レークと雫の三者面談(7)
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舞薔薇先生に案内されて入った教室にレークがいた。
こちらを見てわけのわからない顔をしている。
しばらく私の顔を見てレークもぱっと席を立った。
「これはいったいどういうことでしょうか?レークには9時からの授業があるはずですが。」
「そんなことはどうでもいいのです。9時から始まる3時間目に出席しても出席しなくてもアラバーさんの学力は同じでしょう。この学力であるにもかかわらず本人が授業を受けに来ないことに対して、一度わたくしと木漏れ日さんの3人で話したほうがいいと担任であるわたくしが判断いたしましたので、このような場を設けさせていただきました。」
舞薔薇先生が扉から数歩部屋の中に踏み込んできて私を教室の中に入れる。
私はとっさの判断でレークのほうへと歩き出した。
教室の木の床を私のヒールが強く打ち付ける。
グループリーダーとしてレークのことは必ず守るという意思を改めて持つために敢えてヒールを高く打ち鳴らした。
私はレークの隣に立ち舞薔薇先生をにらみながら話す。
「お言葉ですが納得できませんね。」
「はっ?!」
私はレークの方を見た。
「レーク?」
「あっ。」
「こうなることを事前に聞いていた?」
「いや、何も聞かされねえままこの教室に連れてこられて待ってろって言われてただけだ。」
私は溜息をついた。
「本人の了承も得ず、生徒の大切な授業の時間を奪ってまでこの面談をする必要があるでしょうか?」
私は舞薔薇先生をじっと見る。
「何もおっしゃらないのですね。これ以上は時間の無駄だと思いますのでレークを教室に連れて行きます。」
「いけません。」
「この面談が、授業よりも大切なものだとおっしゃいますか?」
「わたくしにはいつも木漏れ日さんがしていることを正し、アラバーさんを学業に専念させる義務があります。この面談はこの第一歩なのです。」
舞薔薇先生の目には一方的な主張を突き通そうとする色が伺えた。
さっきまでの冷静な顔は消え、いつもの感情的な目つきになっている。
舞薔薇先生は意思や信念の強い先生だ。
だが、論理的思考回路が欠けている。
少しでも自分の主張より筋の通ったことを言われるとすぐ感情的になってしまう。
自分を勝る論理に対する不安を感情論でぶつけに来るのだ。
ここで私が感情的になってはいけない。
私はできる限り冷静さを保とうと心がけた。
「わたくしはできる限りレークを学校に行かせようとしています。それに、本人も最大限に努力をし時間を確保してここにきています。」
「それであの成績であるのなら、今以上に学園へ来る必要があると思いますが。」
舞薔薇先生の低く、冷たく、大きな声は教室いっぱいに響く。
舞薔薇先生は相手を委縮させる力があるのかと思うほどの威圧感を言葉と声に乗せてくる。
魔道師が自分の言葉にさまざまな感情の魔道を掛けてコミュニケーションをしたり、敵と戦ったりすることはある。
しかし舞薔薇先生は魔道師ではない。
それなのに、これだけの威圧感を自分の言葉に乗せられるということはすごいことだった。
感心している場合ではないのだが、ある意味感心してしまう。
(いけない。)
私は我に返ってレークを見た。
横でレークが俯いている。
「だいたいあんな悲惨な成績でよく魔道良での仕事を続けられますね。私には木漏れ日さんの気が知れません。それに、自分が学生である以上学業にもっと精を出すべきだとアラバーさんは気づかないのですか?」
レークが握りこぶしを作るのが視界に入り、私はレークを見て心で唱えた。
(だめよ。)
エスパー魔法を飛ばしてレークの脳に伝える。
(金縛りを掛けてあげようか。それでレークが暴力に訴えずにすむのなら。)
レークが歯を食いしばって小さく頷いた。
舞薔薇先生の視界にはこの光景は入っていない。
(悪い、自分の身体なのにコントロールが利きそうにねえ。)
(分かったわ。ちゃんと伝えてくれてありがとう。少しの辛抱だからね。)
私は舞薔薇先生に見えないように左手の親指をレークの方へ向けた。
(制御魔法、金縛り。)
心で魔法を唱えた。
一瞬青っぽい光がレークを包んだのを私は確認した。
これでレークは動かないし話さない。
自分の言葉遣いや態度が軽率であることを一番理解しているのはレーク自身だ。
最近は、そういう自分のことをコントロールすることが課題であり、練習真っ最中だ。
レークは練習を十分頑張っている。
しかし、頑張ってもできないことは当然ある。
だからこそ、自分でコントロールができないとレークが判断した時は、雫がレークの身体の自由を一時的に制するのだ。
「何もおっしゃらないのですか?」
舞薔薇先生が私を見る。
「蔑んだ目ですね。」
「ええ。」
「残念です。」
「何がでしょう?」
私はレークから舞薔薇先生に視線を戻した。
金縛りをかけたことでレークが暴れる可能性は無くなった。
これで舞薔薇先生に集中することができる。
「魔道良専門学校の経営理念を暗唱できますか?」
「はっ?」
「魔道良専門学校は一般の公立校や私立校とは様々な点で異なります。そもそも魔道良専門学校がなぜできたのか、舞薔薇先生はご存じですか?」
「過去を知り何になりますか?今はそんなことどうでもいいのです。」
「お答えください。今後の議論に関わることです。」
私は少しきつい口調で舞薔薇先生にもう一度言った。
ようやく舞薔薇先生がしぶしぶというふうに話し始める。
「魔道良専門学校は魔道に特化し、将来が約束されたエリートたちを育てる場所です。」
私はすぐに首を振る。
「その意見も一理ありますが、魔道良専門学校にはもっと大きな意味がありますよ。」
ここでふっと私の力が抜けた。
力が抜けたというか、さっきまでの意識的な冷静さを保とうとしていた感覚から、素手冷静になれるという感覚に変わったのだ。
「魔道良専門学校は魔道良で働く学生年齢の魔道師たちが、魔道良での任務と並行して学業に取り組み、学位を取得するための場所です。一般の学校だと、単位不足や出席不足でなかなか進級することができません。魔道良で仕事をしていると毎日学校に通えるわけではないので、思春期の学生たちにとって人間関係の構築は難しいものです。更に、魔道良での任務に対して理解のない教師にたまたま巡り合うかもしれません。そうなった時、魔道良で働く生徒が心無い言葉をかけられるかもしれません。ここはこんなことを気にせず魔道良での仕事に専念しながら、学業を深める学び舎なのです。これは魔道良専門学校の理念の一つになっています。つまり、この学園の生徒が魔道良に所属していても何も問題はないのです。それに、そのような生徒がいた場合、担任にはその生徒が学業を継続できるよう魔道良やグループリーダー、なにより学生自身と対話を重ね生徒のことを理解したうえで対応することが義務付けられています。あなたはそれを怠慢し、レークを魔道良から遠ざけようとしているのです。これ以上は魔道良に所属し、レークアラバーを監督するグループリーダーとしてこのようなことを放任することはできません。」
私はポケットからスマホを取り出した。
ロック画面に上手からの連絡が表示されている。
内容はにこちゃんマーク一つだ。
私はふっと一息ついて、舞薔薇先生の顔を見た。
先生の顔がどんどん険しくなっていく。
「このような強行的な事態を先に作られたのは先生です。」
私の持つスマホに舞薔薇先生が愕然とする。
なんとなく察しがついたのだろう。
「それは。」
「今の会話はすべて高等部主事松原先生に筒抜けになっていましたよ。」
私は廊下の奥を指差した。
そこには、壁にもたれかかりながらこちらを険しい顔で見る松原先生の姿があった。
「松原先生。」
舞薔薇先生がふらふらと後ろに後ずさりする。
松原先生はここ、魔道良専門学校201号高等部部主事の先生だ。
もともと気難しい性格であまり笑わないが、筋の通ったことは曲げないし、生徒のことをしっかり観察する優れた先生だ。
その分怒らせると果てしなく怖いし、身内に対しても容赦のない対応をする。
「残念ですよ。まさかこのような思想の教師がいたとは。やはり、定期的な面接だけでは教師の価値観を把握することは難しいのでしょう。早急に改善策を検討しなければなりませんな。」
松原先生がこちらに来る。
「この度の不祥事を心よりお詫び申し上げます。改めて謝罪文、今回の一軒に関する賠償に関する書類、再発防止策に関する検討結果を専門学校として魔道良にお送りいたします。」
「ぜひそうしてください。それから、事が落ち着き次第アラバーに対する謝罪も求めます。今後の学生生活に支障をきたさぬよう精神的なケアにもご協力いただきたいですし、クラス内でのいじめなどにも十分ご配慮ください。」
「承知いたしました。」
「今日の一件は一グループリーダーである私のもとで納められるものではないと考えております。魔道良全体に今回の一軒が広まるよう、しかるべき対応をこちらも取らせていただきます。」
「承知いたしました。」
松原先生が深く私に一礼した。
後ろで舞薔薇先生が小刻みに震えている。
「どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。」
私も松原先生に深く一礼した。
「それではレークを教室まで送ってもよろしいですか?」
「はい。」
私はレークの肩に手を置いた。
(ほどけたわよ。)
エスパー魔法でレークに声をかける。
レークがゆっくり顔を上げて前に立つ二人の教師の顔を見た。
「改めて謝罪する機会をいただくつもりではいるが、今ここで謝らせてほしい。舞薔薇先生への心無いアラバー君への対応はけっして許されるものではない。高等部の教師を代表し深く謝罪する。」
レークの方を向いて松原先生が深く一礼した。
「何か言いたいことはないの?」
「ない。」
「そう。」
私はレークの背中に手を当てて前に進んだ。
「それではご連絡お待ちしております。」
私は松原先生に声を飛ばすように言って先に進んだ。




