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10分の邂逅

作者: 柊一音



息が荒くなる。


人の多い電車。


視界がぼやけてきた。だんだんと人の形が捉えなくなってくる。


『私、逆上せてるんだ』


そう思いいたった。


『いつもなら大丈夫なのに...今日はいつもと何が違ったのか。』


体調は悪くなる一方なのに、頭は冷静に今朝からの行動を振り返る。


今朝、私は寝坊した。

急いでシャワーを浴び、何も口にせず家を飛び出した。

これは、まああることだ。

それでは、今日の格好が暑すぎたのか。

最寄り駅へ自転車を飛ばしたのが原因か。


私の視界はぼやけてきて、目の前の人でさえも、ただのごちゃごちゃした色にしか見えなくなっていた。


いや、最大の原因はこの気候なのだろう。

この春は温暖化のせいか例年よりだいぶ暑い。しかし、私の布団はまだ冬仕様だった。

つまり、起きた時から、潜在的に逆上せていたのだろう。それに加え、人混みの暑さが私をこの状態にさせたんだろう。

その結論にいたった時、声がした。


「大丈夫ですか?」

「......大丈夫じゃないです......」


誰に声をかけているか分からず、聞こえるか聞こえるないかの小さな声で返事をした。


「座りますか?」

「座りたいですけど、人が多くて無理ですから.....」


まあまあの満員電車だ。この中で急に席に座るなんて無謀だ。


「降りますか?」

「降りたいです。だけど、ドアが開かないと無理なので...」


声の近さからして隣にいる人だろうか。若い男の人だ。

姿を確認したいが、もう目の前の人でさえも、ごちゃごちゃした色にしか見えない。


まだドアは開かない。

だんだんと気分が悪くなり、考えるさえも億劫になった。

電車のドアは駅につかなければ開かない。


しばらくして、駅に着いた音がした。幸いドアの近くにいた私は外へ出るために前へ歩いた。電車とホームの区別もつかない。


『見えないということはこんなに怖いものなのか。』


段差があるはずの所を少し大きい歩幅で踏み出す。

無事に足が着地したことに心の内で安堵のため息をつく。


ドアが閉まり、私はふらふらと1番近いベンチへ向かった。なんとかそこに座り込んだ。

少しじっとしていれば、目が正常に戻ってきた。

駅名を見れば私が降りる予定の駅の一つ前の駅だった。先程の電車が間に合うギリギリの電車だったのに惜しいことをした。


すると、足が見えた。私は列車の1番前に乗っていた。その方向には階段もエレベーターもない。つまり、私と同じく先程の電車から降りた人がいたのであろう。

その人は電車から降りたにも関わらずホームから出ようとしない。しかも、ベンチの私と反対側の席に無言で座った。


『この人は誰だろうか。』


体調が戻ってきた私は考えた。


ただなにげなく座っただけであろうか。

ほかの人と待ち合わせしているのだろうか。

いや、もしかしたら私に声をかけてくれた人でかもしれない。

体調の悪い私を心配して降りてくれたのではないだろうか。それなら、感謝を述べなくては。

しかし、違ったのなら私は『何も無いのに他人に感謝を言うおかしな人』である。


そんなことをぐるぐる考えている私を尻目に、その人は立ってしまった。

彼は先程とは違うドアの前に立った。


やはり、私に声をかけてくれたのは彼なのであろう。心配して一緒に降りてくれたのだ。


私はその心優しい彼を見た。

若い男性だ。スーツではなく、私服である。この時間であれば、大学生であろうか。こんな私のために電車を1本遅らせてくれたのだ。見知らぬ他人になんと気遣いのできる人なのだろうか!


次の電車が来る。

私は感謝を彼に伝えることが出来なかった。

彼にまた会えるだろうか。彼の顔は分からないけれど。

いつかお礼を言いたい。


「ありがとう」と。



色々言い訳を探してばかりで私は何もしなかった。彼とはもう会っても分からないだろうから、この場だけでもお礼を言いたかった...

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