4-6 『隠された向こう側』
詳しい話をするということで、第二星区の端にあるチオの家へと案内された。
家畜とされている人とは違う扱いを受けているのが、その家の豪華さから見てうかがえる。
「どうして第二星区で暮らしてるんだ?」
「……第三星区に捨てられたからな。もうあそこには帰れない」
チオは、一人一人に飲み物を渡して、椅子に座った。
飲み物というと、チオの能力を怪しんでしまうが、情報によると普通の飲料水のようである。
「じゃあ、チオも取引で第二星区に渡されたってことか?」
「アヒャヒャ……たしかにそうだが、他の連中とは違う。オーラル教に選ばれたのだ。ゴブリンは、手に入れた人を労働力にしつつ、能力を選定している」
「オーラル教!?」
大志は耳を疑った。
第三星区を苦しめたオーラル教が、第二星区で能力の選定をされている。それはつまり、第二星区はオーラル教と密接な関係があるということだ。
親玉が第一星区にいるとばかり考えていたので、とても信じられないことである。
「ゴブリンは、みんなそれを知ってるってんか?」
すると、チオは首を横に振った。
「詳しくは知らない。ただ、信用ならないことは、確かだ。表では愛想を振りまいているが、裏はどんな顔をしてるかわからない。十分に注意したほうがいい」
「労働力にするってのは、どういうことなんだ? どこで働かされているんだ?」
「……山を、掘ってる。鉱物の採取をやらせているのだ」
チオはやったことないけれど、他の人が連れていかれるのを何度も見たという。
ゴブリンたちの商売で、なくてはならない鉱物。人が来る前は自分たちで掘っていたが、今ではすべて人に任せているようだ。人に自由などなく、睡眠、食事、労働しかできないという。
「人には能力があるんだろ? なぜ誰も逃げようとしないんだ?」
「アヒャヒャ、逃げる場所があれば誰だって逃げているさ。……あそこで働かされているものたちには、帰るべき場所がないのだ。第三星区を追い出され、第一星区に逃げようとしても、海を渡らなければならない。逃げたと知れれば、罰が与えられる」
すると、トトは腕を組んで眉を曇らせた。
「第一星区にこれたとしても、難しかったかもしれないでござる。第二星区へ追い返される可能性もあるでござる」
「……食事はしっかりしている。睡眠も取れているようだし、生きることに不自由はない」
チオは諦めたように吐き捨て、もみあげを触る。
しかし大志は諦めきれなかった。ここの人たちが追放されたのは、何年も前のこと。負の記憶を、負の記憶のまま見て見ぬふりはできない。救う方法が、あるはずだ。
「そんなのは、生きるとは言わない! 笑えなけりゃ、生きてるなんて言えないんだ。絶対に第三星区へと連れ帰る。このまま見過ごしたら、笑って明日が迎えられない」
「大志なら、そう言うと思ったってん。助けに行くってんよ!」
山の入り口付近で、大志たちは様子をうかがう。
掘り出された鉱石を、ゴブリンが運び出していた。このままでは、侵入すらできない。
「まだ幼い子供まで働かされていたみたいだが、そんな最近も人の取引があったのか?」
「いや、ない。ゴブリンは能力の選定をしているといっただろ。産ませられるのだ。人の意思など関係なくな」
チオは、鉱物を運び出しているゴブリンを睨みつける。
今はなんとかバレずに隠れていられるが、全員で動けば、見つかるのは必至。しかし戦闘力が未知数の相手を前に、戦力を分散させるのは得策ではない。
「ひどい話だってんな」
すると、チオが一枚の紙を取り出した。
広げてみると、発掘現場の地図のようである。
「笑えない話だ。助ける方法が見つからず、運命を憎んだ。やがてその憎しみは、能力を分け与えたラエフに向いた。ラエフが使えない能力ばかり渡すから、働かされている。だから、ラエフを倒して、その座から引きずりおろしてやろうとした」
「それが、ラエフを倒そうとしていた目的か?」
「そうだ。……だが、もうどうでもいい。倒すべきは、目の前の敵だ」
たしかにラエフを憎むのは、間違いだ。ラエフは、死んだ者の能力を管理しているだけで、人に分け与えているわけではない。
日が沈み始め、発掘作業は終わりのようだ。ゴブリンを先頭に、人がぞろぞろと出てくる。
「タイシ様、どうするの?」
「どうするかなんて、決まってるだろ」
失敗だった。
日が沈んだことで、肝心の地図が見えなくなったのだ。
「これから、どうするのよ」
はぐれないように手を握った詩真が、不機嫌そうに言う。
トト、アイス―ン、ルミセン、クシュアル、ティーコとは別行動を取り、大志たちは鉱山の中を散策していた。一部分だけ、何も描かれていない場所があったのだ。きっとそこには、地図に残してはいけないほどの何かがあるに違いない。
「まあ、策はある。それより、この地図はどこで手に入れたんだ?」
「ここで働いている者に、書いてもらったのだ」
「そんなことが、よくできたってんな。……っと、おぉっ! 転ぶかと思ったってんよ……」
光を入れるための穴が壁にあいているが、光など入ってくるはずもない。
視力は当てにならず、聴力、嗅覚、触覚、そしてポーラが頼りだ。
「海太お兄ちゃん、気をつけて」
「どこにいるかわからないけど、ありがとうってん」
海太の能力も、これでは使いようもない。光がなければ投影もできないし、複製も見なければいけない。この闇の中では、どちらも不可能だ。
「なんだか、こんなに暗いと……露出したくなるわ」
「久々の変態発言にドン引きだ」
『なら、変な妄想しないでよーっ!』
理恩が過剰に反応するが、ほんのちょっとである。ほんの少しだけ、思い浮かべてしまっただけだ。
しかし、自分の手すら見えないほどの暗闇だ。もしも、誰かが服を脱いでいたりしても気づかないだろう。誰かいなくなったとしても、気づかないかもしれない。
「考えたら、脱ぎたくなったわ」
「さすがに今はやめてくれ。海太はついてきてるか?」
「声の聞こえる範囲には、いるってんよ」
海太にはポーラがついているから大丈夫だろうけれど、やはり声を聴かなければ安心できない。
それにしても、チオは地図もなしにどこへ向かっているのか。地図は大志がもっており、先を進むチオに導かれるがまま、大志は足を動かす。
「チオ、今はどの辺りだ?」
「目的地は、すぐそこだ。心配しなくても、ここへは何度も来ている。あの描かれていない場所を見ようとしたが、ゴブリンは一度も見せてはくれなかった」
「なら、やっぱり何かあるってことか」
そこまでひた隠しにするのだ。第二星区にとって、重大な秘密がそこに隠されているに違いない。
そして、扉の前に立つ。
その向こう側が、地図に描かれていない場所だ。
全員が揃ったことを声で確認し、その重たい扉を開ける。
「……これは」
扉の先には、人よりも大きいゴブリンが椅子に座って寝ていた。
そのゴブリンの腕には六芒星が描かれており、持っている杖の先端には黄色く光る水晶がついている。
「封魔の印……と、名器なのか……?」
すると、大志たちの立っていた地面がなくなった。
咄嗟のことで驚いたのか、ポーラは目を開けてしまう。そのせいで、大志と理恩は解除され、空間の穴を広げることもできなかった。
そして、闇の中へと落ちていく。
***
「それで、どうするんだい?」
アイス―ンは、ペガサスを撫でていたトトに、そんな疑問を投げかけた。
大志たちとは別行動を取り、ゴブリンたちの様子を観察し、隙があれば助け出すことがアイス―ンたちの役目である。
「まずは情報を集めるでござる。無闇に近づいて、怪しまれたら大変でござる」
「タイシ様のためにも、ルミだって頑張るの」
しかしルミセンは幼い姿になっており、その言葉はどこまで信用できるかわからない。
どうやらトトは、タソドミーを怪しんでいるようだ。人を労働力にしているのは、タソドミーの指示のようである。探れば、もっと黒い部分が見えてくるかもしれない。
「情報を集めるといっても、どうやるんだい? 僕たちには、大志のような能力はないんだよ」
「能力に頼るなっつーの! 俺たちには足があり、目があり、耳がある。だから、自力で探すんだよ!」
クシュアルはそう言いつつも、能力でタソドミーの位置を探る。
そしてクシュアルを先頭に、移動を始めた。タソドミーのいるところに、働かされている人もいるはずである。その本拠地さえわかれば、あとは大志たちと合流してから助けに行くだけだ。
「たしかに、君の言うとおりだ」
大志の活躍を一度も見ていないアイス―ンだが、それでもアイス―ンは確信している。大志の優れているものが、能力ではないことを。もっと根本的な、人としての部分が優れているのだ。大志のすべてを肯定するわけではないけれど、大志の行動力、決断力には、見習わなければならない部分が多い。
すると、視界の隅に人が見えた。三人組の男が、歩いている。見張りのゴブリンもいないようで、助けるには絶好の機会だ。
アイス―ン以外は気づいていないようだが、それくらいなら一人でどうにかできそうだ。最後尾にいたアイス―ンは列から離れ、三人組へと走る。すると、男たちは驚いたのか、細い脇道へと逃げていってしまった。
「なんで……僕は、人なのに……」
道は一直線で、男たちを見失うことはない。
やがて開けた場所へと出て、そこで男たちの足も止まった。
男たちは振り返ると、アイス―ンの姿に口元をゆがめる。それは安心したからできるようなものではない。もっとひどい、どす黒い感情が見えた。
「君たちは働かされているんだろ? 僕と一緒に、ここを逃げるんだ」
手を伸ばしたところで、ある違和感に気づく。
アイス―ンの足を、何者かが触っているのだ。見ればそこには、ゴブリンがいる。ゴブリンの手は、足を撫でるようにあがり、そして股間へと触れた。
「ひゃうっ……」
突然のことで、普段出さないような声を出してしまい、恥ずかしくなる。
すると赤面したアイス―ンに、男たちは笑った。
「なかなかかわいい声出すじゃねえか。わくわくすっぞ」
「若そうだし、久々に本気出しちゃいそうだ」
「むんむん、むらむら、ずっこんばっこん」
男たちの笑みを、アイス―ンは理解できなかった。
せっかく逃げられるチャンスだったのに、ゴブリンがきたことでそれは失われた。それなのに笑うなんて、まるで逃げたくなかったかのようである。
困惑するアイス―ンは、ゴブリンに背を押され、男たちの足元へと転がった。
すぐさま立ち上がろうとするも、男に押さえ込まれて立ち上がることができない。まだ男の頃だったら、それくらい払いのけることもできたのだが、女になって筋力が落ちてしまった。
「何をするんだ! 僕は、第三星区の人だぞ」
「見たところ、仲間はいねえみたいだな。このままいなくなっても、誰も気づかない。これからは、よろしくやっていこうぜ。……わくわくすっぞ」
アイス―ンの能力により、男の思考が流れてくる。
これから行われるであろう行為が、こと細かく、嫌というほど生々しく伝わってきた。
「……や、やめ……ぼっ、僕は、君たちを助けに……」
「ああ、助かったぜ。最近は同じ相手とばかりだったからな。しかも、こんな美人なら、なおさら助かるぜ」
男はアイス―ンを立ち上がらせ、暴れないように腕を押さえる。
しかしこれからする行為を受け止めきれず、なんとか逃げようと身体を動かした。
「そんな暴れると、危ないよ。リラックス、リラックス」
もう一人の男はそう言いながら、アイス―ンの服を脱がす。
スカートは脱がされ、シャツはまくられる。そのせいでアイス―ンの胸は、男たちの前へと晒しだされた。あったばかりの男に見られるなんて、そんな屈辱的なことをされたのは初めてだ。
「ぼっ、僕は男だ!」
「こんな胸しといて、そりゃないよ」
胸を揉まれる。
不快感が押し寄せ、今にも吐き出してしまいそうだ。しかしそうすれば、それからどんなことをされるか、わかったものではない。
「ほら、気持ちいいだろ。喘いでみろよ」
気持ちいいわけがない。好きな相手ならともかく、見ず知らずの男に触れられて、それで感じるなんて、絶対にありえない。しかし、機嫌を損ねてしまったら、あとが怖い。嫌々ながらも、なんとか、それらしい喘ぎ声を出してみる。
すると男は満足したのか、それ以上は何も言わなかった。
「あっ、ぼっ、ぼく、ぅっ、は、あぁんっ……おっ、んっ、おと、こ……」
「おいおい泣くことないだろ」
アイス―ンの目からは、涙が流れていた。
演技などではなく、本当の涙。見られてはいけないと思っていたが、嘘の喘ぎ声を出すたびに、男たちの醜い思考が流れてくる。それが嫌で、これからされるのが怖くて、流してしまったのだ。
「ずっと触ってるだけじゃ、泣くさ。そろそろ気持ちよくしてやらないとな」
腕を拘束していた男はそう言って、アイス―ンを仰向けで地面に倒す。
逃げようと必死に抵抗するが、男三人の力に、アイス―ンの力が勝てるはずもない。
「ごめん、なさい……本当に、許して……」
「そんな泣きながら言われちゃあ、こっちも燃えてくるってもんよ」
アイス―ンの能力で、アイス―ンの思いもすべて男たちに伝わっている。それが、男たちをさらに掻き立てるのだ。
男の手は、アイス―ンの最後の砦である下着を掴む。もうそこからは、アイス―ンにはどうすることもできない。やめるよう訴えるのは、逆に刺激することになる。
「どうして……こんな……」
男たちを見つけたとき、素直にみんなに伝えればよかった。
少しだけだからと、一人で行動するべきではなかった。
こんな後悔するのなら、第二星区についていくと言わなければよかった。
下着がおろされていく。それを阻止するための手は拘束され、足も動かせないようにされていた。
後悔、恐怖、憎悪、絶望、そして恥。すべてが合わさり、ごちゃまぜになり、そしてアイス―ンはアイス―ンではなくなった。自分でもわからない奇声を上げ、涙が止まらなかった。次から次へと涙が流れ、視界はぼやけ、男たちの姿を捉えられなくなる。
その時、嫌というほど思い知った。
いくら男と言い張っても、自分は男ではなく、女なのだ。