今日の終わりに(8月26日)(7)
7
廊下に大きな足音が響く。
レークが歩いている音だ。
レークが無言でカバンを漁りカードキーを取り出す。
カードを機械に翳すと扉がすうっと開いた。
レークが無言で入って行く。
「誰かいんのか。」
奥の部屋に明かりがついていた。
レークが左手をグーにして廊下を歩いて行く。
レークが扉を開けようとしたとき、仲から扉が開けられた。
「おかえり。」
「おお!」
レークが勢いで一歩後ずさる。
「なんだよ!」
「それはこっちのセリフだ。そんなに驚くことないだろ。」
レークより先にレークの家に帰って来ていたのは雅だった。
「てかなんでいんだよ。」
レークが雅をどけて部屋に入る。
「おまえが2日連続で欠席したからだ。」
「よくやることだろ。」
レークがソファーにカバンを投げる。
「来月は期末試験が多いんだ。課題のレポートもかなりある。担任が舞薔薇先生じゃなくなったとはいえ、学校の規則が変わるわけじゃない。そろそろ計画的にやり始めないとまた月終わりになって付けが回ってくるぞ。毎回やってることなんだからそろそろ学習しろ。」
「うるせえなあ。」
レークが台所の戸棚を開ける。
「台所何もなかったぞ。」
「はっ!」
レークが雅を睨む。
「食ったのか?」
「違うよ、僕が来た時には何もなかった。」
「なわけあるか。一昨日はここにカップラーメンが。」
切れ気味だったレークが口を閉じた。
「自分で食べてたんだろ?」
レークが雅から目を逸らす。
「取りあえず謝ってくれるか。在りもしない疑いを勝手に掛けられたあげく、勝手に切れられたんだが。」
「悪い。」
レークが軽く頭を下げて部屋に戻ってきた。
「くそ、何か買って帰ってくればよかった。」
「そんなことだと思ったよ。」
雅がカバンを開けてビニール袋を取り出す。
「なんだよそれ。」
「見て見ろ。」
雅がふっとビニール袋をレークに投げる。
それを受け取ったレークが嬉しそうな顔をした。
「何回おまえの家に来てると思ってるんだ。おまえの家に来てちゃんとした食べ物があったことはなかなかないんだよ。」
レークが鼻で笑って袋をテーブルに置く。
「一緒に食べるからな。」
「これ1人前じゃないのかよ。」
「当然だ。」
レークが袋から発泡スチロールのタッパーを取り出す。
タッパーには、海苔巻きが3本入っていた。
「仲良く1本半ずつだな。ただしだ。」
レークがタッパーから目を話した一瞬を突いて、雅がそれを自分の方へ引き寄せる。
「なんだよ。」
レークが怪訝そうな顔をする。
「これから一緒に昨日と今日の授業内容を勉強することが条件な。」
「めんどくせえな。」
「海苔巻きと勉強どっちを取るんだ。」
レークが嫌そうな顔をする。
「海苔巻き。」
それを聞いた雅の口角が上がった。
「いいだろう。」
雅がタッパーをテーブルの中央に置く。
「早く食おう。」
レークが嬉しそうにタッパーを開ける。
「にしてもよ、なんで海苔巻きだったんだ?」
「えっ、安かったからだな。」
雅が平然と答える。
「さっさと食べてとっとと終わらせるぞ。今日は22時までに帰りたいんだ。」
「何かあるのか?」
「俺が俺の勉強をしたいんだ。」
「おまえくらい毎日真面目にやってりゃ、1日2日さぼっても問題ないだろう。」
「そうかもしれないが、それは俺が嫌なんだ。」
「へえ。」
簡単な夕食を終えると、雅がカバンからノートや教科書を次々取り出した。
「さあ、やるぞ。」
「へいへい。」
タッパーを捨てたレークが学校用のカバンを取ってテーブルに戻ってくる。
「めんどくせえなあ。」
「海苔巻き代は勉強しろ。」
雅が最初に手に取ったのは数学だった。
20時半前、雅が伸びをした。
その正面でレークが突っ伏している。
「分かったか?」
「俺が分かると思うか?」
「分かると思うんだけどな。」
レークがぐだぐだと体を起こしノートを見る。
「因数分解とか別にできなくても生きて行けんだろ。」
「それはそうだが、因数分解ができないとこの科目の単位が取れない。この科目は必修だから単位が取れないと卒業できない。ひいてはおまえの人生設計が狂うぞ。」
夕食を食べ終えてからの約70分、雅は数学1教科しか教えていない。
「疲れた。」
「俺も疲れたよ。本当に数学が嫌いなんだな。」
「大っ嫌いだ。」
「科学系の科目は得意なのにな。」
「物による。」
「というと?」
「科学系の科目でも魔道に関係のあるやつはまだ分かりやすいんだよ。」
「普通の学生の逆だな。僕たちのクラスの大半は、魔道科学の科目が嫌いだ。」
「なんでだよ、あんなに分かりやすいのに。」
「それはおまえが実際に魔道をかなり使って実体験を積んでるからだ。」
「ふーん。」
レークがぼうっとする横で雅が次の教科書を出す。
「ほら次の科目行くぞ。」
「いやちょっと待て。」
レークが立ち上がった。
「なんだよ、逃げるのか?」
「そんな言い方すんなよ。ちょっと飲み物と摘まめるもん買ってくる。なんか食べながらじゃないとこれ以上は無理。」
「はいはい。」
雅は無理やり引き留めなかった。
「10分以内に帰って来いよ。」
「分かってる、エントランスの自販機で買って来るだけだ。」
レークが部屋を出て行った。
雅はスマートフォンを手に取って何かを見ている。
21時半、雅が大きな伸びをした。
「今日はこのくらいにしておこう。」
雅の前でレークが露骨に疲れた顔をしている。
「やっと終わった。」
机にはさっきまでチキンが入っていた紙袋と空のペットボトルが数本。
「1日までに残りの科目のノート移すのと課題やって来いよ。」
「おまえはノート見なくていいのかよ。」
「問題ない。全部スマホに撮ってある。」
「ならその写真を俺によこせよ。」
「写真を送ったら勉強しないだろ。書き写すことにそれなりの意味があるんだよ。」
レークが小さく舌打ちをした。
「ほとんど勉強時間なんて作れないんだから、ちょっとの時間でも学習効果が出るように勉強方法を工夫しないと今度の期末本当に落とされるぞ。」
「へいへい。」
雅がカバンを肩に掛ける。
「そういえば、ノーエルどうだったんだ?」
「普通。」
「他に言いようがあるだろう。」
「どうせ知ってんだろ。」
「まあなネットニュースで流れてきたよ。あれやっぱりおまえらだったのか?」
「あー。」
「すごいな、古代モンスターの蘇りと戦闘なんて俺には想像もできないよ。」
「現場に出れば嫌でも分かる。」
「そうか。」
雅が扉の方へ歩いて行く。
「またな。」
「おー。」
レークは雅を見送らなかった。




