ノーエルからの帰還(5)
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「雫。」
東棟のエントランスに入ると、Miraがすぐに雫を見つけた。
「何かありましたか。」
雫の顔を見たMiraが顔を曇らせる。
「トニーさんに会ったわ。」
「えっ。」
「私もびっくりよ。」
「大丈夫だったんですか。」
「うーん、何とかね。」
雫が歩き出すのに合わせてMiraもついていく。
「トニーさんは確か海外に出張中ではありませんでしたか。」
「そうなんだけど、最近戻って来てたみたいよ。」
「チコから聞いていなかったのですか。」
「ええ、チコが私たちにトニーさんのことを話すと思う。」
「確かにそうですね。」
2人でエレベーターに乗って20階のボタンを押す。
ノーエル担当局は何度かオフィスを移転して、今は東棟の20階に落ち着いている。
「何もなければいいですが。」
「いやあ、あんまりいらっときてつい言い返しちゃったのよ。理路整然。」
「何をしているんですか。」
「すみません。」
もう夜も遅いのでエレベーターにはほとんど人が乗っていなかった。
「何も言って来なければいいですが。」
「うん。」
雫がポケットに入れたスマホに手を当てる。
「どうしました。」
「うーん、メールが来たっぽいから。」
雫がスマホのロック画面を見る。
「シーナからだわ。オフォーンの預かり許可降りたみたい。」
「よかったです。しばらくは入院ですか。」
「そうみたいよ。」
雫がメールを読み進める。
「このオフォーンの預かり責任者はシーナになるみたいね。」
「大丈夫なんですか。」
「うーん、まだ未成年だけど向こうがいいって言ったならいいんじゃない。」
Miraが眉間に皺を寄せる。
それに気づいた雫が言葉を付け足した。
「後で確認しておくわ。」
「お願いします。」
「はーい。」
東棟20階2011室の扉の横の壁に魔道良2205室ノーエル担当局と書かれたプレートが埋め込まれている。
白いプレートに黒い文字で書かれていて、周りには自然をイメージさせる草や花が描かれていた。
雫が入り口の前で腕時計を見た。
「もう19時過ぎか、すっかり遅くなっちゃった。」
「そうですね。」
ガラス張りの扉の向こうではまだ数名の職員が仕事をしていた。
ここは常勤シフトしかない部所だから、おそらく残業中なのだ。
「いいですか。」
「はーい。」
Miraがスリーノックをして扉を開けた。
「失礼します。」
「あーお疲れ様です。」
部屋の一番奥のデスクに座っていた神町がぱっと立って2人の方へ歩いて来る。
「わざわざお越しいただいて申し訳ありません。」
「いえこちらこそずいぶん遅くなりました。」
Miraと雫が一緒に頭を下げる。
「いいえ、今日中にお話が聞けるだけで十分です。」
神町が2人を椅子に促す。
「失礼します。」
雫とMiraが横並びに座り、テーブルを挟んだ正面に神町が座る。
「何時ごろに戻って来られたんですか。」
「18時過ぎぐらいだったと思います。」
雫がMiraに視線を送るとMiraが頷いた。
「本当にさっきだったんですか。」
「ええ。」
3人の間に沈黙が流れる。
「そろそろ本題に入りましょうか。」
「そうですね。」
Miraの一言で3人が姿勢を正す。
さっきからちょっと変な空気が漂っているのは3人とも疲れているからだろう。
「今回の詳細な報告は後程Miraからさせていただきます。まずは今回ノーエル担当局並びに神町さんに確認を取らず、いろいろと行動してしまい申し訳ありませんでした。」
雫が座った状態で深く頭を下げ、それに合わせてMiraも頭を下げる。
「いえ結果的にレッドネックを浄化していただいたわけですし、ノーエルへの被害も最小限に留めてくださったと九道さんから報告を受けています。こちらとしてはいつも通り詳細な報告をいただければそれで構いません。」
神町の優しい顔に雫が表情を緩める。
「問題は26グループのC班なんですよね。」
「やはりこれ以上の業務は難しいですか。」
雫が難しい顔になる。
「そうですね。ノーエルの皆さんが顔を覚えていますし、C班の人たちがやったことはノーエルの人にとっては到底許せることではありませんから。」
雫もMiraも頷く。
「雫そろそろ。」
「あー。」
Miraの声掛けで腕時計を見た雫が慌てて立ち上がる。
「神町さんすみません。このあとMEMCに行かないといけなくて。この後のことはMiraに任せます。」
「なるほど、わかりました。今度雫さんもゆっくりお話に来てくださいね。三つ子ちゃんのこともゆっくりお聞きしたいですし。」
「もちろんです。」
雫がカバンを肩に掛けてMiraを見る。
「私は神町さんへの報告が終わったら、帰りますね。」
「うんお疲れさま。あと少しよろしくね。」
「はい、雫も頑張ってください。」
Miraと神町さんに会釈をして雫はノーエル担当局を出て行った。




