スマスとたね(3)
3
雫がジュータンを着陸させたのは、広い敷地の出入り口の前。
「うーん。」
ジュータンを着陸させた雫が伸びをしていると速い足音が近づいてきた。
「雫。」
声を聞いた雫が嬉しそうにそちらを向く。
「ガーディ先生。」
「早かったなあ。あんなに飛ばす空飛ぶジュータンは久しぶりに見たぞ。」
「そうですか。」
どうやらこの男性がガーディティアル先生らしい。
今の雫の飛行が見えていたのだろうか。
「先生早速ですけれど、紹介しますね。」
ティアル先生の手をしっかり握っていた雫がティアル先生を僕の方へ向かせる。
「スマスクオートマルロートさん、私のグループメートです。」
「なに雫の花婿か。」
「えっ。」
雫の手を握っていたティアル先生が僕の方へ近づいてくる。
顔が怖い。
「雫は誰の嫁にもやらん。」
「あの僕は。」
「先生違いますよー。」
慌てる僕を横目に雫がにこやかに笑って首を横に振る。
「先生さっきお電話したでしょう。彼は先生の作った種を咲かせられるかもしれない人材です。」
「本当か?」
「はい本当です。ですからスマスから離れてください。」
「おー。」
ティアル先生が僕から距離を取ってジュータンから降りた。
「先生ジュータンを片付けて伺います。どの建物にいらっしゃいますか?」
「まずはゆっくりお茶にしよう。家で待っているよ。」
「分かりました。では後程伺いますので、先に戻っていらしてください。」
「分かった。」
ティアル先生が大きく頷いて戻っていく。
「驚いた。」
「ちょっと思い込みが激しいところがあるのよ。とても頭は回るんだけど、早とちりすることが多くて。」
「あれがちょっとかい。」
「そうそう。」
雫が立ち上がる。
「さあ片付けましょう。早く行かないと戻ってくるわよ、先生。」
ジュータンをしまって僕のリュックに入れる。
「ついてきてね。」
雫の後ろに続いて敷地に入る。
「広いね。」
「そうなのよ。とっても広いの。建物も6棟くらい所有しているし、広大な畑もあるわ。」
「畑?」
「そう、研究だけじゃ生計が立てられないからって農業も兼業してるの。」
「へえ。」
しばらく歩くとひときわ白い建物が見えてきた。
「ここが先生の自宅ね。」
「大きいねえ。家族で住んでるのかい?」
雫が立ち止まって僕を見る。
悲しそうな顔だった。
「いいえ。」
ゆっくり首を振る雫の表情が浮かない。
何か理由があるのだろう。
「分かった、家族関係の話題は口にしないようにするよ。」
「よろしくね。」
雫がため息交じりに頷いて建物の入り口を開ける。
「先生、お邪魔しますねえ。」
建物の中に入ってまず天井の高さに驚いた。
「高いね。」
「天井?」
「そう。」
「先生がこだわったところなのよ。天井が高ければ高いほど背の高い植物も育ちやすいって。」
「なるほど。」
しばらく雫と喋りながら待っていたが、ティアル先生は降りてこない。
「先生2階で待ってるつもりね。行きましょうか。」
「勝手に入っていいのかい?」
「大丈夫、家の構造は知ってるから。」
2回に上がって大きな扉を開けるとティアル先生が嬉しそうに台所からこちらを見た。
「来たか。」
「玄関で声をかけたんですけど、先生降りて来られなかったので、勝手に上がってきちゃいました。ごめんなさい。」
「構わんよ。早く座りなさい。」
「はい。」
椅子が2客ずつ正面になるようにセットされたテーブルで、僕と雫が横並びに座り、ティアル先生が僕たちの正面に座る。
「紅茶が入ってるんだ。召し上がれ。」
「ありがとうございます。先生の紅茶美味しいから好きなんです。」
雫が嬉しそうにカップを手に取る。
「いただきます。」
僕も一口もらって驚いた。
「美味しいですね。」
当然だと言うふうにティアル先生が頷く。
どうやら雫には優しいが僕にはまだ警戒心があるらしい。
「先生の紅茶の入れ方にはコツや隠し味がたくさんあるの。スマスも通い詰めてマスターしないとね。」
「通い詰めるだけの腕があるのか。」
さっきまで優しかった先生の目つきが変わる。
雫が困ったように笑って話し始めた。
「いきなり本題に入るなんて、先生案外スマスのことが気になっていらっしゃるんですね。」
そういうことなのか。
今の流れだと嫌味を言われているような気がするが。
「そういう意味ではない。」
「嘘ですわ。先生本当に興味がない相手の話はしませんもの。」
そういうものなのか。
「ガーディ先生はきっと気に入ります。スマスのうわさは魔道良にいらした時に一度くらいお聞きになったことがあるでしょう。」
「スマス。」
おそらく今先生は過去の記憶を辿っている。
「いたかあ。記憶にないな。」
「あら残念です。これから仲良くなってくださいね。」
雫はティアル先生が僕を気に入るという大前提でいるらしい。
どこにそんな確信があるんだろう。
「もうこのお話に入りますか?もう少し余談というか近況報告をしていてもいいかと思ったのですが。」
ティアル先生が眉間に皺を寄せている。
どういう意味だろう。
「始めてくれ。」
「お気遣いいただきありがとうございます。そうしないと、私たちの帰りが遅くなると気にかけてくださったのでしょう。」
「あー。」
「では。」
雫が少しソーサーを奥にやって僕を見る。
「改めて本日こちらに伺った要件をお伝えしますね。お電話でもお伝えしましたが、彼はスマスクオートマルロート、私がリーダーをする魔道良5720室第40グループのグループメートです。専門の魔道は風魔法で、風魔法の使い手としてはうちの魔道良でもトップテンに確実に入れる実力を持っています。また、風魔法のみならず多種多様な魔道が使える実力者です。我がグループの特徴はセカンドフェース持ちのメンバーが過半数を占めているという点なのですが、スマスも魔道士専門学校で風魔法を柱として、スパイラルやシャインの操作についての研究をしている教授です。」
「いくつだ。」
僕のPRをすらすらとされてさすがに平常心を装うのが大変だったが、急に雫が僕を見てきた。
「いくつだっけ?」
「30だよ。」
「そう30歳です。」
雫が先生に頷く。
「30で教授になれたのか。どんな手を使ったんだ。」
「どんな手も何も純粋に研究をして発表してきただけですが。」
「嘘つけ。」
「嘘じゃないですよ。」
雫がニコニコしながら首を振る。
「そんなわけあるか。」
「あるんです。」
先生の顔がどんどん険しくなる。
「元々先生は研究所での出世は望まれていなかったでしょう。彼に八つ当たりはしないでください。」
ティアル先生がコーヒーを一気に飲み干す。
「悪かった。」
勢いのある人だ。
「全く。本題を続けても?」
「あー。」
「先ほどお伝えし多様な点から、先生が探している魔道士として彼が適任ではないかと思い、ここに連れてきました。それに彼の趣味は菜園です。一般の野菜は一通り育てたことがありますし、先生の研究概要を説明した時もとても興味深そうに聞いていましたよ。いかがでしょう?まずは少しでもスマスに研究を見せてみては。」
ティアル先生が無言で考えている。
雫は相変わらず微笑んでいる。
「いいだろう、ついてきなさい。」
「先生私も一緒に行っていいですか?」
「もちろんだ。」
空になったカップをテーブルの上に置いたまま先生がリビングを出ていく。
僕と雫も荷物を持って先生の後ろについていった。
先生に案内されたのは先生の家の隣に建つ2階建ての建物。
外壁はグレーで窓があちこちについている。
「ここが先生の研究の拠点。言うなればラボね。」
入り口は固い鉄の扉で先生がカギをいくつも開けている。
「入りなさい。」
「失礼します。」
どうやら雫は初めてではないらしい。
恐る恐る雫の後ろに続いて入ると、中は完全に研究所だった。
それにかなりレベルが高い。
「おい。」
ティアル先生がこちらを見ている。
「先生スマスです。スマス。」
「スマス。」
雫に指摘されれば言い直すらしい。
「はい。」
「こいつを咲かせてみろ。」
先生が広い作業台に鉢植えを一つ置く。
奥の戸棚に並べられた鉢植えと同じ柄だ。
「分かりました。」
作業台を挟んだ正面からティアル先生が、雫が僕の隣から見ている。
鉢植えの中はなんだろうか。
咲かせてみろと言っているから種が入っているはずだが。
僕は鉢植えの上に手を翳して目を閉じる。
何が入っているかは、土の中のスパイラルを探れば分かる。
「サーチ。」
掌からスパイラルを鉢植えに流して鉢植えの中の状態を探る。
なるほど、もこもことした土の中に光る小さな粒を感じる。
これが種だ。
「スパイラル100%の種ですね。魔道種子ですか?」
ティアル先生の顔が少し和らぐ。
「正解だ。」
「咲かせます。」
魔道種子なら咲かせるのは簡単だ。
この種子が発芽し、成長しきるまでスパイラルを注ぎ込めばいい。
僕はサーチしたまま、魔道種子にスパイラルを流し込む。
僕の与えるスパイラルに反応して魔道種子のスパイラルが活性化していく。
そろそろ目が出るはずだ。
「もう目が出た、早いわね。」
隣で雫が感心している。
でもティアル先生は眉間に皺を寄せている。
「速いな。」
先生の呟きとほぼ同時に伸び始めていた茎がぱりんと割れた。
「えっ。」
「あららー。」
ティアル先生が鼻で笑う。
「雫残念だがこいつじゃ無理だな。」
茎が割れた。
魔道種子が崩壊し、成長していたものも消滅したのだ。
つまり、僕のスパイラルの与え方が何かしら悪かったということだ。
「話は終わりだな。」
「先生まだ決めるのは早いと思いますよ。スマスだって、魔道種子を咲かせようとしたのだって初めてだったでしょうし、あと5回はトライする機会をください。」
雫がにっこり微笑むとティアル先生が困ったように首を振る。
「だがなあ。」
「魔道種子のストックがもったいないとおっしゃるなら、今ここで私が作りましょうか。」
雫が右掌を上に向けて宣言する。
「今求もう、魔道種子。」
雫の手の中心にスパイラルが集まっていく。
しばらく激しく変わっていたシルエットが徐々に落ち着いていく。
最終的に3分ほどで魔道種子が完成した。
「相変わらずいい腕だ。」
「ありがとうございます。先生にご教授いただいたことですからね。腕が鈍っているなんて言われたくありませんもの。」
雫が左手の指先にスパイラルをまとわせて種をつまみ上げる。
スパイラルで作った魔道種子は、スパイラル成分をまとわせたものでないと触れない。
スパイラルの集合度がもろいため、実際に触れると割れてしまうのだ。
「スマスもう一回。」
雫が、鉢植えの中の土を少し掘り返して魔道種子を埋める。
「さあどうぞ。」
ティアル先生は何も言わない。
やはり雫のすることには甘いらしい。
ともかく雫がくれたチャンスだ。
頑張ろう。
右手をもう一度鉢植えに翳す。
さっきどうして魔道種子が消滅したかが分かっていないから、工夫のしようもないのだが。
原因は何だったのだろう。
スパイラルの成分は限りなく近づけている。
誤差があるとすれば+-5%以内だ。
流し込むスパイラルの量も魔道種子のストレージに収まる量を与えていた。
何がいけなかったのだろう。
右手から流し込むスパイラルの質や量はさっきと変える気はしない。
となると、速さか。
雫がちらっと僕の方を見る。
視線に気づいて雫を見返すと何か言いたそうにこちらを見ている。
何も言わないのはティアル先生に気を使ってのことだろう。
ここでヒントをもらうこともできるが、そんなことしようものならティアル先生から怒鳴られそうだ。
「雫大丈夫だよ。」
僕はスパイラルを流し続ける。
魔道種子が許容できるスパイラル量に気を付けながら、魔道種子が適合するスパイラル成分から大きくずれないように気を付けながら、速さもいろいろ調節しながらやってみた。
「いい感じね。」
雫の言う通り次はいい感じだ。
長く伸びた茎から葉が茂り、てっぺんでは小さな蕾が膨らみ始めている。
良かった、あと少しだ。
でも今度はここで割れた。
「やはりな、何度やっても同じことだ。」
「そんなことありません。一回でこれだけ進歩したのですからすごいでしょう。」
「今の魔道種子は雫のスパイラルで作ったものだ。他の魔道種子に比べてスパイラルの適合に負担がかからなかったからここまでできただけだろう。さっきの種子に戻したらまた振り出しに戻ると思うがな。」
「そうかもしれませんが、そもそもなことを言うと、何の知識も与えず突然咲かせてみろなんていう先生の課題もむちゃくちゃなんですよ。」
それはまったくその通りだと思う。
でも2回やってもまだ理由がぴんときていないのは気持ち悪い。
雫がため息をついた。
「お手本見せてあげたらどうですか?それこそ1回見ただけでスマスは再現できるようになりますよ、きっと。」
雫、雫のそれも無茶ぶりだ。
もし1回見て真似られなかったら、今度こそおしまいだ。
「1回で覚えられるのか。」
ティアル先生にまっすぐ見られて僕は慌てて雫を見る。
「覚えますよ。念のため言っておきますが、覚えることとできるようになることは別口ですからね。」
ナイスホローだ。
「最初から逃げ道を与えるようではまだまだだな。」
「何がまだまだなのか分かりませんよ。さあ、見せてあげてください。」
ティアル先生がため息をついて後ろの引き出しから鉢植えを一つ取り出す。
「一度しか見せんからな。しっかり見ておけ。」
「はい。」
ティアル先生が鉢植えの上に右手を翳す。
みるみるうちに芽が出て、茎が伸び、葉を付け、蕾が膨らみ、花が咲いた。
かかった時間はわずか1分ほど。
「以上だ。」
「分かった?」
雫が僕の隣で首をかしげる。
これは分かったと言っていいのだろうか。
「分かったかどうかは分からないけど、僕のやり方がとても雑だったことは分かったよ。」
分かったことと言ったらこれくらいだ。
先生のスパイラルは+-5%なんていうものではない。
誤差なんてきっと少数単位のものだ。
それに流し込むスパイラルもずっと一定量だった。
小川のように一定の量を一定の速さで止まることなく与えられ続けていた。
今僕はとてもきめ細やかなケアを目の当たりにしている。
「先生の腕はトップクラスよ。育てる対象に対する愛情を深く持って、対象を十分に成長させるためのケアを忘れない。何より、知識として知っているケアを確実に行える腕がある。知っていてもできない、望むクオリティーで提供できないなんてよくあることでしょう。」
僕は頷く。
それはよく分かるところだ。
「ちなみに雫がやるとどうなるんだい?」
「私?」
雫がティアル先生を見る。
先生が頷くと雫は勝手に引き出しから鉢植えを一つ持ってきた。
「私がやるとねえ。」
雫が右手を翳し、左手を鉢植えに沿える。
僕や先生のやり方と少し違う。
雫が目を閉じると雫の両手からスパイラルが注がれる。
僕のスパイラルの緑でもなく、ティアル先生が流し込んだオレンジのスパイラルでもない、太陽のような優しく輝く白っぽいスパイラルが鉢植え事包んでいる。
芽が出て茎が伸び、葉を付けて・・・。
ティアル先生より時間をかけて5分後、雫も魔道種子から花を咲かせた。
小さい白っぽい花があちこちについている。
「できたー。」
「どういうやり方なんだい?」
雫が魔道でできた白い花にそっと触れながら答えてくれた。
「先生やスマスのやり方は魔道種子に直接スパイラルを与える方法でしょ。でも、私がやってるのは鉢植えの土をスパイラルで満たしてそこから魔道種子に間接的にスパイラルが与えられる方法。普通の植物はこうやって育つじゃない。土の栄養を吸収して成長する。私にはそっちのやり方の方が合ってるの。」
なるほど咲かせ方にもいろいろあるらしい。
「さあ、あとはスマスが回数をこなして咲かせられるようにならないとね。ちなみに、これはまだただの魔道種子だから、さっき話してた先生の研究してる種とは別物よ。むしろその種に行くための前段階。頑張ってね。」
ここから僕の修業が始まって、すっかり魔道種子や魔道を使った農業の魅力に魅入られた僕は、暇さえあればティアル先生のところに通い詰めるようになったのだ。
ティアル先生からガーディと下の名前で呼べるほど先生と仲良くなれたのもそれから半年くらい経った後。
雫の繋いでくれた縁はずっと続いている。




