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実家の雫(6)

6

 茶事の間を出ると、使用人が一人雫の前に出てきた。

「白羽さんがどこにいるかご存じですか?春宮様から白羽さんを迎えに行くようご指示を受けたのですが、連れて行っていただけますか?」

冷静な声で雫が尋ねる。

「畏まりました。ご案内いたします。」

無表情な使用人に雫がついていく。

(私が迎えに行かなくたって時間になれば自分から戻ってきてくれるでしょうけど。)

「白羽様は只今白羽様専用の応接室でお休みになっておられます。春宮様からのご指示があったとしても、白羽様が入室の許可を出されなければ、我々は雫様をお通しすることができませんので、予めご承知おきください。」

「はい、分かりました。」

(応接室にいるってことは、最初から私が迎えに来るって分かってたのかしら?)

静かで広くしんとした別荘の中を歩いて行く。

今も昔も怖いと思ってしまう別荘の中を雫が使用人について歩いて行く。

(会ったら二人で何を離そう。そういえば、お兄様と二人きりでお話するのなんてお正月以来かもしれないわね。そういえば、春宮様は私がお兄様から完全に離れたら、お兄様の気持ちは行き場を無くしてお兄様の精神状態はより不安定になるって言ってたけど。)

考え事をしている間に白羽専用の応接室に着いた。

扉の前に控えていた白羽直属の使用人が雫に一礼する。

「春宮様より白羽さんをお迎えに行くよう仰せつかりましたので参りました。」

「少々お待ちくださいませ。」

扉越しに使用人が白羽に確認を取ると白羽の小さな声が返ってきた。

「通してあげて。」

使用人が雫に向き直る。

「お入りください。」

「ありがとうございます。」

雫が扉の前に立ちスリーノックをする。

「白羽さん雫です。お迎えに参りました。お加減はいかがですか?」

「雫入っておいで?」

雫がドアノブに手をかける。

「開けますね。」

「どうぞ。」

雫がノブを捻って扉を開ける。

部屋の奥には一通りの応接セットとその奥に大きな窓、部屋の左奥には大きなベットがある。

室内では、窓の両サイドの壁に掛けられたランプが淡く光っているだけだった。

白羽は、ソファーの上で寝そべっていて、机の上にはポットにカップ、それから小さな錠剤の残りかすが置いてある。

雫が中に入り扉を閉めた。

「迎えに来なくても時間になれば戻ったのに。」

白羽はソファーの背もたれの方に顔を向けている。

「はい分かっていましたよ。それでも心配になって様子を伺いに来たのです。お邪魔でしたでしょうか?」

雫が話しながら白羽の横になるソファーに近づいて行く。

「邪魔じゃないよ。迷惑でもないさ。」

「それを聞いて安心いたしました。」

雫が立ち止まったのは、白羽の頭もと。

白羽は相変わらず背もたれの方を向いている。

(すねてるのかなあ?違う、落ち込んでる。嫌になってる?)

「お兄様?」

「雫。」

「はい。」

雫が首を傾げて呼んでみると、白羽は雫を呼び返した。

「傍に来てくれるかな?」

「はい。」

雫がゆっくりその場にしゃがむ。

藍色のドレスが足元に拡がった。

雫は、左手を自分の体に沿わせ、右手を伸ばし白羽の頭に触れる。

ゆっくり触れてそのまま白羽の髪の毛を撫でる。

「こちらを向いてはくださらないのですか?」

「嫌だ。」

「畏まりました。」

雫は白羽の頭を撫で続ける。

「おとぎ話なら逆なのになあ。」

「とおっしゃいますと?」

「部屋に閉じこもってしまったお姫様が、王子様に背中を向けていると、王子様は後ろからお姫様を抱きしめて優しく頭を撫でるんだ。」

「そして?」

「耳元で囁くんだよ。大丈夫だって、大丈夫だから一緒にここを出ようって。」

雫が微笑む。

(そういえば久しぶりかも。懐かしい。)

「素敵なおとぎ話ですね。ですが、こういうおとぎ話もあると思いますよ。」

「どういうの?」

「お聞きになりたいですか?」

「うん。」

「ではこちらを向いていただけますか?」

白羽がすんなり雫の方を向いた。

雫は、頭を撫でていた右手を白羽の肩に持って行く。

眠ろうとしている子供に昔話を聞かせるように話し始めた。

「あるところにとても心優しく他者の気持ちや体を大切にする王子様がいました。そして、王子様にはとてもとても大切で愛おしい一人の妹がいました。その妹はとても活発でよくお城を抜け出しては、王女としての仕事を兄の王子様に押し付けていました。ですが、王子様は、そんな妹を責めるどころか、妹がもっともっとお城の外の世界を知って深い知見を得られるよう応援してくれていたのです。ある日、妹想いな王子様は、お城の仕事を妹の代わりにすべてやりました。日々多忙な妹に少しでも体と心を休める時間をあげたいと思ったからです。ですが、幼い妹は王子様の優しさに気づかず、自分の仕事を勝手にやってしまった王子様をひどく責めました。自分の仕事に責任と誇りを持っていた妹は、それを傷つけられたように思えたのです。そして何より、自分は自分に与えられた仕事をちゃんとできると王子様に信じていてほしかったのです。王子様はひどく傷つきました。自分の優しさがかえって妹を傷つけてしまったなんてと。王子様は孤独と自分への罪の意識にかられ、誰も入ることのできない自分の部屋に鍵をかけて閉じこもってしまいました。王子様が部屋に閉じこもってしまってから、妹は自分の行いの愚かさを痛感し、王子様の部屋を尋ねました。扉越しに妹は自分の行いを謝罪し、王子様の許しを請いました。するとどうでしょう。王子様は妹を全く責めていなかったのです。責められていると思い込んでいた妹は拍子抜けでした。王子様は、自分の考えの至らなさを責めていたのです。王子様の本心を知った妹は扉を何度も叩いて言いました。お兄様は何も悪くない、私はお兄様が大好きで、お兄様が自分に向けてくれるたくさんの優しさの数々をすべて分かっていると。妹の言葉に王子様は硬く閉ざした部屋の扉を開けました。そして妹は王子様をしっかり抱きしめて言ったのです。」

雫が一度話すのをやめてゆっくり白羽を抱きしめた。

雫の顔の下に白羽の頭が収まっている。

「ありがとうございます、お兄様。いつもわたくしの心の拠り所になってくださって。ありがとうございます、お兄様。いつもわたくしのためにたくさんの仕事をしてくださって。ありがとうございます、お兄様。いつも私が外の世界を自由に飛び回ることができるよう、遠くから見守っていてくださって。ありがとうございます、お兄様。お兄様のすべてにわたくしは感謝しております。ですからどうかご自分を責めるのはおやめくださいと。それから王子様は再び元気を取り戻し、二人はいつまでも仲睦まじい兄妹として幸せに暮らしたそうです。めでたしめでたし。」

雫がゆっくり腕を離した。

白羽の顔がとても穏やかで優しい表情になっている。

「いかがでしたか?わたくしの知っているおとぎ話は気に行っていただけましたでしょうか?最もわたくしこのおとぎ話は本当の物語だと思っているのですが。まるでわたくしたちのようでしょう。」

「そうだね、本当にそうだ。」

「やはりお兄様もそう思ってくださるのですね。嬉しいです。」

白羽がゆっくり体を起こし雫に右手を差し伸べる。

雫が反射的に白羽の手を取ると、白羽がひゅっと手を引いた。

釣られて雫の体が前のめりになる。

バランスを崩した雫の体を白羽が抱き留めた。

ソファーに座っていた白羽は今、ジュータンの上に座っている。

「ありがとう雫。」

「いいえ、おとぎ話でないおとぎ話なら、私はいくらでもお兄様に語り掛けますよ。私が傍にいるときにお兄様の心が物語を欲するのなら、私はいくらでも物語を紡ぎましょう。」

雫も白羽を抱きしめる。

「ありがとう、もういいよ。」

白羽がそっと雫を離す。

「さあ帰ろうか、叔母様が首を長くしてお待ちだろうし。」

「ええ。」

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