4-5 『負の記憶』
「じゃあ、第二星区に行きたいやつは手をあげろー」
第三星区を留守にするけれど、今後のためにはどうしても第二星区に行かなければならない。
理恩や詩真、海太、ルミセン、ポーラはもちろん連れていくが、その他に手をあげたのはアイス―ン、ティーコ。
「これで決まりな。手をあげなかったのは、留守番」
「ちょ、ちょっと待て。ティーコが行くなら、俺も行きてーぜ」
クシュアルは、ティーコが行くとわかって、焦る。
暴れられたら困るので、クシュアルを入れたメンバーで決定だ。
イパンスールが残るなら、第三星区は安全だろう。大志は心配することなく、出発できる。
「第二星区に名器があるかもしれないから、ポーラも連れていくぞ」
王のためにも、名器を集めなければならない。ポーラの中に宿っている名器だけでも、大志たちは歯が立たなかった。集めればさらに強くなるけれど、集めずに激怒されるなんて、それこそあってはならない。
「そんな大勢になると、ペガサスでは運べないでござる」
三人でも、身体を密着させなければならなかった。10人ともなれば、単純計算でもペガサスが4匹必要になる。しかしペガサスは誰にでも乗れるようなものではないので、そこで大志は頭を抱えた。
何かないかと見回してみるが、何も見つからない。第二星区に行くのは、移動用の汽車をつくるためという名目もある。そのために第二星区には、歩いていくしかないようだ。
「……っと、また理恩の能力を忘れていた」
互いに顔を見合わせ、頷く。
すると二人を白い光が包み、大志と理恩は一体になった。
ポーラも何をするかわかったのか、目を閉じている。おかげで、能力は邪魔されることもなく、発動した。
「戦力は覚えてないとな。こうならないと、人は移動できないからな。……それで第二星区って、どの辺りにあるんだ?」
「能力とは、本当に奇怪でござる。……どこと聞かれても、説明しづらいでござるよ。ここよりも北の方角でござる」
第一星区が北海道辺りにあるという情報は得ている。それなら、第二星区は東北辺りと考えていいはずだ。
大志は空間の穴を広げ、適当な場所へと繋げる。
「きゃー!」
もうすぐだという第二星区へと歩いている途中で、ティーコの声が響いた。しかしその声は、高く、頭上から降ってくる。
見上げれば、空を飛ぶ何かが、ティーコを捕まえて飛んでいた。
「てめぇ、ティーコに何するんだ!」
クシュアルは手を伸ばして飛び上がるが、届くはずもない。
大志も空間の穴を使って捕まえようとするが、空を飛ぶものはちょこまかと動き回り、空間の穴を開いた時にはすでに別の場所へと移動している。
「拙者がやってみるでござる!」
トトはペガサスに乗り、飛んだ。ティーコのいる場所へとついたが、手を伸ばしたところで避けられしまう。ペガサスは小回りが難しいようで、一度避けられると、再び近づくまで時間がかかってしまうようだ。
「無理なら、おりてこーい」
「何言ってんだよ! 無理でもどうにかしねーと、ティーコが……」
しかし、無理なものは無理だ。現に大志たちは諦めて、見上げているのだから。
地上の敵だったら戦いようもあるが、空となると、何もできない。こんなところでも、大志の無力が露呈してしまった。
「僕たちに、羽はない。あの高さまで飛ぶ能力も。いくら願っても、こればかりはどうにもならない」
アイス―ンは、なぜか持ってきていた刀を海太へと投げる。
すると刀を受け取った海太から、まるで幽体離脱するかのように、海太の投影が現れた。光へと投影された海太は、刀を持って、空へと飛ぶ。
「人をなめるなってんよ!」
トトと海太で捕えようとするが、それでも逃げられてしまう。
すると、空を見上げていた大志の服を、ポーラが引っ張った。
「お兄ちゃん……増援がきた」
ポーラの指差す先には、鳥の群れのようなものがある。それがすべて、ティーコを捕らえている生物と同じというのだ。
大志たちが誰一人気付かなかったことを、目を閉じていたポーラが気づいたのである。精錬されたポーラの感覚は、すでに人の達する域ではない。
「状況が悪化するだけだな。なんとかして、ティーコを助けないと……」
「タイシ様、どうするの?」
いくら考えても、ティーコを助け出す方法は思いつかない。
今までは、考えるよりも先に突っ込んでいた。それでなんとかなってきた。だが今回は、突っ込むことさえできない。
「……なんとか、できるわ」
声を出したのは、詩真だった。
しかし詩真の能力が消えていることは知っている。詩真には、何もできない。
それだというのに、詩真は手を銃のようにして、ティーコへと向けた。
「悪ふざけなら、よせ。ティーコを助ける方法を、考えないとなんだよ!」
「そんなこと、わかってるわよ……」
詩真は銃口で、ティーコの姿を追う。
そしてティーコの動きが止まった一瞬に、それは起こった。
「バーンッ!!」
詩真の口から、そう叫ばれた。
すると、まるで本当に打たれたかのようにティーコは急降下する。ティーコを捕らえていた、羽の生えた小人のようなものは、逃げていった。
何があったのか、理解なんてできるはずもない。
「ティーコ! ティーコッ!!」
落下してくるティーコを受け止めようと、クシュアルは地面を滑る。
そして無事にティーコの落下地点へと間に合ったのだが、直前でもう一発ティーコへと手でつくった銃を打ち込む詩真。
すると、そこでふわっとティーコの落下は止まった。
「あ、れ……え……?」
ティーコは驚きの声を漏らしながら、クシュアルの上におり立つ。
二回も目の当たりにして、疑う余地もない。詩真には、新たな能力が目覚めた。
「どうやら、早く逃げたほうがいいみたいだ」
見れば、羽の生えた小人の群れは、大志たちへと向かってきているようだ。
空間の穴で逃げる場所もない。
「逃げろぉ!」
言うが早いか、大志たちは走っていた。
ティーコはクシュアルに抱かれ、ポーラは海太に背負われ、逃げる。第二星区を目指して、逃げ切れると信じて走った。
「乗るでござる!」
胸の重さのせいで遅れていたアイス―ンをペガサスに乗せ、トトは飛んでいく。
「ペガサス、ズルいな……」
トトを追いながら、空間の穴で道をショートカットして走っていると、やがて集落のようなものが見えた。その頃には、ついてきていた大群も姿を消している。
「はぁ……はぁ……やっ、やっと、第二星区か?」
「いや、まだでござる。だが、ここまでくれば安心でござる」
トトはペガサスからおりて、集落の中へと入っていった。
大志たちも特に警戒することなく、トトに続く。
「ここはどこなんだ? というか、何かの匂いがするな」
「この匂いは、魔物よけでござる。ここは、魔物が第二星区へと近づかないようにするための場所でござる。もう少しで第二星区でござる」
そこから先は、まるで別世界だった。
ゴブリンたちの生活する町が、そこにある。家は小柄で、貴金属や服などの露店が並んでいた。しかしどれもゴブリンの大きさで、人の着れるような大きさのものはなかった。
「いつか、指輪とかを理恩に渡してみたいな……」
『聞こえてるよ』
それは、承知である。理音に聞こえるように言って、期待させたかったのだ。
指輪やネックレスなどを眺めていると、店主が手を叩く。
何かと顔をあげれば、店主のゴブリンは笑っていた。
「こんなところに人様が来るなんて珍しい。何かおつくりしましょうか?」
「いや、金を持ち合わせてないんだ」
「なら、一つだけ無料でおつくりします。素材を選んで、あとは形を決めるだけです」
店主はカタログのようなものを出し、素材を見せてくる。
鉱物の名前がリスト上に列記されており、どうやら鉱物を使って、様々な製品を作っているようだ。どう作っているかはわからないが、そこがゴブリンの商売なのだろう。
「素材の数で、仕上がりとか変わるのか?」
「そりゃもう、いい素材をたくさん使えば、それだけ美しいものができますよ」
ごまをする店主に、大志はカタログを最後まで読まずに返す。
「じゃあ、一番いい素材を目いっぱい使ってくれ。さすがに金は出す。後払いになるがな」
「……わかりました。一番いい素材を使わせていただきます。それで、何を作りましょうか?」
つくってもらうのは、決まっていた。
大志と理恩を育ててくれたギルチの形見。あの島で理恩を助けてくれた、赤い球体。
壊れてしまいそうなほど深い刺し傷の残った球体を、店主の前へと出す。
「これと同じものをつくってくれ。綺麗な球体だぞ」
「何か訳ありのようですね。わかりました。何日かかるかわかりませんが、精いっぱい取り掛からせていただきます」
「時間は気にしなくていい。こっちも、何日かかるかわからないからな」
用事が済んだら来ると言い残し、大志は店をあとにした。
町を奥へ歩いていると、やがてゴブリンの数も減ってきた。
「そういえば、詩真の能力って、何だったんだ?」
まるで銃で撃っているようだったが、落下してきたティーコが止まったということは、攻撃しているわけではない。
「簡単に言えば、重力を変化させる能力よ。詳しく言えば少し違うのだけど、それを説明するほどの脳を持ち合わせていないわ。それで能力の発動は、手で作った銃で狙いを定めて、発砲音を叫ぶのよ」
「へー。なんで詩真だけ、能力が変わるんだろうな?」
覚醒すれば能力は増えるが、詩真のように能力が消えて新しく目覚めるのは、例にないようだ。
ポーラでさえ、その理由はわからないという。
「そんなの、私が聞きたいわよ。前の能力は便利だったのに、残念だわ」
たしかに時を戻すというインチキ能力は、強力だった。
第三星区での一連の出来事を解決できたのは、詩真の能力があったからだと言える。
「それはそれで、便利だと思うぞ。また、頼ることになるかもな」
「争いごとにならない限り、頼られることもないと思うわ」
我慢しているのかもしれないが、笑みを隠しきれていない。
しかし、戦闘以外のほうが本領を発揮しそうな能力だ。重いものを運搬するときなどに使える。
「……ポーラたちはどこに行ったんだ?」
隣に海太がいないと思ったら、先に進んでいた。
「ここから先は、つらい現実でござる。それでも、受け止められるでござるか?」
「どうしたんだよ、藪から棒に。現実は、いつだってつらいだろ」
トトを避けて先に進んだ大志は、絶句した。
第二星区は、ゴブリンの居住地。だからゴブリンがいるのは、わかる。
しかし、大志の目の前には、足に枷のつけられた人が、今にも倒れそうに歩いていた。
「……え? どうして……人は、尊い存在なんじゃ……」
「タイシ様、これが第三星区の負の記憶なの。人を取引の材料に使っていたの。……あそこに歩いている人は、人であって人ではない。人としての価値を捨てさせられたの。あの男に……」
あの男というのが、イパンスールの父ということはわかる。
今まで知らずにきたが、やっと第三星区の負の記憶というものを知ることができた。しかしそれは、あまりにも残虐非道なもので、負の記憶と呼ばれるに相応しい。
「何年も前の話だろ? どうして、子供がいるんだよ……」
枷をつけられた者の中には、まだ幼い子供もいた。
「それはわからないでござる。ゴブリンには、ゴブリンのやり方があるでござるよ」
「どうして……そんなことをして、それでもまだゴブリンは、人種を語るのか!?」
つい声が大きくなってしまい、トトに手で口をふさがれた。
しかし声は聞こえてしまったようで、監視をしていたゴブリンが大志の前に立つ。
「これはこれは、タイシさん。第二星区に、何の用じゃ?」
そのゴブリンは、六星院のタソドミーだった。
「なんで、人にこんなことをするんだ!」
「……はて、人には何もしてないんじゃが。そこを歩いているのは、第三星区から取引でいただいた家畜じゃ。家畜をどう使おうと、こっちの自由じゃ」
背を向けたタソドミーに襲い掛かろうとする大志を、アイス―ンとトトが止める。
六星院は、互いの星区が手を取り合うためにあるのだ。その六星院を任されている者同士が喧嘩でもしたら、たちまち星区同士の争いになってしまう。
「ところで、第二星区に何の用できたんじゃ? また家畜が増えるんじゃろうか……」
「そんなわけあるかっ! 絶対に人を差し出したりなんて、しないからな!」
「一度すれば、罪悪感なんてなくなるんじゃよ」
そしてタソドミーは、笑いながら家畜である人をどこかへと連れていった。
その行き先がどこかは、わからない。その先で何をされるのかも、大志にはわからない。足は鉛のように重くなり、大志は動けなかった。
「ゆっくり休むでござる。それから考えても、きっと遅くないでござる」
トトに肩を借り、大志はやっとの思いで足を動かす。
この程度で足が動かなくなるとは、自分が情けなくなった。
「――アヒャッ……大上、大志……」
聞き覚えのある声に顔をあげると、そこにはいたのだ。あの日、逃してしまった憎き男が。
あいかわらず小太りで、もみあげが長い。
「チオ……。どうして、ここにいるんだ?」




