑が一人の部屋で休む時間ができた。

時刻は早くも12時半。

「お疲れさまでした。」

部屋の扉を閉めてチコが緑を振り返る。

ソファーに深く腰掛けて緑がぐったりしている。

「大丈夫ですか?使用人の人を呼んできましょうか?」

「いい。」

朝と違って駄々をこねたそうな顔の緑をチコは入り口のところから見ていた。

「よく頑張られましたね。ゆっくり休んでください。」

「それだけ?」

「どういうことでしょう?」

「他には何も言ってくれないの?」

チコがしばらく緑を見つめて歩き始めた。

緑の座るソファーにチコも座った。

すーっとチコが顔から力を抜く。

(リラックスさせてほしいのかな?)

「公務でこちらにお帰りになったのは5月以来ですよね?」

「えっ。」

思いがけない質問に緑が一瞬答えに詰まった。

「ええ、そうよ。」

「でしたら久しぶりにこういうかっちりした行事にずっと出席されておりますし、昨日も忙しかったですからね。お疲れもかなり溜まるものだと。」

チコがテーブルに置かれた紅茶のカップを持ち上げて緑に渡す。

「少しの間ですが、お寛ぎください。」

「そうね。」

緑がカップを受け取って目を閉じた。

「時間になったら声をかけて。一人で休むわ。」

「畏まりました。」

投稿開始から2年のご挨拶


皆さんこんにちは、ティラミスです。いつも魔道師木漏れ日雫をご拝読いただき、ありがとうございます。最近ほとんどご挨拶のできないまま作品を投稿し続ける形になっており、申し訳ない限りです。今日の投稿も事前に予告をしていませんでしたね。

さて、魔道師木漏れ日雫は皆様の応援のおかげで2年目を無事に終えることができました。今年もとても速かったように思います。2年目は1年目ほどたくさんの投稿ができなかったことが残念ですが、定期的に、少しずつでも物語を進めることができたことをとてもうれしく思っています。なかなか進展せず2年かけて54万文字以上書いていても物語の世界は立ったいつかしかたっていませんが、その中にたくさんの登場人物の掛け合いや気持の変化を織り交ぜることができ、達成感を感じています。

なかなか内容がまとまらずギリギリまで完成しなかったり、登場人物が増えすぎて時々パンクしたりしていますが、これからも頑張って楽しく書き続けていきたいと思っています。いつも皆様に読んでいただけていることがポイントや閲覧回数から伝わってきています。本当にありがとうございます。今後も魔道師木漏れ日雫をよろしくお願いいたします。



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