八話 揺れる心。
まだ導入なんですよね、これ。そうなんですよ。お楽しみいただければ幸いです。
「やっと静かになったな」
嵐のように怒涛の一日だった。
今日だけで出入りした人の数は三人。
マティとマヤリカと、あとーーー
「結局何だったんだ、あの女」
ーーー発作を起こし倒れ伏していた俺を介抱してくれた女。
初めて見る顔、とても綺麗でどこか懐かしく……
「ええいやめだやめだ」
俺はあいつらとは違う。見てくれでものを判断するような愚者ではない。
関わりの深い異性の中で一番年が近かったのはマヤリカだった。
でもマヤリカはもうみそ……考えかけて思考を強制停止する。フェミニストというわけではないが女性に年齢の話題を上げるのは失礼というもの。
「松木……よく生きてたな……」
地面にめり込んだ松木の像なんて浮かんでいない。
それはさておき、
「同年代か?」
かなり若かった。そして、俺が知っている同年代とは雰囲気が全然違っていたから少し戸惑った。
パソコンを立ち上げ、今日の戦闘データを取り込みつつ考える。
どうも最近落ち着きがないと自省する。
それもこれも一週間前、あれを見てから。
普段は使われていない部屋に大人が三人、沢山の管がつながったそれを囲っておりーーー
「いや、忘れよう」
その時零れかけた禁句と共に記憶を奥へと押しやる。
世界はどうしようもなく醜い。それはこことて例外じゃないんだ。
無造作にハッピーヤーンをとりだし口に放り込む。
今も昔も変わらぬ味。
「ワンボックス追加で注文しておくか」
ロード中の画面に二窓を開きカートにいれる。リーンと清涼な音が鳴った。
ついでにあの女のことも調べてみるか。
「初めて見る顔だったから、組織の新しい加入者…はないな。とすると患者か」
だがしかし、普通の患者が俺のいる階にいるはずがない。十中八九訳アリだろう。
「問題は白か黒かだが、個人としては白だろうが判断材料が欠けているだけになんとも……これで、よしと」
患者のデータベース。
本来超々重要事項で簡単に閲覧できるものではないがここのセキュリティを預かる権限、そもそも他の誰かがロックをかけたところで破れないものではない。
年齢を10~20で性別女性、としたところ最初よりかは候補が絞られた。
だがまだ多い。
更新が新しい順に並び変えて探してみるもそれらしいものは見つからない。
別に興味本位だが、見つけようとしたものが見つからないと躍起になってしまうのは仕方のないことだろう。
他になにか条件は、と模索しつつ部屋を見渡したところ床におちた弾、マヤリカを弾きとばした峰内弾に目がいった。
「そうだ。狙撃の時の映像を立ち上げ……あった。これと、データベースの画像の一致率をーーーこれか?」
データベース、一致率が最も高いもの。
映る写真は先程見た女の幼少期だろうか。
『白崎律』
これがあの女、いや彼女の名前なのか。
データベースに乗っている情報、身体的なものは伏目にしつつ経歴を確認する。
平凡な家庭の生まれで、両親はすでに他界。
その事実が心に大きな波紋を生んだ。
「そっか、お前も大変なんだな」
これは決して同情じゃない。
同情が、欲しいわけではない。
やはり冷静さを欠いていたのか。この時の俺は当たり障りのない内容に違和感を感じないまま鵜呑みにしてしまった。
「白崎律」
その名前を口にすると僅かに水面が揺らいだ。
動揺。
食べかけのハッピーヤーンが潰れ粉を吹く。粉は幾らか空中へと溶け込んでゆく。
きっと戸惑ったのは、彼女が同年代と違っていたからではなく。
『ウイカは本当にハッピーヤーンが好きね。あんまり食べ過ぎると虫歯になっちゃうわよー』
そう言って微笑みかけるあの人。
とびっきりなの美人、というわけではないけど間違いなく俺の中で一番素敵な女性。
その人に似ていたからなのだろう。
それでもまだ足りてないように感じているのは俺が未熟だからだろう。
ロード完了の通知に、画面に目を落とす。
データベースに映る少女とマヤリカを撃ったときに映った、一致率の解析に用いた彼女。
俺は彼女に何を見ているのだろうか。
「お母さん……」
もう一袋、ハッピーヤーンを口に詰め込みーーー
「っげっほげっほ」
ーーーむせた。
「っくしゅん!」
「あら風邪?やっぱり先にシャワー浴びた方が良くないかしら」
「頂きます」
マヤリカさんの部屋に招かれ、大人の女性の部屋ということに私は身を固くしていた。
そんな私にマヤリカさんは優しく話しかけてくれる。
手に持った珈琲も部屋に入ってすぐマヤリカさんが淹れてくれたものだ。
曰く、急造でごめんなさいねとのこと。
温かな珈琲を啜りホッと一息つく。
全身の力が抜け、重心が変化。ズルっと視界が回りかけーーー
「ギリギリ、セーフね…」
ーーーマヤリカさんによって支えられた。
「あなた、今日一日相当気を張っていたわね。全く、松木さんやマティは何をやっていたのかしら」
ふんす!とほおを膨らませる。
自分でもびっくりした。
特別激しい運動をしたわけではないし、試験続きの勉強漬けだったわけでもない。
ただ、普通に一日を過ごしただけなのに。
ここまで疲れていたなんて。
「あなたって他人の機微には聡いようだけど自分のことはからっきしなのね。あなたは自分に甘いくらいが丁度いいのよ、きっと」
「そんなことは……」
ブラック珈琲を握りしめる。
表面で像が揺らいだ。
「じゃあこれはカウンセリング医としてじゃなくて、マヤリカ個人としてのお願い。楽しいこと、きついことに関わらず何か心に働きかけるようなことがあったら相談して頂戴」
「個人としてですか」
信じられない。
そのワードが思考より先に浮上した。
だってそうでしょう。お医者さん、彼女の場合はカウンセリングだが、あって間もない人だ。
綺麗な人とは感じたし、ウイカさんを担当医だからという理由でなく大事に思っていることも伝わった。
でもそれは短時間で見聞きしたほんのわずかなことで、そんな彼女個人にいきなり頼ってほしいとお願いされたのだ。
医者でない彼女と私の関係性。
名状しようのないものは信じられなかった。
「そんなに問い詰めてるわけではないの。ただ、そうね。はけ口として何でも聞くわ、てこと」
「どうして、ですか」
そこまでしてくれるのか。
そこは言葉になってなかったけど彼女はんーー、と悩んで見せて、
「綺麗、って言ってもらえて嬉しかったからかしら」
一言、照れくさそうに言った。
言葉一つでとは思ったが彼女の表情はこちらを思ってわざといったようには思えないものがあった。
「嬉しかったのよ、自分でも不思議なくらい。そんな気分にさせてくれた良い子だもの。なにかしてあげたくなって当然でしょ?」
ううん、と続ける。
「年上、大人としての威厳のためにもなにかしなくちゃね」
「私に優しくしてくれるのは医者だからではなく大人だからでしょうか」
意地が悪い問いでと自分でも思う。
でも、聞いてしまった。
「大人と子ども、という関係性は外れではないのだけど的を射てる感じはしないわね。そうね……姉」
「あね?」
「お姉さんとしてでどうかしら。お姉さん。いや、お姉ちゃんでもいいわよ。ううん、むしろお姉ちゃんのほうが!ねえ、マヤリカお姉ちゃんてよんで?」
「え?」
「お姉ちゃん、呼んで、みて?」
私とお姉さん、という構図がストンと落ちる前に猛禽類のような迫力に気おされる。
今度はウイカさんはいない。
自分で何とかしないと。
マヤリカさんみたいに綺麗なひとをお姉ちゃん呼びして、定着でもしてしまった日には新たな世界に行ってしまいそうな気がする。
「シャ、シャワー浴びてきますね。私」
「えーーさっき転びかけたじゃない。お姉ちゃんが、危なくないようみてあげようか?体も綺麗に洗ってあげるわよー?」
手をわきわきとさせながら下から迫ってくる。
あ、ウイカさんのときのやつだ。
「大丈夫です!マヤリカさんと一緒じゃなくても平気です!!」
重心を、今度は意図的にずらし下へすべる。
体にひねりを入れ、その際上がった手でマヤリカさんの手を弾き、股を抜ける。
プロ野球選手もかくや、というような滑り込みを奇跡的に果たしそのままの勢いでシャワーに駆け込む。
「あらら…逃げられちゃったしお姉ちゃんとも呼んでくれなかったか」
(『“マヤリカさん”と一緒じゃなくても平気です!!』か。うんうん。ひと先ずは一歩前進かしら?)
着替えの準備をしないとねと踵を返しつつ、でもやっぱりお姉ちゃんとは呼ばせたいわね、と呟いた。
思わせぶりな発言が続いてます。次の次にはウイカ編にはいれるか…。