今日の終わりに(8月26日(2)
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「只今帰りました。」
誰もいないと分かっていても念のため挨拶をしながらドアを開ける。
Miraが家に入る時の決まり事だ。
Miraが数歩玄関に入ると自動で玄関、廊下、奥の部屋の電気がつく。
「只今帰りました。」
Miraがダイヤモンドでできた人形に手を当てて目を閉じる。
「今日も疲れましたよ。」
Miraの肩には仕事で使ったカバンとは別にビニール袋が掛かっていた。
魔道良から寮に戻ってくる前に、スーパーに寄ったようだ。
Miraが靴を脱いで奥の部屋に向かう。
「あー、昨日帰って来てないから、昨日の朝以来になるのね。一晩空けただけだし、こんなのよくあることなのに、なんだかほっとする。」
Miraがソファーにカバンとビニール袋を置いて洗面台に向かう。
「あっ。」
数歩進んでソファーに戻ってきた。
「先にハンドソープを詰め替えてしまおう。」
Miraがビニール袋の中をしばらく探してハンドソープを見つける。
「エコバックを持って行くのを忘れたのは痛かったけど、一回帰って来ると出たくなくなるのよね。」
外ではいつどこで誰に対してもやめることのないMiraの敬語も、家に帰るとかなり緩むようだ。
「よし。」
ハンドソープを詰め替えて、手洗いうがいを済ませる。
「お風呂を沸かして、食事の準備をして。」
Miraがぶつぶつ言いながら家の中をあちこちへ行ったり来たりする。
浴槽を軽く洗って、お湯はりのスイッチを押す。
「お風呂を沸かします。」
「お願いします。」
Miraが少し笑った。
「お風呂のアナウンスにまで返事をしてしまったらだめね。」
浴室を出たMiraは、ソファーに置いてあるビニール袋を台所に持って行き、冷蔵庫や棚に食材を入れていく。
「明日と明後日の分の食材を買ってきたつもりですが、足りるかしら。まあ足りなかったらまた買いに行けばいいか。どちらにせよ、この休みの間にピギには行くつもりだし。」
ビニール袋を3角形に折りたたんで箱にしまったら、玄関のところに行ってトランクを開ける。
ノーエルに持って行った荷物だ。
「今夜洗濯機を回したいから、お風呂の残り湯を使おうかな。」
ノーエルの荷物をまとめ終えたころ、お風呂が沸いた。
「さて入りましょうか。」
家に帰ってきてから一度も座ることなく動き続けていたMiraが足を止めた。
浴室の扉が閉まって20分後、Miraが洗面台から出てきた。
外に出ているときと違って髪の毛を降ろしている。
服もいつもよりゆったりとした服だ。
「洗濯機を回して。」
今日着ていた服とノーエルの洗濯物を一緒に洗濯機に入れて、スイッチを入れる。
「さて夕食にしましょうか。」
Miraが台所に行こうと下時だった。
Miraのスマホが着信音を鳴らした。
「あっ。」
Miraがソファーに置いたカバンの中からスマホを取り出す。
時刻はもうすぐ21時。
「咲さん。」
Miraが電話を取る。
「はい。」
「もしもしこんばんは。」
「こんばんは。」
「急な電話でごめんね。忙しかったかな?」
「いえ大丈夫です。どうしましたか?」
「いや、特別用事があったわけじゃないんだけど、今日ノーエルから帰って来るって言ってたから。」
Miraが少し笑ってソファーに座る。
「連絡ありがとうございます。」
「気にしないで、僕がMiraの声を聴きたかっただけだから。迷惑じゃなかったかな?」
「全然、私も咲さんと話せて嬉しいです。」
「今何してたの?」
「お風呂上がったところでした。ナイスタイミングでしたよ。後5分早かったら出れませんでした。」
「それは良かったよ。」
「驚きました。まだ出張中でしょ。お電話してて大丈夫なんですか。」
「うん、今ちょうど飛行機を待ってるんだ。悪天候で乗る飛行機がまだ到着していなくてね。」
「じゃあ今空港ですか。」
「そうだよ、滑走路が目の前に広がってる。」
「あれ、出張は次の木曜日までって言ってませんでしたか?」
「そのつもりだったんだけどね、思いのほか早く片付いたんだ。」
「お疲れさまでした。でも、どうして飛行機で?飛んで帰って来ることだってできたでしょう。」
「確かに飛んで帰れるけどそれじゃ時間がかかるからね。Mira、今週末はお休みだって言ってたね。28日はまだ空いているかな。」
「えっと。」
Miraがスマホを耳から離してスケジュールを確認する。
「はい、買い物に行くかもしれませんが、それ以外には何もありません。」
「よかった、それなら急いで帰るから会えないかな?」
「もしかしてそのために?」
「そうだよ、せっかく二人の休みが重なったんだ。」
Miraの顔がどんどん綻んでいく。
「はい、会いましょう。楽しみにしています。」
「僕もだよ。細かいことはまた後で。飛行機が着いたみたいだ。」
「分かりました。気を付けて帰ってきてくださいね。」
「うん、Miraもゆっくり休んで、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
電話を切ってMiraがソファーにもたれかかる。
「いつぶりかしら、お互い忙しかったから。」
Miraはしばらく余韻に浸っていた。




