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逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第四章 消失の異世界
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4-11 『拡大する世界』


「にゃーん! ラエにゃんだにゃーんっ」


 目の前には、ラエフがいた。

 ルミセンに振り払われた手は、ラエフに握られている。


「また、ここに来たのか。今度は何の用だ?」


「用がないと、呼んじゃダメなのかにゃん?」


 ラエフは猫のように手を丸め、顔をこすった。

 そのしぐさにどんな意味があるのかはわからないけれど、そんなことは気にもせず、大志は黒い空間の中で椅子の感触を確かめて座る。


「レーメルみたいな喋りかたするなよ。紛らわしいぞ」


「あんなのと一緒にするなんてひどいにゃん。ラエにゃんは、これでも女神様にゃーん」


「女神っていうなら、早く元の世界に返してくれ。海太に殴られたりして、大変だったんだぞ」


 するとラエフは、焦らすように腕を組んで笑顔を見せた。

 そして大志の隣に座ると、ため息を吐く大志の顔を覗きこむ。


「本当にいいのかにゃん? この世界で、することがあるんじゃないのかにゃん?」


「……大上大志プロジェクトのことか。ラエフはどのくらい知ってるんだ?」


「なーんにも知らないにゃーんっ!」


 大志について調べたのだから、何も知らないということはないはずだ。しかし、嘘をつくメリットがラエフにはない。あの事件のことは知っているけれど、その他のことは知らないということだろう。

 それにしても、会うたびに喋りかたが変わっていては、気が狂ってしまいそうだ。これでは、ふざけているか、おちょくられているかのどちらかにしか思えない。


「そうか。なら、大上大志プロジェクトがどうにかできたら、ちゃんと元の世界に帰してくれよ」


「わかったにゃん。……でも、あの世界に幸せはあるのかにゃん? 今の世界のほうが、楽しいんじゃないのかにゃん?」


「まあ、それなりの地位を得たから、楽しいっていえば楽しい。理恩にイズリ、ルミセン、レーメル、守りたいやつもいる。……だが、守れなかった命は、魂は、あの世界にしかない。あいつらのことを忘れて、こっちの世界で生きるなんてできない。だから大上大志プロジェクトを潰し、そのあとで戻りたいんだ」


 すると、ラエフの表情は暗くなった。

 ラエフが大志に肩入れする理由はわからないけれど、大志を心配していることだけはわかる。


「また、自分を見失うんじゃないのかにゃん? 忘れて、楽しく暮らしたほうが、君は幸せなんじゃないのかにゃん? そのためなら、どんなことでもするにゃん」


「ちゃんと真面目に喋れよ。……それに、どうしてそこまでしてくれるんだ? 俺は、ラエフに何かしたのか?」


「それは秘密にゃんっ! 君は、ラエにゃんに甘えてればいいだけにゃーん」


 ラエフの人差し指が、大志の口をふさいだ。

 そんなラエフの手を払いのけることもできず、ただラエフの笑顔を見つめる。女神が、甘えていいと言ってきたのだ。驚きのあまり絶句してしまっても、無理はない。


「どうしたにゃん? 膝枕とか、なでなでとか、ハグとか、なんでもしてあげるにゃん」


 ラエフの肩に手を置くと、口をふさいでいた指が離れた。

 そして二人は見つめあい、無言の時が流れていく。


「何をしてほしいにゃん?」


 最初に声を出したのは、ラエフだった。


「なんでもって、言ったよな?」


 するとラエフは期待に満ちた眼差しで、何度も首を縦に振る。

 それならば、願うことは一つしかない。せっかく女神が叶えてくれるというのだから、絶対に不可能なことを願う。大志は欲張りなのだ。


「なら、ラエフの保管している能力を、すべてくれ。一つ残さず、すべてを」


「それはダメにゃん」


 即答で否定された。

 なんでもと言っておいて、それは卑怯である。せっかくラエフから転移の能力をもらって、ラエフに頼らず元の世界へ帰ろうとしたのに、これではなんでもではない。


「持てる能力には、限りがあるにゃん。ラエにゃんは大丈夫だけど、普通の人は耐えられないにゃん」


「因子の数がどうたらって話か。ラエフはいくつ持てるんだ?」


「女神に制限はないにゃん。いくつでも持てるから、能力の管理もできるんだにゃん。もちろん王座に座った王も、制限はなくなるにゃん」


 12席ある王座に座った者は、神と同等の力を得る。

 つまり、ラエフ以外にも神の力を持った者が12人もいるのだ。いまだに世界が平和であるということは、悪い人が誰も座っていないということである。それだけは、安心だ。


「王座は、どうしてつくったんだ? オリジナルの王については仕方ないとしても、王座はなくせるんじゃないか? あっても、意味ないだろ」


「たしかにそうだけど、つくったからには壊したくないにゃん」


 手間をかけて作ったのなら、壊したくないという気持ちもわかる。

 顔を近づけてくるラエフから逃げようとすると、バランスを崩して倒れてしまった。しかし、椅子に座っていたはずなのに、倒れてみたら、ベッドの上にいる。姿かたちは見えないけれど、その感触や肌触りはベッドそのものだ。


「やっと、その気になってくれたにゃん」


 大志が逃げられないように、ラエフは身体の上に覆いかぶさる。

 どこか艶のある表情に見とれてしまった大志は、ラエフにキスをされそうになっていた。


「今日はどうしたんだよ!」


 ラエフを突き放し、上体を起こす。

 会うたびに、ラエフの心が開いているような気がした。悪い気はしないけれど、今回のようなことをされるのなら、これ以上は開かないでほしい。


「ラエにゃんも、キスしたいにゃーん。ダメにゃん?」


「普通に考えて、ダメだろ。ラエフは女神で、俺は人だ。それに、俺だって相手は選ぶぞ」


 するとラエフは頬を膨らまし、大志の頭を胸に抱いた。

 柔らかい感触に包まれ、すべてがどうでもよくなる。しかし、ゆっくりと惜しむように、身体を離れさせた。

 再び見たラエフは、柔らかい笑みを浮かべている。


「ラエにゃんは、いつでも大丈夫にゃんっ」


「何が大丈夫なんだよ。悪いが、俺には理恩がいる。だからラエフとはキスできないし、それ以上のことをする気もない」


「ここでのことは、誰にも気づかれないにゃん。だから、気にすることもないにゃん」


 ラエフは大志の手を胸に導こうとするけれど、振り払われて触れられることすら叶わない。


「そういう問題じゃない。俺は、ラエフのことを知らなすぎる。だから教えてくれ。どうして俺は、この世界に連れてこられたんだ?」


「それは言えないにゃん。……本当の理由を知るには、早すぎるにゃん」


 すると、大志の意識は浮かぶ。

 ぼんやりと上空に、ラエフから遠ざかるように意識は薄くなっていった。


「会いに来てくれる日まで、待ってるにゃん」


 最後に見えたラエフは、笑っていた。







 意識が戻り、戻ってきたのだと理解する。

 ルミセンに否定され、そのあとラエフのところへと行っていた。突然意識を失って、心配させてしまっただろうか。

 目を開けると、天井が見えた。どうやら、どこか建物の中に移動させられたようである。


「……あ、あ……」


 しかし天井はとても高く、まるで巨人の家へと迷い込んだ気分だ。

 しかも言葉もうまく喋れず、言葉になっていない声が漏れるだけである。


「あっ、起きたんですね」


 イズリの声が聞こえ、視界に顔が映った。しかしそのイズリの顔はとても大きく、まるで巨人になってしまったかのようである。

 次々と見えたルミセンやレーメル、理恩などの顔もとても大きかった。

 嫌な予感がして、大志は自分の手を見る。左腕があり、手は小さくてぷにぷにとしていて柔らかそうだ。


「小さくなって驚きましたよ」


 イズリが近づけた大きな指を握ると、イズリは嬉しそうに目を輝かせる。

 もはや疑う余地はない。子どもの、それも乳児ほどの小さな姿へとなってしまったのだ。しかしその能力はルミセンのもので、大志にはない。ルミセンと一体になっているわけではないし、なぜこうなったかのかは謎だ。


「あっぶ、あう……」


 言葉はわかっていても、口が思い通りに動いてくれない。そのせいで喋ることができない。

 元に戻る方法もわからないし、これでは何もできない。


「どうしたの? お腹すいたの?」


 理恩はそう言って、大志を抱いた。

 なぜか懐かしい気分がして、つい大志は泣いてしまう。乳児に戻ったせいなのか、自制することもできなかった。


「えぇぇ!? どっ、どうして泣いたの?」


 大志を揺り動かして泣き止ませようとするが、一度出た涙はなかなか自分でも止められない。

 助けを求める理恩から、ルミセンは大志を奪う。


「急に泣いちゃったときは、トイレなの!」


 抵抗もできず、ルミセンに服を脱がされた。

 今まで着ていた服とは異なり、小さい子供が着る用の簡単に着脱できるものになっている。

 イズリやルミセンに下半身を見られて若干の不快感はあったけれど、イズリもルミセンも心配してくれているのだ。今はそれに感謝しつつ、見せるしかない。


「トイレじゃないみたい。それなら、お腹がすいたってことなの」


「歯が生えそろっていないようですし、どうするのですか?」


「ミルクをあげるの。誰か出せる人はいないの?」


 しかし、誰も手をあげない。

 もしもいたとしても、家族でもない男に飲ませるのは嫌だろう。

 するとルミセンの前にティーコがやってきて、哺乳瓶を手渡した。その中には、ミルクが入っている。


「こうなるだろうと思って、作っておきました。冷やして、飲みやすい温度になってると思いますが、保証はできないです」


 こういう時に便利な粉ミルクというものだ。

 この世界にもあってよかった。元の姿に戻れなければ、ずっと何も食べられなかったところだ。


「まるで育てたことがあるような、手際の良さなの。まさか……」


「ちっ、違います! そもそも、相手もいませんでしたし」


 ティーコは顔を真っ赤にして、足早に去ってしまう。

 そんなティーコを気にもせず、ルミセンは座った足の上に大志を乗せた。片腕で大志の身体を支え、そしてもう一つの手で哺乳瓶を持つと、大志に飲ませる。

 飲んでみると、悪くない味だった。


「わ、私にもやらせてくださいっ!」


 いつになく声を弾ませるイズリは、ルミセンから哺乳瓶を受け取る。

 そして大志はルミセンからイズリの足の上に移動させられ、イズリの手によって飲まされた。


「大志さん、かわいいですね……」


 子どもが好きなのか、イズリは笑顔になる。

 ミルクを飲み終わると、抱えられてげっぷをさせられた。




「それで、問題はこのあとなの。誰が、タイシ様の面倒を見るの?」


「それは私だよ。恋人なんだから、当然でしょ」


「それはダメなの。さっき抱いた時に泣かれたの。タイシ様は嫌がってたの」


 そんなことはないのだが、それを伝える方法がない。

 しょんぼりと落ち込む理恩の隣で、レーメルが手をあげた。


「それなら私がやるみゃん! 恩をつくっておきたいみゃん」


「危なそうだから、却下なの。タイシ様にもしものことがあったら、どう責任を取ってくれるの?」


 するとレーメルは手をおろし、申し訳なさそうな顔をした。

 理由はどうであれ、レーメルのその気持ちだけで嬉しい。


「お兄ちゃん……」


 ポーラが顔を覗かせた。

 年の功というべきか、ポーラが安パイのようにも見えるけれど、二人になった途端に王が出てこないとも言い切れない。そうなれば、何をされるかわかったものではない。

 首を横に振ると、ポーラは見えなくなった。


「なら、私はどうかしら? おねショタってやりたかったのよ」


 意味不明なことを言って、詩真は大志を抱きかかえようとする。

 しかしその手をイズリにふせがれ、大志に否定された詩真は、そのまま退場した。


「あっ、あうっ、うー」


 今はルミセンと一緒にいたくない。一緒にいれば、さらにルミセンを傷つけることになる。

 なので大志は、イズリへと腕を伸ばした。

 イズリは驚きつつも大志を抱き上げる。そして笑顔になった大志を見て、イズリも笑顔になった。


「私でいいんですか?」


「うー、大志の裏切り者―」


 理恩は何をするかわかったものではない。そのに比べてイズリは、誠実に育児をしてくれそうなので、今回は理恩ではなくイズリを選んだ。

 それに、イズリがどんな生活をしているのか気になりもする。


「それでは、とりあえず一日だけ」


 あまりにも嬉しそうな表情を見ていると、ずっと世話をしてもらいたいと思ってしまう。


「大志さんは、何がしたいですか?」


 そう問われても、大志には答えられない。

 イズリのしたいようにすればいい、というのが本音だ。


「……と聞いても困りますよね。ちゃんと聞こえているのかも、わかりませんし」


「しょうがないから、私も一緒に行くみゃん。イズリ一人だと、何かと不自由があるだろうし、いいみゃんね?」


「はい。ありがとう、レーメル」


 大志を抱いたイズリは、レーメルと一緒に部屋を出ていく。

 イズリの胸の感触を味わいながら、イズリとレーメルに世話をされる一日に期待した。



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