外道勇者改め賢者勇者は涙腺が緩い
連作の二話目です。
この話は一話目と雰囲気ががらりと変わります。
キーワードならば、主人公は涙腺緩い、主人公が真面、主人公の愛が重い、辺りを追加でしょうか。
*キャストの名前間違いを発見、修正しました(リリーってだれじゃい!
リリー → ユーリ
それでもよければお読みください。
「おお、そなたが勇者か。名は何と言う?」
「え?」
「そなたは女神へと願った奇跡により召喚されし勇者だ」
精悍な顔だちをした威厳あふれる中年男性からこう告げられたのは二度目の出来事で、俺はまた勇者として召喚された。
厳密に言えば召喚されたのは一度きりだが前回、と言ってよいのか分からないが、最初に召喚され勇者をした時にあまりにも外道だったからリストラされたのだ。
その結果やり直しをする事となり、二度目の対面となっている。
まあ、目の前の中年男性、ファーラン王からすれば初対面なんだろうけどな。
「私は勇者として招かれたのですね。あなたは?」
違う生き方をすれば良かった、と願っていた俺は今度こそちゃんと勇者をしようと思う。
いや、ただの勇者だったら別の形でリストラされるかな。
だったら勇者らしくあり、そして賢くもある者になろう、そう決意してファーラン王へ誰何した。
なお、前回とセリフや態度は全く同じである。
ただし、目は前回胡散臭そうな人物を見る感じだったが、今回は受け入れた者の目、悟った者である賢者の目だ。
「ああ、そうであった。私はファーラン王国で王をしている者だよ、勇者殿。こちらも名を伺っても?」
「私はアカギと申します、陛下」
さて、以降のやり取りは前回と同じで召喚した理由、送還出来ない理由、勇者がなぜいきなり戦えるのかという理由の説明がなされた。
この後も前回と同じであれば近くで俺たちのやり取りを見ている青年騎士、亡国の王子であるレオンの騎士剣を借りて素振りをするのだが、少しシナリオを変えてみた。
「なるほど、私は残された人たちの希望ですか。期待を裏切りたくはありませんね」
この言葉は心から出た真実の声だ。
前回外道だった俺は憑き物が落ちたようにすっきりとしており、ある意味純粋な性格になったようだ。
だからこう思ったし、無意識にそう呟いた。
「流石女神が選んだ勇者だな、アカギ殿。僕はレオン。魔王に滅ぼされて生き恥をさらす王子だ。よろしく頼む」
「王族の血を絶やさないのは立派な勤めでは、レオン王子? それに前線にも加わっておられるのでは?」
「無理やり招いた君にそう言われると心苦しいな。ところでなぜ参加していると分かったんだ?」
前回のレオンとはこんな会話をした覚えがない。
ただ、彼ならばこういうやり取りになるだろうと安易に想像は出来ていた。
王族なのに気さくで良いやつ、それがレオン王子に対する俺の評価だ。
もちろん剣の達人である事も付け加えておく。
「体幹が剣術を嗜む者に見えたからですね」
まあ、これは嘘で前回の事から知っているだけ。
それっぽく理由を言ったのだがレオン王子をはじめ、この神殿の中に集まっている各国の王侯貴族たちから称賛の声と視線を貰った。
今回の俺は魔物が存在せず戦争も数十年経験していない平和な世界の平民であり、実は勇者として召喚されたのが二度目である、と説明した。
ただし召喚された世界はこことは違う場所で、その世界で二年ほど戦争を経験している、とも。
女神から与えられた能力だけではなく、他世界ではあるが魔王討伐を経験した勇者。
それが今回の俺だ。
王侯貴族はそれはもう戦勝したかのような雰囲気に包まれ、そして俺に群がった。
やはり俺の予想は正解だったようで、ただの勇者であればこのまま喰い物にされて奴隷勇者となっていただろう。
この世界の住人が悪なのではなく、人が持つ業、特に特権階級である王侯貴族に多いというだけか。
違う生き方、勇者をせずに反逆する、というルートもあるのだろうがアンジェをはじめレオン王子やリリアンヌ姫がいるこの世界を救いたい、と真剣に考えていた。
だからここで魑魅魍魎たる王侯貴族のイエスマンとなったり、与えられる汚染物質て変質するわけにはいかない。
高潔な堅物、ただし扱いに困るほどではない、をプロデュースする必要があった。
「そういった宴は一戦して勝利した後でどうでしょう? 私も必ず勝てるというわけではありませんからね」
「勇者アカギ殿は謙虚だな。だが民に勇者が現れた報告は必要だと考える。安心させてやりたい」
口ではこういう亡国の王だが、前回では俺に姫を宛がい王家が断絶した国を併合した狸だ。
建前は立派だが、解放軍の主導国であるファーラン王国を出し抜く材料に俺を利用したいだけだろう。
「出立前に演説程度でよろしいかと。資金は民に回したり復興支援に使った方が」
まあ俺もこんな綺麗事を言っているが、隠された言葉は「そうした方が解放後に有利だよ、あなたがね」と。
前回も苦労したのだが王侯貴族は本音を一切口にしない、ちょっとした発言を何十倍にして扱い、失言で言質を取って首を絞めてくる。
外道に覚醒するまでは面白い様に転がされていたが、覚醒してからは勇者ブランドという力でねじ失せてきたやり取りを舌戦で躱す、それが今回だ。
ああ、これだけ取ってもレオン王子たちは付き合いやすい王侯貴族だったな、と表情には出さず考えていた。
「やあ、アカギ殿」
そんな俺に声を掛けてきたのはレオン王子だ。
ただし供を連れての登場。
その供が誰なのか分かり、俺は目を離せなくなった。
「ん? ああ、この女性はアンジェリカ。僕と同じ国出身の侯爵令嬢だ」
「初めまして勇者様。私はアンジェリカと申します、以後良しなに」
ああ、また君の声が聴けるのか。
「どうしたんだ、アカギ殿?」
「勇者様?」
レオン王子と並び立ち、美しさと愛らしさを持った美貌の君にまた会えた。
一度は永遠の別れを覚悟した相手が目の前にいる。
気が付けば頬が濡れていた。
「ああ、申し訳ないレオン王子、アンジェリカ様」
「いきなり涙など流すから驚いたよ。何かあったのか?」
「いや、恥ずかしい話ですよ。実は」
ここで俺はそれらしい話、真実を混ぜた嘘を吐いた。
「まあ、そうだったのですか」
「アンジェが、ね。おっとアンジェという呼び名はアンジェリカの愛称でね」
「レオン様、公の場では困ります」
「婚約者だから構わない、という訳にもいかないか」
レオン王子とアンジェは婚約関係、と聞くと思わず胸がチクりと痛み、奪い取ってやろうと黒い何かが湧き出そうになる。
だけど前回と違って俺は彼女と真剣に、彼とも真剣に向き合うと決めたんだ。
もう、俺は外道にはならない。
だからこそ嘘話をしたのだから。
「大切な人だったか、アンジェリカと似た女性というのは?」
「そう、ですね。幼馴染ですから大切でした。まあ、前回の召喚も併せて三年以上会ってませんから、向こうはどう思っているか分かりませんけどね」
「・・・三年か。無理やり召喚して本当にすまない。母国のため、民のために魔王討伐には僕も参加するが、君が早く帰還できるように尽力させてもらうよ、アカギ殿」
「私もです、勇者様」
「ありがとう、ございます」
今回の俺は涙腺が緩いようだ。
まあ、湿っぽい話ばかりだとあれだから、実は告白して振られ済みという真実を付け加えて笑いを取ったさ。
アンジェとレオン王子には笑顔でいてもらいたいしな。
俺が勇者として戦へ旅立つのは四日後と決まった。
これは初日に俺がどれだけ戦えるか、というのを見せた結果決まった事だ。
外道で卑劣な行為で勝ち続けた俺だが、二年もの戦争の経験は戦上手とするには十分な物だった。
この世界では魔王軍との戦い以前に大きな戦は百年以上起きておらず、戦争経験者は魔王軍と戦い生き残った一部の亡国の兵や騎士だけだ。
女神の加護、人々の希望を力に変える勇者パワーだけではなく、経験値自体がそもそも抜きんでていた俺は誰よりも強く、用兵が巧みだった。
まずは女神教の総本山がある亡国を奪還するために少数の精鋭を連れて俺が先行し、大軍を後発するという作戦だ。
なぜその国から解放すると決まったのかだが、各国の王侯貴族が牽制し合った結果、勇者を授けてくれた女神にまずは感謝を、という建前からそうなった。
あとは俺がそう願った、という事も決定の要因になっている。
俺がそう願ったのは女神に恩返し、という事もあるのだが、それよりも助けたい女性がその国にはいるからだ。
その女性とは前回の時に童貞を捧げた村娘で、彼女はこのままだと村唯一の生き残りとなってしまう運命なのだ。
前回出発したのは召喚から一週間後であり、村に到着した時には壊滅しており、地下倉庫に隠れていた彼女だけが生き残っていた。
その時そういう行為に及んだのは彼女が村の敵討ちを俺に懇願し、その報酬として自ら体を差し出したからだ。
日本人って童貞を卒業させてくれた女性には弱いものだ。
この考え方は俺だけじゃないはずで、女々しい考えじゃないと、思いたい。
まあ、私情が絡んだ越権行為だとは認識しているが、決まらないのであれば俺の意見を取り入れたい、そう思っても悪くないはずだ。
女神への恩返しってのは嘘じゃないしな。
そして出発まで時間が空いた二日間、王侯貴族からの誘いをやんわりとだが全て断り、俺はこの世界の事を学ぶべく王城内の書庫へと訪れていた。
前回は調子に乗ったアホだった俺はこの世界の事をほとんど知らず、王侯貴族や魔導士たちから与えられた情報だけを鵜呑みにしていた。
だが今回はそういう訳にはいかない、と学ぶ事にしたのだが、これまた王侯貴族たちがにじり寄ってきた。
教えるのは任せてくれ、と。
だから前回教えてくれた魔導士、魔王討伐直前に死亡したユーリから教わる訳にはいかなくなり、自主学習する事にしたのだ。
だから書庫へとやってきたのだが、その貯蔵量にいきなり挫折しそうになった。
国立国会図書館へ足を運んだ事がある人は何人いるだろうか?
それが目の前にあると言えば経験者には十分だと思う。
あっちは検索するための機械があったり、案内図があったり、司書が優秀だったので欲しい本には辿り着けた。
が、こちらには司書しかいないし、その司書はファーラン王から指示を受けており利用するのを躊躇う。
最優先で勇者アカギをバックアップして持て成せ、とな。
そんな司書を頼ったら面倒になる事この上ない。
仕方がないので一番近い本棚から攻略に掛かろうと歩みを進めると、そこに見知った人物がいた。
いや知っているのは俺だけで、相手からは初見の人物だろう、俺がいくら有名だろうと。
その人物とは愛らしい容姿ながらも十代で宮廷魔導士となった才女、魔導士ユーリだ。
召喚直後だと彼女の年齢は二十歳だったはずだから、多少愛らしくても当然かも知れない。
本人に言えば拗ねるのだが。
俺から無理やり関係を迫られただけではなく、最後まで無茶をさせて死んだ彼女を見て動きを止めてしまった。
それが怪しかったのか、ユーリは手に取った本から視線を俺に向けた。
「見ない顔です。まだどこかの国から亡命してきた?」
そう、彼女はこういうちょっと抑揚がない、ある意味幼い口調の見た目は少女な女性だった。
「ああ、違いますよ。私は昨日呼ばれましてね」
「勇者アカギが、あなた?」
「ええ、そういう任を頂きました」
「勇者が何でここに?」
「初めて訪れた世界ですからね、学ぼうかと」
「なるほど。何が知りたい?」
どうやら今回も彼女が教師役をしてくれるようだ。
ユーリを教師役にこの二日間は勉強漬けだったのだが、二十四時間ずっとという訳にもいかず、彼女が空いている時間に欲しい知識が書いてある書物を教えてくれる、それだけの関係だ。
今回の作戦にはユーリは参加しないので暇といえば暇らしいのだが、その分参加する魔導士たちが担う仕事を肩代わりしているらしい。
ただ彼女は優秀、魔導士としてだけではなく事務的な事も他者よりも優れていたので通常の三倍の仕事量でも数時間も掛からないとか。
だったら普段からそれぐらいやっていれば、と聞いてみたらちょっと拗ねた。
「仕事量は皆同じ。それにそうなったらアレンと会う時間が減る」と。
アレンというのは前回俺を殺した魔導士の文官で、魔導士としての腕よりも事務的な事が優秀なユーリの恋人だ。
そのアレンだが現在は作戦の準備のために馬車馬の如く働いているらしく、缶詰状態で宿舎にも帰っていないそうな。
アレンにも会えない、だから書庫で魔術の勉強でも、と暇を持て余していたからの教師役だとユーリの弁だ。
かわいい先生に教えて貰えるのは外道でなくてもうれしいものだから、ありがたく教えて貰うけどな。
そんな授業の合間には書庫に籠ってばっかりだと気分が滅入るので王城の中、移動制限の掛けられていない区域を散策して気分転換を図っていた。
勝手したたるなんとやら、な場所だけに目新しさは一切ないのだが、気が付けば花咲き誇る庭園に辿り着いた。
なぜここに来たのかは無意識としか言いようはないのだが、ある人物を見掛けてその理由が判明した。
その人物、その女性に会いたかったのだ、無意識で。
かさり、と芝生を踏む音で接近者に気が付いたのか見知った別の女性、磨き上げられた非実戦的な鎧を身に纏った女性と給仕服姿の女性、二人の美女がこちらを向いた。
「誰だ? ここは姫様が利用されている場所だ、退場されよ」
誰何と共に命令してきたのは女性近衛騎士。
「良くないわ、フラン。いきなりそのような事を言っては」
その女騎士を嗜める声は美しく、天使の歌声、と評されても不思議はない魅力ある物だった。
初めて聞いた時もそう思ったが、彼女の声は本当に綺麗で耳に心地良い。
だが、その容姿はあまりにも、なのだ。
「姫様。彼は昨日召喚された勇者様です」
「なっ、あっ、彼が」
知っていたのだろう給仕は俺が何者であるかを女性、姫に伝え、女騎士はその言葉に絶句した。
「まあ、勇者様でしたか。お初にお目にかかります、勇者様」
姫と呼ばれた女性は少し苦しそうに立ち上がって俺へとあいさつした。
その所作はとても美しく、でも見た目は、である。
もう、十分か。
彼女の名はリリアンヌ。
この国の唯一の姫であり、王の命により魔術の所為で体系がぽっちゃりしすぎた少女だ。
「初めまして王女殿下。私はアカギと申しまして、女神より勇者の任を頂いた者です」
流石にあいさつはきっちりしないと、と思い出したので返礼しておいたのだが、彼女を見て胸に来るものがある。
女神よ、どうして俺の願いをちゃんと叶えてくれなかったんだ。
まだリリアンヌ姫には魔術が施されているじゃないか!
「どうぞ、よろしければ勇者様も・・・あら、どうされました?」
「いえ、これは失礼しました。ですが女性の茶会に男が混じるのは無作法ではありませんか? それに私は平民です」
「まあ、作法をご存じなのですね。流石は勇者様。どうぞ気になさらず、ご一緒致しましょう」
「姫様。勇者様とはいえ未婚の女性が」
「勇者様だから大丈夫よ。私、勇者様にお話があったの。だから、ね?」
リリアンヌ姫、勇者ブランドだから大丈夫とか甘いですよ。
前回の外道モードだったら俺が喰い物にしようとしただろうし、今回でも俺を喰い物にしようとファーラン王や貴族たちが画策すると思うけどな。
本当にこの少女は一切擦れていない、心根の清らかな人だ。
だからこそ、俺は彼女の魔術を何とかしたい、そう願ったのだが。
そんな俺の考えを他所に何時の間にかリリアンヌ姫の侍女がお茶を用意し始めたので参加する事にした。
まずいと考えたが、彼女とちゃんと向き合いたいと死の間際で思ったのを思い出したからだ。
魔術によって魔力が栄養に代わる姫がお茶会?と疑問に思うかも知れないが、栄養を摂取していようが喉は乾くし、腹も減る。
一時期は拒食症だったのだが、解消されてからは普通に食事も取っているので栄養過多でこの体形。
食は一般の女性よりも細いのにこれである。
魔術を解除すれば済む話だろうと、前回も思ったのだが厄介な事に誰も解除出来ないのだ。
実はこの魔術はかなり強力な禁呪に相当する大魔術で、それこそ女神でもなければ解除出来ない厄介な物なのだ。
生き永らえさせる為とはいえ自分の娘に使わせるなよ、ファーラン王。
まあ、愛する王妃を亡くしたショックを受けていたのは姫だけじゃなかったという事か。
それらを思い出しながらもお茶を一口、懐かしい味を楽しんだ。
「旨い」
思わずそう呟いてしまうぐらいにこのお茶の味は俺にとっては特別なのだ。
ファーラン王国特産の茶葉を使った紅茶で、アンジェが好んでいた物。
東屋に近づくにつれその匂いが漂ってきたからその時点で気付いていた。
また涙腺が緩くならないか気を引き締めていたのだが、一口したらその気も緩み、出たのが旨いの一言だ。
その一言に三者三様の反応があった。
「恐縮です」
「流石は姫様お気に入りの茶葉。勇者様も虜にするとは」
侍女と女騎士の反応は予想出来た。
だが、リリアンヌ姫のは予想出来なかった。
「うふふ、やっと笑顔を見せて頂きましたね」
いや、ある意味予想通り、なんとも彼女らしい言葉だった。
「勇者様、申し訳ございません。私どもの都合で無理やり召喚などという行為、更には命を懸けて魔王を討てなどと」
そして話とは、前回同様俺への謝罪だった。
アンジェとレオン王子以外から初めての謝罪。
いや、真の意味での謝罪はリリアンヌ姫が初めてだろう。
アンジェとレオン王子は確かに心から謝罪はしてくれてはいたが、どちらかといえば同情に近いもの。
だが彼女の場合は俺への行為に対する謝罪の気持ちを純粋に表した言葉だ。
だからこそ、前回は反逆しなかった。
もし、彼女のこの言葉がなければ早々に勇者を辞め、第二の魔王となっていたはずだ。
今回は外道にならない、勇者として、そして彼女たちの幸せのためにやろうと決めていた俺も、やっぱり彼女の言葉は胸を突いた。
だからすんなりと言えた。
「いえ、頭をお上げてください、王女殿下。その言葉だけで十分です。非才ではありますが、女神の加護を受けていますし、どうぞ、ご期待ください」
「感謝致します、勇者様。あの、出来ましたらリリアンヌと呼んでいただけませんか?」
「恐れ多いですが、リリアンヌ様がそうおっしゃるのであれば。よろしければ私の事もアカギとお呼びください」
「分かりました、アカギ様」
「様は結構ですよ」
「うふふ、ではアカギさん、と。でも、それでしたら私にも様は」
「姫様」
「と、まあ、リリアンヌ様のお立場ではここまでが限界かと」
「もう、仕方がありませんね」
今回の目標に魔王討伐と他にもう一つ加わった。
絶対にリリアンヌ姫の魔術を解除してみせる、と。
勇者初出陣の前日、中々寝付けなかった俺は与えられた部屋を出てとある場所へ向け歩いていた。
勇者という役割はかなり重要なようで、部屋の外には門番の如く近衛騎士が哨戒如く立っている。
彼らの役割は勇者の命を狙う外敵から守る、だけではない。
ファーラン王国以外の国からの接触、ハニートラップを未然に防ぐ事も含まれていた。
まあ、もう一つは勇者である俺が逃げ出さないように、とか、変な行動起こさないように出禁にしたいのだろうな。
窓から出るので意味ないんだけど。
俺が与えられた部屋は貴賓室、VIPを持て成す為のフロアである五階なので、まさか窓から出入りするとは思っていないようだ。
見張りの影が見えない事をいい事に音も無く窓を飛び出し、ロッククライミングの如く壁を下る。
発見されたら不審者として捕まる事確実だ。
なお、飛行魔法で飛べば不審な行動をせずに済むのだが、飛行魔法ほど高度な魔法を使うと警報に引っ掛かるので使わなかった、そういう事だ。
そこまでしてやって来た場所というのは城の敷地にある池の畔。
その場所は今日みたいな雲が少ない月がしっかり出ている夜になるとちょっとした幻想的な光景が見られる所だ。
月の滴と名付けられたその池は、魔術と設計により月明りを反射させて水面を光らせ、まるで妖精が水面の上を歩くかのような光景に代わる。
それを教えてくれたのはリリアンヌ姫であり、前回最初に訪れた時に彼女と初めて出会ったのがここだった。
彼女に会いたくなったからここに来た、という訳じゃない。
眠れる夜に窓から差し込む月光を眺めていたらこの池の事を思い出したからだ。
そして彼女を初めて見た時の事も。
それで気が付いたら部屋を抜け出しここにやって来ていた。
だから彼女と出会ったのは偶然で、思わず出た言葉は無意識だった。
「まるで妖精のようだ」
「え?」
「つっ・・・すみません、何でもありませんよ、アンジェリカ様。それとこんばんは」
そう、アンジェと出会ったのは偶然なんだ。
でも見惚れたのは必然なんだろう。
かなり重病だよ、俺。
思わず苦笑してしまうぐらい、自分の気持ちが怖かった。
―――――このまま連れ去って貪りたい
そんな黒い欲望が一瞬とはいえ沸き上がったからだ。
「こんばんは、勇者様。貴方も月の滴を知っていたのですね」
「ええ、リ、王女殿下から教えて頂きまして」
「そうでしたか。でも、本当に妖精が踊るように綺麗な光景ですよね」
「えっと・・・聞こえてましたか?」
「ええ、それはもうばっちりと」
アンジェはいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべ、前回と同じやり取りを交わした。
そうだった。
俺は前回、彼女をこの池の畔で見掛けてその美しさと愛らしさに心奪われ、道を外れていく切っ掛けの一つにしたんだ。
俺を振ったクラスメイトに似た容姿の彼女を、その代わりに俺の女に、なんて。
まあ、絵に描いたような王子様なレオンへの当てつけってのもあったか。
本当に俺って外道で小さいやつだったな。
クビになって当然だよ、マジで。
一頻口元に手を当てながら笑っていたアンジェも姿勢を正し、水面へ視線を戻す。
どうやら隣に立つ事を許されたようだ。
しばらく声なく二人で妖精のダンスを眺めていたがすっと辺りが暗く、月が雲に隠れたので妖精はその姿を消した。
「舞踏会は終わりのようですね」
「鐘の音は鳴っていませんが」
「どういう事ですか?」
「ああ、私の故郷に伝わる」
元の世界でとても有名な灰かぶりな姫の話を彼女に聞かせた。
立ったまま話すのも嫌だったので近くの東屋へと案内する。
簡単に纏めた、というよりも詳しく知らないから五分ほどで終わる物語を語った。
「素敵なお話しですね。勇者様の世界は幸せに満ちていたのでしょうか? だからそんな物語が」
「いえ、一応この話も裏の側面がありましてね。継母や連れ子の姉たちは悲惨な最後を迎えるのですよ」
「そうなのですか」
「大昔に作られた話ですから教訓としての意味合いが強く、時代が進むに連れてその部分の省いた観劇風に変更された、とか言われてますね」
「文化が発展した世界、なのですね。やっぱり幸せだと思いますよ、勇者様の世界は」
「そうでしょうか?」
「ええ。だって勇者様が生まれた世界でしょう? そうじゃなければ勇者様のような方は生まれないと思います」
―――――違う、俺は外道を心に宿した男なんだ
思わずそう言いそうになって口を閉じた。
もう外道にはならない、そう決めたのだから。
でも彼女には本当の俺を知っていて欲しかった。
それで俺が勇者じゃなくなったとしても、アンジェにだけは知っていて欲しい。
その思いが強くなり、語りだしていた。
「アンジェリカ様。私は」
三年前に勇者として召喚され、二年で魔王を討伐した事。
討伐するにあたり卑劣な手段も多用して勝進んで行った事。
その手段で犠牲になった者が生き残った者たちと同じぐらいの数になっていた事。
俺の所為で不幸になり、死ぬよりも辛い目に会った者がいた事。
「恋人から女性を奪って自分のモノにした事。そんな事をしていたんです、私は。魔王討伐後の一年間も似たような物でした」
語ったのは俺が外道な勇者だった話。
後悔ばかりの懺悔のような告白。
たぶん顔は下を向けての告白、が普通なのだろう。
でも、アンジェにはそんな所も見せたくなかった。
だから彼女の顔、瞳を見て話し続けた。
もう彼女の笑顔を見れなくなったとしても、それでも騙すような事はしたくなかった。
「そしてその世界から排除されました」
「そうやってこの世界へと来られたのですか?」
「はい」
「そうですか。それでも」
俺の話を聞いた彼女はそれでも変わらなかった。
いや、やっぱり俺に対して少し恐怖するような表情も見せていたが、話し終えた後、美しくも愛らしくもある笑みを浮かべた。
「やっぱり私は貴方の生まれた世界は幸せに満ちていたと思います」
「ですが」
「だって私に似た女性の話をしていた時の貴方はとても寂しそうで、でも笑みを浮かべていましたよ」
ああ、あのクラスメイトを思ってたからじゃなく、君が目の前にいたからなんだ。
「そう、その表情です。よっぽど大切な人だったんですね」
「はい、大切でした。私は彼女を愛していました」
僕は君が大切で、大好きだったんだ。
そう気付けたのは死の淵に立った最後の瞬間だったけどな。
今目の前にいるアンジェは厳密に言えばあのアンジェとは違う。
一度も告げた事のない想いを聞いて欲しかった。
もう二度と聞いてもらえない相手に聞かせるように、彼女へと告白した。
「あれ? 何で私、涙なんか」
気が付けば彼女は涙を流し、頬が濡れていた。
「感動したから? 違う、そうじゃない。羨ましかったから? 違う、そうじゃない。悔しかったから? 違う、そうじゃない」
無意識に流した涙に動揺したのか、考えが口から出ているのに気が付いていないようだ。
そう、彼女は気が動転すると考えがそのまま口に出る癖がある。
前回の時はどんくさい癖だなぁ、と思っていたが、今こうやって目の前で見ていると微笑ましく感じる。
だから素直に笑顔になれた。
「嬉しかったから? うん、これだわ。私、嬉しかったんだわ。でも、どうして?」
ああ、女神。
なんて憎い、いや嬉しい演出をしてくれるんだ。
覚えているはずのない前回の俺と彼女の関係。
記憶にはないはずだけど、魂では覚えている、そう思わせてくれる彼女の涙だった。
その後、涙を流す彼女を笑みを浮かべて眺めていた事がばれ、拗ねられた。
その詫びとしてアンジェリカじゃなく、アンジェと呼んで欲しいとお願いされた。
だから俺はこの世界で誰にも告げた事がない名前、ユウジと呼んで欲しいと、お互いの呼び名を変えた。
もちろん、人前ではアンジェリカ様と呼ぶし、アカギ様と呼ばれる関係なのだが。
「そうか、名はユウジというのか、勇者アカギ殿」
アンジェが去った後、俺がいる東屋に一人の騎士がやってきた。
彼女との会合で最初は気が付かなかったのだが、途中から分かっていた気配。
彼女の婚約者であるレオン王子が姿を見せた。
「アカギが家名ですよ、レオン王子」
「平民と言わなかったか?」
「私のいた国では国民全て、いえ皇族以外が全てに家名が付けられていました」
「この世界とは真逆だな」
「まああっちの世界でも私が生まれた国特有の制度ですよ、皇族だけ家名がないのは」
詳しい事は知らないけどな。
「ところで、一応僕とアンジェは婚約関係にあるのだが、忘れたのか、勇者アカギ?」
「忘れてはいませんよ」
「それにしてはまるでアンジェを口説いているように見えたが、気のせいか?」
「いえ」
口説いてたよ、本気で。
「あなたと真剣に勝負したかったのですよ、レオン王子」
「どういう事だい?」
レオン王子と本気で勝負して、そして勝ち得たいんだ、彼女の心を。
だからこそ、途中で気が付いていながらも話し続けたんだ、彼女と。
「聞いていたでのしょう? 前の勇者では道を外れた存在だったと」
「ああ、聞いたよ。正直驚いてはいるが」
「だからですよ。だからこそ、あなたのような人と真剣に向き合いたい。そして彼女と」
「後悔しているから代わりにすると? 幼馴染の女性の代わりにすると?」
「確かに後悔はありますよ。でも、今度こそ、心から愛したい、それだけです」
「そう、か」
「そしてレオン王子。あなたの様な人物とも、ですよ」
そう、本気でぶつかり合って、そして友人になりたい、そう思ったんだ。
「ふふ。流石に王子なんて身分だからそういう事を言ってくる者に出会った事がなかったな」
「でしょうね」
「でも、今、僕は嬉しく思う。婚約者は取られたくないが、真剣に向き合う相手というのは、かな」
「ええ、よろしくお願いします、レオン王子」
「ああ、こちらこそよろしく。ところでアンジェにはユウジと呼ばせるんだ、僕もそう呼ぶのは可笑しいかな?」
「いえ、ユウジと呼んでください」
「だったら僕もレオンと。王子はいらない」
「ええ、これからよろしく、レオン」
「ああ、ユウジ」
ああ、女神よ、見ているか?
少しは違う生き方を俺は出来ているか?
もしそうだったら・・・
嬉しく思う。
お読みくださってありがとうございます。
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