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そして、僕/私になる。  作者: なつの
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六.五話 Sideマヤリカ。

閑話、というかマヤリカさん視点です。少しずつ固有名詞がふえていきますがお楽しみいただけたら幸いです。

診察を終え、今日のノルマの書類を片付ける。

事務作業は嫌いではなかった。

カウンセリングを生業としているとはいえ、医療。患者の人生に関わる以上気は抜けない。だけど気を張ってもいけない。患者は精神に不安をきたしている方が多いからだ。

こちらが張っていては適切な距離で悩み解決へ導くことは出来ない。そこのバランスを見極められるのがプロというものだと自負している。

とはいえ、だ。

私はまだまだ未熟なうえ、患者の人生をとやかくするような大それた身ではない。

カウンセリングは悩み相談、というと簡単に感じるかもしれないがその実こちらが口を開くことは少ない。

そしてこれが一番難しく、たまにやりかける失敗として肯定がある。


『下手に患者を肯定してはならない』


患者の悩み、自分はどう感じているのか。混濁した状況や記憶を整理し解決へと導く。

それらは当人の主観に基づくため、下手な肯定は思い悩む自分とそれを肯定されるということの板挟みにさいなまれる恐れがあるからだ。

ここでミソなのが答えは患者の中にしかないということである。

経験、知見に基づく答えをぶら下げたり、そちらへ下手に誘導したりしてはいけない。

これが非常に難しい。

講習、免許獲得は抽象的な内容も増え当時はかなり苦労したものだと書類片手にトリップする。

それでもカウンセリングが近年正式に点数として認可されたおかげで私の生活は保障されているのだからなんともいいがたい。

昔は認可はなく自称カウンセリングが乱立していたときくとぞっとする。


「あ、いけない」


書類にコーヒーが垂れたしまった。

書き直しだ……。自業自得とはいえ仕事が増えるのは辛い。

思わず紙をにぎる手に力がこもる。

未だ外せない手袋に目がいった。


「いけないいけない。私は頑張らないといけないの。不満をこぼす暇なんて、ない」


カウンセリング、書類だけが仕事ではない。それらは基礎的なものに過ぎない。

本懐はもっともっと難しい私たちの課題だ。


「私は、()()()()()から」


全てを遂げたとき、私は許される。いや、自分を客観的に照らすなら“許せる”のだろう。


リリリリリリ。


暗くなりそうになった気持ちを覚まさせたのは一つの呼び出し音だった。


「はい、マヤリカです。え!ウイカちゃんが発作?!分かりました。すぐ向かいます」


背もたれにかけていた白衣を纏い駆ける。聞くところによると既に保護はされているそうだ。

それはよかったけどウイカちゃんが発作?近頃は落ち着いていたのに。

確かにハッピーヤーンがきれて発作を起こすことは前にもあった。

ウイカちゃんにとってハッピーヤーンは劇薬だ。少しずつ摂取量を減らすよう長期的に削減してきていて効果がでてきていたのだけど、早まったのだろうか。

否定する。

ここ数か月は問題はなかった。そもそもハッピーヤーンはお菓子なわけで発作に医学的な効能はない。

ともすれば、答えは一つ。


「ウイカちゃんにここ数日で何か精神的な負荷がかかっていた」


エレベーターのボタンを強く叩きつける。

何がかかりつけ医か。

(ほぞ)を噛む。まだまだ未熟な私だ。

自責は絶えないが今更だ。失敗は血と成果でしか洗い流せないというのが私の理念だ。


「思い当たる事柄は何点かあるけど、さてどうあたったものかしら」


エレベーターの壁に寄りかかり僅かばかり力を抜き考える。

次に扉があいたときにはプロとして動き出す、そう言い聞かせたとき、サイレンが鳴り響いた。

静かにエレベーターが止まる。


ウーー!!ウーー!!ウーー!!


「三回……。()()()()め、またはだかるか」


私の人生に根深く絡みつく害悪。


「絶対に、潰す。」


怨嗟の的へ呪詛を吐く。

私がプロに戻ったのはそれからしばらく後のことだった。



「おっ、姐さん。ウイカだったら部屋だ。もう起きてるぜ」

「そう、それは良かったわ」


ウイカちゃんの部屋のある階に降り、エレベーターをでた矢先マティとすれ違いそう聞かされた。


「族の無力化もウイカのおかげだ」

「そう……」

「が、変なんだよな。ぺスターにしてはひどくお粗末だった。侵入者の判断、警告は松木の仕事だろ?何か言ってませんでしたか?」

「いえ、ただ問診から戻ってきて私に仕事を押し付けてすぐどこかに行ったわね」


部屋の番号が書かれた紙を渡して施設案内をよろしく、と。ついでに仕事、書類整理をおしつけられた。


「てことは、警報ならしたのは素人か。納得がいったよ」

「ウイカちゃんの確認が終わり次第この部屋の子のところにも行くわ」

「お勤めご苦労様です」

「あなたもね。捕縛でしょ。いい情報、引き出してきて頂戴ね」

「任せてくださいよ。まあ、無い袖は振れないので相手次第ですがねぇ」


ぐっとマティは手に力を籠める。

初手、肉体言語(話し合い)をするようだ。


「そうそう、姐さんが訪ねる部屋の子っすけど多分今ウイカの部屋にいる子がそうっすよ」

「え?!男の子?女の子?」

「ま、見たらわかりますよ」


手をひらひらと返しマティはエレベーターに乗って上がっていった。

男の子か女の子か。

どうせなら、可愛い子がいい。可愛いは正義だから。

自然と走る速度も上がるというものだ。


「可愛い子は皆、庇護対象!」


とらぬ狸のなんとやら。

案内がてら何を話そうか、ウイカちゃんは本当に平気か、仕事、エトセトラ……。

頭の中で入り乱れる。

ウイカちゃんの部屋を前にいつものように切り替える。


「ウイカちゃーーーん!!!」


部屋に、ドアが開くのと同時に飛び込んでーーー


「ぎゃっ!」


ーーー女の子に激突(タックル)してしまった。



結論から言ってウイカちゃんは大丈夫だった。

受け答えもしっかりしていたし、私との絡みもいつも通りでやはり精神的なストレスによる突発的な発作で間違いないだろう。

原因追及は追って行おう。

ウイカちゃんは私がくるまで、マティと私が激突してしまった女の子と一緒にいたそうだ。

というか、この女の子。


ほんっっっっとぉぉぉぉぉぉぉに!!可愛い!!!


年はウイカちゃんより少し上くらいかな?学園に通っているくらいだろう。

まず感じたのはぶつかった時に嗅いだにおい!もう、すごい!お日様を想像するような、温かい香り。

女子は良いにおいがするーなんて都市伝説があるけどそんなのまやかしよ。

柔軟剤の香りかちゃんとエチケットに気を使っているか。この二つに尽きるわね。

でも可愛い子ちゃん(暫定)はどれとも違う感じ。なんていうか、体臭がそうなのかなって。同じ人間とは思えないわね。

そして、肌。赤ちゃんとタメ張れるわあれ。化粧っけなんてないけど水分をしっかりと蓄えていて極上の絹を思わせる滑らかさ。

服の上から確かめたけどスタイルも悪くなさそう。

ナイスバディ、というわけではないけど均整がとれてる。というか、ウエストなんてフィクションの域よ。

私も同年代ではスタイルは良い方だと評価しているけど、この子がこのまま成長したら隣に並ぶのを敬遠したくなるでしょうね。

極めつけは顔。

天は二物を与えずなんていうけど、まっこうから喧嘩をうっているわ。

目はぱっちりとした二重で、鼻筋はすっと通り、口はちょんと鎮座している。

バランス、その他のパーツについても私が出会ってきた誰よりも美しい。

一個の完成された美、ミケランジェロやレオナルドダヴィンチの芸術が命を纏ったかのような、そんな気分になった。

凄いのが完成された美なのにまだ成長しそう、と思わせる何かがあったことだった。

えも言えぬ、初めて会う人種。

あ、そうか。

ウイカちゃんの部屋に入ったとき二人の間にやけに距離があったのはそういうことなのね。

もう、ウイカちゃんも男の子なんだから。

などと(可愛い子ちゃんに抱き着きながら)考えてたらウイカちゃんに吹っ飛ばされたのだけど。

その後ウイカちゃんに、余計なちょっかいをかけないよう念押しされ、可愛い子ちゃんと共に部屋をあとにした。


私の部屋へ案内する道すがら、彼女と幾らか言葉を交わした。


「私の部屋は四つ上の一番奥の部屋ね。少し時間もあることだし改めて自己紹介をさせてもらうわね」

「はい」


素直な返事。そして、私がウイカちゃんの母親として彼を思っていると悪ぶってみせると彼女は何かに気づいた、といったような表情をした。

機微に聡い子だ。

そしてすぐそれを口に出さないあたり、とても優しい子なのだろう。

ウイカちゃんも私からこの子をかばったり思いやったりと心を少し開いているようだった。

そのことを告げると彼女は戸惑って見せた。

下手な言葉は逆効果。カウンセリングの鉄則は安易に肯定という選択肢をとらないこと。

目が合った彼女に私はただ笑って見せた。


「綺麗」

「え?!」


ただ、その後の言葉は予想だにしていなかった。

明らかに整った容貌の彼女から混じりっけなしの賛美をもらった。

い、いけない。年上の女性としての威厳が!

何とか言葉を繕うも更にあどけなく言葉が続いた。

不思議と言わんばかりに私を眺め、かと思えば顔を赤くしてそらした。

アンバランスだった。

視線を感じることは多々あるけど、同性のそれとは違い、優しく聡いようだけど無垢。


(まだまだ成長しそうと感じたのはこういった雰囲気がなすものかしら。)


一つ分析を挟み心を落ち着かせる。

どうやらまじまじと見てしまったことを恥じたようだ。

ほんと、今時珍しいくらい優しい子だ。

改めて彼女にお礼を述べ、私室の扉を開く。

自分の部屋に女の子が訪れるのは初めてか。

この子の織り成す雰囲気に感化されつつ、食事もいいけど走ったり(主に私が)もみくちゃにしたりと動いたことだし先にシャワーかな、などと考えた。

ご一読ありがとうございました。

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