実家の雫(1)
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カバンと紙袋を持って雫が南棟の一般車両ターミナルに着くと、見慣れた色とシルエットの車から森崎が出てきた。
「雫様、お疲れ様でございます。」
「Miraの家の前に車停めても良かったと思うけど。」
雫が、森崎の開けたドアから後部席に乗り込んでシートベルトを締める。
「Miraさんの家からここまで歩いて3分ほどではありませんか。」
「いやそういうことではなくて。」
(わざわざ言わなくても森崎分かってるでしょうに。まあ改めて言うことでもないか。)
「森崎お土産。」
雫が隣の席に置いている紙袋を軽く持ち上げる。
ターミナルから一般道に出た車は土曜の夜のMYを走って行く。
「どうなさったのですか?」
「さっきMiraの家でカレーパーティーしてたの。そのお菓子を来てたメンバーで分けてもらってきたの。余りものじゃないわよ。森崎も食べないかなあって思って。」
雫の席から森崎の顔ははっきり見えない。
車の中があまり明るくないからだ。
(お気遣い恐れ入ります。後程美味しくいただきますね。」
「うん。」
雫が仕事用のスマホを立ち上げる。
「森崎話さないといけないことがいろいろあるんだけど、Miraに連絡したいからちょっと待っててね。」
「畏まりました。」
静かな車内で雫が黙々とメッセージを入力する。
(今日はご馳走様でした。カレーもサラダも全部美味しかった!シーナたちの送りまで任せてごめんなさい。今週末中に食費の領収書ちゃんと上手に送っておくようにね。)
スマホをカバンにしまって雫が窓を見る。
木漏れ日本邸は「ティルフォニ」にあって、ティルフォニはMYの南南東に位置する町だ。
「森崎あとどのくらいで着く?」
「ナビの到着予定時刻は21時です。」
「ならそれまでに話してしまおうかしら。構わない?」
「はい。」
(えっと。)
「まず昼間に送ったメールの件は確認できてるわよね?」
「はい、「木雪」様に連絡済みです。既に動かれています。」
「了解。何か具体的なお話は聞いてる?」
「この件に関して直接お話をされたいそうです。具体的な事実確認をしたいと。」
「木雪さんが私に?」
「はい。」
「ただ事じゃないみたいね。」
雫の呟きに森崎が沈黙で答える。
(分からないってことか。)
「分かったわ。今日?明日?」
「まだ決まっておりません。」
「なら今夜と明日のスケジュールは森崎に全部任せるからいいようにして。」
「畏まりました。わたくしから木雪様に関係したお話を続けてもよろしいでしょうか?」
「ええ。」
「「雪子」様も雫様に直接お話があるそうです。」
雫の表情が硬くなる。
「何に関するお話かは伺ってる?」
「「緋偉螺疑」様に関することだと伺っております。」
「そう。」
雫が何も言わないでいると、森崎が口を開いた。
「いかがなさいますか?」
「もちろん伺うわ。本当にお2人にはお世話になりっぱなしね。」
「雫様も情報提供をなさっているわけですから、そこまでアンフェアな関係になっていないと思いますが。」
「そうは言えないわ。お父様のことを調べてもらう代わりに、私が認識したスパイについての情報を全面的に提供してるんだから。どうやったって私の方が立場は下よ。2人よりランクが上だから、2人とも露骨に態度に出さないけど。」
「ランキングは下でも雫様より年上ですしね。」
雫がしばらく口に手を当てていた。
「雪子さんに関するお話は終わり?」
「はい。」
「なら続けるわよ。昨日私が森崎に預けたデータだけど。」
「大きな不備はありませんでしたので、フォーマットを整えて既に渡してあります。」
「ありがとう。さっきも少し話したけど、今夜と明日の予定はどうなってる?」
「今夜本邸に到着後、春宮様と面会いただきます。さきほど聞いたお話だと、世代代表会議を開かれたいそうです。」
「それじゃあ。」
「はい、「白羽」様もおいでになると思われます。」
雫が目を細める。
「雫様。」
「遮っちゃったわね。続けて。」
「はい、今夜はそれで終わりです。本日は自室でお休みいただく予定です。」
「ええ。」
「明日ですが、水香様が。」
「ストップ。」
「一緒に朝食を摂りたいと仰せです。」
雫の待ったを完全に無視して森崎が言い切った。
「森崎。」
露骨に機嫌の悪そうな声を出す雫に森崎は顔色一つ変えない。
「朝食後、9時から会議にご出席いただいて、遅くとも14時には終わる予定です。そのあと、雪子様をはじめとした雫様との面会を希望されている方々とお話いただき、終了次第ご自宅までお送りいたします。」
雫がため息をついた。
「月に1度しか帰って来られない雫様にも責任はありますので、我慢してください。」
「何を吹き込んだの?」
雫の機嫌はまだ悪い。
「なんのことでしょう?」
「お母様に何を言ったの?今のお母様は自分から私に会いたいなんて言い出さないわ。」
森崎が黙る。
雫がまた長いため息をついた。
「私だって会いたくないわけじゃないのよ。」
雫の声が少し震えている。
「念のため言っておきますが、わたくしは水香様に何も申しておりません。」
「分かってるわよそんなこと。」
「失礼いたしました。」
「謝ってほしいわけじゃない。」
雫が長いため息をついて、手で顔を覆った。
「派閥のすべてを森崎に見張ってろなんて言わないわ。もちろん、「蓮華」にも言わない。そろそろ本格的に静養を考えていただきたいんだけど。」
「無理でしょうね。どんなにお心が弱っていらしても、自分は本邸に住まうべき人間だという確固たる自覚は一度たりとも揺らいだことが無いようにお見受けします。」
「よねえ。」
「良かったではありませんか。過程はどうあれお会いすることになって。」
「全然良くないから。」
雫が座席に深くもたれるように座る。
「これで終わりでいい?特にないなら少し寝るから。」
「畏まりました。」
雫は森崎の返事の途中から目をつむってしまった。
(一度寝て感情をリセットしないとやってられない。)




