表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆転転移のカタルシス  作者: ビンセンピッピ
第四章 消失の異世界
94/139

4-7 『僕の救世主』


「すまなかったでござる」


 夜の闇の中、声が聞こえた。

 そして、泣き叫んでいたアイス―ンを捕らえていた男が、吹き飛ぶ。


「不甲斐ないばかりに、つらい思いをさせてしまったでござる。拙者が未熟ゆえの失態」


 トトはペガサスの羽を動かし、アイス―ンの周りに何者も近づけさせない。

 服を脱がされたアイス―ンから目線を逸らしたトトは、アイス―ンに手を差し伸べた。

 その手を握ったアイス―ンに、トトの意思が伝わってくる。今までアイス―ンを襲っていた男のような、やましい考えなど微塵もない。裸体を前にしても、そこにあるのはアイス―ンを危険に晒してしまった自責の念と、アイス―ンを助けたいという思いだけだ。


「ぼっ、お、うっ……ぼっ、ぉ、くっ、は……」


「わかってるでござる。アイス―ンは男でござる。たとえ、誰がどう思おうと、拙者はアイス―ンが男だとわかっているでござる」


 トトはアイス―ンを抱き寄せ、ペガサスに乗る。

 そして空へと飛びあがり、頭上から三人組の男とゴブリンを見下ろした。


「拙者はヒーサディス・トト。貴様らのような下賤なやつらがはびこる第二星区へ、宣戦布告をする!」


 飛び上がったペガサスは、ゴブリンへと急降下する。

 逃げようとするゴブリンの首を掴み、そして再びペガサスは上昇した。

 今までに感じられなかったトトの怒りが、顕著にあらわれる。温厚だったトトの、ゴブリンを憎む目、表情、思い、そのすべてを感じ、アイス―ンは再び涙を流した。


「貴様らに指示をしているのは、誰でござるか?」


「いっ、いうわけ、ない……」


「そうでござるか」


 するとトトは、無情にも首を掴んでいた手を離した。

 支えを失ったゴブリンは、地面へと落ちる。何かが潰れたような音がしたけれど、何があったかは夜の闇が覆い隠した。


「トト……」


 弱々しく吐き出されたアイス―ンの言葉に、トトは優しく笑う。

 その笑顔に鼓動が早くなってしまう自分がいた。胸の奥に微熱が宿り、身体が熱くなる。


 トトはペガサスを降下させ、男たち三人組の前に立った。

 トトが来てくれたおかげで穢されることはなかったけれど、男たちのしたことを許せるわけがない。


「第三星区へ帰らせることが、可能でござる。貴様らに指示を出した者は、どこにいるでござるか?」


「そっ、そんなこと、言えるわけがねえだろ!」


 交換条件として出した要求も、即答で拒否されてしまう。

 すると、男たちの胸を、太い棒のようなものが貫いた。そして男たちは息絶えた。


「……うぅっ」


 倒れた男たちのうしろにはティーコが立っており、男たちを貫いた棒のようなものは、姿を消している。


「仕方ないでござる。同じ過ちをされては、困るでござる」


「そう……だね。仕方なかったんだ」


 アイス―ンは、トトの腕の中で身体を丸めた。

 大志だったら、別の解決方法を見つけたかもしれない。しかし、トトの考えを否定するわけではない。トトの出した答えも、間違いではない。


「どうするの? このままだと、見つかっちゃうの」


 ルミセンがそう言うと、トトは周りを見回した。

 山で囲まれており、どこかから見られているとは思えない。それに、暗さも相まって、たとえ見ていたとしても、何をしているかまではわからないだろう。

 アイス―ンには、すぐに服を着てもらう。


「ひとまずこの場を離れ、こうなった元凶の本拠地へと行くでござる。今までこの現状を、仕方ないと目をつむってきたが、それも今日で終わりでござる。第二星区の闇を葬り去るでござるよ!」







 町から少し離れた場所にある小屋。

 そこから漏れる光は揺れ動き、何者かがいるのは疑う余地もない。


「やはり、タソドミーの指示でござるか」


 クシュアルの能力で、タソドミーの居場所を探した。そしてたどり着いたのが、その小屋というわけだ。

 トトを筆頭に、小屋の中へと転がり込む。

 そこでは、働かされている人々が食事をしており、その監視としてタソドミーが座っていた。


「こんなところに、何の用じゃ?」


「貴様らのしていることに、愛想が尽きたでござる。人々を第三星区へと帰すでござる。さもなくば、拙者も容赦しないでござるよ」


 するとタソドミーは、トトの前へと歩いていき、見上げた。

 そして懐から出した紙を広げると、それを見せつけてくる。そこには『契約書』と書かれてあった。


「第三星区は人と引き換えに、鉄などの金属を手に入れる契約をしたのじゃ。それも、膨大な量のな。だから、そのために必要な鉱物を掘り出してもらわねば、困るのじゃ。すべては、第三星区のためなのじゃよ」


「第三星区は、なぜそんな契約をしたでござるか? それに、掘り出すだけなら、なぜ、あのようなことを……」


 トトは、アイス―ンが襲われていたことを思い出し、顔をゆがめた。

 取引に使われたわけでもないアイス―ンにまで手を出したゴブリンへの怒りが、またも沸々と煮えたぎる。しかし今は、話し合いの場。必死に怒りを堪え、タソドミーを睨んだ。


「……はて、何のことかのぉ。労働力がいなくならないように工夫するのは、良いことではないのかのぉ? 第一星区も、食料になる家畜には、同じことをするじゃろ? それと同じじゃ」


「人と家畜を一緒にするなでござるッ!!」


 振り下ろした拳は、タソドミーに届く前に、止められてしまう。食事をとっていた人によって掴まれ、トトは後方へと投げられた。

 驚くトトに、タソドミーは笑って近づく。


「すでに家畜は調教済みじゃ。家畜どもは、自由になれば食事すらまともにできなくなる。そう教えているから、逃げようともしないのじゃ」


「どこまでも卑劣なやつでござる……」


「ここにいる家畜には、自我など存在しない。必要最低限の精だけ残し、あとは空になるまで搾りだしたのじゃ。思い出はおろか、自分の名すらわからないのだ。そんなモノを、人と呼ぶのか?」


 トトの拳に力がこもる。

 その拳を、アイス―ンの温かな手が包んだ。

 怒りにとらわれそうになっていたトトは、おかげで正気に戻る。


「なんとしても、取り返すでござる……」


「協力者を紹介したほうがいいみたいじゃな。その隣の女なら、よく知ってる相手じゃ」


 タソドミーは、アイス―ンへと目を向けた。

 アイス―ンが眉を曇らせると、食事をとっていた人々の中から、一人が立ち上がり、トトとアイス―ンの前に立つ。タソドミーの言った通り、その人物はアイス―ンのよく知る人物だった。


「……れ、ず……レズ、なのか?」


「そうなのらー!」


 レズは満面の笑みで、答えた。

 見かけないと思っていたが、まさかこんなところにいただなんて、思いもしなかった。


「何をしているんだ? ……ま、まさか、精を出したって……」


「そうなのらー! アイス―ン様のために女の精を手に入れてるのらー」


 たしかに、不思議には思っていた。

 アイス―ンの身に何かあると、その度にレズは、アイス―ンから精を取り出し、別人の精を入れていた。そのせいで、男から女になってしまったのだが、果たしてその別人の精はどこで手に入れていたのか。聞くに聞けなかったことが、ここでわかってしまった。それも、最悪な事実だ。


「な、なら……ここにいる女の記憶や思い出が、今の僕を、僕でいさせてくれている……のか?」


「動揺してはダメでござる。相手の思う壺でござる」


 トトはアイス―ンの前に立ち、レズを隠す。

 しかしそれでも、アイス―ンの震えが止まることはなかった。頭を抱え、小刻みに震えるアイス―ンを心配しながらも、トトは前を向く。


「どうして、そんなことをしたでござる?」


「アイス―ン様は優しかったのら―。だからもっと親しくなりたくて、女にしたのらー」


「結果はどうでござるか?」


 すると、レズは首を横に振り、俯いた。

 レズの真意は知らなかったけれど、たとえ知っていたとしても、そんなことをされては親しくなれなかっただろう。


「レズ、間違いは誰にでもある。だから、もうそんなことはやめるんだ。親しくしたかったなら、そう言ってくれないとわからないよ」


「アイス―ン様……」


 レズは、トトのうしろにいるアイス―ンに近づき、その手を握った。


「レズ、ここにいる人たちに、精を返すんだ。人として、生きさせてあげてほしい」


「……それは、無理なのらー。精は、もうないのらー」


 レズの言葉に、アイス―ンは目を丸くした。

 そして、驚くアイス―ンなど気にせず、タソドミーは笑う。


「あれはいい商売になったのぉ。他人の過去というものは、苦く、そして甘く、美味な味わいとなるのじゃ」


「どういうことでござるか?」


「フェチルという飲み物を知っているかのぉ。それは、ここで手に入れた精によってつくられているのじゃよ」


 その名は、どこかで聞いたことがあった。しかし、飲んだことは一度もない。

 珍しく、出回ることも少ないと聞いていたが、まさかそんな理由だったとは考えるはずもない。


「もう、この家畜どもを元に戻す方法など、ありはしないのじゃよ」


 どうすることもできない。その事実だけが、突き出される。

 もっと早くレズの行動を制限していれば、少しでも被害は抑えられたかもしれない。しかし今更考えても、過去の自分に伝えられるわけではない。

 どうすることもできずに立ちすくんでいると、ルミセンが前へと出た。


「質問は、それだけじゃないの。子供を産ませて、能力を選定している理由も知りたいの。……あなたたちは、何者なの?」


 すると、キョトンとした顔を見せたタソドミーであったが、何かを理解したのか、頷いて背を見せる。そしてそのまま前へと進んでいき、少し離れると、そこからは走って逃げた。

 食事をしていた人が、アイス―ンたちの行く手を阻み、時間を取られてしまう。







「逃がさねーぜ! この目は、お前がどこにいたって追跡できるんだ!」


 なんとか小屋からでると、クシュアルの能力でタソドミーのあとを追った。

 逃げたということは、能力を選定している理由をタソドミーは知っているのだ。そしてそこには、何があっても知られてはいけない理由がある。その理由がある場所へと、タソドミーはわざわざ案内してくれているのだ。


「山に向かっているようでござるな」


 山の裏へと、タソドミーは走っていく。

 ついていくと、山の裏にもう一つの入り口があった。そこからタソドミーは、山の中へと入る。

 山の中は暗いけれど、クシュアルの能力には影響しない。


「どこか、部屋に入ったみてーだな」


「山の中に部屋でござるか?」


 クシュアルは、タソドミーを入った部屋へと突撃する。

 部屋の中は明るく、そこには大きなゴブリンがいた。腕には六芒星が描かれ、黄色く輝く水晶をつけた杖を持っている。

 タソドミーは、そのゴブリンの前に立つと、止まった。


「これは、なんでござるか?」


「……これこそ、第二星区の意思。この意思こそ、第二星区のすべてなのじゃ」


 タソドミーはついてきたアイス―ンたちへと向き、声を荒げた。

 こんなモノがいるなんて、六星院ですら話されなかったことである。それほどまでに隠すのは、何か深い意味があるからだ。


「なら、そのゴブリンが、能力を選定するように言ったでござるか?」


「そうじゃ。そしてそれを知ったからには、帰すわけにはいかないのじゃ!」


 そう言うと、タソドミーは自らの胸に手を突き刺した。

 貫かれた胸からは血が噴き出て、そしてまもなくタソドミーはその場に倒れる。

 何があったのか理解できないアイス―ンたちを前に、椅子に座ったゴブリンが動いた。


「失望した。ゴブリンを殺してくれると思ったが、期待はずれにもほどがある」


 ゴブリンは立ち上がり、杖で地面を叩く。


「どういうことで、ござるか?」


「ワレは封魔の印を宿し、そのせいで他との干渉を避けて生きさせられた。おかげでストレスなく、大きくなった。だが、気づいたのだ。もしも他のゴブリンがすべて死ねば、自由に外で生きられると。そのためには、ゴブリンが嫌われなければならない。ゴブリンが嫌われるように、様々なことをさせた。……それなのに、今の今までゴブリンへ殺意を向けたものがいない。だから今こそ、この名器を使い、ゴブリンを殲滅する」


 すると、杖の先端につけられた水晶から、一筋の光が放たれた。

 ティーコが土の壁をつくり、光を受け止める。しかし、それで一安心ではなかった。

 ティーコはふらりと身体の向きを変えると、隣にいたクシュアルを、土で作った拳で殴る。


「な、なにすんだよっ!」


 しかしティーコに反応はなく、続けて殴ろうとした。

 さすがにクシュアルは拳を避け、ティーコから距離を取る。


「どうしちまったんだよ……」


 見るからに、ティーコは普通ではなかった。

 自らの千冠の範囲さえ忘れるほど、自分を見失っている。


「どうしたでござる?」


「これこそが、名器の力! ワレの意思は絶対だ!」


 水晶から、またしても光が放たれる。

 その光はまっすぐに、アイス―ンへと伸びた。

 何がどうなっているか、わからない。しかし、このままではアイス―ンの身に何かが起こるのは間違いない。トトは地面を蹴り、手を伸ばす。


「アイス―ンッ!!」


 アイス―ンを抱きしめたトトの背に、水晶から放たれた光が吸い込まれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ