七話 全ての可愛いの母。
前回に続き新キャラの紹介です。主人公についてはもうしばらくしたら名前が出てくる予定です。
「い、痛い……」
「お、おい。大丈夫か」
タックルを見舞った私は床で身悶えていた。
ウイカさんも流石に心配してくれてるようでとった距離を詰めて心配の言葉をかけてくれる。
死角からの鋭く、低い一撃。
普段から動き慣れていないと出来ないであろうそれは私を刈り取ったわけだが。
「うぅぅ……」
「ーーやっぱりお前どこかで」
蠢く私を見てウイカさんが言葉を零すも苦悶の声を漏らす私には届かない。
というか、痛…痛……あれ、痛くない?
咄嗟の事で驚きが先行して痛みを感じていたのだろうか。なんかこう、熱したヤカンを触れて熱さを感じる前に熱っ!と言って離れるような。
背中をさすってみても改めて痛みを感じることはない。
私のオーバーリアクションだったようだ。
そして、後ろを振り返ったことで目があった。
黒髪の、しかし彫りの深く目鼻立ちがくっきりしているーーー
「………可愛い」
「へ?」
ーーー血眼の、息の荒れた女性がいた。
「がわいぃぃぃいいいいい!!!」
「ひぇ、ひゃあっ!」
「可愛い!可愛い!!可愛い子の供給だわ!スベスベの肌だわぁ!貴方、ここは初めてよね?みない顔だもの。ああ!貴方が松木さんが仰ってた子かしら。道理で部屋を訪ねてもいないわけよ。あ、私はマヤリカ。ここではカウンセリングを主としてるわ」
「あわ、あわわ!」
近い近い近いぃぃ!!
エンカウント→ハグ→猛烈な自己紹介
無理ィ。
情報整理が追いつきません!
マヤリカ、と名乗った女性は私の体をさすりさすり、時折くんくんと匂いを嗅ぐ音が聞こえる。
そして、その表情は恍惚としていた。
デンジャー。背中にぞわりと冷たいものが全力疾走する。
この人は危険だ。本能がそう訴えるも彼女の腕は私を綺麗に拘束していた。
「おい、やめろ。はなれんか!!」
「きゃ!」
どんでんゴロゴロ。
目の前の女性がほとんど横に吹っ飛んだ。
みると、ウイカさんが息を切らして立っている。
どうやら彼女を私から引き離すために一役買ってくれたようだ。
「有難う御座います」
「かつては我が身だったからな…あれ。大丈夫か」
「はい。」
「ちょっと、ウイカちゃん!私に体当たりと冷たくないかしら!母親に向かってダメでしょ」
「え、母親?」
「嘘を言うな!嘘を!!」
女性を見る。
黒のスーツから覗く白いワイシャツとスーツの上に着た白衣。白黒白のグラデーションでさっぱりとした雰囲気だった。
手にはビニールの、とは言っても安っぽくはない手袋をしており医療従事者ということがありありと分かる。
労働意欲ある働く女性。
とても、子を持つ母親という年には見えなかった。
「おしめも変えてあげたのに…ひどいわウイカちゃん」
「嘘を重ねるな!そんな事実はない!」
「更に向かってくるなんて…これが、反抗期?!」
「ないわ!」
よよよ、となく女性。はたから見てわかる。
どう考えてもオーバーだ。
そしてからかわれるウイカさんは年相応に、幼く見えた。
狙ってやってるとしたら、目的は?となるがそれも察しがついた。
ウイカさんのためだ。
そもそも門戸すら開いた覚えがない…と愚痴垂れるウイカさんを前に顔に浮かべて見せた慈愛の表情がその事を物語っていた。
ウイカさんを気遣って、私の知らない何かのフォローのため。
形は違えど、マティさんのそれと一緒のようだった。必要以上にスリスリと体を寄せているのは……わざ、いや。彼女の性癖か。
ひとしきりやって豪語する。
「私は全ての可愛いの母親なの、そう決めたの。生きとし生ける全ての可愛いは、私の庇護対象なの」
勿論、その子も対象よ。と此方を見やる。
ひえ、ロックオンされた。
「そんな庇護対象にタックルをかましたのは誰だ!」
「そうよ、そうだったわ!ごめんなさい、焦っていたとはいえ意味なく貴方を傷つけてしまったわ」
「い、いえ。ケガもないようですしーーー
面と向かって謝ってくれたことだし特に責め立てることもない。
謝る時も深くお辞儀をして誠意が伝わってきたことだし。
もういいですよ、と繋げようとして
「責任をとるわ」
「ーーーは?」
「結婚する」
思わずぽかん、となった。
「け、結婚?!」
「こんなうら若い子を傷物にしてしまったんですもの。責任を取って身を固めます!」
「ちょ、その言い方は誤解を招きます!」
「いいえ、寧ろ取らせて!」
手をわきわきとさせ再びにじり寄ろうとする女性。
漏れ出る殺気は常人が発していいものじゃない。
喰われる!
デンジャーデンジャー。
「やめろ!ロリコンが!!」
「ぎゃっ!」
壁の角よりヒュンと空気を切る音と共に弾が射出。みるとウイカさんがパソコンを携えていた。部屋の隅には機械をむき出しにした穴があり、すぐに閉まる。弾は女性を飛ばし、弾性力により後方に跳ねた。
弾から小さな垂幕がたれる。
『安心しろ。峰打ちだ』
うん、絶対嘘。
女性の後頭部にぷしゅーと煙が立って見えた。
「それじゃ、この子借りてくわね」
その後、似たようなやり取りを繰り返し一進一退しながらも話は進んだ。
女性、マヤリカさんはウイカさんのかかりつけ医らしい。
ウイカさんの発作を聞きつけ駆け付けようとしたところに先の武装集団。
待ちぼうけを食らったのちはせ参じた、という。
「それで私はタックルされたというわけですね」
「それは本当にごめんなさい」
ウイカさんは発作はおさまっており簡単な質疑応答で終わった。
ただ、気のせいだろうか。マヤリカさんにからまれた時助けてくれたウイカさんだが、どことなく奥歯にものが詰まったような物言いだった。
マティさんに話をされていた分立ち入りにくくて、結果ぎこちない空気が流れた。
そこでマヤリカさんが手をパチンとならし私を部屋に誘った。
『あなたのかかりつけ医は松木さんだけど、男性の彼じゃ難しいことも多いと思うの。ほんとは此処の案内をもうしつかっていたのだけど。問診、なんて堅苦しく考えず私の部屋でお話でもしましょう』
もうこんな時間だし、食事でもとりながらね。と。
裾をあげ、時計を見せてくる。驚いたことにもう、夕方というには遅いくらいの時間になっていた。
手袋ごしに温かなぬくもりを感じさせるマヤリカさんの手に引かれ、私はウイカさんの部屋を後にした。
私とマヤリカさんはエレベーターの前で階を移動する光をそろって目で追った。
「私の部屋は四つ上の一番奥の部屋ね。少し時間もあることだし改めて自己紹介をさせてもらうわね」
「はい。」
「私はマヤリカ=ルーシー。ここではカウンセリングを生業としているわ。かかりつけはウイカちゃん。あの子、とっても聡明だけど危ないから。たまにこうして訪れているのよ」
母親としてね、と笑って言う。
言ってることは先程と変わっていなくても柔らかさを孕んでいる。やはりマヤリカさんは敢えてウイカさんにあんあ態度をとっていたのだった。
母親として。
ということはウイカさんのお母さんはーーー
「ウイカちゃん、あなたに少し心を開いていたわ。過去最短。そうね、きっとあなたになにか感じるところがあったんでしょうね」
「そんな……私、右も左もわからない状態なのに」
荒れた日常を、常識をわずかばかり思い出した程度で何も進んでいない。
考えないよう押しやって溶け込んではいたけど後ろめたさはぬぐえなかった。
思わず見上げたところマヤリカさんと目が合う。
にこりと、肯定も否定もするわけでなく笑ってくれたのには心が少し楽になった。
「綺麗」
「え?!」
特に深い意味はなかった。余裕のある、大人な、何より純粋に笑うマヤリカさんを見てそう感じた。
だけど驚いたことに当人は余裕をなくし見るからに挙動不審になっている。
「も、もう。大人をからかったらだめよ。でも、そうね嬉しいわ」
「そうですか?マヤリカさんなら言われ慣れてそうですけど」
目鼻立ちはくっきりしていて白衣の上からでも起伏のある体をしていて……思わず恥ずかしくなって目をそらした。
いけないいけない。不躾に眺めては失礼だ。
グリンと首を回し視線を明後日に向ける。
「優しいのね、うん。お褒めを頂くことはあったわ。でもね、大人になると社交辞令って言って嘘がいっぱいだったり、下心からくるものだったりが大半なのよ。だから掛け値なしの賛美はとてもうれしいの」
だからありがとうね、と。
不思議とドキッとなった胸の音を悟られないよう少し距離をとって、案内の下部屋へと導かれた。
思わせぶりな描写の多いウイカに関しては近々ほりさげる、かも?です。