十話 尋問。
久しぶりのマティさんです。
「そろそろさ、口を開いてもいいんじゃないのか」
「……殺せ」
そこは暗い独房。
男が拘束された男を睨み付けていた。
拘束された男は、年若く浅黒い肌の屈強な男性、いや青年だった。
手足を縛られたまま体操座りの形で座らされていた。
独房の扉の外には医師が控えており、万が一に備えていた。
優位者は珍しくちゃんと服を着て対峙していた。
基本生活スタイルが半裸とはいえ公私は分ける。とりわけ仕込み武器でも見舞う恐れのある時には準備をして挑むものだった。
「それでさっきから堂々巡りじゃないか。こっちもやること終わらないとあがれないの。残業なの」
わかるー?と言うが襲撃者の返事は変わらない。
「……殺せ」
「殺されないと分かっているから余裕でいられるのかな?」
「……殺せ」
「殺せbotか…お前は!!」
「……っぐうぅぅ!!」
平然と優位者は男の肩を外した。
この程度の痛みで声をあげるか、と小さくつぶやく。
この襲撃者、一団の中では指揮をとっていたからリーダー格かと思って尋問にかけてはみたが……。
(なんていうか、拍子抜けだ。ウイカの防衛機構にもろくに対処出来ておらず、痛みにも弱い。そして、一団の平均年齢は恐らく17,8。)
そして、上手く取り繕っているつもりなのだろうがこの男、しきりに何かを気にしている。
こちらが考え込んだ素振りをみせたり、明後日を見たりしたとき視線が揺らいでいる。
(どこを見て、いや、何を気にしている。外…人……盗聴器?……いや、時間か?)
殺せ、という割になにもかも未熟。
尋問とはワンサイドゲームではないと優位者は考える。
もちろん、暗器でも仕込んでいない限り生殺与奪権は尋問主にある。
が、そこでのやり取りはどちらがより生きた情報を引き出せるか、その駆け引きである。
黙るも、真実を言うも、ブラフを使うもその中で切る手段に過ぎない。
(どうも、そのことを理解しているようには見えない。)
心拍数、信号、化学物質の発生。
所謂嘘発見器は過去賑やかしで作られたものよりはるかに優れたものとなったが、まだ弱い。
(平常時のデータがあるなら話はまた変わってくるが、思い込みの強いやっかいな連中もいるからな。)
機械を使うことはあってもその結果を妄信的に鵜呑みにすることもましてやあてにすることはしない。
尋問における心の持ちようもまたこれに近かった。
使えど使われず。
(一つかまかけてみるか。)
「そうだな、世間話でもどうだ」
ぽい、と右手で飲み物をなげやる。
放たれた缶は放物線を描きーーー
「おい、縛られた状態でどうやってとれというんだ」
ーーー襲撃者にあたった。
「悪い悪い。そいつはあとで拘束をとられてからでも飲んでくれ」
「おい、なんでプロテインなんだ」
「は?逆に何でプロテインじゃないんだ」
「「何でだよ?!」」
内外双方から批判の声が届いた。
「外の奴にも言われてるぞ」
「お前も体が資本なら筋肉の大切さは分かってくれるだろう?」
「少なくとも動くのに十分な筋肉は携えているし、お前と違って脳まで筋肉に浸食されてはいない」
「手ひどい裏切りだ」
「敵対勢力だろ……」
すぅ、と流れた息の音は一体どちらのものか。
いずれにせよ、張り詰めていた空気が僅かに弛緩したことは確かだった。
「お前の名前は?」
「ティンダー=ヴェッガ。あんたは?」
「マティック=マースだ。身内にはマティと呼ばれている」
「そうか」
「お前は、ぺスター……なのか?」
「さあな?」
しーらね、と年相応におっとぼける。
「なんでこんなことをしている?お前の見目なら普通に社会にでてもやれるだろ?」
「外見をほめてくれるとは嬉しいが……お前、こっちか?」
「とぼけるなよ。そして、お前は筋肉が足りん。対象外だ」
「それは筋肉があればストライクゾーンだってことじゃねぇか?」
「存外賢いじゃないか。ヴェッガ」
「やかましい!……ええと、筋肉」
「マティック=マース。何なら略してママと呼んでくれてもいいぞ」
「は!お前がママなんてタマかよ」
「生物種によっては雌のほうが屈強なこと、てのは少なくないんだぜ。てことは筋肉光る俺もママと呼称することに何も問題はないわけだ」
「その理論はおかしいだろ」
いやいやいや、とかぶりを振る。
「なんだ、ここまで反駁するとはさてはヴェッガ。お前マザコンだな?」
静止。
名を明かした襲撃者、ヴェッガはピタリと動きを止めた。
首筋に線が浮かび上がらせ、犬歯をむき出しにする。
「それこそ笑えないな。俺に両親はいねぇよ」
「鶏が先か卵が先か問題か?」
「ちげぇよ。なんでこんなことしてる、て質問だったよな。答えてやるよ」
頭をもたげて首をさらす。
首の端に覗いたのは青白い刺繍。楕円形の、奴隷紋だった。
「俺は、親に売られた孤児だ」
「……」
「ふん、存外甘ちゃんか。言葉もでねぇか。まあ、同情でもしてこようものなら容赦しなかったがな」
「それが理由か」
「俺たちは社会への反逆者よ。ここは特に腐りきってる。俺たちがましなくらいなもっとやばい例もある」
「ああ」
ーーー知ってる。
脳裏に映像が浮かぶ。それは唾棄すべき現実。
「お前はどうなんだ。ここ、日本なんて名のっちゃいるが実際は複数の国家の傀儡だぜ」
「そうだな」
「反吐がでるぜ。どうだ、お前はこちら側だろ。一緒にこいよ」
「……」
遠くからサイレンのけたたましく鳴る音が近づいてくる。
マティは腕時計を一瞥し、チッと舌打ちをした。
対してヴェッガは笑みを浮かべる。
「警察がようやく来たか……。タイムリミットか?」
「事情整理だけで引き渡しは行われないかもしれないぞ」
「無理だな。政府を敵に回すような、きっかけを与える愚策はとるまいよ。徒労お疲れ様」
さ、早く拘束を解いてくれと足を前に投げ出す。
自分の優位を確信した顔。
俺の仲間も一緒に頼むぜ、と言う。
「明日は我が身、て言葉知ってるか?」
「あ?」
「すぐにでも分かるよ。ああ、なんて可哀そうなやつだ」
「てめえ言ったな。よし、こっち側て言葉は取り消すぜ。お前も対象だ」
「自分が傀儡化されてることに気づけてないんだから言いたくもなるだろ」
「なんだと?」
「基盤がボロボロとはいえ、本気で諸外国がテロリストを蔓延らせると思ってんのか。よく考えてみるんだな」
マティを制した。憐憫というものに揺らいだ。
その隙間にくさびを打ち込んだ。
両腕、両足を解放され身体的には自由になったヴェッガに心の束縛、しこりをのこしたことを確認する。
その後は大きないざこざもなく引き渡しがすんだ。
ふぅ、と一息ついてプロテインを煽るマティに尋問の立ち合い人(とはいっても外にいた)が、お疲れ様ですと声をかける。
「逆探知、できたか」
「はい。ですが大まかな地域しか。申し訳ありません」
「いや、ウイカを休ませてやってくれて先に無理を強いたのはこっちだ。よくやってくれたさ。で、盗聴器はどのあたりから飛んでいたか」
「はい。こちらです」
ぶうん、と音をたて映像、地図が投影される。
病院を中心とした都市の地図。ライフラインが確実な多くの人間が暮らす地域。
その外側に赤く塗りつぶされた区域がある。
「やはりスラムか」
「はい。ですがこの区域でも広く我々の勢力では一気に叩くのは難しいです」
「そう卑下するな。こうやって大まかな地域だけでも相手の技術を超えて割り出したんだ。大した奴よ」
「っはい!」
「よし!じゃあ、このデータはもらっていくけど一つ頼まれてくれるか?」
「頼み、ですか」
「そうだ。このデータだが俺以外の人物に、特に松木に見せないでもらえるか。俺に渡したら即破棄してくれ」
「松木さんに…ですか。」
「ああ、詳しいことは追及しないでもらえると助かる」
「承知しました」
受け取ったデータを一瞥しマティは考える。
尋問で得られた情報、松木の不可解な行動、この国のこと。
(信じちゃいるが…それで思考を停止し可能性に目を背けるのは愚策。)
あらゆる可能性に思考を走らせる。
マティの目的達成は一切の蛇足が許されない、困難なものだった。
「マティさん、松木さんより招集です。ミーティングに参加を、とのことです」
「分かった。おいおい、目元に力が入りすぎだ。気ぃ抜け」
「は、はい。あ、あと」
「なんだ?まだあるのか」
「マヤリカさんからなのですが……その」
顔を赤らめ、いたたまれないと唇をかみつつマティにメッセージを転送する。
『マティ 新しくきた女の子、りっちゃんだけど、やばいわ。あの子。くまなく体中調べたけどもうね、すんごい、女辞めたくなるわね。添付してる画像だけどワンピ何色が似合うと思う?男の意見も聞いときたくて。私は間違いなく白一択ね。それじゃ』
「……」
「あ、あはは」
「白か。そうか。」
「え、普通に反応するんですか?!」
唖然とする立会人を背に会議室へと足を進める。
(くまなく調べて、白と断定したか。俺も姐さんと同意見だが……。)
このこともきかないとな、というつぶやきは廊下を歩く音に消された。
ウイカ編はもう数話噛むことになりそうです。少しずつですがどのような舞台か伝われば幸いです。




