三話 少女?有り。
見てくださった方、ありがとうございます。惨話です。
“逆行性健忘症”の疑いあり。
筆記用具の使い方に始まり、基本教養の質疑応答、ちょっとした対話を経て、松木さんにそう言われた。
健忘症、という言葉に聞き覚えはなかった。読んで字のごとくなら健康を忘れた病気……かな?あれ、逆行性てなんだっけ。さかのぼる…?などともやもやしたものだったが、俗称は知るものだった。
「一時的な記憶の混乱かどうかまでは不明だけど、所謂記憶喪失になっている恐れが高いね」
記憶喪失。
え、記憶喪失ってあれだよね。ドラマとかフィクションでよくあるやつだよね。
事故とかで頭ガンッてやって、『君、誰?』とかってやつ。
それになってる?誰が?わたしが?
「深く悩むことはないよ。大仰に健忘症なんていっても、一過性なものだってことが多いから」
「そうなんですか」
「勿論、なんにでも絶対はない。だけど僕はこの職に就いてから取り返しのつかなかった事例をみてないよ」
だから気に病まないで、と松木さんは微笑みかけた。
不意に、ピーピーと高い音が鳴る。
「おっと、もうこんな時間か。いけないいけない、長話に付き合わせちゃうのは僕の悪癖だね」
「いえ…」
「そうだこれ」
「なんです?」
「あめちゃん。」
「あ、ありがとうございます」
常に入れているのか、白衣のポケットから飴を取り出し渡してきた。些か幼稚に感じたけど別に甘いものは嫌いではない。貰った飴はリング状の昔ながらの果実飴だった。
うん。この舐めすぎると酸味すら感じる甘みが心地いい。
というか、そんなに時間が経っているとは思わなかった。窓から差し込む日差しに変化はなく白色だ。
「ここは地下だからね。無理もないよ」
「へ?」
「何でわかったの、て顔だね。職業柄かな」
なんてことだ。ポーカーフェイスかと思ったのに読まれるなんて。
いやいや。
すぐさまその考えを棄却した。
そんな簡単に人の心が読めたら苦労はしない。そう、これはあれだ。きっと何かパターンがあってそれを踏まえて……それは、それですごくないか。
「甘いもの、好きなんだね」
前言撤回。パターン青、さとりです!
松木さんが苦笑いを浮かべる。
それにしても、地下。
改めて部屋を見渡して見る。わたしと、対面する松木さんの反対に扉、全体的に狭目で、壁は上半分白、下が暖かな薄橙色の二色で塗られていた。窓はわたしの後ろ、壁の上の方に。どちらかと言えば換気扇程度の役割を担っているような雰囲気で差し込む光は酷く無機質にわたしを照らしていた。ベッドを区切るカーテン以外、これといった装飾はなく扉側、壁の隅に置かれた観葉植物が申し訳なさそうに構えていた。
そういえば、どこかフローラルな香りもする。
「急なことですぐに入れる部屋がここしかなくてね。申し訳ないけど数日我慢してもらえるかな」
「そんな、気にしてません」
「この後、お姉さんがきてここの施設の利用について色々と案内してくれるから体に無理のない範疇で自由に動いて使って貰って構わないよ」
「お姉さんですか」
「そ、お姉さん。お姉さんね」
なぜか念を押すように2度言った。
目は本気と書いてマジと読むやつだ。
思わず気圧されて頷くが松木さんは何かその方とあったのだろうか。
どこかトラウマめいたものを感じる。ひしひしと。
「もし、お姉さんと呼ばなかったらどうなるんですか?」
先程と異なり攻守交替したような気がしてつい聞いてしまう。
鏡が無いのでわからないがわたしの口角はダダ上がりしていることだろう。
「パンドラの箱をあけるのは感心できないな。好奇心は猫もやっちゃうよ」
「そ、そんな禁忌なんですか」
「うん、この施設には色々と禁忌があるけどその一つさ」
「色々…いったいどんなのが」
「具体的には七つ」
七不思議と混同してませんか、それ。
「いいかい、振りとかなしに本当に彼女を、年絡みのこと、他には交際経歴とかでいじっちゃだめだよ」
「はあ」
「彼女は手が早い。ここの職員の大多数が、洗礼をうけている」
新たにお名前を頂戴、などといった政ではなく。
聞く限りだと反社会勢力の、まつりといっても血祭が近そうだ。
「自転をわが身で体験したくはないでしょ」
その例えはぴんと来なかったが、禁忌は犯すまいと心に誓った。
自転て凄く早いそうで。そんなので叩きつけられたら…。