4-8 『落ちてから』
「いっててぇ……」
落ちた先は暗く、闇だった。
「あのゴブリンは、何だったんだ。早く戻らないと」
すると、突然大志の目に光が映り込む。
海太の手には、火のついた蝋燭が建てられた燭台があった。
「その光、どうしたんだ?」
「能力で見てきたものを、複製しただけだってんよ」
そういえば、忘れていた。
海太は肉眼で見なくても、能力で見たものでも複製できる。初めてその能力を使った時も、そうだった。
まるで進んでくれと言わんばかりの道があるけれど、理恩の能力さえあれば、ゴブリンのもとまで一秒もかからない。
「……理恩はどうした?」
見回しても、理恩の姿はどこにも見当たらない。
理恩だけ別の場所へ送られたのか。それとも、自分でも意識しない間に能力を使ってしまい、理恩だけが別の場所へと移動したか。
どちらにせよ、道を進むしかないようだ。
「いないってんな。先に進んでれば、きっと会えるってんよ」
海太を先頭に、どこに続いているかもわからない道を進む。
分かれ道のない一本道をただ進んでいると、大志はふと思い出した。
「チオの能力って、場所移動とかできたよな?」
「できるが、どこにでもというわけじゃない。出入りできる場所には限りがある。第三星区は、どこにでも通じるようにしたが、ここは第二星区。ここで能力を使うとも考えていなかったから、能力はないに等しい」
「理恩ほど万能ってわけじゃないのか。理恩の能力に惚れた理由もわかるな。……思い出したら、ムカついてきたな。理恩の心も身体も、あんなにも穢して……」
視線を向けると、チオは申し訳なさそうな顔をした。
すると、身体が傾いた。大志だけでなく、チオも、詩真も、海太も、ポーラも。
しかしそれは、身体が傾いたわけではない。地面が崩れたのだ。地面が傾き、その上に立っていた大志たちも傾いたのである。
「バーンッ!」
すかさず手で銃をつくった詩真が、地面を撃った。
すると地面はふわふわと、上昇気流に乗っているようになる。もとの位置まで戻ると、崩れていない地面へと渡った。
「便利だな、その能力」
「そうね。もっと頼っていいわよ」
大志に褒められ、詩真は胸を張る。
ここ以外にも似たような罠があるとすれば、詩真の能力なしでは進めない。
「頼むぞ。……それにしても、五人もいて、使える能力が二人だけか」
「能力には使い時があるってんよ。ここは、詩真ちんに任せればいいってん」
再び海太を先頭にして、歩き始めた。
罠を警戒するあまり、自然と歩みは遅くなる。このままでは、いつゴブリンのいた場所に戻れるか、わかったものではない。
「そういえば、オーラル教が関係してるって言ってたな」
「そうだ。だが、その手掛かりすら掴めていない」
大志の問いに、チオが答えた。
しかしその手掛かりは、あのゴブリンを調べれば出てくるはずだ。封魔の印が描かれていたゴブリンを調べれば、第二星区への疑問がすべてわかる。ほぼ確信と言ってもいい。
そのためには、いち早く、落ちた分だけのぼらなければならない。
「チオは、まだ人の能力を集めてるのか?」
「そんなことは、もうしない。ラエフを倒したいなんて、思ってもいない。他にばかり頼っていないで、自分で現状をどうにかしないとダメだ」
それなら、すでにチオはオーラル教ではない。
オーラル教は互いの願いを叶えるために協力すると、リングスが言っていた。その願いがなくなった今、チオはオーラル教と関係ない。
「そんなことより、何か聞こえないってんか?」
海太に言われ、口を閉じて、耳をすます。
すると、どこかから地鳴りのような音が聞こえてきた。音はだんだんと大きく、近づいてきている。音が聞こえてくる前方を見ていると、道をふさぐほど巨大な球が転がってきた。
逃げるような場所はなく、道を戻らなければ、そのまま潰される。
「こんなの、逃げるしかないだろ……」
「大丈夫よ。私の前では、こんなの、まったく、これっぽっちも、問題じゃないわっ!」
詩真の銃口が、向けられた。
発砲音が発せられると、転がってきた球が反対に転がっていく。
「そんなことまで、できるのか」
「いつまでも、大志に守ってもらってばかりの私じゃないわ。今なら、私でも大志を守れる。だから大志は、私のうしろにいればいいのよ!」
そこにあったのは、ボタンだった。
扉の周りに、複数のボタンがついている。正解のボタンを押せば、開くということだろうか。
「これは感でいくしかないってんな!」
腕を回して選んでいる海太の服を、ポーラが引っ張った。
「ダメ。ぜんぶ、罠」
「なんで、そんなことがわかるってん?」
すると、ポーラは大志を見上げる。
言葉を介さなくとも、ポーラの言いたいことはわかった。大志は扉に触れ、情報を探る。
「ポーラの言ってる通り、ボタンは罠だ。ボタンがあったせいで、どれかを押さないとって心理が働いていたのかもな」
大志は、そのまま扉を押した。
扉に鍵などかかっておらず、押すだけで開いてしまうのだ。
「よし、次に行くぞ」
しかし、先へ進もうとする大志を、チオが止める。
下を指差され、見てみるとそこには、地面がなかった。落とされたというのに、さらに落ちるところだったのである。
「さすがに、これ以上落ちるのは嫌だわ」
「どうするってんよ?」
渡れるような場所はなく、ここから先に行くことは無理そうだ。
詩真の能力があったとしても、乗れるものがなければ飛ぶことすらできない。
ティーコの千冠があれば、足場を作ることができたかもしれないけれど、ティーコはいない。なら海太に複製してもらうしかないが、すでにどこの家も就寝しているのか、限られた光の中で乗れるほどのものを探すのは大変なようだ。
「海太に探してもらうしかない。もし見つからないなら、朝になるまで待つ」
時間の無駄だが、それ以外に進みようがないのだから仕方ない。
座って待っていると、大志の前にポーラが立った。しかし、どこかポーラとは違っている。
「困っているな?」
その声は、ポーラであって、ポーラとは異なっていた。
大志は驚いて後転しそうになるが、すでに背は壁についている。
疑いようがない。眠っていたはずの王が、目覚めたのだ。しかし、いくらなんでも早すぎる。まだ名器を一つも集めていない。
「よ、よお。名器のついては、もう少し待ってくれ」
「そんなことは、わかっておる。困っておるので、助けてやろうと思い、目覚めたまでだ」
すると、ポーラは宙に浮かぶ。うしろで誰かが支えているわけではない。台があるわけでもなく、確かめるようにポーラの身体に触れた。
どこを触っても、浮かび上がるような仕組みはない。
「……そうか。欠陥品どもは、自由に飛ぶことすらできないのか」
「王って、みんな飛べるのかよ!?」
そう叫ぶと、ポーラの表情に怒りが見える。
そしてポーラは、大志を叩き倒した。倒れた大志の上に、飛んでいたポーラがおり立つ。
「王は唯一だ。欠陥品どもと一緒にするな!」
「わ、わるかった……」
最後に強く踏みつけられ、大志の上からポーラはおりた。
ポーラは、警戒する海太や詩真に笑うと、再び宙に浮かぶ。
「助けに来ただけだ。戦うつもりはない」
ポーラから影が伸び、大志、詩真、海太、チオは包まれた。
そのまま扉の先へと飛び出したポーラに続き、大志たちも影に包まれたまま飛んで進む。
「やはり闇はいい。闇の中なら、なんだってできる。そうは思わんか?」
「思うかよ! というか、見えてるのかよ!?」
燭台は置きざりにされ、大志たちの目に光は映っていない。影に包まれている感覚に安心しながら、大志たちは闇の中を進んだ。
「これだから、欠陥品は……。見えないときは、見ようとするな。感じれば、そこにすべてがある。光など、感覚を鈍らせるだけだ」
「……もしかして、ポーラの感覚も、王が関係してるのか?」
「それはどうだろうな。眠っている間のことは、わからんのでな」
いくら飛んでも、ポーラは前へと飛ぶ。
すでに上下感覚を失い、何も見えない闇の中で恐怖を覚えた。
「うほっ、これはいいってんなぁー」
海太の声が聞こえたけれど、何も見えない。
詩真の鼻息も聞こえてくるので、つまり、そういうことなのだろう。
「もう、そんなところ触っちゃダメ。触るなら、こっちよ」
「あー、やばいってんなぁー!」
二人が闇の中で何をしているのかが容易に想像できるので、何があったかは聞かない。
それよりも、王やポーラが持っている超感覚を習得できないかと大志もしてみるが、まったく何もわからない。闇の中で生きていたポーラでも数年かかったのだ。そう簡単に習得できたら、苦労しない。アルインセストだって、目を封じられた状態で何年もかかった。
「それにしても、誰も王位を持っていなくてよかったな。不完全な力では、たとえ欠陥品といえど、運ぶことすらできないからな」
「王位があると、何が変わるんだ? イパンスールにも王位があるって言ってたが、イパンスールは普通の人だぞ」
「何もない欠陥品には、そう見えるかもな。王位があるとないでは、まったくの別人だ。器の大きさが、まったく別物になる。王の片割れでは、歯が立たないほどにな。もちろん、欠陥品どもの能力も効かなくなる」
王位のない大志では、とうてい理解できない話だ。
たしかにイパンスールには、王の力が効いていなかった。
「それでか。どうすれば、王位を手に入れられるんだ?」
「さすがに、そこまでは知らん。実際に手に入れた欠陥品に聞けばいいだろ」
「イパンスールにかぁ……。あ、そうだ。話変わるけど、理恩がどこにいるかわかるか?」
王に頼めば、理恩のいる場所までほんの数秒だった。
そこではすすり泣く声が聞こえる。何も見えないけれど、その声が理恩であることは間違いない。
「理恩……一人にさせて、ごめんな」
「――ッ!? た、大志? 大志なの? どこ……どこにいるの……?」
たとえ光などなくても、理恩がどこにいるかわかった。
自然と足が動き、足を抱えて小さく震えている理恩を抱きしめる。
「ここにいる。いつも、つらい思いをさせて、ごめんな」
「ううん。大志が来てくれる。わかってたから……つらくなんてなかったよ」
しかし、理恩の身体は震えていた。
それが怯えていたせいなのか、それとも大志に会えた嬉しさからなのか、そんな情報は得る必要がない。
「俺は、つらかった。理恩が隣にいてくれなくて、すごく不安だった」
理恩を抱え、しっかりと理恩を感じる。
加速する鼓動、身体の奥底にある燃え盛る炎のような熱さ、自然と力が入る腕。
「さっさと終わらせて、第三星区に帰ろう。こんな山の中じゃ、朝も迎えられない」
王には眠ってもらい、大志と理恩は一体になった。
そして空間の穴を開き、大きなゴブリンのいた部屋へと移動する。
「何があったんだ……」
そこでは、ティーコがクシュアルを襲い、トトがアイス―ンを襲っていた。ルミセンとレズは、戦闘をやめさせようとしているが、ダメなようである。
大きなゴブリンは起きており、大志たちへと名器のついた杖を向けた。
すると名器から、大志へと光が放たれる。
「避けろっ!」
なんとか避けると、避けた先にいたティーコに殴られた。
ティーコが殴ってきたことに悲しみながら、ティーコは操られていると決めつける。ティーコは、誰かを殴るような性格ではない。
「ワレは、ゴブリンを殲滅する。そのために、素直に操られろ!」
再び、名器から光が放たれた。
ティーコに殴られたせいで身体を倒していた大志は、すぐに避けることができない。
「バカっ!」
大志の前に現れた大きな影。
チオにより、光から助かったけれど、代わりにチオが光を浴びた。
「頼んだぞ。大上大志……」
そして、ふっとチオから意識が消え、大志に拳をあげる。
そんなチオを海太が殴りつけ、大志は立ち上がった。
ティーコやトト、チオが操られているのは、名器のせいである。名器さえ取り返せば、三人とも元に戻るはずだ。
大志は地面を蹴り、走る。ゴブリンが光を飛ばすけれど、そんなの避けてしまえば問題はない。
詩真に撃ち込まれると身体が軽くなり、そのまま駆け抜け、ゴブリンの顎を殴りあげた。
「三人を解放しろ! 名器も渡せ!」
「これを失えば、ゴブリンを殲滅できない。ワレは、この外に出たい! そのために、これは必要なのだ!」
名器が再び光が放たれるけれど、それは大志に向けられたものではない。
大志を通り過ぎ、うしろにいた海太と詩真へと照射される。
「うそ、だろ……」
海太は得意の複製はせず、大志に殴りかかった。
避けようとする大志は詩真に撃たれ、身体が重くなる。
そして避けきれなかった大志は、海太に殴られ、地面に倒れた。
「ぐっ……二人とも、正気に戻れ」
しかし、そんな声が聞こえるはずもなく、海太の追撃を受ける。身体は重く、動かすことさえできない。
そうしている間にも、操られたチオが、ルミセンやレズを襲っていた。
またしても、仲間が操られ、仲間が傷ついている。
「やっと封魔の印から解放される。あとはゴブリンを殲滅させれば、ついに自由!」
海太の猛攻を受ける大志のポケットから、巾着袋が落ちた。
考える暇もない。大志はその中から赤い球を一つ取り出すと、飲みこんだ。




