魔道良2205室ポリス業務部ポリス業務向上課ポリス担当魔道市職員指導室チーフ木漏れ日雫(5)
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室内では15人の社員が席に着いていた。
男女比は女性7人に男性8人だ。
(空気澱んでるなあ。)
一人の男性社員がふっと感じる。
この辺りはC班のデスクが並んでいて、各自好きなことをやっていた。
「腹減ったなあ。」
「なんで帰れねえんだよ。」
「教官の挨拶とか明日でいいだろ、明日で。」
「残業だしな。」
「残業手当出るしいいじゃないの。スマホ触ってても給料もらえるんだよ。」
社員たちの談笑がしばらく続いた後だった。
扉が開いて一園が顔を見せる。
そこで談笑はぴたりと止まった。
社員がへなへなと起立する。
そして社員たちが一園の後ろに続いて入ってきた雫と目を合わせた。
一瞬目を合わせてすぐに視線を逸らす社員たちを雫がじっと見つめた。
「では木漏れ日さんお願いします。」
社員たちの正面まで一園に付いて行き、雫はそこで立ち止まった。
「ありがとうございます。」
一園が部屋の後ろの方へ歩いて行く。
(あれリーダー帰らないんだ。)
(何よ一緒に聞くつもり。)
雫は社員たちを正面に見る。
社員たちの視線の動きや意識の向きを探っていた。
(リーダーの動きがそんなに気になるんだ。)
雫が数歩動く。
その時足にテーブルが当たり音がした。
社員たちが一斉にこちらを見る。
「失礼しました。」
(よかった。こっちに意識が戻ってきた。)
雫が会釈をしてすぐに口を開く。
「大変長らくお待たせいたしました。」
雫の声は冷静そのものだった。
「それではまず自己紹介をさせていただきます。魔道良2205室ポリス業務部ポリス業務向上課ポリス担当魔道市職員指導室チーフ木漏れ日雫です。今回皆さんの勤務改善指導の教官に着任いたしました。どうぞよろしくお願いいたします。」
雫が数秒頭を下げてゆっくり顔を上げた。
社員はぴくりとして動かない。
(反抗しているという決意表明。いやそういうわけではなさそうか。でもなんというか、空気がこう。)
「どうぞお掛けください。」
雫の指示で社員がへにゃへにゃと座り直す。
「皆さんとの面識はほとんどないと思います。」
雫がC班の社員の顔を一人ずつ見ていく。
「何名か私の授業を取っていただいたり、一緒のグループで仕事をしたりしていますが、私がわかる限り5名くらいでしょうか。」
(全く反応がない。相槌なり表情なりで返してくれてもいいのに。ため息がつきたい。)
「ではそろそろ本題へ入りましょうか。」
社員の顔が露骨に曇った。
(罪悪感というか悪いことをしたという自覚はあるのかな。若干4名ぐらいは表情変わってないけど。)
「今回皆さんが勤務改善指導を受けないといけなくなった理由はお分かりですか。」
誰も答えない。
「あんまり黙っていらっしゃると、直接指名をしますよ。」
「MSHMTを使ったから。」
雫から見て右側の誰かが言った。
「そうですね。それも一つの理由です。他には?」
沈黙が続く。
「それだけだとお考えですか。」
雫が聞き続ける。
数十秒の沈黙が流れた。
「そうですか、よく分かりました。」
(冷静に、ここで怒っちゃいけない。まだこの人たちのことを十分に理解し切れてないんだから。)
「ところで皆さん、今後のポリス業務活動は一時停止になっていますか。」
「はい。」
誰かが小さく答えた。
「そうですか、それは大変ですね。26グループの勤務内容の9割はポリス業務だったと記憶しています。このまま一時停止処分が解かれないと、皆さん仕事がありませんよ。」
職員たちの表情がみるみる変わって行く。
(煽りたいわけじゃないんだけど、煽ってることになるかもしれないな。ええい、ここまでやったなら、もう一押し。)
「いいんですか、違う職種に変わるということもできますが、それもなかなか大変ですよ。何より皆さんがこれまでに培ってきた基調で有益な経験がすべて無駄になりかねない。」
「うるせえなあ。」
(あ。切れた。)
雫から見て左の列の一番後ろに座る男性の職員が机をたたいて立ち上がった。
「そんなこと分かってるよ。」
「ではお聞かせください。なんで今自分たちがこういう状況に置かれているのか。」
雫は声色を変えない。
決して怒鳴らない。
「MSHMTを使うのがそんなにだめかよ。」
さっき切れた職員が手を握りしめる。
「そりゃリーダーとかおまえみたいに実力のある魔道士はいいよ。機械に頼らなくたって自力で何でもできるだろ。でも俺らは違うんだよ。自分の魔道士としての能力だけじゃやっていけねえんだよ。だから機械も使うし、グッツも使う。それの何が悪いんだよ。結局リーダーもおまえも自分より力のない俺たちのことなんて分かるわけねえんだよ。そんなやつに教わることなんて何もねえ。」
(あーそうか、そうなのか。この班の子たちは委縮しすぎてるんだ。自分に自信がないんだ。)
他の社員は表情一つ変えず、抗議をすることも共感することもない。
「お名前を教えていただけますか。」
怒鳴り散らした男性の職員が雫を睨む。
「きちんと名前を呼んでお話をしたいんです。」
「「裏梯」。」
「裏梯さん、分かりました。裏梯さん、私は別にMSHMTを絶対に使うななんて言いませんよ。人間の英知と知識と科学が集まって作り上げられた近代の魔道支援器具の数々は、その性能もさることながら非常に実践に向いていると私は考えています。むしろ、こういった機械に頼る者は魔道のできない魔道士で、要求されたクオリティーですべての魔道を使用できる魔道士こそが優秀だという価値観は古いと思っています。」
「でもさっき。」
「ただしです。」
裏梯を雫がしっかり見る。
「今回のハプニングの内容でMSHMTを使うことがはたして適切だったのか、そもそもMSHMTの使い方ははたして正しかったのか、ノーエルでMSHMTを使うということは何を意味していたのか、そういうことをこれから一緒に勉強して考えていきましょう。それに私は、皆さん自身の魔道士としての能力も向上させたいと思っていますよ。大丈夫です、魔道に限界はありません。向上させたいと思い、それを行動に移す限り、魔道の能力は飛躍し続けます。心配なら、信じられないと言うのなら、私が保証します。私が教官として皆さんに指導をする期間に、皆さんの魔道士としての能力を上げましょう。」
裏梯が急に黙る。
他の社員の表情も目の輝き方も変わった。
「さて私はまだ皆さんに質問をしていますよ。答えを待っているのですが。MSHMTを使ったこと以外で勤務改善指導を受けないといけなくなった理由、他に思いつくものは。」
「私たちの仕事が雑だった。」
「具体的には。」
今答えた女性社員が顔を曇らせる。
「皆さんはお分かりのはずですよ。」
(一回爆発すれば、後は大丈夫。後は落ち着かせるだけ。)
「最後の確認。」
「さすがですね、その通り。知識として分かっていても、いざそういった状態になると思うようにできないなんて誰にでもあることですが、その確立を下げることはできます。しっかりお勉強して、たくさん実践的な講習を行いましょう。」
社員たちが嫌そうな顔をする。
(だめだ、笑いそう。みんな経験済みだもんね。あの嫌になるような膨大な知識の叩き込みも、毎日へとへとになるまでやる実践研修も。)
雫が笑うのを堪えて話を続ける。
「さてここまでを私の挨拶とさせていただいて、ここからは事務的なことを何点かお伝えしますね。まず今回のミスに対する罰則ですが、内容の決定は私に一任されています。どうするかまだ決められていないので、決まり次第皆さんにお伝えするようにしますね。次に、勤務改善指導の終了条件ですが、私から合格をもぎ取ることです。指導プログラム一回で合格になれば良し、それが無理で2回目3回目と繰り返すようなら別途研修量の増加や内容の変更などの措置をガイドラインに沿って行います。最後に。」
雫が後ろに座る一園を見た。
「ご存じとは思いますが、二桁ナンバーのグループリーダーは、グループメートと一緒に罰則を受ける決まりになっています。また、この指導も半分以上の時間を皆さんと一緒に受けていただきます。皆さんの指導中の態度や結果が著しく悪い場合、一園さんがリーダーから一時的あるいは永久に外されるということも十分にあり得ます。一園さんのために頑張ってほしいなんて言いませんけど、少しは意識して。」
「別に関係ねえし。」
(あれ?ここに何かある。)
「そうですか、関係ないんですか。驚きました。一園さんには私も昔から大変お世話になっていますが、とても面倒見が良くて私たちのことを親身になってリードしてくださる方です。それなのに皆さんはどうでもいいと。」
「木漏れ日教官。」
口を開いたのは一園だった。
一園は静かに首を振る。
(そうですか、止めるんですか。)
「大変失礼いたしました。」
雫が改めて社員を見る。
「話が逸れましたね、すみませんでした。事務連絡は以上です。新しく決まったことがあれば、できるだけ早く皆さんにお伝えします。では今日最後に皆さんに書いていただきたいことがあります。皆さんお手持ちの古紙でもメモ用紙でもいいので、紙と筆記用具を出してください。一園リーダーもぜひ。」
社員たちが首を傾げ、仕方なくというふうに紙とペンを取り出す。
「ありがとうございます。今から皆さんに書いていただきたいことというのは、この指導で学習したいこと、改めて学び直したいこと、気になっていたけれどプライドが邪魔をして人に聞けなかったことなど、皆さんが勉強したいことです。できるだけ取り入れて行こうと思っています。そうそう、それから。」
雫の表情がここで緩んだ。
「安心してください。皆さんの教官は私です。勤務改善指導教官は初めてですが、それ以外の指導ならかなりいろいろやっています。何が言いたいかというと。」
雫がゆっくり表情を整えた。
「私はここにいる誰一人として不合格にはさせません。楽しみにしていてくださいね。」




