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そして、僕/私になる。  作者: なつの
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五話 パンドラの箱。

おかしい。この回で掘り下げ始めるはずでしたのに。

「さて、お前のことだが。松木の診断はうけたのか?」

「ええ、恐らくは記憶喪失だろう、と」

「記憶喪失だぁ?」


まじかよ、と言わんばかりに目を見開き驚くマティさん。

筋トレといい、プロテインといい、脳味噌まで筋に……竹を割ったような性格の人なのかな?

身長は、松木さんよりやや高めぐらいだろうか。

がっしりとしているから竹と言うより大樹に近い。先程の自画自賛発言も相まって、孤立…というよりは巌のような印象を受ける。

近隣の木々を統べる屋久杉。というのは言い過ぎだろうか。


「健忘症……具体的にどんな診察だったか確認してもいいか」


ぶつぶつと言葉にならないものを呟いたのちそう聞いてきた。


「触診、基礎知識の確認、ペンの使い方、とかですかね」

「それだけか?」

「ええ。」

「そうか、それで健忘症」


マティさんが厳めしい顔つきを浮かべる。


「あの……」

「あ、悪い悪い。色々考えこんじまった。慣れないことはするもんじゃねえな」

「何か気にかかることでも?」

「んーーそうだな。なんて言ったらいいものか……よし、まずは俺について自己紹介といくか」


部屋の隅、雨合羽のような上着を羽織り、慣れた手つきでタブレットを取り出す。

起動、認証。幾らかの段階を踏むと目の前に映像が投影された。

なお、この瞬間までマティさんは半裸であった。

絶対に突っ込むものか、人間の順応力をよそに自己紹介が始まる。


「まず名前な。マティック・マース。ここの奴らはマティ、と呼ぶ。趣味は筋トレで好きな食べ物は特になし。嫌いな食べ物も、ないかな。うん。劇物とかでなければ」

「え、げき…」

「日課は筋トレでここでの役職はボディーガードだ」

「警備員、ではなくボディーガードですか」

「ああ、そうだ。最も警備員にしてもボディーガードにしてもやや俺の仕事内容からするとそぐわないが」

「その心は」

「能動的に対象を無力化させに行くから」

「ガードは?」

「攻撃は最大の防御だろ?」

「…」

「積極性て大事」


拳を握り、うんうんと頷いて見せるが本末転倒では…いや、突っ込むべきか…突っ込まなきゃいけないの?!


「閑話休題」

「ぶちぎりましたね。自分で言ってるし」

「ざっくり、だが俺の自己紹介はこんなもんかな。どうだ?俺のこと少しは分かったか?」


にじりよるマティさんには申し訳ないが印象に残ったのは筋肉・脳筋、この2つだった。

それもそうだろう。自己紹介の合間に筋肉の布教、抗うつ作用や丈夫な身体etc 寧ろ布教の間に自己紹介があったくらいだ。


「で、だ。さっきはお前のことに触れながら説明すると言ったけど。すまん、撤回する」

「え」


フォン、と再び画像が投影させる。何かのファイル、のようだけど……もやがかかっている。


「ここは病院だ。色々()()()()()()()()あるがそれは開示できる正しい情報だ」

「混み合った事情…」


年若い少年が働いている、脳筋筋肉がいる、一応は病院の体をなす場所。

混沌と化してることは言うまでもない。

それを超える込み合った事情というのは正直及ばなかった。


「だから、患者,この国のデータベース及び戸籍簿にアクセスすれば患者のバックグラウンド,入院歴などは分かる」


固唾を飲む。その後になんて言葉が来るかおおよそ察しがついたからだ。

同時に松木さんに影が差す。

ボディーガードが知りえる情報を医療分野の人がそのことを知らないはずがないから。見た目の年齢的にも役職のヒエラルキー的にも松木さんの方が上だろう。

彼は、意図的にふせたのだ。


「お前のもの、と思われるデータを発見した」


きた。

腹をくくれ、と頭の奥で何かが呟いた。



私は何なのか。名前も思い出せないという状況下、目の前にそのカギがある。

直ぐにも手を伸ばそうとは思わなかった。

自制と、マティさんから漂う緊張感。カギというよりパンドラの箱。

開けて出るものが必ずしもいいものとは限らない、ということだろう。


「その表情から察するに理解しているようだが、念のため言っとくけど恐らく松井はあいつなりの考えでこれを伏せたんだと思う」

「え」

「お前、表情にでやすいな」

「そんな…」


ポカポカポーカーフェイスだったなんて。


「このデータによると、さっきお前は過呼吸を起こしたそうだな」

「…はい」

「俺の見解だが、健忘症というのは極力自力で解決するのが一番だと思うんだ」

「というと」

「理由は二つ。一つはアナフィラキシーショックの恐れ」


アナフィラキシーショック。

生体反応で、アレルゲンと認定されたものに対し過剰に防衛反応がおきるというもの。

健忘症とアナフィラキシーショック、マティさんが言わんとしていることはこうだろう。

私の体はデータベースより得られる情報、ないし、健忘症で損失した記憶にアレルゲン認定を下す危険があり先の過呼吸はその表れだと。

でも、私の記憶、元々は私の一部だったものにアレルギー反応がおきるのは妙な話ではないか。


「元々あった記憶へのアレルギー反応というのは適切じゃない。花粉なり蜂なり体外からのものに対して使われるべきだからな。一応言い訳として、健忘症の今、その前後におけるお前は必ずしも一致しないとあげとこう」


ふと思うけど、意外とこの人かしこい?

納得したわけではないが理解はした。

というより、二つ目が何なのか気になった。


「で、だ。二つ目だがーーー


ウーー!!ウーー!!ウーー!!


突然サイレンがけたたましく鳴り響いた。

思わず耳をふさぐもいきなりの大音量に耳の奥がキーンとマヒする。


「マティさんこれって…!」

「三回のサイレン、きやがったか」

「え」


臨戦態勢、その言葉が適切だろう。

狩りの前の肉食獣のような冷えた目つき。スピーカーをちらりと見て口を横一文字に結ぶ。


「ああ、うるさい。いつぶりか安眠をとれていたというのに。いつも空気を読まない連中だ」


そこに、しばらく聞かなかった声がする。

声の主、年若い少年が起き上がりポケットから紺色の眼鏡をかけ、PCを立ち上げた。

起動音が冴えわたる彼を比喩しているようだった。

次こそは。

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