プロローグ
――ガチャガチャガチャ!!
暗い森の中にポツンと建つ豪邸であった廃墟。その入り口の門にかけられた鎖を"内側"から一生懸命に解く男がいた。
「早くのいてくれ!! 解錠パークがねぇからって音出過ぎだろ!!」
そんな事を小声で叫びながら、ガチャガチャと鎖を解く。そして左手の甲に数字の書かれていない白い時計が浮かび上がり、男はそれを一瞥するも作業を続けた。
浮かび上がって数秒経つと長針と短針が動き、針は2時20分を指し示す。そして次の瞬間には秒針が動き出した。
秒針が短針と長針の間に来た時、男はまるで目覚まし時計を止めるかのように右手で手の甲をペチリと叩く。
浮かび上がった時計は2時20分1秒を指して止まり、次の瞬間ガラスを引っ掻いたような音を立てながら消えていった。
「……ッ!! やべぇ、チェイサーにバレた!!」
そう言うと男は今までしていた作業を放り出し、走り出すために後を向く。
振り向いたその先、豪邸へと続く石畳の上に魔女ようなナニカが静かに佇んでいた。ボロボロのとんがり帽子と穴だらけのドレスローブらしき物を着ており、ワインレッドと黒で彩られたドレスローブの正中線には獣の牙が巨大な口のようにあしらわれている。
「野良3人全滅でチェイサー正面? ………無理ゲー乙」
男がそう呟いた瞬間ナニカのドレスローブが中心パカりとその顎を開き、肉色のその口腔から男を捕えるために半透明の青白い腕を伸ばした。骨と皮だけの腕は動かなくなった男をガッシリと捉え、ズリズリと引きずりながら口腔の中に戻っていく。
普通なら捕えられた人間は暴れ、脱出を試みたり武器などで反撃をする筈である。だがこの男は何もせず、魂を抜かれたかのようにぼーっと引き摺られるままであった。
1mほど引きずった瞬間、男がテレポートをしたかのように引き摺られる前の位置に戻り、青白い腕も掴む一瞬前まで伸びていた。
まるで5秒の巻き戻しボタンを押したような動作を数回続け、魔女のようなナニカは盛大なため息を吐く。
「はぁ~……。ま~た切断厨かよ……、今回は何分待たされるんだ?」
そう、男はネット回線を意図的に切断したために男のサーバー通信が行われず、バグったように男が引き摺られて元に戻るという現象が繰り返されていた。
「ほんと5勝に1回は切断だな。怪人チェイサーやめてランナーに転向すっかなあ」
地方にある一軒家、その一室で男がそう呟く。彼は室内でジェット型のヘルメットに似た物を被っており、手にはペットボトルコーヒーとアナログコントローラーが握られている。
そのヘルメットはマイクやヘッドフォンも内蔵された最新VRヘッドギアであった。価格は大手電化製品会社ゾニーの最新据え置きゲーム機の2倍の値段であった。オタカイ!!
彼は今、デッドオアエスケープ«通称:DoE»という非対称対戦サバイバルホラーゲームをプレイしている。
4対1ないし5対2に別れ、チェイサーと呼ばれる怪人or化物が多数のランナーと呼ばれる人間を追いかけて捕まえるゲームである。
そのバイザーには、先程から自分の腹部から伸びた腕が数メートル先にいる男を引きずって元の位置に戻る、という先程の光景が繰り返されていた。
いつもなら2~3分程でサーバーから«対戦相手の回線が切断されました。»と表示され、勝利画面へと移行するはずが今回はイヤに長かった。
10分程経ち流石にイライラした男は、ゲームから退出するべくコントローラーを弄り退出ボタンを表示させる。
これが彼にとってこのゲーム初めの途中退出であった、そのため気づかなかった。いや、気づけなかった。
本来であれば«プレイ途中ですが退出しますか? yes/no»である表示、それが«此処から退出しますか? yes/no»であることに。
「ハイハイ。イエスっと」
そして彼は簡単に己の運命を選択してしまった。
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――バッハベルン王国・ビルベン領・サンデルカの街――
ある日、ビルベンハット伯爵の別荘であった廃墟、街外れの林の中に建つその庭に異世界からの来訪者が迷い込んだ。
0と1で構成されていた幻想空間で夜な夜な人を貪り食らい、可愛らしい令嬢に化けて人に紛れていた怪人が。
「エッ!? ………ここ……どこ………?」
間抜けな男の魂を詰め込んで。
はてさて、彼はこの剣と魔法、そして魔物の溢れる世界をどう過ごすのか。
かの怪人は幻想生命体として生まれ、死ぬこともなく老いることもない。
怪物として生きるのか人として生きるのか、それは彼の選択次第。