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実家の雫(4)

4

 茶事の間は、春宮様が誰かと会う時に使う部屋の一つで、特に大切な話し合いをするときに使う部屋だ。

室内は茶色の家具で統一された洋間で、私が中に入ると、奥のソファーで春宮様が寝そべっていた。

飾り気のない赤のロングドレスに魔道石をあしらったアクセサリーが輝いている。

相変わらずの美しさだ。

「久しーなあ。」

「大変ご無沙汰いたしております。」

ご無沙汰しておりますと言っても1か月くらいしか経っていなかったのだけど。

私が室内に入ると、外から扉が閉められた。

こういうことをされると、もう逃げられないような気がして一瞬ビクッとするのは昔からで、慣れようとするのはもう諦めた。

私は姿勢を正し深く一礼する。

いつものご挨拶をまだしていない。

「春宮様ご挨拶申し上げます。」

「ごきげんよう雫。」

なぜ、「一部の例外を除き、木漏れ日本邸の敷地内で木漏れ日の人間同士が顔を合わせた際はいついかなる時も「ごきげんよう。」という挨拶をすること。」という家束があるのに、私が春宮様にごきげんようと言わなかったかと言うと、その一部の例外に当たる一人が春宮様だからだ。

木漏れ日の家の中には、明確な順位が存在する。

それは党首候補比率保持者トータルランキングに始まり、家族内の明確な力関係にまで至る。

春宮様にごきげんようなんて言えるのは、指折り数えるくらいの人だけだ。

「今着いたとこか?」

「そうですね、9時過ぎに到着しました。」

「今日もお仕事やったんか?」

「いえ。」

「ならなんで今日の会食会来うへんかったん?雫があんまり表に出て来うへんから、みんな寂しがってるで。」

「わたくしなどいてもいなくても大したことはありませんわ。春宮様が出席されれば皆さんお喜びになりますもの。」

「そういうことやなくて。」

「失礼いたしました。本日は専門学校で授業がありました。」

「相変わらずいろいろやってるなあ。そこで木雪にあげられるようなスパイ見つけたん?」

「はい。」

「なるほどなあ。」

いつもと変わらないある意味とげとげした会話は、私と春宮様がお互いにお互いの心身の状態を確認するためにしているような話だ。

でも今日はいつもより抑揚が間延びしている。

もしかして、少し酔っているのだろうか。

普段お酒なんて絶対に飲まないのに。

でも今はそれより優先すべきことがある。

私は春宮様と向かい合うようにセッティングされたソファーに座るもう一人に視線を向ける。

さっきから私を振り返ろうとしないのだ。

前会ったときはまだ私が何も言わなくても振り返ってくれたのだけど。

「白羽さんごきげんよう。」

私が声をかけると、白羽さんがゆっくりこちらを振り返った。

やはり顔色が前より悪い。

「ごきげんよう雫。二人の時はなんて呼ぶように言ったかな?」

顔色は悪いけど話し方はいつもと一緒だ。

それでも声は疲れている。

「白羽、二人やないよー。うちがいる。」

「叔母様はいちいち気に留められたりしないでしょう。」

「せやけどなあ。」

しまった。

つい分析に夢中になっていた。

「春宮様がお許しくださるのであれば、お兄様と呼ばせていただきますが。」

優しい声で、木漏れ日の家にいる時の私が使う高くて優しい声で私が首を傾げると、春宮様がため息をついた。

「ええよ、好きにしい。」

「それでは。改めましてお兄様ごきげんよう。」

「ごきげんよう雫。」

「お兄様少しお疲れのご様子ですが、お体の調子はいかがですか。」

「大丈夫だよ。さっきまで人に囲まれていたから、疲れているだけさ。」

確かによく見れば、会食会用のスーツを着ている。

お兄様のパーティー用の真っ白なタキシードスーツだ。

大人数の環境が大嫌いなお兄様がわざわざ出席したということは、よほど大切な式だったのだろう。

いやそういう疲労感ではない気がする。

もっと重要で張りつめた何かを終えた後の疲労感な気がする。

これはそうだ。

「着かぬことをお尋ねしますが、お二人とも今日表の会食会にはあまりご出席されていないのではありませんか?」

春宮様が私を見つめる。

鋭い視線ではない。

面白い物を見るように私を見ている。

「その質問に至った根拠は?」

「春宮様がお酒をお召になられていることと、お兄様がただの会食会ではありえないほどお疲れになっていらっしゃる点です。」

春宮様がお兄様を見る。

「正解か?」

「正解ですね。」

「せやて。」

春宮様が面白そうに笑う。

「雫とにかく掛けたら?」

「はい失礼いたします。」

今の質問への答えは正解でいいようだ。

私はソファーの前に回って、お兄様の隣に座った。

「藍色のドレスよく似合っているよ。」

「ありがとうございます。」

「雫はさっき自分なんて会食会に行かなくていいと言っていたけれど、僕は雫のパーティー用の装いが好きだよ。また見たいな。」

「でしたら、何かの席にわたくしをお呼びになる時に、どうぞそのようにお申し付けください。お兄様からのご要望であれば、最大限お答えいたします。」

優しく微笑み返せば、お兄様は満足そうに頷いてくれた。

これも私とお兄様の間の距離的なやり取りだ。

「二人に話されると話がいつまでたっても進まんわ。さっさと始めよか。」

「最初から雫は春宮様が話を進めるのを待っていたと思いますよ。」

「せやの?」

「はい。」

「それは堪忍なあ。雫の言ってた通りさっきまで大事な話し合いしてたさかいちょっと疲れててなあ、ついだらだらしてしもたわ。白羽、雫のグラスにお水注いだって。」

「いえ、自分で。」

「いいよ、僕が注ぎたいんだから。」

春宮様がソファーに座り直し、お兄様が私のグラスにお水を淹れる。

「ありがとうございます。」

いつも通りと言えば、いつも通りなんだけど、なんかこう居心地が悪い。

なぜだろう。

私が私自身を責めているのだろうか。

どこか後ろめたい気持ちがあるのだろうか。

木漏れ日の公務より魔道良での仕事を優先している自分に。

「雫。」

「はい。」

「どうかしたのかい?」

「いえ何でもございません。」

お兄様に慌てて頭を振って私は春宮様を見る。

だめだ、今はこっちに集中しないと。

ポーカーフェース、ポーカーフェース。

「ほな始めよか、雫・白羽の世代代表者会議を。」

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