六話 世界は不平等に残酷だった。
不定期投稿で申し訳ありません。今回から少しずつ世界観の掘り下げに入っていけたら、そんなプロットなはずですが…
「きたか、全く鬱陶しい奴らだ。そして馬鹿め。学習というものをしないのか、ハッ、呆れる」
PCの立ち上がりとは異なるブーンという音と共に空中に映像が投影される。
3つの画面はそれぞれ院内の異なる場所を写しており、ウイカさんの操作で切り替わり、対象を捕捉した。
まず目に入ったのは黒だった。
タイル、壁、白を基調とした院内を動く全身黒の武装団体。
10,20くらいだろうか。30には満たないだろうが決して少なくない人影が蠢いていた。
患者さん、医師は見かけない。
『こちらセンター。避難完了。繰り返す。避難完りょ…
「よし、では蹂躙だ。鏖殺だ。ネズミ一匹逃しはしない」
通信を途中で切断し、3つの画面が武装団体を正確に捕捉する。
そして、画面が光った。
ワンサイドゲーム。
そう言い表すのが最適に思われた。
「防衛機構として、各監視カメラには対人用の銃が仕込まれている」
このご時世銀行、病院といった重要箇所には当然のシステムだけどな、とマティさんは付け足した。
そうだった。
霞がかった記憶の中、浮かび上がったことが連結していく。
これが日常だった。
学園、寮、その他大型の施設を除いて一切の安全は保障されない。
不用意に外に出ようものなら簡単にこういったトラブルに巻き込まれる。
かつての日本は事件・事故こそ起これども平和だったという。
横断歩道の手前、止まって信号が変わるのを待ったり、すれ違う人に気を払うなどする必要が無かったりなどしたなんて信じられないほどだ。
「およそ100年前からだ。歴史の復習にもなるが、日本という国は事実上の終わりを迎えた」
ガガガガガとぶれる画像の中ウイカさんは掃討戦を繰り広げる。画面越しだからか実感があまり持てないけど既に五人、無力化に成功していた。
ウイカさんのPCにはUSB接続箇所に10センチ四方の特殊な機器がついており時々そこを手が滑る。
複数の画面を流し見、目が標的を捉えると手が動きキーボードを叩く。命令を送り場を制圧していく。
もうなんていうか、手が生きてる。
両手がこう、うにょうにょと自分で意志を持ったかのように動く。上へ下へ右へ左へ。
「すご……というかちょっと気持ち悪い」
「お前なかなか辛らつだな」
だってウイカさん自体が一つの防衛機構のような軽く人間やめてる節がある。
それより、気になったのはウイカさんの表情だ。
『鬱陶しいやつらだ』
そう言った。
口調自体は寄る蚊を払うような煙たさだったけど根底にそれだけとは言いようもない強い感情、憎悪が垣間見えた。そんな気がした。
「………はっ」
笑った。
ウイカさんの言葉に確かに憎悪、負の感情を見出した。だというのに当の本人は眦も口角もつりあがって、あげて笑っていたのだ。
無邪気に、恋慕してるかのような、そう。矛盾。
この人はどこかに大きな破綻を抱えていることが感じ取れた。
「あの……」
マティさんはどう思っているのだろうか。何の気なしに尋ねようと思い振り返る。
「機微に聡いようだが何も言わないでもらえると助かる。ウイカは子どもなんだ。しかも色々と込み入っている。めどが立たないうちは無理に向き合わせたくはないんだ。友人として」
「はい」
「ありがとな」
「……いえ」
この時点で画面に映る半数が倒れ伏していた。
ウイカさんの目からはどことなくボルテージが下がっていくのを感じた。
「はずれだ。簡単すぎる。全く松木はなにをやっているんだこいつらは違うだろう」
PCを閉じ、頭をかく。
「残りは?」
「設定した設備がはたらくだろう。なに、ただのチンピラだ。15分もあればけりが付くさ。」
「そうか。じゃあこっちは勝手にするぞ」
「好きにしろ。きょうがそがれた……」
いったい何があったのかウイカさんは操作を放棄してしまった。簡単だから、というくらいだから初めてのことではないようだけど。
一体、自分より齢の低いであろう身に一体なにがあったのだろう。
そう思わずにはいられない。
「ちょっときてこれを見てくれ。話が前後して申し訳ないが歴史の復習の続きだ」
そんな考えはマティさんの言葉で押し込められた。
彼が指さす複数枚の画像を注視する。
棒グラフと折れ線グラフ。
片や右肩下がり、片や右肩上がり。下に書かれたタイトルは人口推移。
系列として、棒グラフには“日本人”、折れ線グラフには“外国人”と書かれている。
「すでに閲覧は難しい、最も見られたとして読み取りが出来なければ意味をなさないデータだ。かつて日本という国家は1億を超える人口を抱えていたそうだが、そこから少子高齢社会を迎えた」
棒グラフを目で追う。各種結んで曲線にしたら一番山の頂上にあたるところ、その年以降緩やかに下る数値はとある年に一気に減少する。対する折れ線の方は同時期急増を見せる。
「これは……」
「そう。もともと衰退自体は避けられなかったものだ」
緩やかな曲線をなぞりながらマティさんは言う。
「人々の暮らしの水準が向上したことでニーズも変化した。即ち欲求・有り様もまた変わったんだ。例えばそうだな、テレビ、冷蔵庫、洗濯機。旧世代では三種の神器と言われた三品があった」
「三種の神器?え、テレビや冷蔵庫とかがですか」
「そう。今でこそあって当然のものだが、昔はそろえるために家庭の大黒柱はえっちらほっちら、奔走したんだってよ」
「想像がつきません」
だろうな、俺も直接見たわけじゃないからぴんとこねーわ、とマティさんは笑う。
「こと技術は数十年で巡るめく進歩を迎えた。生活様式が変わり、人々は多様性を求めるようになった」
「それが欲求・有り様の変化ということですか」
「そうだ。人の欲にはレベルがある。命の保証や、衣食住の保証、それらの上にある自己承認欲求。一つ満たされればその次を求めていったのさ」
「……」
マティさんの言うことはわかるが、それがどうして衰退につながるのかぴんと来ない。
首をかしげる私にマティさんは続ける。
「個は個として尊重される。民主主義だった日本においてその考えが浸透した。今までの男は働き女は家みたいな思想は淘汰されたんだ」
「え、そんな思想あったんですか」
「らしい。そして人口減少の時代だ。個人が尊重されるようになれば別に結婚が遅かろうが子どもがいようが勝手なんだ。それは周りが口をだすことではない」
出生率の低下。
「そして技術だけでなく先人・賢人たちの手で医療も発達した。より健やかに、長く生きられるようになった」
平均寿命の上昇。
「健康なのはいいことですよね?」
「ああ勿論だ、そこに筋肉があればなおオーケーだ!」
筋肉はもうおなか一杯です。
「誤解のないように言っとくがこれは良い悪いを決めるわけじゃないからな」
「……?はい」
「よし、では問題だ。今まで話した要素から衰退、人口減少の理由をこたえよ!制限時間は俺がスクワット50回終えるまで!」
「え」
「しゅーりょー」
「まだ何も言っていない」
凝りもせずまた筋肉。しかも、しかもだ。なんかめっちゃ早かった。早すぎて逆に遅く見えた。
「答えだが、いや一要因だが、少子高齢社会。若者は?」
「へる」
「お年寄りは?」
「増える」
「そう、読んで字のごとくだな。そして比率も年々変化していく。そしてだ。日本は民主主義だった。」
「簡単に言えば多数決ですよね」
「そう、それは選挙においてもそうだ」
選挙。ぼんやりと脳裏をその言葉が差す光景がよぎる。
彫りの深い面持ちの大人が何か言ってたっけ。あまりなじみ深いものではなかったことが思い出された。
「選挙、国民から支持されたものの政治が通るんだ。やらしい言い方をすればより国民の好みに沿った意見が通りやすくなる」
「はあ」
「で、だ。高齢者の比重が増えた社会だ。選挙はどうなる?」
「高齢者に寄り添った内容になる?ですかね」
「そうだ。結果、若者には負担が増えた。少子高齢社会に拍車がかかったんだ」
「途中でやめれなかったんですかね」
「無理だったろうな。それが民主主義の難しいところだ。多数決は安易に答えを導き出せる。51対49では前者。25対75では後者ってな」
「時代の変化に合わせて変わらなかったんですね」
「前例主義、外面、いろんな理由があったんだろう」
うーー難しい。
頭が痛くなってきた。
「ま、ここまでは必然さ。誰が悪いとかじゃねえよ」
マティさんの指がグラフ上、大きな変化を迎えた一点で止まる。
きゅっつと握る手にも力が入った。
『こちらセンター。制圧を確認した。繰り返す。制圧を確認し…
「終わったか。マティ、松木はどうしているんだ。今回は明らかに誤審だぞ」
「さあな、こいつを診た後だからなんだろうな?書類でも整えていたのか?知らんが」
「こいつ?ああ、さっきからいたな。だれだ、その女」
「あ、どうも」
「お前どこかで…・・って痛!!」
「こらウイカ。その態度はなんだ。発作起こしてたお前をここまで運んできてくれた相手だぞ。まずは礼を言うのが筋ってもんだろ」
友人とは言ってたけどなんか親子みたい。
自然と笑みがこぼれた。
「……迷惑をかけた。礼をいう」
「じゃなくて?」
「………ありがとう、ございました」
「どうも」
微笑み返すと顔をぷいと背けられた。
笑っちゃったの怒ったかな。
顔を覗き込もうとすると別の方向を向いてしまう。これは決定かな…。
「あのー」
「ええい、近い!ちかいわ!もう少しいい感じの距離で話せ!」
一歩、下がってみる。
顔は横を向いている。
もう一歩下がってみる。
顔は横を向いている。
繰り返し……
「あのー部屋から出ちゃうんだけど」
「もう一歩だ。もう一歩距離をとれ、深呼吸する」
因みに、マティさんはというと制圧したした一段の身柄を預かりについさっき出て行った。
私には一言うまく付き合ってやってくれとだけ残した。
優しい顔だった。
マティさん、目の前のウイカさん。
共にまだ分からないことが多い人だが、この二人が友情を育んでいることは分かった。
とても得難く、羨ましく感じる。
『何も言わないでもらえると助かる』
そうマティさんは言った。
裏を返せば、言われると、触れられると困ることがあるのだろう。
それが何かは分からない。先に感じた矛盾がきっと関係するのだろう。
でも、そんな無粋なことはしない。私にだってーーーあれ、今一瞬何かよぎったような。
「よし、そこでいい。部屋からはでてないし文句はないな。ないな、よし」
自己完結されちゃった。
確かに部屋からは出てないけどもう扉に全体重預ける形だ。
こんなに離れなきゃだめかなー?
でもウイカさんはちゃんとこっちを見てくれてるし……。むむむ。
「やはりお前どこかで見たことが……」
恋愛劇の始まりのような言葉。だけどウイカさんの表情は記憶をたどって口を結んでいるためときめきなんておきない。
ときめくには年齢に差がある気がするしーーー
「ウイカちゃーん!!!」
「ぎゃっ!」
タックルを見舞った……。
書きたいことにたどり着くまで何千里か…