表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第四章 消失の異世界
96/139

4-9 『新たな予感は北へ南へ』


 すべてが、ゆっくりに見えた。

 これが、戦闘中のレーメルが見ているものなのか。

 重かった身体も軽くなり、海太から逃げるなんて、苦労のくの字もない。


「消えたってん!?」


 海太から逃げて安心すると、ゆっくりだった世界は元に戻った。

 大志はゴブリンの前に立つと、拳に力を込める。


「封魔の印に苦しんでるのなら、俺が壊してやる。それが、お前の望みだろ?」


「これを壊せば、魔物が暴れる。それに、そう簡単に壊せるものではないのだ!」


 名器から、光が放たれた。

 しかし集中すると、再び世界はゆっくりになる。ゆっくりになった世界で、ゴブリンの懐へと入り、その腹へと拳をねじ込んだ。


 すると、ゴブリンは飛ぶ。

 力の加減など忘れ、強化された全力をぶつけた。


「あ、わるい……」


 壁へと打ちつけられたゴブリンに、崩れた壁が落ちる。

 さすがに、このままでは殺してしまうかもしれない。大志は名器に注意しながら、崩れた壁に押しつぶされたゴブリンを見た。

 赤い液体が流れており、大志は血の気が引く。

 血相を変えて瓦礫をどかすと、そこには潰されたゴブリンがいた。


「ま、まさか……そんな……」


 すると、流れていた血が動き、ゴブリンの身体へと逆流する。

 そして流れた血をすべて取り込んだゴブリンは、むくりと身体を起こした。


「名器を持ってるだけで、死ねないってことか」


 光を放たれるよりも前に、蹴り上げる。

 離れないように大志も飛び上がり、高く上がったゴブリンを地面へと叩きつけた。


「俺なら、その封魔の印を壊せる。壊して魔物が暴れるのなら、それも俺が何とかしてやる。だから、これ以上、誰も傷つけるなッ!!」


 着地した大志に詩真の銃口が向けられ、放たれるよりも先に狙いからそれる。


「タイシ様っ!」


 振り向いた時には、遅かった。

 ルミセンが、海太に殴られそうになっていた大志の身代わりになったのである。

 横たわるルミセンを見て、つい海太を殴ってしまった。海太は地面を転がる。それなのに、海太は再び立ち上がり、大志へと走った。


「ルミセン……ありがとう」


 もうこれ以上、待ってはいられない。

 無理やりにでも封魔の印を壊し、解放してもらう。


 呪いなら、封魔の印を壊せると、リングスは言っていた。

 もしもそれが本当なら、大志を強化している呪いでも、同様に壊すことができる。

 殴りかかる大志の速度に、世界の速度がおいつけない。すべてが止まったような世界で、力を込め、呪いを込めた拳を、ゴブリンの腕に描かれた封魔の印へと押し当てた。


 描かれた六芒星にひびが入る。

 ひび割れから光が漏れ、やがて封魔の印は音を立てて、消えた。


「やってしまったな」


 ポーラが口から漏らすと、杖についていた名器が光り、消える。

 ルミセンを抱えてポーラのもとまで後退した。


「王なんだろ。どういうことだよ?」


「封魔の印があったおかげで、呑まれずにいられたんだ。その封魔の印を壊したらどうなのか、わかるな?」


「まさか、名器って勝手に身体に宿るのか?」


 その答えは、ゴブリンを見ればわかる。

 名器がなくなり、ゴブリンの様子は一変した。自身に満ち溢れた顔で、高々と笑っている。


「それはない。互いに望まなければ、宿ることはない。すべてが揃えば、どうだかはわからないが」


「つまり、あいつは――」


 そこで、大志の身体は自由を失った。

 名器の光を浴びたわけでもないのに、大志の身体は操られてしまったのだ。

 大志の意識は沈んでいく。暗い闇の中へと、沈んでいく。







「……仕方ないな」


 操られた大志を叩き倒し、ポーラはゴブリンを睨んだ。

 ゴブリンの身体を手に入れた名器が、王の片割れであることはわかる。

 かつて自分の中にあったものと対峙するとは、思ってもいなかった。


「なっ、なぜ……なぜ操れないのだッ!?」


 名器に宿っていた王の力は、他を操る力である。身体を手に入れていなかった時は、干渉しなければ操ることができなかった。しかし、身体を手に入れた今は、操ろうという意思だけで操れてしまう。

 それなのに操れないポーラに、焦りを見せた。


「格が違うのだ。王の力が、王の魂に効くと思うな」


 手を前に出すと、飛び出した影がゴブリンを捕らえる。

 そして、手も足も動かせなくなったゴブリンの身体を、ポーラの腕が貫いた。

 噴き出た血がポーラにかかり、ポーラは顔を歪める。


「さあ返ってこい。お前の居場所は、ここだ」


 引き抜いたポーラの手には名器が握られており、胸に押し当てると、ポーラの中へと消えていった。

 名器を失ったゴブリンは死に、灰となって消える。もう二度と、蘇ることはない。







「……苦しかった、だろうな」


 灰になったゴブリンを見下ろし、大志はつぶやいた。

 封魔の印をすぐに壊してしまったので、苦しみがわかるとは言わない。しかし、この山の中で死ぬことも許されず軟禁されるなんて、考えることすら拒否したくなる。


「操られてしまうとは、不覚でござる」


「いや、仕方ないさ。そういう力だったんだから」


 膝をついて謝るトトの肩に、アイス―ンは慰めるように手を置いた。

 ティーコや、詩真、海太も、申し訳なさそうに頭をさげている。


「みんな無事なんだし、笑ってよ」


 大志の隣で、理恩が囁いた。

 しかしそう言う理恩も、笑ってはいない。

 たとえ敵だったとしても、ゴブリンを殺してしまった。もしかしたら助けられる道があったかもしれないのにと考え、後悔している。


「俯いている時間はないぞ。統率者が消え、混乱が訪れる。どうする気だ?」


「……そうだな。封魔の印が消え、魔物も暴れだす。落とし前は、しっかりつけないとな」




 空が動き、大志はそれを見上げる。

 魔物よけの臭いも意味がなくなり、町の上空を魔物が埋め尽くした。


「あれは、ガーゴイルでござる。空を飛ぶ相手でござるから、厄介でござるよ」


「わざわざ相手に合わせる必要はない。相手を、こっちに合わせればいいだけだっ!」


 すると、詩真が銃口を空へと向ける。

 撃たれたガーゴイルは、自身を支えられなくなり、地面へと落ちた。


「さあ、話をするか。俺たちに戦う意思はない」


『ぐ、うっ……言葉が、わかる……』


「そうだ。俺なら、わかる。だから、お前たちが何を望むのか、言ってみろ」


 オーガだけではない。ガーゴイルとも、言葉を交えることができる。

 しかしこれは能力ではない。それなら何かと考えてみるが、そういうものだとしかわからない。


『……ずっと、否定された。一緒に暮らしたかった。それなのに、否定された』


「そうか。でも、もう大丈夫だ」


 大志は、ガーゴイルに手を差し伸べた。

 魔物と人種は言葉が通じない。そのせいで、今まで互いを憎んできたのだ。すべての魔物が、とは言えないけれど、オーガもガーゴイルもそうなら、きっと他の魔物も同じと考えられる。


「な、何があったでござるか?」


「あれは、大志にのみ出来ることなんだ。僕たちは、彼に助けられたんだ」


 アイス―ンは、トトの隣に立った。


「これは、大志に任せるしかないってんな」


 言葉の通じないゴブリンたちと共に暮らすのは、危険だ。

 第三星区に連れ帰るのが、賢明だろう。


『いいのか? 憎んでいないのか?』


「迷惑かけなけりゃ、憎むやつなんていないぞ。空にいるやつにも言ってくれ。お前らが望むなら、第三星区で一緒に暮らそう。魔物と人種は、わかりあえるはずだ」


 詩真に、ガーゴイルを空に戻してもらうと、やがてガーゴイルの集団がおりてきた。

 どうやらガーゴイルも、戦いたくないのだろう。オーガと違い、ガーゴイルには強靭な身体がなければ、剛力があるわけでもない。人種と戦えば、空を飛べるくらいしか有利なことがないのだ。


「よーし、今日からお前らは第三星区の住民だ。いろいろやらなくちゃいけないことがあるから、手短に済ませるぞ」


 タソドミーが死に、第二星区は新たな長を探さなければならない。

 そのことを六星院にも知らせなければならないし、そうなった経緯も伝えなければならない。







「それで、こうなったわけか」


 第三星区へと帰り、イパンスールに話をした。

 空を飛ぶガーゴイルたちを見て、イパンスールは眉をひそめる。


「まあ、そんな顔をするなよ。ガーゴイルは普通の人が走るよりも早く飛べるから、物流ギルドなんて必要なくなるぞ」


「それはそれで問題だ。……それよりも、封魔の印を破壊したことがまずい。すでに二つも破壊してしまい、六星院の連中に気づかれるかもしれん」


「オーガもガーゴイルも、悪い魔物じゃない。力を封じて迫害するのは、よくないことだ。これからは、人種も魔物も笑える世界をつくっていこうと思う」


 するとイパンスールは盛大なため息を吐き、大志を殴った。


「そんなの、六星院が許すはずがないだろ」


「それでも俺は、やりたいようにやる。だから、六星院を招集してくれ」







 六星院には、タソドミー以外が集まっていた。


「タソドミーが昨夜死んだ。そのことを知らせに来た」


「……なんで、あんたが知ってるのよ?」


 大志の言葉に、キチョウは頬杖をつく。

 第二星区のことを大志が知っていることに疑問を持ったのだろうが、その質問は想定済みだ。


「名器というものを知ってるか? タソドミーは名器を持ったものに操られ、そして殺されたんだ。他の星区にも名器を持ってる者がいるのなら、出してほしい」


「名器……噂では聞いたことがあります。持つものに幸福をもたらす物と。……しかし、そのような危ないものだったとは驚きです」


 シアンの様子では、どうやら第五星区にはないようだ。

 キチョウは顔を強張らせ、マヤオイは無反応。疑ってくれと言っているようなものである。


「あっ、集めて何をする気よ! 何か悪いことしようとしてるんでしょ!」


「そんなことするわけないだろ。危険だからこそ、一つの場所で管理するべきなんだ」


 そうすれば、あとは王に取り入れるだけだ。

 するとキチョウは、テーブルを叩いて立ち上がる。


「わ、私は知らない。せっかく集まったのに、無駄足だったわ」


 そう言って立ち去ろうとするキチョウの腕を掴み、再び座らせる。

 名器の話はついでのようなものだ。それよりも大事な、封魔の印の話が残っている。


「封魔の印についても、言っておきたいことがある。……実は、第三星区と第二星区にあった封魔の印がなくなった」


 キチョウだけでなく、シアンやマヤオイも、目を丸くした。

 魔物の力を抑え込む封魔の印は、ちょっとやそっとでは壊れない。しかし、そんな封魔の印を呪いが壊せるとは、六星院でも知らなかったことである。


「魔物が襲ってきたのではないですか?」


 シアンは手を合わせ、大志を見つめる。

 大志がもしも魔物と会話できなければ、そうなっていたかもしれない。


「大丈夫だ。オーガもガーゴイルも、今は第三星区にいる。襲うことはない」


「なら、封魔の印は何のためにあったのダ?」


「それはかつての、魔物との戦いのときに何かあったんだろ。他の魔物はわからないが、オーガとガーゴイルは和解できた」


 オーガとガーゴイルと和解できたということで、封魔の印を破壊した罪は不問となった。

 しかし、今回集まってわかったことは、六星院は互いに何らかの秘密を抱えている。そしてそれを知られないように、隠しているのだ。大志が異世界からきたことを隠しているように。




「第二星区と話し合ってくれて、助かった」


 大志がガーゴイルたちを第三星区に馴染ませている間に、トトにはタソドミーが死んだことなどの説明を、残ったゴブリンたちにした。

 アイス―ンはなぜかトトと残ると言って、トトと一緒に第二星区に置いてきた。


「礼を言われるほどのことではないでござる。拙者にできることをしたまででござる」


「それで、第二星区はこれからどうなるんだ?」


「それはわからないでござる。ゴブリンたちが、今回のことをどう受け止めるかによるでござるな」


 階段をあがって噴水のある場所に出ると、そこで待っていたペガサスにアイス―ンが乗っていた。

 ゴブリンたちの中にアイス―ン一人だけを置いてこれなかったようで、ここまで連れてきたようだ。極秘だというのに、そんな規則よりもアイス―ンの身を心配したのだろう。


「そういや、アイス―ンは男に戻してもらわなくていいのか? レズがやっと帰ってきたんだし」


 すると、アイス―ンは首を横に振る。

 そして儚げにトトを見て、それから大志に視線を戻した。


「僕は女だ。女として前向きに生きてみて、それでも男に戻りたいと思ったら、その時に僕は男になるよ」


 トトがペガサスに乗ると、アイス―ンはその背にしっかりと抱きついた。

 第二星区でアイス―ンにどんな変化があったかはわからないけれど、それは良い変化だったのかもしれない。アイス―ンの明るい表情をみると、そう思える。


「それでは、飛ぶでござるよ」


「……うん」


 トトを乗せたペガサスは高く上がり、そして北の方向へと飛んでいった。

 その行き先が第二星区なのか、第一星区なのかわからないけれど、どちらにせよトトが一緒ならアイス―ンはきっと無事だろう。

 大志は、ペガサスの消えていった空を見上げた。


「……どうやって、帰るかなぁ」


「ここまで、どうやって来たのよ?」


 反対の空を見れば、キチョウが翼を広げて飛んでいる。


「トトに乗せてもらったんだが、あの二人の間にはさすがの俺でも入れない」


「はぁ……仕方ない」


 キチョウは降下し、大志を抱えて再び飛び上がった。

 そして仏頂面で飛んでいるキチョウを見ていると、頭突きをされた。


「……あれは、本当なの? 名器が、危ないって……」


「すべてがすべて危ないとは言えない。けど、警戒したほうがいい」


 するとキチョウは難しい顔をする。

 しかしそんなことよりも、押しつけられるキチョウの胸が柔らかすぎて、他のことに気を向けていられない。しかも布が少なく、簡単に見えてしまいそうだ。


「サキュバスって、みんなこんな服装なのか? 股間によろしくないぞ」


「……はぁ。サキュバスは、他人の興奮を食べないと生きていけない。興奮させるために、仕方なくこんな服を着てるのよ。すき好んで、こんな服を着てるわけじゃないの」


「興奮を食べるって、どういうことだ?」


 水着の紐に指をひっかける。

 すると仏頂面だったキチョウは、一瞬で取り乱した。


「ああぁぁぁっ、ひっぱるなぁぁっ!」


 引っ張るつもりはなかったが、取り乱したキチョウのせいで、水着がズレてしまう。

 胸を隠していた布が上へと引っ張られた。


「これは事故だ。何も見ていない」


 しかしそんないいわけが通じるはずもなく、顔を真っ赤にして、目に涙を蓄えたキチョウに頭突きをされる。

 そして地面へとおろそうとするので、水着の紐をしっかりと掴んだ。これでもしおろされたら、キチョウは水着を脱いだ状態で帰らなければならなくなる。


「離しなさいよ!」


「離したら、おろす気だろ? 第三星区につくまで、絶対におりないからな!」


「なら、さっさと胸を隠しなさいッ!!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ