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実家の雫(5)

5

 今から始まる世代代表者会議、これを説明するためにはまず木漏れ日の家の世代制度を説明しなければならない。

木漏れ日の家ではある歳を境に6年刻みで生まれてきた、あるいは結婚や養子縁組で木漏れ日の家に入ってきたメンバーを分けていく。

木漏れ日の家で生れた子供は、その生まれた時の世代の子供になり、結婚して木漏れ日の家に入ってきた人は、その人が生れた年の世代に入る。

時間の経過とともにそれぞれの世代の人たちが、平均していろいろな人生の節目を迎え、それぞれの世代の年齢によってその世代が抱える問題が変わる。

それが木漏れ日の世代制度だ。

雫が所属しているのは1997年4月1日から2003年3月31日生れの人たちが所属する世代だ。

そして木漏れ日家では家束として「その世代の名前に、世代の中で最も党首候補比率保持者ランキングの上位ランクにいる男女一人ずつの名前を付けること」と定められている。

雫が所属する1997年から2003年の世代の中で最も党首候補比率保持者トータルランキング上位にいるのが、木漏れ日雫と木漏れ日白羽だから、「雫・白羽の世代」と呼ばれている。

白羽は生まれてからずっと、雫は12歳の秋からずっと世代代表の名前になっている。

世代代表というのは、ただたんに名前が使われるだけではない。

それに相応しいだけの大量の仕事がある。

まず、自分が代表を務める世代の人間のことは一通り頭に入れているし、自分の世代の前後の世代の状況、木漏れ日家全体の状況、他のロイヤルブラットの動向から世界情勢まで幅広く把握している。

持っている情報量が尋常ではないのだ。

次に、木漏れ日の各儀式には、世代代表がその世代を代表して出席することが多い。

家庭行事を簡単にはさぼれないのだ。

更に、自分の世代の人間が関係する諸々の手続きへの確認も必須の仕事である。

進学、就職、結婚、出産、勘当。

木漏れ日家の家束で申請や諸手続きが定められている事柄はすべて世代代表が一度は把握するし、その中でも結婚や出産勘当といった重要なものは党首も把握する。

つまるところ、世代代表は、自分が代表する世代のメンバーのほぼすべてを把握していなければならないということである。

そして、月に一度だいたい27日の夜に行われる「雫・白羽の世代代表者会議」は、雫と白羽、それから木漏れ日家当主の春宮が3人で世代内の状況を共有し、問題自校の話し合いをするための会議だ。

本格的な会議が70%と雑談を交えた近況報告が30%くらいである。

 「雫今回の会議用にまとめたリストは見てくれていないよね?」

白羽が優しい笑顔から表情を変えずに雫に尋ねる。

「申し訳ありません。」

(忘れてた。森崎も忘れてたなんてどうして。)

白羽がくすくす笑う。

「謝らないで。最初から渡していなかったんだよ、森崎さんにもね。」

「えっ。」

「だって森崎さんに渡したら、雫忙しいのに絶対に一読しないといけなくなるだろう。」

白羽の言葉を聞き終えた一瞬、雫の顔が曇った。

(悔しいなあ。なんというかどっちつかずというか。)

「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、書類に目を通す必要があれば、その時間を逆算して帰ってまいりますし、それもわたくしの大切な仕事だと心得ております。どうぞ、今後はそのようなお気遣い無用に願います。」

静かで丁寧な言葉の裏で、雫は歯を食いしばりたかった。

「白羽逆に謝らせてどうするん。こんだけ長い付き合いやのに、そんなことも分からへんの。」

「叔母様。」

「雫はな、自分が関わることで逆にうちらに迷惑かけてる方が、自分がのけ者扱いされてるようで辛いんよ。どんなに忙しくても自分に与えられた役割をきちんとこなしたいと思てるんよ。」

「ですがそれでは雫の体が持ちませんよ。」

「それは雫が自分の意志で選んだことへのそれ相応の付けや。それもちゃんと払えへんねやったら、最初から責任取れへんことしたらあかんてうちは怒るよ。」

「あの。」

「いいではありませんか。書類の一つや二つ目を通していなくても、雫なら十分話についてこれます。何ならここで1分も資料に目を通せば一通り把握できますよ。」

「お待ちください。」

「だからてあんまり雑多にしたら他の派閥がうるさなるよ。今回は小さなことやからええけど、似たようなこともっと公的なところでやったら、波風立つ。」

「そんなことは言われるまでもなく分かっていますよ。」

「お二人とも。」

雫が声を上げた。

隣にいた白羽がびくりと固まり、春宮がため息をつく。

(どうしよう。どうやって諫めればいいか分からない。こんなの久しぶりだから。)

春宮と白羽が口喧嘩をすることは珍しくない。

ただ、今回のようにお互い感情むき出しでもめることはめったにない。

(やっぱり二人とも疲れてるんだ。それと、お兄様がそんな気の使い方をするなんてどうして。私も冷静にならないと。)

しばらく沈黙が流れた。

「堪忍なあ。」

最初に口を開いたのは春宮だった。

「ついな。」

そこで言葉が終わる。

(つい何ですか。)

雫は、喉元まで湧き上がってきた疑問を飲み込んだ。

(いや今伝えるべきことはこれじゃない。)

「いえ、春宮様がお謝りになることではございません。春宮様のおっしゃる通りでございます。世代代表たるもの、その立場に課せられた責任と公務を全うすべきでありながら、最近は特にお兄様お一人に任せきりになっておりました。反省いたします。」

雫が丁寧に一礼する。

「雫。」

頭を下げた雫の背中に白羽が手を乗せる。

まだ白羽の感情は高ぶったままだ。

「お兄様。」

頭を上げた雫が姿勢事白羽の方に向ける。

(分析しろ。否定されることが本当にお嫌いだから、春宮様に自分のした気遣いが否定されていら立ってる。あとは、私もその気遣いをいらないと拒んだから、悲しかった。たぶん、合ってるはず。)

「お兄様。」

雫がもう一度白羽を呼んで、自分の膝の上で握りしめていた白羽の右手を両手で握る。

「先ほどは心無い言葉をお掛けし、申し訳ありませんでした。もっとお兄様のお気持ちを考えるべきでした。お兄様のしてくださったお気遣いを知った時、雫は悔しかったのです。自分が情けなくなったのです。その気持ちでいっぱいになってしまって、あんなことを。お兄様はただわたくしのことを心配してくださっているだけでしたのに。申し訳ありませんでした。今後はもっともっと上手になりますから、頑張りますから、今しばらくわたくしと一緒に世代代表の仕事をしていただけますか?」

白羽の目からすーっと力が抜けていく。

(よかった、これで取り合えず落ち着いた。)

「済まなかったね。分かっていたはずなんだ。けど、何か特別なことをしてあげたくなった。」

「はい分かっております、お兄様。」

白羽が雫にもたれかかるように体制を崩す。

雫は白羽を受け止めてゆっくり背中をさすった。

「まだ始まってもないけど、少し休憩しよか。その調子やと会議どころの話しやないしな。」

「賛成です。」

雫が白羽をゆっくりソファーにもたれさせる。

「では20分後の22時半から出よろしいですか?」

「ええよ、白羽。」

「それでは僕はいったん頭を冷やしてきます。」

「そうしそうし。うちは雫とお喋りしてるさかい。」

白羽は春宮に答えず茶事の間を出て行った。

 室内が急にしんとする。

雫がドレスを直して長いため息をつく。

「疲れた。」

「ポーカーフェースが相変わらず下手やなあ。」

「誰のせいですか。」

雫が両手で顔を覆う正面で春宮が苦々しく笑う。

「悪気はなかったんよ。あの子のした気遣いにも、うちのした白羽への指摘にも。」

「分かっています。それより、お兄様の状態は悪化しているようですが。」

「せやねえ、「心」の状態が不安定になるとどうしてもなあ。昔からそこは変わらへんねんけど、歳重ねるにつれてどんどん波が大きくなってるなあ。昔は大人になったら落ち着く思てたんやけど。」

雫が春宮を見つめる。

「責めてる?」

「いえ、責めてなんておりません。わたくしにとってもとても大切な方ですから。わたくしも春宮様と同じように、お兄様のことをせつなく思いますし、誰よりお兄様ご自身が悲しまれているだろうなと思いまして。」

「雫はうちより責任感じてほしいなあ。そもそもの元凶は雫なわけやし。」

雫が立ち上がる。

(なんてね、ちょっとふざけてみよう。)

「どこ行くん?」

「迎えに行ってきます。責任取って。」

「白羽を?」

「はい。そういうことでしょう。責任取るって。」

春宮が両手をひらひらさせてため息をつく。

「悪かった、悪かったです。本気でゆうてへんからそんな怒らんといて。あんたに責任はなんもないし悪いのは全部あの子です。」

雫が少し微笑む。

「怒ってなんていませんよ。大丈夫です。」

雫が優しい表情に戻る。

「純粋に心配なんですよ。それとも、わたくしがこうしてお兄様を追いかけるのは、かえってお兄様を苦しめてしまうのでしょうか。」

雫がソファーに座り直す。

「お兄様離れできていないのはわたくしの方かもしれませんね。外に出ているときは、外の人たちと交友関係を持ちますが、結局本当に疲れた時に頼り・縋るのはお兄様なのですから。こんな中途半端な気持ちでは、お兄様に顔向けできませんね。」

雫にとってこれは切実で重大な問題の一つだった。

「妹が兄を心のよりどころにするんはなんもおかしくないと思うで。それに、雫には十六夜さんがいるやろう。」

雫が露骨に嫌そうな顔をする。

(せっかく真面目なこと言ったのに、そんなにあっさり言い切りますか。そうですか。)

「念のため申し上げますが、十六夜は恋人ではありません。付き合いが長くなってきた異性の友人です。」

「ほんまに?」

「はい。」

春宮が雫の顔をじーっと見る。

雫も見つめ返す。

「そうか。」

「ええ。」

春宮がソファーに深く座り直した。

「話が逸れたけど。」

「はい。」

(どこまで戻るんだろう。)

「白羽をあんたが兄として縋るんはなんも悪くないよ。それにあんたがほんまに白羽から離れて行ってしもたら、白羽の気持ちはそれこそ行き場を失って。」

春宮がゆっくり口を閉じた。

「どこへ向かうか分からない不安定なものになってしまいますか?」

雫が春宮の言葉を引き継いで静かに口にした。

「せやね。」

雫が一度頷いた。

「畏まりました。今後とも親しくさせていただきます。」

(取り合えずよし。)

雫がもう一度立ち上がる。

「行ってきます。閉じこもった王子様を迎えに行ってきます。」

「よろしゅうな。」

「はい。」

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